表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
ある異能者の備忘録  作者: 鷹沢綾乃
第六話 贄の巫女
150/345

13.覚悟

 なんとか午前の授業をこなし、カフェテリアにやってくると、雅人はそこの片隅にいる晃の姿を見つけた。

 近づいていくと、晃の前には売店で売っているサンドイッチ一パックと、飲みきりサイズの野菜ジュースだけがあった。男子大学生の昼食としては、何とも心もとない量だ。

 しかも、一応封は切っているが、どんどん食べているという感じではない。

 「よぉ!」

 軽く声をかけると、雅人は敢えて真向いの席を選び、かつ丼とサラダの小鉢、みそ汁が乗ったトレイをテーブルの上に置いて席に着いた。

 晃が雅人の顔を見る。その顔色の悪さに雅人は内心驚いたが、何とかそれを周りに気取られないよう取り繕うと、改めてもう一度声をかける。

 「おい、ずいぶん少食だな。顔色も悪いし、調子悪いのか?」

 「……調子悪いというか……遠隔で力を使ったから、思った以上に消耗が激しくて……」

 瞬時に雅人の頭の中で、深夜の出来事が生々しく甦る。

 あの瞬間に感じた、凄まじい力。遠隔であれだけの力を使ったのだ、確かに消耗もするだろう。

 だが、それなら目の前の軽食としか言えないものは何なのだ。

 「消耗してんなら、もっと食えよ。女子だってもっと食うぞ」

 「……食べたほうがいいのはわかってるんだけど……喉を通らないんだよ……」

 そう言って、晃は力なく笑った。

 どうやら、がっつり食べることが出来ないほど、消耗しているらしい。雅人は溜め息を吐いた。

 「なら、無理に大学に来ないで、家で寝てりゃよかったのに」

 「……今日は、必修の奴が多くてね。頑張って出席だけでもしておかないと、後々が響きそうで……」

 「お前も律儀だなあ」

 それでも、聞いておきたいことは今聞いておこうと、雅人は少し声を潜めながら晃に向かって改めて口を開いた。

 「お前さ、化け猫飼ってるのか? まあ、昨夜(ゆうべ)っていうか、日付変わってるから今日の未明か。その化け猫のおかげで助かったんだけど……」

 「飼っているというか……わけあって僕が保護してるんだ。一応電話では話したろ?」

 「それは確かに聞いたんだが……おれが言いたいのは、もっと根本的なことであってだな……」

 すると晃は、皆まで言うなとばかりに軽く右手を挙げてそれを制した。

 「あの子はね……アカネというんだけど、アカネは人間にいじめ殺された猫が化けて出てきた存在なんだ。紆余曲折があって、白狐の笹丸さんによって従属の術が掛けられて、僕の元にいる。でも、あの子はいい子だよ。あの子が化けて出ることになったのも、人間のせいだからね」

 「従属!? お前っていわゆる“テイマー”なのか?」

 「……テイマーとはちょっと違うと思うけど……」

 晃が自分の力で従属させたわけではないのだ。そういう意味では、確かにテイマーとは違うだろう。

 「それより問題は、今までばらばらと散発的に現れていた物の怪たちが、集団で襲ってきたってことだよ」

 「確かに、あんなこと今までなかったなあ」

 晃は真顔になって、こう言った。

 「ああいう存在は、普通は互いに協力し合ったりしない。でも、それが起こることがある。そういうことが起こるのは、集団を統率するものが現れたときなんだ」

 「それはそうだろうけど……それが、何か?」

 まだピンときていない雅人に、晃は告げる。

 「ああいう存在の統率者(リーダー)というのは、力に優れたものだ。つまり、何らかの神格の眷属か何かが、狙って結界を破ろうとしていたんじゃないか、と考えられるんだ」

 「え……」

 「目を付けられたかもしれない」

 「目を付けられたって……!?」

 「つまり、“贄の巫女”の存在が、ある神格に知られてしまったかもしれない、ということだよ。もしそうなったら、今まで以上に危険なことが起こるかもしれない」

 「おいおい!」

 雅人は、冗談はよせという顔をしたが、晃は真剣だった。

 「そちらに渡したお守りは、純粋なお守りとしてのほかに、二つの効果を持たせた。一つが、今日の未明の対応だ。あの石には、(ゲート)の役割を持たせてある。僕がいつも身に着けている石と、霊術的につなげてあって、僕の石にアカネを封じると、そちらの石に転送されるように術を組んである。帰りはその逆で、お守りに使っている石に飛び込むと、僕の石に転送されてくるんだ」

 なるほど、夜のあれはそういうことだったか、と雅人が納得していると、晃はさらに続けた。

 「それと、もう一つの効果は、僕の力を彼女の霊力の上にかぶせることによって、多少なりとも彼女の霊力を誤魔化すものだ。こちらは気休めでしかないけどね。でも、いざ目を付けられた可能性があるとしたら、気休め程度でも、時間稼ぎにはなるはずだ」

 だからこそ、出来る限り身に着けておいて欲しいと言付けたのだ、と晃は告げた。

 「遅かれ早かれ、妹さんは“神”か“神に準ずるもの”に見つけられたはずなんだ。()き神ならいいが、そうじゃなかったらどういうことになるか、僕にもわからない。一つだけ言えるのは、決して安易に『あなたの元に行きます』と妹さんに言わせないことだ。本音に関係なく、そう口にしてしまえば言霊の力により契約が成立してしまうから。あとから“そういうつもりじゃなかった”と言っても、一度結ばれた契約は、巫女たる女性がその命を終えるまで破棄出来ない」

 それを聞き、雅人は押し黙る。

 内容が深刻過ぎて、どうしていいのかわからなかったのだ。

 その時ふと、晃が『必ず護る』と言っていたことを思い出す。相手が“神”だったとしたら、ほんとに護れるのだろうか。

 「なあ、お前このあいだ、万結花のことを護るって言ってたよな。相手が“神”でも、出来るのか?」

 晃は一瞬考える素振りを見せたが、やがて改めて真顔で答える。

 「僕の力の限り、護ってみせる。もしかしたら、護り切れない局面が出てくるかもしれないけど、そうなったら僕が盾になって逃がすさ。時間を稼ぎ、より良き存在を見出すまで逃げられるように、時間を稼いで見せる」

 その言葉に、雅人は何となくピンときた。

 「お前、命懸けるとか言わないだろうな?」

 「懸けるつもりはないけど、万が一そうなったとしても仕方がないと覚悟はしている」

 「お前馬鹿か!? ついこの間会ったばかりの、いわば赤の他人なんだぞ。それでなんで、そこまで覚悟してんだよ?!」

 晃は目を伏せ、大きく息を吐いた。

 「……なんでだろうな。でも、一度関わったからには、放ってはおけない。自分が関わらなかったせいで、最悪の事態になるのが嫌なんだ」

 雅人は再び押し黙った。複雑な感情が渦巻く。

 自分たちの事情に、巻き込んだと言えるのかもしれないと思ったのだ。

 「……悪い。おれらのことに、完全に巻き込んだよな……」

 「いや、そんなことはないよ。これは、僕が勝手に決めたことだ。だって、前に訪れた霊能者は『手に負えない』と逃げ出したんだろう? 同じことを、僕だって出来るんだ。ただ、そうするつもりがないだけだよ」

 晃はあくまでも、静かに、冷静に答えを返す。それを見た雅人は、晃の“覚悟”を悟った。こうなったら自分たちは、彼の覚悟を見守ろう。もう、それしかない。

 それに、まだ“神”に目を付けられたかどうかはわからないのだ。もしかしたら、言うほど危険なことはないかもしれない。

 雅人は、まだどこかで楽観的に考えていたが、晃に釘を刺される。

 「川本、楽観論は捨てろ。いつかは、神格に目を付けられたはずなんだ。それが、思った以上に早く来ただけだと考えたほうがいい。今は、最悪の事態を想定して動くべきだ」

 晃は改めて、もう一つお守りになる物を作ると言った。

 「僕の力を重ねてかぶせる。そうすれば、もう少しだけ霊的なカモフラージュを施せるかもしれない」

 そこまで言って、晃は疲れたように顔を伏せた。未明の出来事に対応した時の疲労が、全然回復していなかったからだ。

 雅人もそれに気づき、改めて晃の顔を覗き込む。先ほどより、さらに顔色が悪くなった気がする。

 「お前の気持ちは分かったが、肝心の体調が戻ってないんだろう? それにそんな少食で……。ちょっと待ってろ」

 雅人はいったん席を立つと、売店であるものを購入して戻ってきた。

 「ほら、これでも飲めよ。ちょっとはマシだろう」

 それは栄養ドリンクだった。売店で売っているものの中で、一番高いヤツだ。

 それをそのまま渡そうとして晃の体のことを思い出し、キャップを開けて押し付ける。

 晃は微苦笑しながらそれを受け取った。

 「あ、ああ。ありがとう」

 晃はそれを、一気に飲み干す。それから、残ったサンドイッチと野菜ジュースをすべて胃の中に納めた。

 それを見て、雅人も多少は安心して自分の昼食を一気に平らげていく。

 双方が一息ついた時、雅人は再び晃に尋ねる。

 「そういや、今夜もまたあんなこと、起こると思うか?」

 「……さすがに、あれだけの数の物の怪や霊たちを蹴散らしたんだ。続けざまには起こらないとは思う。ただ、いつまた同じことが起こるか、僕にも読めないんだ。だから、いつも頭のどこかには、今回の出来事のことを入れておいて欲しい」

 「わかった」

 そこで雅人がふと気づくと、いつもつるんでいる友人たちや、女子学生たちが、遠巻きにこちらを見て何かをひそひそ話している。ずっと比較的小声で話していたから、会話の内容までは聞かれていないとは思うが、明らかに悪目立ちをしていた。

 「……なんか、目立ったみたいだな」

 雅人が眉間にしわを寄せると、晃はまた苦笑気味の笑みを浮かべる。

 「僕は慣れたけど、あまりいい気分じゃないだろ?」

 「だな」

 晃は、以前の体験をぽつりと口にした。

 「前に、時々覗いていた情報サイトで、フォトコンテストがあったんだ。『隣のイケメンさん』ってタイトルだったな……」

 雅人はその時点でなんとなく展開が読めたが、黙って続きを聞いた。

 「コンテストの結果が発表された時、正直愕然とした。審査員特別賞になっていた写真が、僕の写真だったんだ。それも、僕が気づかない間に撮られた、盗み撮りと言ってもいいものだった……」

 その写真には『この写真の人、連絡求む!』というコメントがついていて、上位入賞者の作品はすべて、被写体となった人本人の了解を取ったうえで写真が送られていたのだが、これだけは応募者が“街中でたまたま見かけたイケメンをスナップショットで撮って送った”というコメントをつけており、どうしようか迷ったのだが、余りのイケメンぶりに外すことも出来ず、審査員特別賞となった(むね)が書かれていたという。

 もし、本人の了解を得たものだったら、間違いなくこの人が優勝だった、とも。

 「それから、そのサイトは覗いていない。ブックマークも外した。町中を歩いていても、こうやって写真を撮られたりするのかと思うと、ホントに嫌になる。最近は、帽子を目深にかぶって外に出ることが多くなった。特に、人が多いところに行く時には、気をつけるようにしてる。目立たない顔に生まれたかったよ、本当に……」

 ここまで来ると、確かに自分の顔が(うと)ましく思えても仕方がないだろう。

 昨今は、スマホで高精細の写真や動画が撮れる。いつどこで被写体になるか、わかったものではない。

 「『肖像権』って言葉は、そいつらの頭の中にないのか?」

 「あれば、盗み撮りなんかされないと思う」

 「だよな……」

 二人は同時に溜め息を吐いた。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ