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ある異能者の備忘録  作者: 鷹沢綾乃
第六話 贄の巫女
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21.白狐と仮面

 晃たちが封印を強化するために山に入ってから十日あまり、秋分もとうに過ぎ、辺りは多少なりとも秋めいてきていた。

 川本家は、多少の物の怪が湧いてきてはいたが、結界を脅かすような事態には至っておらず、今のところ平穏に過ぎていた。

 しかし、晃はどこか落ち着かない気分になっていた。何日か前から、外を歩いていると、どこかから見られているような、そんな気配がそこはかとなく感じられたからだ。

 昼間は本当にうっすらとしたものだったが、夜になり家に入ると、明らかに部屋の窓の外に誰かいるとわかる。

 念のため、山から帰ってきた直後に家全体に結界を張り、外からそういうモノが家の中に入ってこないようにしておいたのだが、ありがたくないことに予感が的中したようだ。

 最初は本当にわずかな気配を感じるだけだったが、数日過ぎるうちにその気配は強くなり、今夜は特にはっきりと気配を感じていた。

 晃は、笹丸やアカネを前に、窓の外に感じる気配を一瞥する。

 (……明らかに、僕を監視しようとしてますよね)

 (うむ。目を付けられたのであろうな。あの時襲ってきたのは、間違いなく禍神の配下のモノであろう。その攻撃を止めてみせたのだから、目を引かぬはずはない)

 さらに言えば化け猫のあるじなのだ。いったい何者だと思われても、不思議ではない。

 (それで、偵察に来た、と。それでも結界に阻まれて中に入れないから、向こうは苛ついてるんじゃないかと思うぜ)

 おまけに結界は、霊的な存在から見ると中が見えないように晃が力を込めているので、窓からのぞき込んでも部屋の内部は見通せないようになっていた。

 (我が見ても、中の様子がわからぬのだ。おまけに晃殿とともに入らねば、入ることも出来ぬしの。表札すら、なんと書いてあるか読めぬようにしてあるとは、念の入ったことよ。偵察には来たものの、まったくの役立たずとなって、焦っているようであるな)

 窓の外にいるモノは、しばらく窓に張り付いていたかと思うと、ぐるりと回って廊下の窓に移動し、さらには屋根の上に移動する。

 中に入れる場所を探しているのだろうが、中に入れそうなところはきちんと把握して結界を張っているのだ。結界自体を力づくで破れるほどの力量を持っているのでなければ、中に入ることは出来ない。

 それでも諦めずに、あちらこちら移動しながら入れる場所を探している様子だったが、だんだん本当に苛立ってきたようで、時折窓ガラスに向かって何らかの力がぶつけられるようになってきていた。

 (あるじ様、あいつうるさい。やっつけていい?)

 アカネが、外の気配に向かってかすかに唸る。今は普通の猫と変わらない大きさだが、今にも膨れ上がりそうだ。

 (待ちなさい、アカネ。お前が出るまでもないよ)

 どうせすでに目を付けられたのだ、ならば力を行使しても向こうに余計な情報を渡すこともないだろう。

 (確かにそろそろ、うっとうしく感じるようになってきましたね。あの程度の存在なら、本気にならなくても祓えそうです。祓っておきますか)

 (そうであるな。そなたの元に、化け猫(アカネ)がいることは知られておるのだ。ならば祓って、相手の出方を見るのも一つの手ではあるの)

 晃はうなずくと静かに立ち上がり、窓の外の相手に向かって右腕を伸ばし、人差し指と中指を揃え、思い切り気を込めて真横に振り抜いた。

 その瞬間、窓の外で動いていたモノは一瞬にしてその気配が霧散した。

 (本当に、あまり強くはありませんね。こちらを害する目的ではなかったということでしょうね)

 ただ、これで済むとは到底思えない。

 再度偵察してくるのか。実力行使に出てくるのか。どちらもあり得る。

 (もし相手が実力行使に出てきたとしたら、僕が家の外にいるときですかね)

 (それはわからぬ。結界を破る力を持つものであるなら、この部屋にいるときであろうと、狙ってくるであろうよ。そうなると、そなたの親御殿を巻き込みかねぬが……)

 (でも、晃の両親はいわゆる“零感”ってやつで、全然感じない人たちなんだけどねえ)

 遼の疑問に、笹丸はかぶりを振った。

 (いくら普段何も感じないほど霊感がない者であろうと、強力な存在がその力を及ぼしたら、それに囚われないということはない。たとえ本人が迷信だとして一切信じなくとも、霊障は確実に襲うのだ。それにより、最悪命を落とすこともあり得る)

 晃は、両親のことを思った。

 過保護で口うるさく、自分の行動を何かににつけて制限しようとしてくる、自分とは別な意味のトラウマを抱えた母親。

 非番の日以外、あまり家にはいないせいで、最近ろくに話をした記憶がない父親。

 別に一緒に居たいとは思わないが、だからといって親は親。自分が引き起こした事態に巻き込まれて危険な目に遭ったら、やはり心は痛み、自分が許せなくなるだろう。

 どうせ狙うなら、自分ひとりを狙ってほしいものだ、と心から思う。

 今のところ、特に実害はなかったが、これからはわからない。

 今回偵察に出ていたモノを祓おうと祓うまいと、進展がなければどちらにしろ相手は次の手を打ってくる。

 それが暴力的なものでないとは、とても言えないのだ。

 しかし、さすがに今すぐ何か起こるということはないだろう。

 晃はいつもの通りに明日大学に持っていく資料や提出予定のレポートなどを鞄に入れると、とりあえず休むことにした。

 さっさと寝て英気を養い、相手が打ってくる次の手の対処法でも考えよう。

 パジャマに着替えてロフトベッドに上がると、夏掛け布団を被り、目を閉じる。

 ここまではいつものことだった。だが、すぐに何かがおかしいことに気づく。

 眠りに落ちる感覚とは別に、どこかに意識が引っ張られるような感覚もある。

 瞬間、晃は気づいた。これは、誰かの意識の中に引き込まれかけているのだと。まるで、闇の中に引きずり込まれているような錯覚にさえ陥るほどだった。

 咄嗟に、笹丸に向かって念話で呼びかける。

 (すみません、姿()()()()()()()()()())

 笹丸も、事態に気づいたのだろう、すぐさま晃の意識の中に割って入り、応える。

 (構わぬ。そなたの素顔を隠すためだ、いくらでも協力するぞ)

 笹丸の姿が精悍な白狐のそれに変わる。そして晃の体に上から覆いかぶさると、まるで溶け込むように消える。その刹那、晃の姿が変わった。

 その頭は白狐のそれになり、服からはみ出す手足も真っ白な毛におおわれ、キツネ特有の長い毛におおわれた尾も生えた。

 その姿は、直立して歩く白狐そのものだった。

 やがて、茫洋とした闇だった世界が一気に変わり、赤い大地に紫の空といったところに降り立つことになった。

 すると、背後から気配が近づいてくる。

 素早く向き直ると、そこには五、六メートルほどの間隔を置いて、漆黒の狩衣のような衣を纏った人物が立っていた。しかしその顔は、まったく表情を読むことが出来ない真っ白な仮面におおわれている。目に当たる部分に、アーモンド型に形作られたマスタードイエローの造形があり、額には赤い光を帯びた逆三角形が不気味に輝いている。

 その身長や髪形、体つきから、おそらくは女性だろうという見当はつくのだが、その素性は全くわからない。

 ただわかるのは、彼女こそ“封印破り”をし、禍神をその身に宿した存在だろうということ。その全身にまとわりつく異様な気配から、すぐにそれはわかった。

 『識域下に、こんな形で招待されるとは思いませんでしたよ。あなたが、禍神を解放した人ですね?』

 油断なく問いかける晃に、相手は半分嗤ったような声で答える。

 『その通り。しかし、あの方の配下からの話で【女のような顔立ちの若い男】と聞いたのだけど、今のあんたはキツネね。いろいろ派手にやったみたいだけど、それはキツネの力を借りていたっていうわけかな?』

 『それに関してはノーコメント。あなただって、素顔はさらしていないでしょう。お互い様ですよ』

 両者は、しばし黙って相手の様子をうかがう。ここでいきなり戦いになるとは思えないが、どういうつもりでここまで晃を呼び込んだのかということを考えると、いざというときには力づくでも脱出する必要が出てくるかもしれない。

 『ただの顔見世なら、もう用は済んだでしょう? こちらは明日も、色々用事があるので、そろそろ帰らせてもらいます』

 すると、女の声から嗤いが消える。

 『おっと、こちらはまだ用は済んでないよ。あんた、只者じゃないよね? “贄の巫女”らしい()がいる家に結界を張ったのも、化け猫をけしかけたのも、みんなあんたの仕業だよね?』

 女の言葉の端々に、憤りが透けてみえる。

 『それだけじゃない。せっかくもう少しで封印が解けるところまで行ったのに、それを強化した。そして、あの方の配下の一撃を止めてみせ、さらにあの場に化け猫を呼び寄せた。あんた、本当に何者なのよ?』


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