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ある異能者の備忘録  作者: 鷹沢綾乃
第六話 贄の巫女
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20.鬼

 準備が整うと、皆が再びシートのところに集まり、ゆっくりと呼吸を合わせながら目を閉じた。

 予め打ち合わせていた通り、それぞれ自分が埋めた呪物のことを思い浮かべながら、“気”を巡らせていく。

 やがて、法引の読経が始まると、その声に合わせてさらに“気”を込めていく。

 ほどなくして、石碑から唸り声のようなものがかすかに聞こえ始めた。どうやら、中から封印を破ろうと暴れているらしい。

 しかし、全員その声には耳を貸さず、石碑の周りに埋めた呪物のことを思い浮かべ、より一層“気”を巡らせ、呪物に“気”を込めるイメージを強める。そうすることによって、よりスムーズに力が入っていくからだ。

 次第に唸り声が大きくなる。どうやら、本当に封印が破れる寸前だったようだ。

 内側から破ろうとする力に抗い、外から封印を強化していく。

 晃は目を開けると、封印強化のために込めている“気”の一部を石碑に直接注ぎ込み、中で暴れているモノを()()()で押さえ込む。

 暴れる力はますます強くなるが、晃はさらに“気”を込め、押さえつけていく。晃が何をしているか、他の面々も気づいたが、儀式のために込めている“気”とは別に、封印を破られないように中のモノを押さえつけるために“気”を込めるなどという真似は、他の誰も出来ない。

 しばらくせめぎ合いが続いたが、やがて唸り声は小さくなり、聞こえなくなっていった。

 法引の読経は断続的に続き、結局終了したのは準備段階から数えて約三時間半後だった。

 法引が終了を告げたとき、誰もが疲労で座り込みそうになる。

 皆顔色が悪く、息を切らしたように肩で呼吸していた。

 「皆さん、ひとまずはお疲れさまでした。取りあえず、これで封印は強化されたと思います。ただ、まだ第一段階というべきですな」

 「第一段階!?」

 反応した和海の声は、裏返っていた。

 「……そうですね。少し休憩して、多少でも疲労感が抜けたら、あと一時間くらいでしょうか。ね、和尚さん」

 「さすがに、早見さんはわかりますか」

 「ええ。これは、内側から破ろうとするのには強いですが、外から攻撃された場合には、まだ弱いです。外からの力に対して、もう一段強いものにしておいた方がいいです」

 法引と晃のやり取りに、和海はもちろん結城や昭憲も一瞬げんなりとした顔をする。

 「本当は連続してやってしまったほうがいいのでしょうが、さすがに皆疲れていますからな。ここで遅めの昼食を兼ねて休憩しようということです」

 そういうことならと、皆シートの上に腰を下ろし、銘々自分の荷物から昼食を取り出し、食べ始める。

 いつ昼食が食べられるかわからなかったので、皆悪くならないように常温で数日は持つ総菜パンなどを持参していた。晃に至っては、ブロック状のいわゆるバランス栄養食をかじっている。

 水筒の飲み物を飲み、法引はさらにのど飴などをなめ、全員が小一時間休憩した。

 そして、改めて立ち上がると、再度配置についた。

 もちろん、まだ体の芯に疲労感は残っている。だが、今ここでやってしまわなければ、万一ということがあるのだ。そもそも“封印破り”がやってきたとき、それに何とか耐えられなければすべてが水の泡である。

 今度は意識的に外からの力を意識しながら再度呪物に“気”を込めていく。

 そして、あと少しでそれも完成する、というときだった。

 急に辺りが薄暗くなっていく。いやに生暖かい風が吹き過ぎ、とても日中とは思えないほど暗さが増していく。

 誰もがまずいと思ったが、今打ち切ることは出来ない。効果が中途半端なものになってしまうからだ。

 そのうち、周囲を圧するような存在感を持つ何らかのモノが近づいてくる。

 「すみません、いったん外れます。何とか儀式を続けてください」

 晃がそう言うなり、気配のほうへと向き直った。

 宵と見紛うほど暗くなった空に現れたのは、金髪翠肌に二本角で、紫の衣を纏う鬼。身の丈はざっと二メートルはあった。

 『おのれら、封印を強化するとは何奴だ!!』

 鬼の声が、空気を震わせるように響く。

 皆はびくりとしたが、晃は一歩も引かなかった。

 それが気に入らなかったのだろう、鬼は晃の目の前に着地すると、一気に襲い掛かろうとした。それを、右掌を鬼に向けてまっすぐ伸ばし、まるで停止しろとでもいうかのよう突き出した晃が、鬼の鉤爪の一撃を止める。鬼の爪は、晃の掌の十センチ弱手前で完全に止まった。

 『むう、この一撃を止める人間がいるとは……』

 鬼が、驚いたようにつぶやく。

 「ここの封印を解こうとしていたのは、お前だな」

 晃が、冷静に鬼を見返す。身長差があるはずなのに、なぜか互角に見えた。

 鬼は、さらに一撃を加えようと腕を振りかぶる。その瞬間、晃の首にかかっていた橙色の石から、同じ色をした光の塊が飛び出し、鬼にぶち当たった。その勢いに、鬼は思わず二、三歩後ずさる。

光はたちまち膨れ上がり、鬼をはるかに上回る大きさでふさふさの毛並みの三毛猫となった。

 『ぐっ! その猫は!?』

 (アカネ)はその爪を伸ばし、牙をむき出しにして威嚇する。それを見た鬼は、一瞬顔を歪めたかと思うと、そのまま飛び去り、そのまま見えなくなった。

 それとともに、今まで暗かった空が急速に明るくなり、重苦しいような気配が消えていく。

 相手の気配が完全に消えたのを確認して、晃はアカネを石の中に呼び戻した。

 そして再び儀式の輪の中に加わる。

 晃が一時外れた分時間が余分にかかったが、二度目の儀式も何とか無事に終了した。

 「いやあ、鬼が現れたときにはどうなるかと思ったが、早見くんが撃退してくれて助かった」

 安堵の表情を浮かべた結城に、晃は苦い顔をする。

 「……いいえ、今回は『戦術的勝利で戦略的敗北』だと思っています」

 「え、どういうこと?」

 和海が首をひねる。それを見て、晃は言葉を続けた。

 「出来るなら、僕だけの力で対処したかった。でもさすがに疲労していて、もう一撃喰らったら持ちそうになかった。だから、アカネの力を借りたんです。でも、それで相手に手の内をさらしてしまった。僕がアカネを動かしている存在だと、相手にばれてしまったんです。だから、戦略的には敗北なんです」

 「……そういうことでしたか……」

 法引が、やはり渋い顔になって唸る。

 あの鬼が、どういう存在であるかはわからないが、少なくともここが禍神に関係する存在を封じた場所だということは、こちら側は突き止めていた。

 ならば、その封印を解こうとしていたあの鬼は、やはり関係するモノであるとしか考えられない。

 そういう存在に、晃がどういう力を持っているのか、知られてしまったのだ。決していいことだとは思えない。

 「……しかし、もう過ぎたことだ。確かに相手に手の内を先にさらしたのはまずかったかもしれないが、だからといって君があの鬼にやられてしまったら、それこそ一大事だった。そう思えば、まだよかったじゃないか」

 結城が、晃を慰めるように穏やかに語りかける。

 「そうよ。手の内をさらすのをためらって、大ダメージを受けてたら、それこそ本末転倒だもの」

 和海もまた、出来るだけ明るい口調で同意する。

 「それにしても、さっきの鬼は、相当な力の持ち主だったな」

 昭憲が、晃が食い止めた鬼に言及すると、皆うなずいた。

 「確かに、只者とは思えなかった。和尚さん、どう思いますか?」

 結城の問いかけに、法引は腕を組んで考え込んだ。

 「……やはり、禍神の配下の者としか思えませんな。そういうモノが、封印を解いている人間とは別に、独自に封印を解いていたとしか……」

 「それって、余計に厄介では?」

 和海が顔をしかめると、法引も溜め息を吐く。

 「とにかく、戻りましょう。一応、封印の強化には成功したのです。長居をしていると、暗くなってしまいます。こんなところで夕暮れを迎えては、それこそ何が起こるかわかりませんからな」

 気を取り直して下山を促す法引に皆うなずくと、荷物を片付け下山の準備を始めた。

 法引も、纏っていた衣と袈裟をしまい、リュックを背負った。

 それを合図に、五人は来た道を戻っていった。



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