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ある異能者の備忘録  作者: 鷹沢綾乃
第六話 贄の巫女
152/345

15.解封

 「“贄の巫女”ですか」

 いつものように帰宅した直後、那美は虚影からある存在のことを聞いた。

 それは“贄の巫女”と言い、強大な霊力を秘めた娘で、神に嫁ぐためにこの世に生まれてくる、生まれながらの巫女であるという。

 その巫女の霊力を喰らえば、一気に力を取り戻すことも可能なほど、“贄の巫女”は力を持つ存在であるというのだ。

 (その巫女が、ここからそう遠くない場所におるようなのじゃ。儂の配下が調べてきて、どうやらここがそうらしいというところを絞り込んできた。じゃが、はっきりそうと確認する前に、異様な物の怪に配下が集めたモノたちが蹴散らされてしまい、確認は取れてはいないようじゃが)

 (異様な物の怪?)

 (巨大な猫であったという。配下の者は、少し離れたところで様子を見ていたらしいが、相当な力を持った存在であったらしい。しかもその猫は、どうやら背後に人間が居ったようじゃ)

 (それは……つまり、人間が猫の化け物を操っていた、ということなのですか?)

 (そこのところは判然とはせんらしい。じゃが、明らかに邪魔が入ったことは考えておくべきじゃろうな)

 (虚影様の邪魔をするとは……なんと生意気な。別な神に仕える者の差し金でしょうか?)

 (そうとも言い切れまい。あの猫は、強力な力を持ってはおったが、ただの物の怪であると報告が入っておるのじゃ。どこぞの神に仕えておるなら、そのようなものは使役などせんはずじゃ)

 では、何者なのだろう。那美は考えた。

 だが、情報が不足し過ぎていて、まったく考えが浮かばない。

 それにしても、よくそこまで調べがついたものだ。それを尋ねると、虚影は答えた。

 (その家は、結界が張られておったという)

 (結界?)

 (物の怪どもを寄せ付けぬようにする結界じゃ。そのような措置が施してあるということは、その家に物の怪どもが集まっていたということ。“贄の巫女”の霊力は、物の怪どもを引き寄せるでのう。それで怪しいと考えたらしい。近づいて見たところが、結界を通してかすかに不可思議な霊力を感じたそうじゃ)

 それで、物の怪どもを集めて結界を破らせようとしたところ、猫の化け物に阻止された、ということだった。

 (相当の数の物の怪を集めたが、それが蹴散らされてしまったことで、しばらくは立て直すのに時間がかかるようじゃ。じゃが、どのような娘かはいずれはっきりわかるじゃろう。それまで、待つのじゃ。焦る必要もないからのう)

 それにしても、そのようなことを調べることが出来る配下をお持ちなのは、さすがだ。那美はそう思い、素直にそれを伝えた。

 (さすがに、その程度の力ぐらいは残っておる。じゃがの、それ以上のことも出来ぬことは事実。すべてはおぬしにかかっておる。おぬしが儂の眷属を見つけ出し、その封印を解けば、儂はおのずとその力を取り戻せるのじゃ。“贄の巫女”を喰らうのは、そのあとでも遅くはない)

 (なるほど、わかりました。私が今まで調べました結果、いくつか怪しい場所も見つかりました。明日は休日。その場所に足を運んでみようと思います)

 (よろしく頼むぞ)

 那美は明日の探索に向けて早めに休み、翌朝に備える。

 そして、改めて早朝から準備を整え、部屋を後にした。

 最寄りの駅から電車に乗ると、ターミナル駅で乗り換え、山へと向かう路線に乗った。

 二時間以上をかけて目的地にたどり着くと、駅からさらにバスに乗り、山腹の神社へと向かう。そこから山頂まで、登山道が延びているのだ。

 登山道を進むことしばし、ある個所で虚影の声がした。

 (そこで道からそれるのじゃ。儂が導く。微かだが、あ奴の気配が感じられるからのぉ)

 那美は、虚影の導きに従い、本来の登山道を外れ、藪の中に踏み込んでいく。

 しばらく藪をかき分けていくと、多少は歩きやすいところに出た。どうやら、獣道が続いているらしい。

 虚影の導きに従って歩くこと、およそ四十分余り。昼間でも薄暗く感じる鬱蒼とした木々の間に、ツタ状の植物が絡まる石碑のようなものが見えてくる。高さは一メートルほどだろうか。

 表面に何か彫られていたようだったが、今となっては風化が激しく、それを読み取ることは出来ない。

 (ここじゃな、あ奴が封じられておるところは。そこの石碑に近づくのじゃ。そして、念を込めよ。あとは、儂がどうにかする)

 虚影の言葉にうなずくと、那美は石碑に近づくと、石碑に向かって両手を伸ばし、懸命に気合を込めて封印を感じよう、感じたらそれが破れるよう祈ろうと、必死になった。

 その時、自分の中から何かの力があふれ出し、石碑を押し包んだと感じた。

 すると、石碑の正面―ちょうど文字が刻まれていた辺り―がぼんやりと光り始める。石碑に絡まっていたツタが、内部からはじけるようにちぎれ飛ぶ。

 ぼんやりとした光は、見る間にひとかたまりの淡い光の塊となって石碑から離れ、やがて何か人型に固まっていく。

 そして気づくとそこには、金髪翠肌に二本角で、紫の衣を纏う鬼が、跪いていた。

 (封印を解いていただき、ありがとうございます。我が名は劉鬼(りゅうき)と申します。以後、お見知りおきを)

 鬼は念話でそう語りかけると、静かに立ち上がり、すっとその姿が見えなくなった。

 (これでよい。あれは我が配下の一人、劉鬼である。あ奴は、勘が鋭いからの。これより、儂が呼べば、いつでもあ奴は儂の元にやってくる。あ奴もまた、儂が力を取り戻すのに必要な者じゃ)

 虚影の話だと、あの配下の元にさらに幾人かの配下がおり、いざとなれば虚影のために動くという。

 (劉鬼の封印を解けば、後はあ奴自身が配下を復活させるであろう。それだけの力を持つ奴じゃ。だからこそ、長年にわたり封印されておったのじゃからな)

 (なるほど。ほかに、封印されている配下の方はどれほどいらっしゃいますか?)

 (うむ。まず解き放ちたいモノはあと三体。速さ自慢の『蒐鬼(しゅうき)』、力自慢の『厳鬼(げんき)』、紅一点の『濫鬼(らんき)』といったところかのう。ほかにもおるが、ひとまずこ奴らを探すのじゃ。後は、こ奴らがおのおの動くであろう。ことは済んだ。早く山を下りることじゃ)

 虚影によれば、劉鬼を封じていた山に祀られた神は、天候を(つかさど)る神であるという。もちろん全国的な天候を如何(どう)こう出来る力などないが、この山一帯の天気を操ることはいまだに可能で、ぐずぐずしていると、大雨か何かによって山を下りられなくなるであろう、とのことだった。

 それを聞いた那美は、元来た道を一心に戻った。

 元の登山道に戻ったあたりで、空に黒雲が押し寄せていた。“一天にわかに掻き曇り”という言葉がまさにぴったりの状況だ。

 さらに登山道を急いで下り、神社を通り過ぎてバス停の辺りにやってきたとき、それこそバケツをひっくり返したような、という形容詞がふさわしい、ものすごい大雨となった。山中で降られていたら、足下が危なくなって本当に危険だっただろう。

 急いで用意していたビニール製の雨がっぱを着ると、雨は一層激しくなり、辺りが雨でかすむほどになってくる。

 (ふん。封印を破られたのが、よほど悔しかったと見える。じゃがもう遅いわ。ここまでくれば、何とでもなる。こちらの勝ちじゃな)

 (そうですね。あとは、バスが来るのを待てばよいのですから。仮に来なくても、方法はいくらであります)

 (そうじゃな。じゃがの、これ以降封印を解こうとすれば、多少妨害されるやもしれん。忌々しいことに、神々同士で連絡を取り合っているようじゃからの。儂が封印の憂き目にあったのも、そのせいじゃ。それでも、それを上手く掻い潜ることは可能。儂が手を貸す。これからも、儂のために励むのじゃ。さすれば、儂が力を取り戻した暁には……)

 (はい、よろしくお願いいたします)

 那美は、心の中で虚影に頭を下げた。


 その後、その辺り一帯は突然のゲリラ豪雨により山中あちこちに土砂崩れが発生、山に登る登山道は全滅し、山の麓の道路まで寸断されることとなった。

 皮肉なことに、苅部那美はそういった被害が出る直前に地域を離れており、被害に巻き込まれることはなかった。



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