11.首飾り
昼にカフェテリアを見回すと、おあつらえ向きに雅人が彼の友人と一緒にテーブルを囲んでいた。
話を聞いていると、どうやら就活の手始めとして、インターンシップにエントリーするか、OB訪問をしてみるか、といった話をしていた。そういえば彼らは三年生の後期。そういう話が出ていても、少しも不思議ではない。
晃はそっと近づくと、静かに声をかける。
「ちょっと渡したいものがあるんだ。少しだけ時間取れるかい?」
驚いたのは、その場にいた雅人の友人たちだ。
普段人を近づけさせないような雰囲気を醸し出し、いつも一人でカフェテリアの片隅に座っていた印象の晃が、いきなり目の前に現れたからだ。
周囲が目を見張っている間に、二人は普通に会話を交わす。
「うん? 別にいいけど、何だ、その渡したい物って」
「いや、『お守り』になるものだよ。僕が作った」
「お前がか?! まあ、あの実力なら出来るだろうけど……。どんなもんなんだ? あんまり変なのだと、さすがにこっちも渡すのに困るぞ」
言われて晃がチノパンのポケットから取り出したのは、今も首にかかっている紅玉髄の首飾りと同じような、革紐の首飾りだった。
付けられている石は、同じような色合いの紅玉髄だが、ただ紐に通しただけではなく、ウッドビーズを通して革紐をまとめ、もっと首飾りとしての体裁を整えたものだった。もっとも、その石からは相当な力が込められているだろうことが、感じられる。なるほど、お守りというのもうなずけるものだ。
「これを、出来る限り肌身離さず身に着けていて、と伝えて欲しい。いざというときに、きっと役に立つから」
「そ、そうか。伝えとくわ。用件はそれだけか?」
「うん。あと何かあったら、電話かメールで。じゃあ、お邪魔したね」
晃はかすかに微笑むと、その場を離れていった。
晃が離れた途端、周囲の者たちが一斉に口を開く。
「なんだよ、今のやり取り!?」
「ちょっと、何を受け取ってんのさ。お前ら、どういう関係??」
「うわー。あの“孤高の人”で有名な奴と、いつの間にあんなに仲良くなってるわけ?」
さらに、近くにいた女子学生がハイテンションでつぶやく声が聞こえる。
「うわ~。あの人、ああいう声なんだ。声までかっこいい!!」
「声、初めて聴いたよね。同じ授業受けてる人なら、聞いたことあるんだろうけど」
「普段クール系イケメンすぎて近づきがたい感じなのに、微笑むとあんなに柔らかい感じになるんだ。あぁ、でも高根の花って感じぃ~」
雅人は内心うんざりしていた。『この騒ぎの始末をつけていってくれよ、早見!』と思ったところで、普段こういう騒ぎに巻き込まれたくないから、“近づくなオーラ”を出していたんだろうな、と気づき、晃の気持ちがよく分かった。
(そりゃ、いやにもなるな……)
そこへ、雅人の思考を中断させるように、友人たちがさらに問い詰めてくる。
「おい、雅人。答えろよ。あいつとはどういう関係なんだ?」
「そうそう、なんかもらってるし。『お守り』とか言ってたけど、その手作り感満載な首飾りがそうなわけ?」
「今まで、あいつと接触してた印象ないのに、急にあんなに話すようになってるなんて、何があったんだよ?」
雅人は、どこまで話そうか考えたが、以前ここにいるメンツには、妹絡みで家の中がお化け屋敷状態になっていると話したことがあったことを思い出し、ある程度話しても大丈夫だろうと判断した。
「……前にさ、おれの妹の一人が、なんか妖怪とか変な霊みたいなのに襲われてえらいことになってるからお祓いの人を頼もうかって話、したことあったよな?」
「そういや、してたな」
「確かに。お前んとこ、家族全員霊感があるから、余計大変だって言ってたっけ」
「それが、あいつとどう関係があるんだ?」
雅人は、先程晃から渡された首飾りを示しながら言った。
「あるところに連絡して、調べる人が来てくれたんだけど、一緒に来た霊能者があいつだったんだ。これは、ちょっと厄介な霊にまとわりつかれてる妹のために、あいつが作ってくれたお守りなんだよ。霊感がある奴なら、これにすごい力が込められてるってわかるんだけどな」
それを聞き、後ろにいた女子学生の一人がぽつりとつぶやく。
「……そういや、なんかすっごい力を感じるなって思ってた。普通、神社とかお寺で売ってるお守りには、そんなに力感じないんだけど、それ、マジでヤバいよ」
どうやら彼女には、霊感があったらしい。
「へえ、あいつ霊能者だったんだ。でも、霊能者って普通、なんか修行したりして結構年取ってる人のイメージあったけど」
「確かにそういうイメージあるけどな。おれはあいつが悪霊を祓ってるところを見たことあるんだけど、すごいぞ。空間を切ってるようにさえ見えるんだ。ありゃ相当の力持ってるわ」
雅人の言葉に、友人たちは半信半疑ながらうなずいた。
とにかく、その日の昼食としてテーブルに乗っていたポークカレーをさっさと平らげると、雅人は友人と一旦別れ、午後の授業の準備のためにカフェテリアを後にする。
そのまま授業を受け、帰宅した後、自分の部屋に行く前に、先に帰っていた万結花のところに行く。
雅人と舞花の部屋は二階だが、万結花の部屋は一階にある。やはり、万が一のことを考えて、階段を上らなくても済む部屋にした経緯があった。
ドアをノックし、中に入ると声をかけると、中からどうぞ、と返答があった。
ドアを開けると、いつものように机に向かい、点字の教科書を指で“読み”ながら授業の復習をしている万結花の姿が見えた。
「万結花、早見からお守りを預かってきた。あいつの手作りだそうだ。かなり強力な感じだから、出来るだけ肌身離さずつけていたほうがいいぞ。あいつもそう言ってたし」
声に振り向くと、万結花はにっこり笑った。
「ほんとに、強い力を感じるわね。でも、やっぱり暖かさも感じる。早見さんが作ったってわかる」
「へえ、さすがだな。首飾りになってるから、今、首にかけてやるよ」
雅人は妹に近づくと、結んで輪になっている革紐を頭から通し、首にかけてやる。
きれいな橙色の紅玉髄は、素朴なつくりと相まって、万結花にしっくりと馴染んだ。
「あ~似合ってるわ。意外とセンスあるんだな、あいつ」
本人がつけている似たような物は、タンブルストーンの穴にただ紐を通して結んだだけのそっけないもので、アクセサリーのセンスがあるようには見えなかったのだ。
「……こうして身に着けると、余計にわかる。早見さんの気配と同じね。とても暖かいの」
そう言って万結花は、自分の首にかかる石をそっと撫でた。
万結花がすっかり気に入った様子だったので、雅人もなんだかほっとして、妹の部屋を出た。