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ある異能者の備忘録  作者: 鷹沢綾乃
第七話 狭間に立つ者
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04.禁忌の地

 そして、改めて結城や和海のほうを見る。その顔をはいつになく真剣だった。

 「アカネを通して、確かに“視え”ました。あの場所には、禍神の封印場所がありました。そしてあの場所は現在、よほどしっかり霊的な防備を固めてから行かないと、とても近づける状態ではありません」

 「え!? それはいったいどういうことだ?」

 驚いた顔の結城に向かって、晃は続ける。

 「かつての封印場所から、禍々しい気配が流れてきていました。あれは、霊的な守りが弱い人を、引き込んでしまう力がある」

 「……それって、もしかして異界の入り口になってるってこと?」

 和海の顔が引きつっている。

 「そういうことです。そして、そこには鬼がいました。見たこともない姿の鬼です。アカネには、鬼が来る直前にそこを離れるように指示したので、鬼に捕まることはありませんでしたが、相当に素早い鬼でした。たまたまそこにいたのか、その場所を守っていたのかは不明ですが」

 一応今現在、その周辺は一般的な登山道から外れ、()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()一般の人は近寄りそうもないところだということで、二人は顔を見合わせつつ、多少は安堵した顔を見せる。

 「ただ、あそこに近づくのは絶対おすすめ出来ません。せめて、和尚さんくらいの力がある人なら、(あらが)えるとは思うんですけど」

 調べれば、きっといろいろわかる場所ではあるだろう。だが、近づくこと自体危険なのだ。そもそもそこまで、整備されていない獣道をトレッキングする必要があり、時間もかかるし体力も使う。

 もっとも、自分が幽体離脱して向かえばすべて解決しはするのだが、どうして調べることが出来たのか、追及されると困ったことになる。

 不審がられるのは避けたかった。

 「あそこを調べるなら、相当用意周到にしていかないと、それこそ帰ってこられなくなくなるかもしれません」

 晃にそこまで言われると、結城も和海も動く気にはならなくなる。

 晃は、短い時間だが“視えた”祠のようなもの、かつての禍神の封印場所を、思い返してみた。

 元々は、石造りの小さな家型のものだったらしいその祠は、明らかに人為的に壊されていた。

 おそらく、あの時(夢の中で)“視た”白い仮面をつけた女性。彼女が祠を破壊したに違いない。あの時までは、霊的な力をあまり持っていなかったために、物理的に破壊することによって、封印を解いたのだ。

 そしてその跡地の今は、霊的に危険極まりないところになっている。一般的な登山道から外れているのが、本当に幸いだった。

 しかし、うっかり踏み入るものも出てくるかもしれない。そうなったらその人物は、二度とこの世に戻ってくることは出来ないだろう。

 (あやかし)として、相当な実力を持つアカネだからこそ、ある程度近づけたし、そのあと離れることも出来たのだ。

 しかし、“本気”の状態ではないまま意識を繋ぐと、ここまできついのか、と晃は内心溜め息を吐く。

 前に意識を繋いだときは、“本気”の状態だったため、そこまでは負担に感じなかったのだが。

 「晃くん。お水持ってきたわよ。これ飲んで、少し休んだ方がいいわ」

 和海が、よく冷えたミネラルウォーターの五百ミリペットボトルを、キャップを開けながら手渡してくれた。

 「ありがとうございます」

 それを受け取り、ゆっくりと何度かに分けて飲み干すと、晃はソファーの背もたれに完全にもたれかかり、目を閉じる。

 自分ではほんのひと時目を閉じていただけのつもりだったが、ふと気づくと、たまに泊りがけになったりするときに使う、仮眠用の毛布が体に掛けられていた。

 「……あれ、寝てましたか?」

 晃が毛布をどけると、すでにデスクワークに入っていた和海がこちらを向く。

 「寝てたわ。小一時間くらいね。目を閉じたと思ったら、すぐに寝息を立て始めたんで、仮眠室から毛布を持ってきてかけておいたの。さすがに、少し涼しくなってきたものね」

 直前に大汗をかいたまま寝てしまった晃が、風邪を引かないようにと毛布を掛けたのだという。

 「何から何まですみません。寝るつもりは、なかったんですけど」

 「でも、あんな状態じゃ仕方ないわよ。汗びっしょりかいて、顔色も悪くなってたもの」

 そこへ、ちょうど席を外していた結城が戻ってきた。

 「ああ、目を覚ましたか、早見くん。ここのところ、体力をすり減らすようなことが続いてるんだ、あまり無理はするなよ」

 「はい、気を使っていただいて、ありがとうございます」

 晃は毛布をたたむと、ソファーの座面にそれを置いた。

 「……そういえば、気になってはいたんだけど……あれからどう? ご両親は」

 ふと思いついたように、そして聞きづらそうに、和海が尋ねる。

 病院での、あの父子(おやこ)のやり取りを覚えている二人にとって、ずっと気になっていたことでもあり、いつ切り出そうかと内心考えていたのだ。

 もちろんプライベートのことでもあり、答えたくなければ、答えなくてもいいとも考えていた。

 その考えは、二人の顔に出てしまっており、晃もそれに気づいていた。

 「……母のほうは、ある意味どうしようもありません。束縛しようとする意識が強くなりすぎて、正直家に居づらいです。自分の目の届くところに、絶えず置いておきたいと思うあまりのことで、僕も閉口してるんです」

 退院直後から始まったそれは、いまだによくなる気配がないという。結城も和海も、何とも言えない表情になった。

 「父は、あれから家にいる時間が少しは長くなりました。家に居る間は、母の様子を気にかけているようなんですが、母のほうがそれをまともに受け付けなくて、苦労してるみたいです」

 言葉の後半は、ほぼ人事(ひとごと)のような口調だ。父親との関係は、相変わらずなのだろうと容易にわかる雰囲気が漂う。

 さすがに、これ以上この話題を続けるのも気まずい。

 「そういや、一眠りして体調はどうだ? まだ調子悪そうなら、もう少し休んでいてもいいんだぞ」

 結城がそう声をかけると、晃は大丈夫だとばかりに笑みを浮かべる。

 「もう大丈夫です。ただ、もう少し詳しく“視る”ことが出来ればよかったんですけど」

 「状況が状況だ。仕方ないだろう。万が一のことがあっても、不味いだろうし」

 確かに、アカネの退避が遅れ、現れた鬼と戦いになったなら、本気を出していない状態の晃が、持ちこたえられたかどうかわからない。いや、間違いなく途中で気絶していたはずだ。

 そうなったら、今度はアカネが無事に帰ってこられたかどうか、わからない。

 そう思えば、今回はこれで仕方がないと言えるだろう。

 晃は大きく息を吐くと、ソファーから立ち上がった。

 「そうだ、そろそろお昼だろう。よかったら、昼飯を食べていかないか? これから、デリバリーを頼もうと思っていたんだ」

 結城の言葉に、晃はうなずく。

 「そうですね、せっかくですから、ここで食べていきます。もちろん、自分の分は自分で払いますから」

 結城が全員分をスマホで注文し、しばらくしてボリュームのあるサンドイッチが人数分届いた。

 予め自分の分の代金を結城に預け、配達員に結城がまとめて支払いを済ませると、その間に和海がコーヒーを入れ、昼食となった。

 サンドイッチの断面が目にも鮮やかということで、SNSによく写真が取り上げられている店のもので、パンの間に大量の具材が色鮮やかに挟み込まれている。

 中身がこぼれないように気を付けながら、三人はサンドイッチにかじりついた。

 そして、誰に言うともなく晃がぼそりとつぶやく。

 「……ずっとここに居ようかな……」

 「えっ!? 本気?」

 結城と和海が、声を揃えて聞き返す。

 晃ははっと我に返ったような顔になり、慌てて首を横に振った。

 「あ、い、いや、そんなことはないです。家を出るつもりなんて、そんな……」

 だが、完全に気持ちが緩んだところでのつぶやきだ。あれは紛うことなき本音に違いない。

 精神的に不安定な母親の相手をするのが、やはり相当な精神的負担になっているのだろう。

 「早見くん、これからのことを考えるなら、早めに何らかの形で決断したほうがいいぞ。ますます危険が伴う事態に直面する可能性があるんだから、自宅でゆっくり休めないようじゃ、いろいろ差しさわりが出てくるだろうからな」

 結城の言葉に、晃はうなずき、そのまま考え込んだ。


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