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ある異能者の備忘録  作者: 鷹沢綾乃
第六話 贄の巫女
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25.急変

この回には、残酷描写がある箇所があります。

ご注意ください。

 川本の家を出て、最寄り駅から電車に乗ったが、晃はどこか上の空だった。おかげで、乗換駅を危うく乗り過ごすところだったほどだ。

 ドアが閉まる寸前に慌ててホームに飛び出し、何とか乗り越しは免れたが、今度は乗り換えでポカをやりかけた。逆方向の電車に乗りそうになったのだ。

 (晃、しっかりしろ! お前、動揺が激しすぎるぞ!)

 (……あ、ああ)

 (お前、今この状態で狙われたらシャレにならないぞ! せめて家に着くまではしゃんとしてろ!)

 (うん、わかってる……)

 遼はわかっていた。こと恋愛ごとに関しては、晃は奥手で鈍感でポンコツだ。そのくせ、無意識にスマッシュヒットを飛ばしてくることがあるのが、(たち)の悪いところだったが。本人が無自覚なのだ。

 その遠因を作ったのが自分だから、どうも強く言えないのだが、今回は自分で自分の気持ちに気づかないという、目も当てられない鈍感ぶりをさらけ出した。

 おまけに、ちょっとでも自覚した途端、一気にポンコツになって隙だらけだ。

 とにかく、遼の叱咤激励でそれ以降は何とか無事に自宅まで帰りつき、夕飯までのわずかな時間、自室にこもることになった。

 部屋にたどり着いた直後、晃は荷物を床に置くなり溜め息をついて座り込んだ。首飾りの石から、笹丸とアカネが飛び出してくる。

 (先程から話は聞いておったが、ほんに大丈夫か? 今のそなたは、隙だらけであるぞ)

 (しかも、よりによって相手が“贄の巫女”とはなあ。これ、事実上片思い決定だぞ)

 (たとえ相思相愛になれたとしても、手以外は触れることも出来ぬ。まこと難儀よの)

 (……わかってます……)

 思えば、初めて言葉を交わした時から始まっていたのだ。自分の気配を“暖かい”と言った彼女に、荒唐無稽とさえいえることを、信じてくれたまっすぐな心根に、一目惚れしていたのだと。

 普段特に意識しなくても、心の奥底にはすでに彼女(万結花)のことがあったのだ。でなければ、彼女を護って自分が身代わりになる夢など、見ないだろう。

 (あるじ様、ちょっと変。具合悪い?)

 (いや、大丈夫だよ、アカネ。それにしても……どうしよ……)

 今更ながら、これからのことを考え、晃は途方に暮れる。下手に気づいてしまったせいで、これからは万結花の前に立ったら、変に意識してしまいそうだ。

 何で彼女のことを意識するようになったのか。その大きな理由の一つに、彼女は晃の容姿に惑わされない人だというのがある。

 全盲であるがゆえに、彼女は()()()()()()()”。だから、晃も心のどこかで安心していたのだ。『容姿を意識しなくていい』と。自分でも気が付かないうちに。

 まだ、恋焦がれるほどの気持ちはないが、明らかに以前とは違う自分がいる。

 気持ちの整理など全然つかないまま、夕飯の席に着いた晃だが、正直食欲がどこかへ飛んで行ってしまったようで、なかなか手が伸びない。

 「何やってるの。早く食べなさい」

 母智子の言葉に、晃は内心溜め息を吐きながら箸をつけた。

 元々食は細い方なのだが、それ以上に食べ物が喉を通っていかない。

 それでも、こちらを怪訝そうに見ている智子の視線を誤魔化すため、無理矢理喉の奥に押し込み、水で流し込んだ。

 それでもどうしても喉を通らなかった三分の一を残し、晃は席を立った。

 「どうしたの。もう食べないの?」

 「ごめん、なんだか調子悪いみたいで、食欲がないんだ。早めに寝るから」

 「気を付けなさいよ。あなたは肺にも障碍があるのよ。風邪でも拗らせたら、大変なんだから」

 わかっているとばかりに手を振ると、晃は自室に戻った。

 しかし戻ったところで、どうにもなるものではない。

 (自覚させたのはまずかったかなあ。でも、俺が何か考えたら、そのうち伝わるからな、否応なしに……)

 (そういうところは、融通というものが効かぬの、そなたらは。やはり、魂同士が結びついているせいなのであろうな)

 (いやあ、自覚するならしたで、それなりに受け止めてくれればよかったんだが、一気にポンコツになりやがったからな、こいつ)

( ……ポンコツって言わないでよ……)

 晃が頭を抱えて座り込む。

 その時だった。急に背筋にぞくりとした悪寒のようなものが走る。

 万結花に渡したお守りの石を通してそれは感じた。何かが彼女のいる場所に近づいてくる。

 万結花が危ない。直感がそう告げていた。晃の中で、何かが一気に切り替わり、そのまま立ち上がる。

 時間はまだ午後七時を少し回ったところだ。いつも怪異が始まるという時間より、ずっと早い。

 直後、携帯が着信音を響かせる。

 急いで出ると、叫ぶような雅人の声がした。

 「やばいんだ! 鬼が! 鬼が出た!!」

 瞬間、電話を通して晃の脳裏に浮かんだ光景は、黒髪蒼肌の一本角で、墨の衣を纏う鬼が、鉤爪を振りかざして今にも結界を破りそうになっている場面だった。まずいことに、破ろうとしているところは万結花の部屋に一番近い場所だ。一番厳重にしてある庭に面したところに誘導されないということは、それだけ力のある存在ということになる。

 雅人がどうにか万結花を部屋から出して避難させたようだが、結界が破られたら、家の中に安全な場所などない。兄妹の後ろには、彩弓と舞花が腰を抜かしたように座り込んでいた。すでに結界がきしんでいる。時間がない。

 「川本! 画面を鬼に向けてくれ! 早く!!」

 「わかった!」

 遠隔でどこまで出来るかわからない。だが、今やらなければ最悪の事態に陥る。

 晃は一気に遼の力を呼び込むと、ひとまずアカネを向こうに送り、続いてアカネの視界を通して様子を確認し、電話越しに全力の念を込め、鬼に向かって叩きつけた。

 弾き飛ばされ、鬼が結界から離れる。

 『おのれ、小癪な! 俺様を禍神様の元の厳鬼(げんき)と知ってのことか!?』

 もしやと思っていたが、相手が勝手に名乗ってくれた。やはり禍神配下の鬼だ。

 しかし、明らかに山で襲ってきた鬼とは別の存在だった。こちらの鬼のほうが、よりがっちりとして、体が筋肉で盛り上がっているように“視える”。

 アカネを兄妹の側につかせ、晃はそのまま遠隔で対峙することを決めた。

 アカネを通して、雅人の焦りと万結花の怯えが伝わってくる。晃は思った。絶対に、あの鬼に手出しはさせない。どんなことをしても万結花は護ってみせる。

 『なんだぁ? そこにいる奴らの仕業ではないな! 誰だ!? どこにいる!!』

 鬼が、周囲を見回して喚いている。電話を通しての遠隔だと、気が付いていないらしい。

 おそらく最近になって封印が解かれたのだろう、文明の利器(携帯電話)の存在に気づかない、いや、知らないのだ。

 晃は再度念を込め、もう一度鬼に向かってそれを叩きつける。

 鬼が低く呻いたかと思うと、鬼の左肩口が吹き飛んだ。

 『馬鹿な!? 何者だ! なんて力を使いやがるんだ?!』

 鬼が、苦痛とともに明らかに焦りの表情を見せる。しかし、迂闊にしゃべっては相手に余計な情報を与える。混乱している今のうちに、やれるだけのことをやる!

 『出て来い!! 出てこないなら、この家ごと結界をぶち壊してやる!!』

 鬼が吼えたところで、晃はまたも念を込め、鬼に向かって叩きつける。それは、鬼の右太腿を削ぎ落した。鬼が呻くのがわかる。

 だが、まだだ。まだ、相手は闘志を失っていない。

 『畜生っ! 姿を現しやがれ!!』

 遠隔での攻撃は、晃の気力を予想以上に奪った。足元がふらつく。それでも、彼女(万結花)を護るためなら……

 晃は歯を食いしばると、さらに力を振り絞るように全力の念を叩きつけた。

 今度は、鬼の右脇腹を深く(えぐ)る。

 苦痛に呻いてはいるが、鬼はまだその場にとどまっている。晃自身、ほぼ限界が来ていることを悟っていた。

 (晃、もうやめろ! これ以上力を使えば、無事じゃすまないぞ!)

 (わかってる! だけど、今やらなきゃ絶対後悔する!)

 もはや、これが最後の一撃。否、すでに限界を超えた一撃。

 晃の最後のそれは、鬼の左側頭部に当たり、鬼の左眼を抉り取った。

 『クソッ! 覚えていろ!!』

 鬼は悔しげに顔を押さえると、身を(ひるがえ)した瞬間、姿が見えなくなった。

 「やった! 鬼が逃げていったぞ!! すげえな、早見!!」

 雅人の歓声が、遠くに聞こえる。全身から力が抜けていく。

 遠隔で全力を振り絞っての戦いは、晃の気力を完全に削り切っていた。

 「おい、どうした早見。返事をしろよ!」

 もはや、雅人の声に反応することも出来ない。その場に崩れるように倒れた晃の意識は、そのまま闇に沈んだ。


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