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ある異能者の備忘録  作者: 鷹沢綾乃
第六話 贄の巫女
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14.想うこと

 疲労の抜けない重い足取りで、晃は帰宅した。

 自分の部屋に入るなり、晃はほとんどへたり込むように座り込んだ。

 (あるじ様、大丈夫?)

 (大丈夫か? 晃殿は、ほんに遠隔となると苦手なのだな。まあ、使えないわけではないが……)

 首元の石からそれぞれ飛び出したアカネと笹丸が、心配そうに晃の顔を見る。

 (心配かけて、すみません。でも、ある一定以上消耗してしまうと、かえって食欲もなくなって、本当に食べ物が喉を通らなくなって……。そういう体質だから、いつまで経っても華奢なんだってわかってるんですけど)

 晃は、アカネのほうに手を伸ばし、そっと頭を撫でてやった。

 確かに、夜中の二時に電話で叩き起こされて、緊急に遠隔で力を使わざるを得なくなった。しかも、ただ“視る”だけではなく、実際に押し寄せる霊や物の怪に対処しなければならなかった。

 そのために、遼の力を呼び込んで本気を出さざるを得ず、それでも危ういと判断してアカネを向こうに送り込んだ。

 ただ、そのアカネに指示を出し続けるために、本気を出した状態でアカネとつながり続け、その後は破られた結界の修復まで電話越しに遠隔で行った。

 その直後に電話を切ったのは、本当に意識を保つのが難しいほど消耗していたからだ。

 電話を切った直後、ほとんど気絶同然に眠りにつき、朝方目覚まし時計のベルで再び起こされた。

 一応四時間弱は寝ていたと思うが、よく目覚められたものだ、と思う。やはり頭のどこかで、今日は大学に行くべき日だと、思っていたせいかもしれない。

 それでも、午前中の講義の内容は、正直あまり頭の中に残っていない。あとで復習が必要だろう。

 結城探偵事務所のほうには、未明の出来事の概略を記したメールを送っておいた。そこまでで、精一杯だった。

 もう少し体が回復しないことには、食欲も戻らない。

 (あるじ様、寝てた方がいい。わたいがあるじ様のこと、守る)

 今は普通の猫の大きさのアカネが、晃の膝の上に乗ってきながら、晃の顔を見上げて本気の表情を浮かべる。

 (アカネ、ありがとう。でも、大丈夫だよ。明日には、よくなっているから)

 とにかく、今夜また未明と同規模の襲撃があったらと考えると、心配は尽きないのだが、相手の動きがある程度統率の取れたものであったことを考えると、絶対指示を出したものがいたはずで、それならあれだけ相手に“損害”を与えたなら、立て続けには襲っては来られないはずだ。

 それに、今回集まってきたモノたちは、結界に阻まれて“贄の巫女”を直接確認していない。結界の一部を破ったが、アカネに蹴散らされた。

 ならば、おそらく霊力は感づかれているだろうが、はっきり確認されたわけではないはずだ。

 『その辺りにいる』という漠然としたものだけが、伝わっているにすぎないと思う。もっとも、それだけの情報があれば新たに何がしかの存在を送り込んできても不思議ではない。

 その時、笹丸が声をかけてきた。

 (晃殿、今は自分のことを考えたほうが良い。今の状態では、普段の半分も力を使えまい。それではどうにもならぬ。早く体力を取り戻すことに専念するべきであろう)

 (……そうですね。今は体力も気力もどうしようもない状態です。回復に努めるようにします)

 晃は立ち上がると、鞄を片付け、仮眠を取ろうと義手を外し、ロフトベッドの上に寝転がる。

 (……晃、ちょっと無理しすぎじゃないのか? 実際昼にあいつにも言われたろ。大学なんぞ行かずに、寝てたってよかったんだ。お前、成績は上のほうなんだから)

 (そうはいってもね、遼さん。出席日数も時に効いてくるんだよ)

 (あ~わかった、わかった。とにかく寝とけ。夕飯までには、まだ間があるから)

 晃は、目を閉じる。体の芯に残った疲労が、ほどなく眠りへと晃を引き込んでいく。

 そして、夢を見た。

 夢の中で、晃は万結花と一緒にいた。

 彼女は、得体のしれない何かに追われており、自分は彼女の手を取って、共に逃げている。しかし、徐々に追い付かれつつあるのがわかった。

 相手の力は強大で、本気を出さなければ太刀打ち出来ないことはわかっていた。それでも、彼女の前ではやりたくない。

 いくら目が見えないとはいえ、彼女は気配に敏感だ。気配が変わったことで、晃に何かが起こったことは、すぐに感じるだろう。

 本気の力を使うか、使わずに逃げ続けるか。

 迷ううちに相手が追いすがってくる。黒い靄のような手が伸びる。咄嗟に万結花をかばったところで、はっと目が覚めた。

 全身に、びっしょりと汗が噴き出している。とても疲れが取れた気がしない。

 それにしても、よりによって現実にも起こりえるようなことを夢に見るとは……

 晃は時間を確認し、いつもの夕食までは三十分ほどあるのを確認してのろのろと起き出すと、着替えとともに下に降りて、ざっとシャワーを浴びた。

 そして着替えながらふと、夢のことを思い返す。

 最後に自分は、万結花をかばった。何のためらいもなく。

 これは万結花の兄である雅人にも言われたことだが、なぜ自分はそこまで彼女を護ろうと思うのだろう。

 頭の中がもやもやしている感じがする。

 いや、今それを深く考えるのはやめよう。これから、やらなければならないことはいろいろある。

 やらなければならないことに集中しなければ、これからおそらくやってくるだろう“神の眷属”との闘いを切り抜けることは出来ないはずだ。

 気持ちを切り替えて、ドライヤーでざっと髪を乾かすと、多少は動かせる能動義手を装着し直し、食卓に着いた。

 いつものように、無駄に余計な世話を焼きたがる母の智子の手を、手や口で断りながら、夕食を取る。少なくとも夕食は、いつもと同じだけ食べられたと思う。

 その後は再び自分の部屋に戻り、これからのことを考える。

 今日未明の襲撃は、明らかに統率が取れていたように思う。ならば、やはり何らかの“力ある存在”が統率したと考える方が自然だ。

 そして、そのような存在は得てして、何らかの神格の眷属であることが多いのだ。

 ああいう方法を取るからには、和魂(にぎみたま)である可能性は低く、荒魂(あらみたま)の可能性が極めて高い。

 その荒魂の中でも、あまり(たち)のよくない存在ではなかろうか。

 (そうであるの。その可能性は確かに高い。荒魂でもやはりピンキリで、正当な理由もなく人に祟りを及ぼすことはない存在と、そうではない存在とが()るのは事実)

 笹丸も、晃の考えに同意した。

 (ねえねえ、“にぎみたま”とか“あらみたま”って、何?)

 アカネが無邪気に問いかけてくる。

 (それはの、アカネよ。“神”の呼び方だ。“和魂”とは穏やかで人々を見守る神格のことのことを示す。“荒魂”は時に人々に祟りをもたらしたりする、荒々しい神格を示すのだ。もちろん、荒魂であっても人々を見守る性質の強い神格はおる。ただ、本当に人に害しか与えぬ存在も、少数だが存在する。それが問題だの)

 笹丸の答えに、アカネはわかったようなわからないような、微妙な表情を浮かべる。

 (アカネ、今はわからなくてもいいよ。ただ、そういうものだと思っていればいい。目の前のことに対処していけば、だんだんいろいろわかるようになってくるさ)

 晃はそう言って、アカネの頭をなでる。アカネはうなずき、晃のほうにさらに近づいてくると、膝の上に乗ってきた。

 (わたい、あるじ様、好き。だから、あるじ様のこと、心配。朝、疲れてた。今も疲れてる。あるじ様、休んで欲しい)

 アカネは、まだ晃の疲労が抜けきっていないのを案じている。晃は、目を細めて微笑んだ。

 (アカネ、ありがとう。そうだね、まだ体が元通りじゃないし、早めに休むよ)

 未明のことは、何らかの神格の眷属が関わっている可能性があるが、どんな神格なのかはまだ全くわからない。

 そんな時に、万全の体調でないままそれに対処しても、裏をかかれたり、力づくで何かをされたりしたときにどうにかするのは難しい。

 何か対策を立てるにしても、力が使えなければその幅は限られる。

 晃は、気づいたことを大雑把にメモに走り書きすると、早めに休むことにした。

 その前にメールを確認すると、近々打ち合わせをしたいという、結城からの返答が返ってきていた。

 最低限の報・連・相はしているつもりだが、やはり詳しいことが知りたいだろう。

 晃は、自分が都合がいい日時をさらに返信し、そのまま着替えてロフトベッドに上った。

 とにかく、今は回復させることが第一だ。晃は目を閉じ、眠りについた。



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