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ある異能者の備忘録  作者: 鷹沢綾乃
第六話 贄の巫女
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30.我愛你

 「あ~お姉ちゃんずるい! 私だって、イケメンの早見さんと話してみたいもん!!」

 横から割り込んだのは舞花だ。さらに彩弓が口を挟みそうになったところで、雅人が一喝。

 「いい加減にしろよ、揃いも揃って! 病み上がりの人間捕まえて、騒ぎ過ぎなんだよ!」

 それで舞花と彩弓が、ばつが悪そうに視線を泳がせる。

 「もういいよ。こういうふうに騒がれるのには慣れてるから」

 そう言って笑うと、晃はこの勢いで部屋を出てしまおうとして、つい万結花のほうを見た。そしてハッとする。彼女は、どこか寂しそうに笑っていた。

 そして、小声でつぶやくのが聞こえた。

 「……あたしは、早見さんの顔もわからない。触ることも出来ないから、何もわからない……」

 視覚障碍者は、手で触れることによって触覚でものの形を感じる。けれど、人に触れることが許されなくなった今、万結花はいわゆる“イケメン”だと母や妹が大騒ぎしている晃の容姿に関して、()()()()()()()()()ことさえ出来なくなっているのだ。

 普段は、自分の顔にコンプレックスを持ち、自分の容姿を見て騒ぐ女子たちを一歩引いた目で見てしまう晃だったが、万結花の顔を見た瞬間、何とかしてあげたいと思ってしまった。

 そこで、万結花自身に触れないようギリギリまで近づくと、囁くように告げる。

 「……僕の顔、見せてあげることが、出来るかもしれません」

 「え!?」

 驚きに目を見開く万結花に、晃は告げる。

 「僕の視覚を、貸せるかもしれません。ただ……体のどこかに触れていないといけないので、手をつなぐことは許してください」

 やってみなければわからないことだが、万結花自身が持つ強大な霊力の流れを、わずかでもうまく還流させることが出来れば、おそらく体の感覚を貸すことが出来るはずだ。

 「……もし出来るなら、ほんのひと時でいい、『目が見える』とはどういうことなのか、知りたいです……」

 万結花は、おずおずと両手を晃に向かって差し出した。その手を取ろうとして、晃は不意に気づく。

 ……そういえば、これは手を握るということだ。さっきは彼女の寂しそうな顔が見ていて切なくて、つい申し出てしまったが、これは……

 今更ながらに、動揺が走る。どっと汗が噴き出してきた。

 と、即座に遼のツッコミが入る。

 (自分から言っといて、何ビビッてんだこのポンコツが! さっさと握っちまえ!!)

 遼にせっつかれ、晃は一瞬目をつぶり、覚悟を決めて目を開けると、万結花の左手を軽く握った。すると、あろうことか万結花が右手をその上に重ねてくる。思わず心臓の鼓動が跳ね上がった。

 「あれ、お姉ちゃん何してんの!? 早見さんと手なんか繋いで!」

 舞花の声に、彩弓も雅人もこちらのほうを見た。雅人のほうは、少々険悪な雰囲気だ。

 「おい! どさくさ紛れに何やってる!?」

 晃が言い訳しようとしたとき、先に万結花のほうが口を開いた。

 「早見さんが、前からずっと思っていたことを、叶えてくれるんですって。だから、別にいいでしょう?」

 「え……?! まさか、目が見えるようにするっていうのか!?」

 聞けば、万結花は以前から、目が見えるとはどういうことなのか、知りたいと思っていたらしい。今までは何となくそう思っていただけだったのが、家族が騒ぐ“早見晃”という人物が現れ、その人の容姿を自分だけ全く知らないことが寂しくて、つい言葉に出てしまった。それを聞いた晃が、申し出てくれたのだ、と。

 晃は目を剥いて驚いている雅人たちに向かって、苦笑しながら告げた。

 「『目が見えるようにする』わけじゃない。僕の体の感覚を貸して、疑似的に体験してもらうだけだから」

 晃は、鏡がどこにあるか尋ねた。すると舞花が、玄関脇に立てかけている姿見があるからと、わざわざ持ってきてくれた。

 姿見が、万結花の部屋の入り口に置かれる。それには、姿見に対して後ろ向きの万結花と、半歩後ろで正対している晃の姿が映っている。

 この()に及んで、晃の心にかすかな後悔がわき上がる。万結花は自分の顔を見て、どう思うのだろう。やはり、他の女の子と同じように、キャアキャア騒ぐのだろうか……

 心の動揺を押さえつけ、晃は万結花に向かって静かに話しかける。

 「ゆっくり、呼吸してください。僕のほうが合わせます。そして、自分自身の霊力、“気”の流れを感じてください」

 晃に言われた通り、万結花は静かに心を研ぎ澄ませた。そして、今まで朧気にしか感じてこなかった何がしかの力の流れのようなものを、感じ始める。

 すると、それがわずかだが握った手を通じて晃の方に流れ、さらに自分のほうに戻ってくる。

 それをしばらく繰り返していると、やがて晃が告げた。

 「今から、感覚を繋げます。主に視覚です。僕が合図をしたら、一度目を閉じて、それから目を開けてください」

 言われるままに、晃が一瞬強く手を握ったところで目をつぶり、それからゆっくりと目を開けた。

 それは不思議な感覚だった。辺りが明るく、何かよくわからないものが視界に入っている。すぐ目の前に何か黒いものが見えるが、何だろう。そう思ったとき、それが動いて何かがわかった。自分の頭だ。

 晃と万結花は、そこそこの身長差がある。だから、晃の目線で見ると、万結花の頭の上が見えるというわけだ。そして目線が動く。そこには、細長い板状のものがあり、それに二人の人物の姿が映っている。自分らしい人物は、後ろ向きで顔は見えない。

 そして万結花は見た。鏡に向かって真正面に立つ、青年の姿を。

 どこか中性的でほっそりとした印象だが、その顔立ちは驚くほど整っていた。左目が義眼と聞いていたが、ほとんどわからないほどだ。

 「ああ、見えました。これが、早見さんの顔なんですね……」

 そして、鏡の向こうから自分を覗き込む青年と少女、二人よりずっと年上だと思う女性。間違いなく、今まで触れることでしか知らなかった兄と妹、そして母だ。

 「……ごめんなさい。感覚の共有を切ります。……霊力の流れ込みがきつい」

 晃の唇が動き、顔がわずかに歪んだかと思うと、直後に視界は再び暗く閉ざされたものになった。

 晃の息が弾んでいるのがわかる。そして、握った手が離れていこうとしていることも分かった。さすがに止められない。

 「……ごめんなさい、無理言って」

 「……大丈夫です。やっぱり“贄の巫女”だ。手を握るだけでも、ある程度の時間が経つと、霊力の流れ込みがきつくなって、僕でも(さば)けなくなる。よくわかりました……」

 しばらく呼吸を整えている気配がする。それを案ずる雅人の声も聞こえた。

 「早見、ほんとに大丈夫か? そもそも病み上がりだろ、お前」

 「……もう、落ち着いてきたから平気だよ……。でも、さすがにこれ以上は無理だ。巫女の霊力は、本当に人間では(ぎょ)せない……」

 そもそも、赤の他人と感覚を共有することも、荒業といえば荒業なのだ。普通は出来ないだろう。

 「早見さん、本当にあたしのわがままをかなえてくれて、ありがとうございました。きっと優しい人だと思っていましたけど、やっぱり思っていた通り優しい顔でしたね」

 万結花がそう言った途端、晃は息を飲んで万結花を凝視する。

 「……優しい……!? 僕の顔が……優しい……?」

 明らかに戸惑いを隠せていない晃に、万結花は不思議そうに首をかしげた。

 「ええ、優しい顔だと思いましたよ?」

 それには、舞花が反応した。

 「え~かっこいいイケメンじゃないの?」

 「確かにとても整った顔だとは思ったけど、でも、それより“優しい”っていう印象のほうが強かったのよ。それ、おかしいの?」

 「いや、おかしくはないけど……」

 姉妹の会話を聞きながら、晃は呆然としていた。美形だのイケメンだのとは、それこそ“耳にタコが出来る”ほど言われたが、“優しい顔”といわれたのは、本当に初めてだったからだ。

 (……優しい顔……。言われたこともなかった……)

 (おい、晃。お前どんどん気持ちが傾いていってないか!? わかってるだろうな、相手は“贄の巫女”だぞ)

 (わかってる……。わかってるけど……)

 不意に、目の前に立っている万結花を、思いきり抱き締めたい衝動にかられ、晃はそれを理性で抑えつけた。それをしてしまえば、彼女を護るどころではなくなる。

 ああ、そうか。だから自分は何のためらいもなく言えたのだ。

 『自分を盾にしてでも彼女を護る』と。

 決して触れることを許されない存在だからこそ、たとえそれが“神”であろうと触れさせたくないのだ、と。

 分が悪すぎる戦いだ。今、禍神はそんなに強い力は持ってはいないだろうが、そのうちある程度は力を取り戻すだろう。力弱いうちに封印出来るかといったら、おそらく難しい。

 そして万結花を本気で狙うころには、人間ではどうにも出来ないほどの存在になってしまっているに違いない。最後の仕上げが“贄の巫女”の霊力だ。彼女の霊力を喰らい尽くすことにより、禍神は強大な力を持った神として、真なる復活を遂げることになるだろう。

 それでも、自分は彼女の盾になる。晃ははっきりと自覚した。


 僕は、川本万結花さんが好きだ……


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