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ある異能者の備忘録  作者: 鷹沢綾乃
第六話 贄の巫女
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06.仮初の結界

 さすがに同情した雅人が、ちらりと晃の左腕を見る。半袖からはみ出しているその腕は、ベージュ色の長手袋で被われていた。遠目に見るとなんとなく誤魔化せるだろうが、近くで見れば一目瞭然だ。

 「これでも、手首から先は結構精巧に出来ているんだけど、全体としては、どう見たって生身の腕じゃないことはまるわかりだからね」

 雅人も人づてに聞いて、晃が隻眼隻腕であることは知っていた。だが、現実に本人を至近距離からじっくり見ることなどなかったため、今色々感じているところだった。

 すると、今まで黙っていた万結花が口を開いた。

 「早見さん、本当にいいんですか? あたしが夢を実現するまで、何年もかかります。その間、本当にずっと護ってくれるんですか?」

 「ええ、約束します。だから、安易に妥協しないでください。仕える神の性質によって、その境遇は天と地ほどに違います。あなたが心から納得するまで、仕える神は決めなくていいんです。そして、その間に自分自身の夢をかなえてください」

 晃の答えに、万結花は大きく息を吐いた。

 「……でも、早見さんも大学生なんでしょう? だったら、将来どうするか、とか考えてるんじゃないですか。あたしのことにかかりきりにはなれないでしょう?」

 それはもっともな疑問だった。近寄ってくる霊を祓えば終わりというものではない。なら、晃自身はどうするのか。彼にも、将来の夢ややりたいことがあるはずなのだから。

 晃は、静かな口調で答えを返した。

 「ひとまず結界を張ります。今日は緊急なので、そんなに強いものは張れませんが、あとで強固なものにします。結界さえ張ってしまえば、それを破るような強力な存在が現れない限り、時折結界を強化するように力を込めればいいので、僕自身の時間もちゃんと取れます。心配しないでください」

 晃はそう言って微笑んだ。目の不自由な万結花には、それは見えない。けれど、彼女は晃の気配で、“大丈夫だ”という晃の思いを受け取った。

 「わかりました。よろしくお願いします」

 万結花は頭を下げながら、晃の気配の不思議な暖かさにふと、安心感を覚えていた。このひとは、信じていいと。

 それを確認して、晃は改めて雅人にこう言った。

 「いくつか、使わない小皿を出してほしい。それに盛り塩をして、結界の基礎にするから」

 「そんなんで、本当に結界になるのか?」

 「緊急だから仮設的な物になるとは思うけど、盛り塩を崩さない限り、ちょっとした悪霊や物の怪なんかは寄せ付けないようなものには出来ると思う」

 雅人は、晃の言葉がにわかには信じられないようで、疑わしそうな表情を崩さなかったが、それでも食器棚の奥のほうから何枚かの小皿を取り出してきた。

 それを見た晃は、今度は結城や和海の方に向き直り、お願いをした。

 「すみませんが、封を切っていない塩が欲しいので、どちらでもいいんですけど、買ってきてはもらえませんか? 出来れば粗塩がいいですが、なければ普通の食塩で構いませんので」

 晃に言われ、すぐさま和海が玄関へと向かった。

 「ここに来る途中、近くにコンビニがあったのを覚えてるから、行ってくるわね。歩いても、五分ぐらいだと思うから」

 「お願いします」

 和海が出て行った後、晃は今度は結城に声をかける。

 「所長、ここで〈過去透視(サイコメトリー)〉をお願い出来ますか。どんな奴が来ていたのか、わかる範囲で確認しておきたいので」

 「ああ、それならやってみよう」

 傍で見ている雅人にとって、どっちが上役なのかわからなくなるような会話だった。

 「……ほんとにお前が仕切ってんのな。びっくりだぜ」

 「仕切るというか、頼んでいるだけだよ。〈過去透視(サイコメトリー)〉は、所長のほうが得意だし」

 結城のほうは、万結花の近くに胡坐をかいて座ると、精神統一を図り、過去の出来事を探っていく。

 しばらく目を閉じていた結城が、はっとしたように目を開けると、晃に向かって真顔で告げる。

 「ずいぶんと、得体のしれない連中に付きまとわれているみたいだ。早見くん、イメージを共有出来るか?」

 「出来ます」

 晃は結城の前にかがみこみ、右手をその左肩に置くと、ゆっくりと呼吸を合わせた。

 そして、晃の意識の中に飛び込んできたのは、黒い影のような存在やら、宙を飛ぶ生首やらが、万結花に襲い掛かっている様子だった。どれも、すんでのところで雅人が割り込んで事なきを得てはいたが。

 「川本、よく悪霊や物の怪が襲ってきたときに、割り込めたね」

 晃の問いかけに、雅人はまたも頭を掻きながらぼそりとつぶやくように答える。

 「……そりゃ、気配でわかるさ。妹がヤバいっていうときには」

 それを聞き、晃はかすかに笑みを浮かべる。

 「やっぱり“お兄さん”なんだね。ちょっとうらやましい。僕は兄弟がいないからね」

 「でもな、こっちは必死なんだぞ。おれが割り込んで何とか追い払ってるが、ほとんど力任せに何とかしてるだけなんだからな」

 「それはわかった。あれじゃ、また来るよ」

 それを聞いた雅人は、うんざりしたような顔になった。

 「おれは、そこそこ霊感はあるんだが、霊能者ってわけじゃないからな。とにかく、お前のお手並み拝見ってとこだな」

 「わかっているよ」

 そこへ、コンビニへ買い物に行っていた和海が帰ってくる。

 「粗塩があったから、そっちを買ってきたわよ。五百グラムもあれば、足りる?」

 「充分ですよ。ありがとうございました。これから、準備をします」

 晃は出してもらった小皿をまとめて手に取ると、鬼門、裏鬼門、人の出入り口である玄関、窓のすぐ下などに小皿を置き、そこに、円錐を形作るように粗塩を盛って形を整える。

 許可を取って、二階の各自の部屋の窓まで、すべての個所に盛り塩を置いた。

 そこまで終えたあと、晃は少しすまなさそうな顔で、皆に声をかける。

 「ごめん、悪いんですけど、一度全員家の外へ出てもらえますか」

 それには雅人が訝し気な顔になったが、和海は以前にもそういうことがあったので、すぐにうなずいた。

 「晃くんは、前にも盛り塩で結界を張った時、同じように家の外に出て欲しいって言ったことがあるの。やっぱり、人に見せたくない特別な儀式とか、そういうのがあるのかも」

 和海自身、納得しきっているわけではないのだが、そうしないと晃がうまく力を込められないようなので、と説得し、雅人と万結花とともに家の外に出る。結城もそれに続いた。

 家の中に誰もいなくなったことを確認して、晃は遼の力を呼び込む。生者と死者の気配が入り混じる“(オーラ)”があふれた。

 (相変わらず、その姿は凄まじいの)

 (霊感がある人には、とても見せられない姿ですからね)

 笹丸の言葉に、晃は微苦笑しながら先程置いた盛り塩のところへ向かった。

 盛り塩の一つ一つに“左手”の指をそっと差し入れ、力を込めていく。実体のない指は、盛り塩の形を崩すことはない。

 すべての盛り塩に力を込め終わると、晃は遼の力を分離した。

 一時的に襲ってくる虚脱感が収まったところで、晃は玄関のドアを開け、終わったことを告げる。

 家に入った途端、完全に“空気が変わった”ことが感じられる。

 人間なら自由に出入り出来るが、霊的な存在は行動を阻害されるであろうことが、はっきり感じられるものだった。

 雅人でさえそれは感じられるもので、玄関収納のボックスの上に置かれた盛り塩から、強力な力が発せられていることがわかる。

 雅人は、にわかには信じられないという表情を浮かべた。

 「……これ、本当に早見がやったのか?」

 「そうだよ。家の中には、人間は僕しかいなかったんだし。笹丸さんとは、力の性質が違うのはわかるだろう?」

 万結花を元居た部屋まで連れていくと、雅人は家のあちこちを見て回った。そして、置かれている盛り塩一つ一つから、同じような力が発せられていることを確認し、狐に(つま)まれたような顔で戻ってきた。

 「納得したかい?」

 「せざるを得ないというか、なんというか……」

 (それにしても、相当な結界よの。以前法引殿がアカネから高坂の者たちを護るために張った結界に比べれば、さすがに落ちるが、それでも一人でこの短時間で張ったものとは思えぬ結界だ。霊感を持つ者なら、それは容易に感じるであろう。我とて、晃殿と共に入らねば、入ることなど叶わぬほどよ)

 (でしょうね。当時のアカネに匹敵するような“モノ”が現れるようなら、考えなければなりませんけど)

 (それでも、一晩や二晩では破られることはないであろうよ。とりあえずは、様子見に今宵はここに泊まるのであろう?)

 (泊まるというか、一晩徹夜で待機ってとこですかね)

 (あるじ様、わたいも一緒に変な奴やっつけたい!)

 (アカネ、まだお前はそこに居なさい。ちょっと考えていることがあるから、その時には、お前に協力を頼むから)

 (……うん、わかった)


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