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ある異能者の備忘録  作者: 鷹沢綾乃
第七話 狭間に立つ者
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01.プロローグ

 十月初旬のその山の山頂近くは、本格的な紅葉にはまだ早かったが、そろそろその兆しが見え始めていた。

 トレッキングの縦走路の途中にあるこの山は、これからの時期には多くの登山者で賑わう。縦走路が、ちょうど紅葉の名所にもなっているからだった。

 そういった登山客の中の、まだ年若そうな二人連れの女性が、話をしながら登山道を歩いていた。

 辺りには、時折行きかう登山客が居り、空も鮮やかに晴れていて、気持ちのいい登山日和だった。

 山頂手前でお昼を食べ、それから山頂を越えて反対側の尾根に下ってきたところだ。この日の予定では、この先の山小屋に一泊。次の日の午後に下山、帰途に就くことになっている。

 時間的な余裕はたっぷりとってあるので、まだ明るいうちに山小屋へ着き、ゆっくり休めるはずだった。

 二人はおしゃべりを楽しみながら、わずかに紅葉に兆しが見え始めた木々の間をはしる道を、のんびりと歩いていた。

 しばらく歩いていくうちに、二人はおかしなことに気づく。先ほどまで、行きかっていた他の登山客の姿が、ここのところ見られない。

 登山道はわかりやすい一本道で、途中に紛らわしい分岐などはなかった。そういうものがあるとも聞いていない。

 「おっかしいなあ。どうして私たちしか歩いていないんだろう?」

 「ねえ、あんた前にもこのトレッキングコース縦走したことあるよね? その時も、こんなだったの?」

 「いや、そんなことないよ。まして今日は天気いいし、人が通らないってことはあり得ない」

 「でも、現にしばらく他の人見てないよ」

 二人は立ち止まり、辺りを見回した。特にこれといって、変わったところなどはない。

 いや、あった。二人は同時に気が付いた。静かすぎる。

 先ほどまで、時折鳥の声は聞こえていたし、風が木立を渡る音もしていた。

 だが、今は全くの無音だ。二人の話声や足音だけしか聞こえない。あり得ないことに、風さえもぴたりと止まり、空気が体に密着してくるようだった。

 頭上の太陽は、異様なまでにぎらぎらと輝き、すべてが静止したような無音の空間を照らしている。

 「ねえ、これ絶対なんかおかしいよ!」

 「そうだよねえ。なんで風が止まってるの?」

 二人は顔を見合わせると、そのまま顔を引きつらせて速足で歩き出す。

 「早いとこ、山小屋へ行こう。きっとそこには、誰かしらいるよ」

 「そうだよね。ああもう、誰か通りかからないかなあ」

 言い知れぬ不安にさいなまれながら、二人は道を急いだ。登山道にしては歩きやすい道ではあったが、平らな道ではないので、バランスを崩さないように気を付けながら、脇目も振らずに歩き続ける。

 その時、後ろを歩いていた女性が、不意に叫んだ。

 「ねえ、ちょっと止まって! 誰か、後ろから来てるみたい」

 それを聞き、前の女性も足を止め、二人で固まって後ろを見る。しかし、後ろから誰か来る様子はない。

 「……誰も来ないじゃない」

 「おかしいなあ。たしかに足音が聞こえたのに……」

 気のせいだったのだろうか。声をかけたほうは釈然としない様子だったが、誰も来ないのは事実だった。

 二人は諦めて、先を急ごうと前を向き、そこで凍り付いた。

 いつの間にか、前方に人影があった。ただし、それは人間ではなかった。

 身の丈が軽く二メートルはあり、金髪翠肌の二本角。紫の衣を纏っているそれは、昔話などに語られる“鬼”そのものだった。

 鬼が、一歩を踏み出す。裸足の足の爪さえも黒々として、先端が鋭くとがっているとわかる。

 二人は悲鳴を上げて元来た道を逃げようとした。

 「嘘―っ!!」

 再度悲鳴が上がる。二人の背後の道にも、やはり鬼がいた。

 黒髪蒼肌の一本角で、墨の衣を纏う鬼だったが、左眼が醜く抉られ、それがそのまま左側頭部の大きな傷跡に連なっている。それだけに、かえって不気味さが増していた。

 『今回の“贄”はこいつらでいいか』

 『そうだな、ちょうど若い女子(おなご)だしなあ』

 二体の鬼が、低く嗤う。

 ここは尾根道。左右はそこそこの斜面で、生えている木々で見通しが悪い。

 二人は震えながらも、斜面を降りて逃げようと咄嗟に思いついた。それしか道はない。二人は一瞬顔を見合わせ、互いにうなずく。

 そして、決死の思いで斜面の林に二人で飛び込む。

 『おっと、逃げられると思うのか』

 『まあいい。この方が、楽しめる』

 鬼たちは、悠然と二人の後を追いかけていく。

 二人と二体が林に消えて、しばらくした後だった。木々の奥から、悲鳴とも呻き声ともつかぬ声がかすかに響く。

 その直後、空気がべったりと死んだように止まっていたその空間に風が吹き、鳥のさえずりの音が戻ってくる。

 道の両側から、当たり前のように登山者が歩いてくる。その登山者の誰も、ここであったことを知らないでいた。

 ただその翌日、二人が予約していた山小屋のあるじから、宿泊予定だった登山者が来なかったという連絡が、地元の警察に届く。

 警察の調べで、二人の女性登山者が、山の縦走ルートに入ったことが確実となり、ほどなくして捜索隊が組まれ、山一帯の捜索が行われた。

 捜索規模は日に日に増し、ついには自衛隊まで出動しての大捜索となった。

 しかし、そもそも険しい山ではなく、尾根伝いの一本道を歩く縦走トレッキングコースであるため、道に迷うということも考えにくく、また登山道も決して足を踏み外しそうな造りにはなっていないため、遭難自体があまり考えにくいコースだった。

 確かに悪天候なら、何かがあっても不思議はないが、当時は晴天で風も強くなく、とても遭難するとは思えない気象条件だったのも、おかしな点だ。

 誰もが首をひねるような状況の中、それでも捜索は行われたが、何の手がかりもないまま次第に規模は縮小していき、ついには捜索打ち切りとなる。

 あとは、行方不明になった二人の知り合いの登山仲間が、ボランティアで細々と捜索を続けることになるが、二人の持ち物さえ見つけ出すことが出来ないまま、時間だけが過ぎていくことになる。

 捜索を続ける人の中には、こう言い出す者さえいた。

 「まるで、神隠しだ」

 しかし、まさか比喩表現として口にしたその言葉こそ、実は真実であるなどと、誰が思うだろうか。

 山はいつしか、美しい紅葉の時期を迎えていた……


いよいよ第七話がスタートしました。

一所懸命書いていきますが、週一更新がなされなかった場合、詰まっちゃったんだな、と温かい目で見守ってくださると嬉しいです。

そうならないよう、頑張りますが。


しかし、コロナ禍が収まりませんねえ。

一番感染者数の多い東京在住者であるため、迂闊によそに出かけられないな、と思う今日この頃です。


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