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ある異能者の備忘録  作者: 鷹沢綾乃
第六話 贄の巫女
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28.子と父

 その日の午前中に、結城や和海、法引が連れ立って見舞いにやってきた。

 雅人のほうから、事のあらましを知らされていたという三人とも、ベッドの上の晃の痛々しい姿に顔をしかめた。

 「……晃くん、ずいぶん無茶したのね」

 心配そうに見つめる和海の言葉に、晃は笑みさえ浮かべて見せた。

 「……しなければいけない無茶だったんですよ。禍神の配下だとわかっている鬼に……結界を破らせるわけにいきませんでしたからね……」

 「禍神の配下、ですか。どうしてそれが、わかったのですかな」

 今度は法引が問いかける。

 「自分で名乗ったんですよ……。『禍神様の元の厳鬼』と。山の中で襲ってきた鬼に比べて、よりごつい体つきでしたね……」

 「なるほど。しかし、完全にこちらは後手に回っているな。向こうはどんどん配下の封印を解いているってことだからなあ」

 結城が難しい顔で、腕を組んで唸った。

 「それに関しては、仕方がありません。元々こちらが不利なのですからな」

 そこへ、晃が口を開く。

 「……ところで……僕の両親と出くわしませんでしたか?」

 「え、ご両親!?」

 和海が目を丸くする。結城と法引は顔を見合わせた。

 「いや、わたくしたちは病院の関係者にしか会っておりませんが」

 「……あー……。実は母がちょっと……」

 今回倒れていた姿を発見したのが母であり、そのせいで過去の事故の時のトラウマが甦り、今現在精神的にかなり不安定になっているのだと告げた。

 「……一応、父が付き添っているはずなんですが……今まで母のトラウマに対して、ちゃんと向き合ってこなかった人なので……。仕事が忙しいのを口実に、逃げていたんです……」

 「ああー……」

 三人の声が揃った。

 「……なんとなく耳が痛いというか、なんというか……」

 結城が目線を泳がせる。多少なりとも、自分でも心当たりがあるという顔だった。

 「そういえば、所長のお嬢さん、反抗期真っただ中では?」

 和海の指摘に、結城はますます目を泳がせた。隣で法引が苦笑いしている。

 「どんなに遅くとも、高校を卒業するころには、大体落ち着きますよ。うちも、そんなものでしたからな」

 法引の言葉に、結城もまた苦笑いした。

 「ところで晃くん、いつごろ退院出来そうなの? こんな状態のところ、本当に申し訳ないと思うんだけど、わたしたちだけじゃ不安でしょうがないのよ」

 実際、“鬼”クラスのモノが現れたら、この三人だけで対抗するのは難しい。出来なくはないだろうが、おそらくボロボロになってしまう。命の危険も、あるかもしれない。

 それは、晃も含めた全員の共通認識だった。

 「……正直、まだ何とも言えないんです。僕自身、ここまでの状態になったのが初めてで、どのくらいで回復するか、自分でもわからないんです……」

 晃がそう答えると、三人が同時に溜め息を吐いた。

 「多少なりとも、“気”を補いましょう。その方が、まだ回復が早いと思いますからな」

 法引が右掌を晃の胸の上にかざすと、静かに読経を始める。それを見て、法引の手に重ねるように、結城も和海も手を伸ばした。

 三人の手で、少しずつ“気”が送り込まれてくる。わずかずつではあるが、体の中を温かいものが流れ始めたような気がした。晃の顔に、ほんのわずかだったが赤みが戻る。

 読経が終わったところで、三人が手を戻し、同時に肩で大きく息をした。

 「……本当に、体がガタガタになってたんだな、早見くんは。ここまで疲れるとは……」

 「いや本当に、早見さんが実はかなり重篤だったと、よくわかりました……」

 「晃くん、ほんとによく一晩で目覚めて、こうして話してるわよね。下手したら、二、三日意識が戻らなくても、不思議じゃないわよ……」

 三人とも、疲労感で肩で息をしているような有様だった。

 「……すみません。でも、少し楽になりました。ありがとうございます……」

 心なしか表情が穏やかになった晃が礼を言うと、三人は疲労の色を浮かべながらもうなずく。

 その時だった。

 「どちら様ですか?」

 その声に、三人は振り向いた。

 そこには、地味なジャケットを羽織った中年の男性が立っていた。表情は、明らかに訝しげだ。

 「……父さん、母さんはいいの?」

 晃が男性に話しかけたことで、その人物が晃の父親だとわかった。

 母親の顔も知っている結城と和海は、二人同時に同じことを考えた。

 “二人の顔の整っているところを集めて、さらに五倍くらい美形にしたのが晃だな”と

 顔の個々のパーツには似ているところがあるのだが、全体でみると顔立ちに関しては『トンビが鷹を生む』のそれである。

 それはともかく、晃の問いかけに、父親はわずかに目を伏せながら答える。

 「母さんは今、談話室を借りて休んでいる。落ち着いてきているから、お前が心配することじゃない」

 「……今は、母さんのところにいるべきだよ、父さん。落ち着いたなんて言っても……それは表面的だ。僕の顔を見れば、また同じようなことになる……」

 父親を見る晃の眼は、三人から見てあまりに冷静過ぎた。父親に対して、甘えたり怒ったりする親子らしい感情が薄いと感じられるのだ。思った以上に、根が深そうだ。

 「しかしな、晃。今のお前は……」

 「父さん、僕のことはいい。どうせ、そんなに長い入院にはならない……。でも、母さんは今向き合わなければ、何年トラウマが刻まれたままになるか、わからないよ。前の事故のものだってまだ収まり切っていなかったのに、今回また不安定になって失神したりしたんだそうだよ……。今度は、悪い方へ転がると……それこそ目を離すことが出来なくなるかもしれない。今父さんがいるべきなのは、母さんのところだ。僕のところじゃない……」

 父の言葉を遮って一気にそれだけしゃべると、晃は苦しげに息を弾ませる。意識的に、鼻のチューブからの酸素を吸っているようだった。

 まだ心肺機能が回復していないのだ。一気にいろいろしゃべるのは、体に負担となるのは誰の目にも明らかだった。

 何とも重く、気まずい空気が広がる。結城と法引が目くばせし、和海もそれに気づいてうなずき、三人が病室を出ようとしたとき、晃の父正男のほうが先に口を開いた。

 「……わかった。しかし最後に、これだけは。あなた方は、晃とどういう関係の方ですか? 今のやり取りでお判りでしょうが、私は晃の父親で、早見正男と言います」

 正男の疑問に、結城が答える。

 「私は、息子さんのアルバイト先の探偵事務所の所長で、結城孝弘と申します。こちらは私の秘書の小田切和海、そちらが、私たちの手伝いをしてくれている西崎法引さんです」

 「ほういん、ですか」

 正男が怪訝な顔をすると、法引自身が付け加える。

 「ああ、それは僧侶としての法名です。本名は明直(あきなお)と申します」

 三人のおよその素性がわかったところで、正男の表情が微妙に険しくなった。おそらくは、智子経由でアルバイト先としていろいろ聞いているのだろう。ただ、それは母親のフィルターがかかっているものなので、晃本人がどう考えているのかは、考慮に入っていないはずだ。

 「アルバイト先、ですか……。まあ、息子も成人していますからとやかく言うことじゃないですが、あなた方は、いったい何をやっているのですか? 後ろ暗いことなどやってはいないでしょうね。晃に何か余計なことをやらせているのではないですか?」

 その言い方はまるで、犯罪紛いのことに手を染めているのではないか、晃にその片棒を担がせているのではないか、と疑っているようだ。

 三人が反論しようとしたその時だった。

 「この人たちのこと、何も知らないくせに、勝手に疑いなんかかけるな! 僕の心の居場所はこの人たちのところだ! 親だからって、余計な口を出すなっ!!」

 晃が正男を睨みつけながら、声を(あら)らげた。今まで聞いたこともない大声を出す晃の姿に、その場にいた誰もが、驚愕したまま固まった。父親の正男さえもだ。

 直後、晃はそのまま息が荒くなり、浅く速い呼吸を小刻みに繰り返す状態になっていく。

 「……く……るし……」

 荒い呼吸の合間に絞り出される、呻くような晃の声に、その場の誰もが顔色を変えた。

 「まずい! ナースコールを!!」

 結城の声に、一番近いところにいた和海が弾かれたようにナースコールを押した。

 ほどなくやってきた看護師は、晃の様子を見て医師を呼びに走った。呼ばれた医師とともに看護師が戻ってくるまで、一分ほどだったはずだが、その場にいたものにははるかに長い時間に感じた。

 看護師と医師は、少量の血を採取して検査し、さらに晃の体を診察し、そして診断のついた病名を告げる。

 「……過換気症候群ですね。落ち着いて。どんなに苦しくても、死ぬようなことはありませんから」

 そして、いまだ所在なげに突っ立ったままの正男や結城たちに、目線だけで退出を促す。四人は促されるまま、病室を出た。

 中ではまだ、医師による緊急処置が続いているが、少なくとも、直接命に関わるものではないことだけは、はっきりしているのが救いだった。

 それでも四人は、気まずい空気を抱えたまま病室を離れた。

 過換気症候群、いわゆる“過呼吸”の発作を起こすほどの勢いで晃が激高したのは、間違いなく正男の“失言”だ。

 「……お父さん、あなたが我々を信用出来ないのはわかります。ですが、我々に疑いの目を向けるその前に、きちんと息子さんと話すべきだったのではないでしょうか。我々には、あなたと息子さんの間に、深い溝があるように思えてならないんですよ」

 結城の言葉に、正男の表情に苦いものが混じる。

 「……わかっていますよ。ですが、晃のほうがもう、本当の意味で心を開いてくれない。いつからこうなったのか……」

 正男は本気で、どこでボタンを掛け違えたのか、わかっていないようだった。

 しかし、晃から話を聞いている三人には、わかっていた。

 子供の頃から霊感が強く、それ絡みで危険な体験や恐ろしい思いをしてきた晃に対し、それを全く汲み取ろうとせず、自分の価値観を押し付け続けたせいなのだと。

 だがこの父親では、いつまで経っても親子が相容れることはないだろう。

 「わたくしたちは、これでお(いとま)致しますが、もう少し、ご家族との関係を考えたほうがよろしいかと。老婆心ですが」

 法引はそう言うと、結城や和海を促して、病院を後にした。


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