04.禁忌の地
そして、改めて結城や和海のほうを見る。その顔をはいつになく真剣だった。
「アカネを通して、確かに“視え”ました。あの場所には、禍神の封印場所がありました。そしてあの場所は現在、よほどしっかり霊的な防備を固めてから行かないと、とても近づける状態ではありません」
「え!? それはいったいどういうことだ?」
驚いた顔の結城に向かって、晃は続ける。
「かつての封印場所から、禍々しい気配が流れてきていました。あれは、霊的な守りが弱い人を、引き込んでしまう力がある」
「……それって、もしかして異界の入り口になってるってこと?」
和海の顔が引きつっている。
「そういうことです。そして、そこには鬼がいました。見たこともない姿の鬼です。アカネには、鬼が来る直前にそこを離れるように指示したので、鬼に捕まることはありませんでしたが、相当に素早い鬼でした。たまたまそこにいたのか、その場所を守っていたのかは不明ですが」
一応今現在、その周辺は一般的な登山道から外れ、そこを目標として近づいていこうとしない限り一般の人は近寄りそうもないところだということで、二人は顔を見合わせつつ、多少は安堵した顔を見せる。
「ただ、あそこに近づくのは絶対おすすめ出来ません。せめて、和尚さんくらいの力がある人なら、抗えるとは思うんですけど」
調べれば、きっといろいろわかる場所ではあるだろう。だが、近づくこと自体危険なのだ。そもそもそこまで、整備されていない獣道をトレッキングする必要があり、時間もかかるし体力も使う。
もっとも、自分が幽体離脱して向かえばすべて解決しはするのだが、どうして調べることが出来たのか、追及されると困ったことになる。
不審がられるのは避けたかった。
「あそこを調べるなら、相当用意周到にしていかないと、それこそ帰ってこられなくなくなるかもしれません」
晃にそこまで言われると、結城も和海も動く気にはならなくなる。
晃は、短い時間だが“視えた”祠のようなもの、かつての禍神の封印場所を、思い返してみた。
元々は、石造りの小さな家型のものだったらしいその祠は、明らかに人為的に壊されていた。
おそらく、あの時“視た”白い仮面をつけた女性。彼女が祠を破壊したに違いない。あの時までは、霊的な力をあまり持っていなかったために、物理的に破壊することによって、封印を解いたのだ。
そしてその跡地の今は、霊的に危険極まりないところになっている。一般的な登山道から外れているのが、本当に幸いだった。
しかし、うっかり踏み入るものも出てくるかもしれない。そうなったらその人物は、二度とこの世に戻ってくることは出来ないだろう。
妖として、相当な実力を持つアカネだからこそ、ある程度近づけたし、そのあと離れることも出来たのだ。
しかし、“本気”の状態ではないまま意識を繋ぐと、ここまできついのか、と晃は内心溜め息を吐く。
前に意識を繋いだときは、“本気”の状態だったため、そこまでは負担に感じなかったのだが。
「晃くん。お水持ってきたわよ。これ飲んで、少し休んだ方がいいわ」
和海が、よく冷えたミネラルウォーターの五百ミリペットボトルを、キャップを開けながら手渡してくれた。
「ありがとうございます」
それを受け取り、ゆっくりと何度かに分けて飲み干すと、晃はソファーの背もたれに完全にもたれかかり、目を閉じる。
自分ではほんのひと時目を閉じていただけのつもりだったが、ふと気づくと、たまに泊りがけになったりするときに使う、仮眠用の毛布が体に掛けられていた。
「……あれ、寝てましたか?」
晃が毛布をどけると、すでにデスクワークに入っていた和海がこちらを向く。
「寝てたわ。小一時間くらいね。目を閉じたと思ったら、すぐに寝息を立て始めたんで、仮眠室から毛布を持ってきてかけておいたの。さすがに、少し涼しくなってきたものね」
直前に大汗をかいたまま寝てしまった晃が、風邪を引かないようにと毛布を掛けたのだという。
「何から何まですみません。寝るつもりは、なかったんですけど」
「でも、あんな状態じゃ仕方ないわよ。汗びっしょりかいて、顔色も悪くなってたもの」
そこへ、ちょうど席を外していた結城が戻ってきた。
「ああ、目を覚ましたか、早見くん。ここのところ、体力をすり減らすようなことが続いてるんだ、あまり無理はするなよ」
「はい、気を使っていただいて、ありがとうございます」
晃は毛布をたたむと、ソファーの座面にそれを置いた。
「……そういえば、気になってはいたんだけど……あれからどう? ご両親は」
ふと思いついたように、そして聞きづらそうに、和海が尋ねる。
病院での、あの父子のやり取りを覚えている二人にとって、ずっと気になっていたことでもあり、いつ切り出そうかと内心考えていたのだ。
もちろんプライベートのことでもあり、答えたくなければ、答えなくてもいいとも考えていた。
その考えは、二人の顔に出てしまっており、晃もそれに気づいていた。
「……母のほうは、ある意味どうしようもありません。束縛しようとする意識が強くなりすぎて、正直家に居づらいです。自分の目の届くところに、絶えず置いておきたいと思うあまりのことで、僕も閉口してるんです」
退院直後から始まったそれは、いまだによくなる気配がないという。結城も和海も、何とも言えない表情になった。
「父は、あれから家にいる時間が少しは長くなりました。家に居る間は、母の様子を気にかけているようなんですが、母のほうがそれをまともに受け付けなくて、苦労してるみたいです」
言葉の後半は、ほぼ人事のような口調だ。父親との関係は、相変わらずなのだろうと容易にわかる雰囲気が漂う。
さすがに、これ以上この話題を続けるのも気まずい。
「そういや、一眠りして体調はどうだ? まだ調子悪そうなら、もう少し休んでいてもいいんだぞ」
結城がそう声をかけると、晃は大丈夫だとばかりに笑みを浮かべる。
「もう大丈夫です。ただ、もう少し詳しく“視る”ことが出来ればよかったんですけど」
「状況が状況だ。仕方ないだろう。万が一のことがあっても、不味いだろうし」
確かに、アカネの退避が遅れ、現れた鬼と戦いになったなら、本気を出していない状態の晃が、持ちこたえられたかどうかわからない。いや、間違いなく途中で気絶していたはずだ。
そうなったら、今度はアカネが無事に帰ってこられたかどうか、わからない。
そう思えば、今回はこれで仕方がないと言えるだろう。
晃は大きく息を吐くと、ソファーから立ち上がった。
「そうだ、そろそろお昼だろう。よかったら、昼飯を食べていかないか? これから、デリバリーを頼もうと思っていたんだ」
結城の言葉に、晃はうなずく。
「そうですね、せっかくですから、ここで食べていきます。もちろん、自分の分は自分で払いますから」
結城が全員分をスマホで注文し、しばらくしてボリュームのあるサンドイッチが人数分届いた。
予め自分の分の代金を結城に預け、配達員に結城がまとめて支払いを済ませると、その間に和海がコーヒーを入れ、昼食となった。
サンドイッチの断面が目にも鮮やかということで、SNSによく写真が取り上げられている店のもので、パンの間に大量の具材が色鮮やかに挟み込まれている。
中身がこぼれないように気を付けながら、三人はサンドイッチにかじりついた。
そして、誰に言うともなく晃がぼそりとつぶやく。
「……ずっとここに居ようかな……」
「えっ!? 本気?」
結城と和海が、声を揃えて聞き返す。
晃ははっと我に返ったような顔になり、慌てて首を横に振った。
「あ、い、いや、そんなことはないです。家を出るつもりなんて、そんな……」
だが、完全に気持ちが緩んだところでのつぶやきだ。あれは紛うことなき本音に違いない。
精神的に不安定な母親の相手をするのが、やはり相当な精神的負担になっているのだろう。
「早見くん、これからのことを考えるなら、早めに何らかの形で決断したほうがいいぞ。ますます危険が伴う事態に直面する可能性があるんだから、自宅でゆっくり休めないようじゃ、いろいろ差しさわりが出てくるだろうからな」
結城の言葉に、晃はうなずき、そのまま考え込んだ。