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ある異能者の備忘録  作者: 鷹沢綾乃
第六話 贄の巫女
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16.停滞

 大学が休みの日を見計らって、結城探偵事務所にいつものメンバーが顔を合わせた。

 所長の結城や和海、晃や笹丸はもちろん、法引も駆けつけている。

 「……そうですか、そういう襲撃がありましたか……」

 先日の未明の襲撃のことを聞き、法引が腕を組んで考えこむ。

 「おそらく、何らかの神格に目を付けられたのではないか、と。やり方が強引なので、(たち)のよくないモノのほうの可能性が高いですね」

 晃の言葉に、事務所内の空気が重くなる。

 「今回アカネを送り込むことが出来たので、何とか食い止められたんですが、そうじゃなかったら物の怪たちに封印を破られ、川本万結花さんが“贄の巫女”であるとはっきり突き止められ、神の眷属による本格的な接触があったでしょう」

 誰が巫女なのかはっきりとはわからない、という状態に何とかとどめられたのは幸いだったと言えるが、昼日中に動ける存在もいないわけではない。

 日中は万結花も学校に行っている。そこを狙われたら、どうしようもない。

 一応、晃がさらに巫女の霊力を誤魔化す効果を狙って、瑪瑙(メノウ)で出来たブレスレットに念を込め、お守りにして渡してきたという。

 「とはいえ、わたくしたちに出来ることも、お守りを渡しておくぐらいですからな。どういう神格が、近づいてきたのやら……」

 その時、笹丸が口を開いた。

 (……最近、風の噂に聞いたのであるが、どうやら昔に封じられた神や、それに関係ありそうなモノの封印を、解いて回っている者がいるらしい。もちろんそれは人間の仕業での)

 (え!?)

 晃は思わず、どこから聞いてきたのか、と問いかけてしまった。

 (我とて狐、狐の仲間が居らぬわけではない。神使の狐たちから聞いたことゆえ、確実性は高い)

 (それって……)

 (直接の関係はないやもしれぬ。であるが、頭の隅にでも置いておいて損はない話であると思うぞ)

 (そうですね)

 晃は、直接の関係はまだわからないが、と前置きして今の話を周囲に伝えた。

 「何それ!? 誰だか知らないけど、何無茶なことしてくれてるのかしら」

 和海が、驚きと憤りの混じった声を上げる。

 「わざわざ封じられていたということは、封じるべき存在だったということだろう? それを解き放つとは、何か災厄が起こっても不思議じゃない行為だぞ」

 結城も困惑の表情を浮かべながら、首をひねる。

 「……大きな災厄を起こす力はないでしょう。長年封じられていたのなら、おそらく力は衰えているはず。ああいったモノは、人から忘れられて信仰をされなくなると、力が衰えるものですからな」

 それを聞いて、晃はぼんやりと考えているうちに、ある可能性に気づいて背中にぞくりとしたものが走るのを感じた。

 「力が衰えているのなら、力を取り戻そうとしますよね。そんな存在にとって、“贄の巫女”はどう映りますか?」

 その瞬間、全員がぎょっとして互いに顔を見合わせた。

 「……まさに、恰好(かっこう)の“贄”だな。存在に気づいたら、狙わないはずはない……」

 結城が唸る。

 「嫌な符号ですな。偶然かもしれませんが、そう考えると現状が無理なく説明出来ることは事実……」

 法引もまた、顔をしかめた。

 晃は、笹丸に向かって訊ねる。

 (聞いていないですか? 封じられていた神が、どういった神なのかといったことを)

 (詳しいことは、まだわからぬ。もう少し時間が経てば、そういったことも入ってくるであろうよ。しばし待つのだ)

 (わかりました)

 「それにしても……」

 和海が、眉間にしわを寄せたまま、誰に言うともなくつぶやく。

 「……神が封じられている祠と、神が祀られている祠って、どう違うのかしらね。封印を解いているっていう、その人は、どうやってそれを見分けているのかしら?」

 神社や祠は、大きく分けて二種類ある。神を祀るところと、神(もしくはそれに準ずる存在)を封じているところだ。

 人に害を与えていた存在を、神社や祠に祀ることによってその力を封じ、あるいはその力を逆に人々に役立つ方向に引き出すよう仕向けることで、災厄を起こさない存在とする方法がある。それを『祀り上げ』といい、決して少なくない神社や祠に見られる。

 ただ、きちんと伝承が残っているならともかく、そうでない場合、その神社や祠がどちらであるのか、わからない場合も多い。

 神社や祠を、良かれと思って建て直した結果、逆にその周辺に住む人々が次々に死を迎えて大騒ぎになった、というケースもあるのだ。

 これは、本来害をなすものを封じていたほうの神社や祠で、いじってはいけないところをいじってしまった結果、封じられたモノを解き放ってしまい、災厄として周辺の人々の連続死が起こるという事態になってしまったものだ。

 迂闊なことをすれば、とんでもない災厄を招くこともある典型だと言える。

 無論、神を祀るところを穢したりすれば、今度は神によって神罰を受け、祟られることもままある。

 つまり、本来神社や祠などといったところを、素人が下手にいじるべきではないのだ。

 封印を解いているという人物の、動機も目的も不明。しかし、複数箇所でそういうことをしているということは、逆に言えば行動を制限されるような祟りというものは受けていないということになる。

 まだ情報が少ないため不明な点が多いが、いつか自分たちとぶつかるのではないか、という霊能者としての予感がひしひしと押し寄せる。

 「おそらくその人物は、何らかの方法で祟りを受けないようにしているのでしょう。何故そんなことをしているかはわかりませんが、明確に目的をもってそういうことを行っているのは、まず間違いないでしょうな」

 法引の言葉に、みな考え込む。

 「……でも、僕たちに出来ることは、そう多くはありませんよ。今回襲撃してきた相手が、封印を解いている相手と関係があるかどうかもわかりません。ただ、目の前のことに対処するしか……」

 晃はそう言うと、法引に向かって訊ねた。

 「和尚さん、結界のための護符はいくつ出来ました?」

 「明日の午前中には、準備が整います。午後からでも、出かけることは出来ますよ」

 晃はうなずくと、早く結界強化を行ったほうが良いと言った。

 「何せ、事態は動き始めています。打てる手は、確実に打っていったほうがいいと思います。少なくとも、結界を強化しておけば、それを破られにくくなりますから」

 「今のところ、それぐらいしか打てる手はないかなあ」

 結城が頭を掻きながら同調する。

 「わたしも、具体的な案は思いつかないわねえ」

 和海が天井を仰いだ。

 「先日の襲撃では、僕が直接立ち会っていなかったのが痛いです。その場にいれば、ただ撃退を試みるだけじゃなくて、相手を霊視することによって、その素性を割り出せたかもしれません」

 晃が溜め息を吐くと、法引がかぶりを振る。

 「ずっと泊まり込んでいることは、出来ませんからな。これは仕方のないことです」

 とにかく情報が少なく、すべて憶測の域を出ないものであるため、誰からもこれといった具体策が出てこない。あらかじめそうしようと決めてあった結界強化を行うことだけが、とりあえずの具体策として上がっただけになった。

 「今回は、情報を共有するためだけの集まりだったな」

 結城が苦笑気味につぶやくと、和海も大きく息を吐いた。

 「こういうこともある、って割り切らなきゃしょうがないわよねえ……」

 そんな様子を見ながら、晃は遼が自分に話しかけてくるのに気が付いた。

 (俺は、例の『封印を解いて回っている人間』ってのが気になってしょうがないんだが。嫌な予感がしまくりなんだよな……)

 (それは僕も思う。嫌な予感しかしないよ。この場にいる人は、みんなそう感じているとは思うけど、絶対関わってくるだろうからねえ……)

 (我も、それは思う。詳細が分かったなら直ちに伝える(ゆえ)、今しばらくは待ってほしいのだが)

 (ああ、それはもちろんですよ。情報がないと、動きようがないですからね)

 晃は、明日も大学は休みだと確認すると、結界強化に立ち会うべく、明日の手順を法引に確認した。


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