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ある異能者の備忘録  作者: 鷹沢綾乃
第六話 贄の巫女
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29.それぞれの事情

 深夜の部屋の中は、真っ暗だった。そこに、眼を金色に、額の逆三角形を赤く光らせた那美の体が、ベッドの上で半身を起こしており、その傍らには三体の鬼が跪いていた。

 (さて、厳鬼よ。あれから五日ほどじゃが、具合はどうじゃ?)

 (はい、やっとある程度回復をしてまいりました。この度のこと、面目次第(めんぼくしだい)もございません)

 とはいえ、厳鬼と呼ばれた鬼の左眼は、いまだ抉られたままだった。他の傷も、まだはっきりと体に刻み付けられたままだ。戻ってきたときの状態がひどすぎて、今まで詳しいことを聞けなかったのだ。

 (まさか、封印が解かれた直後、そのまま“贄の巫女”がいるだろう、結界の張られた家に行くとは思わなんだぞ。その挙句がこれでは、まったく何をしに行ったのかわからん)

 呆れたように、漸鬼が顔をしかめる。

 (まあまあ。こ奴は昔からそうだろう。勢いで動くが、それが良い方向に働くこともあるのだからな)

 劉鬼が、なだめるように割って入る。

 (しかし、虚影様が危惧した通りになりましたな。姿は見せずとも、厳鬼をこれだけの目に遭わせるとは、あの霊能者、やはり只者ではありません)

 実際に霊能者()と対峙した経験のある劉鬼が、溜め息を吐く。

 (して、あの霊能者が厳鬼めをここまでにしたのは、間違いないのじゃな?)

 (はい、間違いございません。某が“視た”ところ、厳鬼の傷に残っていた霊気の波長が、あの時対峙した霊能者のものと同じなのです。霊気の波長は、そうそうぴたりと合致ものではございませんから)

 (なるほどのう。あれだけの力、下手をすれば“人”を超えておる。この娘にも権能を与えて力を持たせたのじゃが、それに匹敵するかもしれん。ますます厄介じゃ)

 虚影が苦虫を噛み潰したような顔をすると、三体の鬼は互いに顔を見合わせて唸る。

 (厳鬼よ、おぬしはあの場でどう感じたのだ。吾は直接見ておらんから、わからんのだが)

 漸鬼の言葉に、厳鬼は思い出すのも憂鬱だという顔で、首を横に振る。

 (とにかく、姿も見えないのに、すごい一撃が飛んできた、としか言いようがない。最初は弾き飛ばされ、次には肉を抉ってきやがった。まさか、人間ごときがあれだけの力を使うとは……)

 姿が見えないということは、その場にいないまま何らかの形で力を使ってきたということだ。それだけでも、容易ではない相手と言えた。

 (やはり、この娘を()かして、蒐鬼(しゅうき)濫鬼(らんき)の封印を解かせた方がよいじゃろうの。いくら(くだん)の霊能者が『最強』といえど、所詮は一人。疲弊させれば、そのうち力尽きるじゃろうて)

 虚影の言葉に、三体の鬼はうなずく。

 (それではこれより、あとふたりの居場所、調べてまいります。この娘だけに調べさせるより、おそらくは早く調べがつくかと)

 漸鬼がそう言って頭を下げると、他の二体も同じく頭を下げる。

 (そうじゃな。吉報を待っておる。儂が力を取り戻せれば、あのような存在、いくらでもやりようはある)

 三体の鬼は、立ち上がると同時にその姿が揺らぎ、そのまま消え去った。

 (さて、数が揃ったなら、本格的に“贄の巫女”の元に我が眷属を送ることにするかの。力を取り戻すその時が、楽しみじゃ)

 虚影が、闇の中で嗤った。


  * * * * *


 退院した翌日の午後、晃は川本家を訪れていた。

 ちょうど土曜日でもあり、川本家では家族全員が揃っていた。

 玄関で出迎えた雅人が、心配そうに晃の顔を覗き込む。

 「早見、本当に大丈夫か? 昨日まで、一週間入院してたって聞いたんだが」

 「うん。一応体力も戻ってきたし、結界の様子も見ておきたかったしね」

 とはいえ、晃の顔色から見て、万全の体調であるとは到底思えなかった。

 そういえば、晃の首にいつもかかっている石の首飾りが、ひとつもかかっていない。

 「なあ早見、いつも下げてる首飾りはどうした?」

 「ああ、あれか……。あれ、ちょっと重くて……」

 「あの程度のものが、重いのかよ!? お前、どれだけ体力なくなってるんだよ……」

 唖然とする雅人に、晃は苦笑いを浮かべる。

 「……おそらく、今だけだよ。すぐに戻るさ。それに、霊能力が使えないわけじゃないから」

 そうはいうものの、なんだか顎の(ライン)が少し細くなった気がする。そうでなくとも、線の細い方だというのに、今の晃はどこか儚げだ。スポーツ系のサークルに入っている女子のほうが、まだ逞しく見える。

 取りあえず家に上げると、雅人は晃を気遣った。

 「顔色があんまりよくないけど、また倒れたりしないでくれよ」

 「それは……さすがに大丈夫だよ……」

 「今、なんか間があったよな。本当に大丈夫か?」

 「くどいよ。それより、結界の様子は……何とかギリギリ大丈夫そうだな」

 家の中から感じる“力”の具合で、どうやら何とか耐えてくれていたのを確認し、晃は安堵の息を吐く。

 居間に通されると、そこにはすでに雅人の両親と、万結花、舞花の二人が揃っていた。

 顔を見るなり、両親が晃に向かって頭を下げる。

 「本当に、色々申し訳ない」

 「まさか、入院するほどになるなんて思わなかったの。ごめんなさい」

 これには、晃のほうが慌てた。

 「待ってください。僕は何とも思ってません。謝る必要なんて、ないですよ」

 「でも……」

 さらに何かを言おうとする二人に向かって、晃は静かに告げる。

 「あんな鬼に、蹂躙なんかされたくなかった。どんなことになっても、この家の人を守りたかった。それだけです」

 両親は大きく溜め息を吐くと、彩弓が口を開いた。

 「それでも、あなたがあの後入院したって聞いて、本当にどうしようかと……。何かして欲しいことがあったら、何でも言ってちょうだい。出来る限りのことはするから」

 「でも、これは依頼があったからで……」

 晃が困ったように言いかけると、俊之がそれを遮る。

 「いや、もうこういう状態にまでなったら、『依頼』云々(うんぬん)の話じゃない。さっきの口調だと、倒れるとわかっていて力を使ったみたいに聞こえたんだ。そこまでしてもらったら、こっちだって何か返さないと、気が済まないんだよ」

 それには、今度は晃が溜め息を吐いた。

 俊之も彩弓も、晃が入院したと聞いて見舞いに行こうとしたのだが、晃のほうから『万が一、身辺を見張られていたら、自分の現在地や体の状態が知られてしまい、病院に迷惑がかかる危険があるので、見舞いにはこないでくれ』と断られていた。自分に力が戻れば、いくらでも誤魔化しようはあるから、と。それで、余計にやきもきしていたのだ。

 晃はしばらく考え込んでいたが、やがて少し申し訳なさそうに話し始める。

 「……でしたら……ものすごく厚かましいお願いになるんですけど……依頼とかそういうの抜きで、時々ここにきていいですか? 今ちょっと、自宅から離れたい心境なので」

 それには、家族全員が怪訝な顔になった。

 「それ、どういう意味だ? 自宅から離れたいなんて」

 雅人の当然の疑問に、晃は疲れたように肩を落とした。

 「……あれから母親が、過保護を通り越して束縛しようとしてくるんだ。自分の目の届くところに僕を居させようとしてね。大学まで送り迎えすると言い出した時には、さすがに頼むからやめてくれと必死に説得してやめてもらったんだけど、今度は『自分の部屋になど行くな。リビングで一日過ごせ』とか言い始まって……。今家に居ると、監視されてるみたいで、すごいストレスで……」

 「うわぁ……」

 「この家の空気が、ほっとする……」

 家族全員が、思わず黙りこくった。

 「……やっぱり、自分の部屋の中で倒れてたっていうのが、影響してる?」

 恐る恐る問いかける雅人に、晃はげんなりとした顔でうなずく。

 「思いっきり。嫌な予感は入院中からしてたんだけど、もう『やっぱり~』って感じで……」

 二十歳を過ぎた男子大学生を、まるで幼子(おさなご)のように自分の手元に置いておこうなど、どこか壊れているとしか思えない。やはり、以前の事故の時のトラウマが、悪い方向に刺激されたのだろう。

 居間全体に、同情の空気が広がる。

 「そういうことなら、いくらでもどうぞ。歓迎するわよ」

 少しおどけたような口調で、彩弓が答える。俊之もうなずき、親指を立てて見せた。

 晃は、ほっとしたようにわずかに笑みを浮かべる。

 「ところで、結界は大丈夫なんですか?」

 舞花が少し心配そうに尋ねる。万結花もうなずいた。

 「この間は、あたしの部屋のところに来たので、ちょっと心配なんです」

 「ざっと“視た”結果、今のところ特に問題はないですけど……」

 「でも、お姉ちゃんの部屋のところだけは、鬼がぶつかってきてたでしょ。だから、お姉ちゃんも気にしてて……」

 確かに気にはなるだろう。前にも部屋には入っているのだし、別に問題ないと晃以外の誰もが思っているのが、それとなく伝わってくる。

 確かに以前結界を張るためと、結界を強化するためとで都合二回、許可を得て万結花の部屋には入っているが、その時は、彼女を異性としてはっきり意識していたわけではなかった。一目惚れだったくせに、自分で気が付いてなかったせいだ。

 だが、今は違う。彼女を異性として意識し、好意を持っていると自覚している状態なのだ。そうなると、部屋に入る意味合いが少々違ってくる。しかも表面上は特に違いがないのが、晃にとっては悩ましかった。

 そんな晃の心を知ってか知らずか、万結花は当たり前のように自分の部屋に案内してくれた。そして雅人も含めた、家族全員がついてくる。

 ここは、入らないほうが逆に不自然だ。覚悟を決めて、万結花の部屋に足を踏み入れる。

 以前入ったときも思ったが、小物がほとんどなくて、すっきりとした部屋だ。家具の類も木目調の落ち着いたもので、年若い女性の部屋だということを、あまり意識しないでも済むような部屋になっていた。それでも、ここで普段万結花が過ごしていると思うと、なんとなく落ち着かない。実際、シンプルなデザインだが、ベッドが置いてあるし。

 それでも、これは仕事だ。一度大きく深呼吸をすると、晃は改めて結界の様子を“視て”みる。

 「……まあ、今のところは特に問題はないです。ただ、さすがにこの間の鬼みたいなやつが来ると、ちょっとどうなるかわからないところがあるので、後日改めて強化しに来ますよ」

 そう告げながらふと、今まで全く注目していなかったベッド脇の机の上に目が行った。

 机の上には、これだけは異質なメタリックシルバーの、少し型の古いノートパソコンが置かれている。そばには、プリンターも設置されていた。

 「あれ、パソコン使えるんですか?」

 思わず問いかけた晃に、万結花はフフフと笑った。

 「そう思いますよね、でも、使えるんですよ。音声ソフトを組み込んであるので、キーを打つと音声で変換を教えてくれるんです」

 「へー」

 いくら音声ソフトが読み上げてくれるといっても、キーボードを打てるようになるまでには、相当練習したに違いない。晴眼者がブラインドタッチを覚えるより、難易度は高いはずだ。

 きっと普段から、頑張り屋なところがあるのだろう。晃は素直に感心した。

 すると、万結花が突然こんなことを言い出した。

 「そういえば、前から早見さんとはお話してみたかったんです。ちょっとお話していいですか?」

 「はい?!」

 不意を突かれ、晃は目を丸くしたまま固まった。

 「あたし今まで、こんなに気配の暖かい人に会ったことがなかったんです。それに、あたしを護るために一生懸命戦ってくれているって思うと、なんだか申し訳なくて。だから、あなたのこと、もっと知りたいって思ったんです。迷惑かもしれませんけど」

 「い、いや。迷惑だなんて……そんなこと、ありませんから……」

 内心の焦りが顔に出て、カッと熱くなっている晃に、遼が溜め息を吐く。

 (落ち着け! じたばたするのはみっともないぞ。お前は中坊(ちゅうぼう)か!?)

 おそらく、万結花に他意はない。純粋に、人柄を知りたいと思っているだけだ。頭ではわかっていても、感情がついていかない。


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