19.廃村の先
数日後、晃たち結城探偵事務所の三人と、法引と息子の昭憲の合わせて五人が、レンタカーに乗り合わせてある山間の廃村に向かっていた。
かつては村があったところだが、過疎化の影響により人がいなくなり、今から三十年以上前に廃村になったのだ。
この廃村の奥、かつて神社があったところの裏に、問題の祠はあった。
何とか情報をかき集め、例の『禍神』に関連すると思われるモノを封じたと言われる場所を突き止め、そこに向かっていた。
まだ昼には間があったが、人っ子一人おらず、一部の古い建物の壁が崩れたり屋根が落ちかけていたりする有様は、あまり気持ちのいいものではなかった。
村の中央部、かつての役場跡らしい鉄筋コンクリートの建物の前に車を止めると、一行は車を降り、改めて地図を確認した。
スマホに表示される地図では使い物にならず、わざわざ古書店で古い年度の地図を手に入れてきたのだ。
「問題の祠は、ここの役場から北に上がったところにある神社の裏手にあるみたいだな」
地図を見ながら、結城が方向を確認する。
「ここからは、徒歩になるんだな。一応道路は続いてるみたいだけど……」
昭憲が進むべき方向を確認すると、法引がうなずく。
「ここからは、神社に向かう道は狭くて道路状況も悪い。歩いていった方が安全だ」
さすがに今回は、法引ですら動きやすい服装をしてスニーカーを履いている。ちょっとしたトレッキングもどきの行程になるからだ。
中でも昭憲は、一行の誰より大きなリュックを背負っている。リュックの中には、封印強化の儀式に必要な品物一式が入っていた。
「昭憲、しっかり頼む。お前が一番体力があるのだからね」
「わかってるよ、おやじ。今回オレは荷物持ちだってことぐらい」
昭憲が苦笑交じりに返事をする。
「とにかく行きましょう。天気予報では、午後からにわか雨の可能性があると言っていましたからね。今はそんなに雲は多くないですけど、よく『山の天気は変わりやすい』と言いますから」
晃に促され、一行は歩き出した。
晃の首には、例の首飾りが二つ、揺れている。笹丸もアカネも、石に封じて連れてきていた。いざとなれば、出てきて対処してもらうことになっている。
今のところ、おかしな気配は感じられないが、何があってもいいように最大戦力でやってきていた。
一行は、神社に向かって歩いていき、ひびだらけのアスファルトの道が途切れると、石造りのなかなか立派な鳥居が見えてくる。
鳥居をくぐり、かつての神社の敷地内に入るが、手入れがされていない元の境内は、周辺の森の木々の落ち葉が積もり、社への道も見えなくなっていた。
奥に進むにつれて、次第に上り坂になりつつあった。
かつての社だろうと思われた建物は、すでに屋根が落ちていた。しかし気配は感じられないため、ちゃんと御魂抜きを済ませてあるのだろう。
ということは、ここのかつての村人は、いつの間にかいなくなったのではなく、きちんと村を終わらせる後始末をして、ここを離れたということだ。
ならば、この村には変な邪念のようなものも、残ってはいないだろう。
進むうち、坂はさらにきつくなり、ほとんど山道のような有様となった。
それでも、先頭に立つ晃はまるで道がわかっているかのように迷いのない足取りで歩いていく。身体的には、一行の中では体力はない方のはずだが、それを感じさせないしっかりとした歩みだ。それでも、すでに額には汗が浮かび、息は弾んでいる。晃の肺活量は、同年代の平均の三分の二しかない。激しい運動をすると、すぐに息が上がる。
晃の様子が、誰も気にかかっているのだが、本人が真顔でまっすぐ前を見据えたまま歩き続けているため、黙って見守っている状態だった。
それから十五分ほどは歩いたろうか、晃が大きく息を吐いて立ち止まる。呼吸を整えているのが、誰の眼にもわかった。
「早見くん、無理するな。君は心肺機能が強くないんだ。無理して上っていると体力を失って、いざ本番で力が発揮できなくなるぞ」
「……すみません、所長。でも、どうも嫌な予感がするので、早く済ませたいんです」
それを聞いた一行は、昭憲以外の表情が険しくなる。こういう時の晃の“嫌な予感”はよく当たるのだ。
「確かに、相手の動きが見えませんからな。もしかしたら、鉢合わせするかもしれません。そう考えれば、あまりゆっくりしていられないかもしれませんな」
法引はそう言うと、昭憲のほうに向き直った。
「昭憲、悪いんだが、早見さんのフォローを。あれだけまっすぐ歩いていたということは、早見さんは何か感じていたはずだから」
「了解、おやじ。オレがついているから、頑張っていこうぜ。それにしても、さっきから迷う様子もなく歩いてたみたいだが、場所が正確にわかってるのかい?」
「ええ、ほんのわずかですが、気配を感じていたもので」
晃の言葉に、皆の目つきが鋭くなる。
「じゃあ晃くんは今まで、その気配を追っていたの?」
「そうですよ。気づきませんでしたか?」
そう言われ、四人は互いに顔を見合わせた。晃が感じていたという“気配”に気づいていたものは、他にはいなかったようだ。
こういう時に、実力の違いを否応なしに思い知らされるというものだ。
とにかく、晃の息が整うのを待って、一行は歩き出した。晃のすぐ後ろには昭憲が付き、いざというときには晃のフォローが出来るように構え、その後ろに法引、和海、最後尾に結城が付いた。
再び歩き出した晃の歩みは、相変わらず迷いがない。気配を正確に追っているのだろう。
それから五分ほど歩いたところで法引の表情が引き締まり、さらに五分歩くと一行の誰もが表情を一変させる。前方から、気配を感じ始めたからだった。
感じた気配は、どこか禍々しさを感じるような、どう考えてもこの気配を持つものがこちらに友好的になるはずはないと確信できるような、どちらかと言えば嫌な気配だ。
(……この気配に、あんなはるか手前で気づいてたのか……。ほんとにすごいな……)
昭憲は内心気配の禍々しさに驚くとともに、晃の能力の高さに舌を巻いていた。なるほど、自分の父親が敬うような態度を示すわけだ、と。
当の晃は、まっすぐ前を向いたまま、歩き続けている。
道が険しさを増していくと、さすがに歩く速さが落ち、時折立ち止まる晃だったが、息を整えるだけの時間しか止まっていない。
そしてその頃になると、明らかに前方からの気配が強くなった。
「……これは、封印が外れかかってるみたいです。急がないと、近々完全に封印が外れますよ」
晃の言葉に、誰もがぎょっとした。
「そ、そんなにまずい状態か?」
昭憲が顔を引きつらせると、晃は一瞬そちらに視線を走らせ、再度前方を見据える。
「……僕の勘だと、どんなに遅くても二、三日のうちに。今すぐ外れたとしても、不思議ではないと思います」
それには、全員が顔色を変える。そして、誰もが一層早足になった。
ほとんど道にもなっていない獣道もどきを、足元に注意しながら進むことしばし、手入れのされていない荒れた里山といった感じの森の中、不意にそれは現れた。
高さ一メートルほどの苔むした石碑が立っていたのだ。碑文はすでに読めず、朽ち果てた注連縄の残骸が周囲に散らばっている、
そして何より、禍々しい気配に満ちていた。
「……これは、誰かが外そうとした痕跡がありますね」
石碑を見ていた晃が、ぼそりとつぶやく。
「何!? 例の“封印を外してる奴”の仕業か!」
結城が思わず大声を出すと、晃は首を横に振る。
「……これは、妖の類の仕業ですよ。何回かに分けて力をかけ、少しずつ封印を弱めていたみたいですね。ある程度弱まったところで、今度は内側から封印の力を削ぎ、封印を打ち破ろうとしている、というところですね。今なら、何とか間に合います」
それを聞き、法引は昭憲がリュックで運んできた儀式のための道具を取り出し、辺りに広げる。
石碑の前にシートを敷き、方位磁石で方向を確認すると、正確に東西南北を割り出し、さらに鬼門と裏鬼門の方向も確認する。
そして、封印を強化するための木札の護符や、護符とは別に、力を込めた指先に乗るほどの大きさの水晶玉などをシートに並べていく。
護符を作ったのは法引だが、水晶玉に力を込めたのは昭憲だった。水晶は元々ある程度力を持っているため、昭憲のように霊能者としてはあまり能力が高くない者でも、力を込めればかなり上級の呪物となりうるからだ。
法引の指示で、護符と水晶玉をセットにして、石碑を広く取り囲むように八方向に半径十メートルほどの距離を取り、手分けしてそれを地面に埋めていく。
中でも鬼門と裏鬼門の方向には、特に念入りに力を込めた護符と水晶玉が選ばれ、埋められた。ちなみに、その二ヶ所の担当は晃である。
小さな園芸用の移植ごてで掘るのは大変だったが、それでも出来る限り深く穴を掘り、穴自体にも念を込めた後、護符と水晶を入れ、埋め戻した。念入りに土を均し、上から落ち葉をかぶせ、そこに埋めたことがわからないように出来る限り細工した。
他の場所も、担当した結城、和海、昭憲がそれぞれ同じようにして護符と水晶を埋める。
法引もまた、着ている服の上から墨染めの衣と袈裟を羽織る。