表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
ある異能者の備忘録  作者: 鷹沢綾乃
第六話 贄の巫女
142/345

05.選択

 (笹丸さん、その“手”以外のところは全てダメっていうくだり、マジですよ、ねえ……)

 (もちろん。たとえそなたであっても、支え切れるものではないのは、わかるであろう?)

 (ええ、無理でしょうね。じっくり“視て”みたら、潜在意識の下に入り込んでいますが、人間が持っているとは思えないほどの霊力を感じました。あれに直撃されたら、僕でも命運を削られます。一般の人に比べたら持つかもしれませんが、遅かれ早かれ破滅は(まぬが)れませんね)

 そして万結花は、今しがた笹丸から聞いた内容を、兄である雅人に話していた。雅人に聞こえるように話すということは、結城や和海にも聞こえるということだ。

 「万結花、それってマジなのか?」

 顔をひきつらせたまま、雅人が訊き返す。

 「ええ。笹丸さんの言葉が正しいのなら、あたしは誰とも結婚出来ない。神様の元に行くしかないんですって」

 「そんな……」

 万結花自身、受け止め切れてはいないはずで、困惑したままうつむいた。

 「ところで、今回の依頼は『家の中で怪異が起こるから調べて欲しい』という話だったはず。子供のころは、どうだったんだね?」

 結城が、場の雰囲気を変えるように問いかけを発する。

 「子供のころは、たいしたことはなかったんです。少しずつおかしくなり始めたのは今から四、五年前から。特にひどくなったのが半年ぐらい前からです」

 雅人の答えに、結城が首をひねる。

 「“贄の巫女”が、神の嫁というか、巫女として生まれてくるのなら、物心ついた時にはそういう事態になっていてもおかしくはないんじゃないか? 何故最近になって、怪異が起こる頻度がひどくなったんだ?」

 晃が笹丸のほうを見る。笹丸はうなずくと、こう言った。

 (巫女には、子供の頃から力に目覚めるものと、ある程度成長してから力に目覚める、いわば“晩成型”というべきものがおる。そちらの方が数が少ないといわれておるがの。彼女は、典型的な後者であろう)

 (それが、四、五年前ということですよね。それじゃあ、ここ半年ほどで、ひどくなったというのは?)

 (能力(ちから)に目覚めたのが四、五年前で、それがいわば“完成”したのが半年前、ということなのであろうよ。今のあの娘、巫女として十全の力を持っておる)

 晃が笹丸の言葉を皆に伝え、何か力に目覚めるきっかけか何かがなかったか、万結花に尋ねる。

 万結花は少し困ったような顔で、口ごもった。

 すると、不意に和海が何かにピンときたようで、素早く万結花に近づくと、振り返って他の男三人に向かって少し離れるように言った。

 「ちょっと彼女に話があるので、男の人は、離れててくださいね」

 なんとなく有無を言わせない雰囲気があったので、三人は一歩下がって様子を見る。

 それを確認して、和海は万結花と小声で話をしていたが、やがてやはりと納得したような顔になってうなずいた。

 そして三人の元にやってくると、こう言ったのだ。

 「おそらくきっかけは、『女の子から女性になった』ということでしょうね。ホルモンバランスが変わって、体質も変わったりするので」

 晃と雅人はすぐには理解出来ずにお互い顔を見合わせたが、結城はあっという顔になった。

 「そういえば去年の今頃、仕事から帰ってきたら、夕飯に赤飯が出ていて、何だろうと思ったことがあったんだ。その時に、うちのから言われたんだよ、同じセリフを」

 妻である千佳子からその後耳打ちされたのは、『娘の恵理が“初潮”を迎えたのだ』という言葉だった。

 そのことを、これもなんとなく言いづらい雰囲気だったために小声で告げる結城に、晃も雅人も微妙な表情になりながら、納得したというように小さく息を吐いた。そして、やはり小声で言葉を交わす。

 「……川本、そういうこと、聞いてなかった?」

 「馬鹿、いくら兄妹でも面と向かって訊けるか。そういうお前は、どうなんだ。姉とか妹に、面と向かって訊けるのかよ?」

 「……僕は一人っ子なんで……」

 「ちぇっ」

 雅人が頭を掻いた。

 (そういや遼さんも、こういうのは経験ないよねえ)

 (まあなあ。俺も、兄弟は兄貴しかいなかったからなあ。こういうやつわからんわなあ)

 気を取り直して、晃は改めて万結花に尋ねた。

 「あなたが怪異に出くわしてしまうのは、あなたが持つその霊力のためです。それは、あなたが何らかの神に仕え、その神の庇護の下に入るまで続きます。神に仕えてしまったら、それこそ巫女としてしか生きられなくなるでしょう。それを今すぐ受け入れますか?」

 真剣な口調で話す晃に、万結花は困惑の表情を隠せない。

 晃は、さらに言葉を続ける。

 「正直に言ってください。あなたの希望を、優先したいのです。すぐさま受け入れたくないというのなら、それで構いません。僕らは、あなたの想いを最大限に汲みたいのです」

 万結花はしばらく考え込んでいたが、やがてぽつりと言った。

 「……出来れば、ちゃんと働いてみたいです。そのために、マッサージ師の国家資格を取ろうと、勉強してきました。だから、最後にはどこかの神様のところに行くのだとしても、せめてほんの少しだけでも働いて、自分で給料を手にしてみたいんです……」

 それを聞き、晃はうなずいた。

 「わかりました。それならば、あなたが神に仕えると決めるその時まで、僕らが悪霊や物の怪から護ります。緊急で結界を張りますが、どういうモノがやってくるのか見極めるためにも、今夜はこのまま付き添います」

 そこまで言ってから、晃は結城や和海のほうに視線を向ける。二人も、真顔でうなずいた。

 「しかし、早見が霊能者だったなんて思わなかったな。しかも、見てるとなんだか早見の考えに他の二人が従っているように見えるんだけど」

 雅人が率直な感想を口にすると、結城や和海の顔に苦笑が浮かんだ。

 「実は、霊能者としての力は、早見くんが頭一つどころか、二つ三つ抜けているんだ。我々は足手まといにならないように、一生懸命頑張っているといったところだよ」

 結城の言葉に、雅人はにわかに信じられないという表情で晃のほうを見る。

 「へえぇ。そういや、前に霊能者だっていう人に見てもらった時に、家に着いた途端に『手に負えない』って逃げ出したことがあったんだ。それって、どういうことだと思う?」

 雅人の疑問に、晃は推測だがと前置きして、答えを返す。

 「おそらくその人は、感じてしまったんだ。“贄の巫女”の霊力を。僕らも、家に着いた途端に今まで感じたこともない妙な気配を感じたんだけど、その人はもっと敏感に感じたんだろうね。それで、直感的にどうしようもない案件だと悟って逃げたんだと思う」

 「なんでお前とかは逃げなかったのさ。そいつのほうが、能力が上で敏感だったとか、言うんじゃないだろうな?」

 「それは違うよ。いわば、“能動感知(アクティブ)”か“受動感知(パッシブ)”かの違いだと思う。その人は能動感知(アクティブ)ですぐさま霊視をしてしまい、だめだと諦めた。僕らは受動感知(パッシブ)でひとまず感じただけで、霊視は川本さん本人に直接会うまでしなかった、ということだよ」

 霊感があるどんな人でもそうなのだが、能力が高くなると普段街を歩いているときなど、わざと感度を鈍らせて余計なものを“視”ないようにしている。“視え”ていることに気づかれると、それだけで霊に付きまとわれる場合があるからだった。それでも目に入るときは入るのだが、鈍らせていないと神経が休まらないほど“視え”てしまうことがあるのだ。

 感度を鈍らせていてなお感じる場合が受動感知(パッシブ)と呼ぶべき状態であり、意識的に“視”よう、感じようとするなら、それは能動感知(アクティブ)となる。

 逃げ出した霊能者は、受動感知(パッシブ)ではあまり感じることがなく、すぐさま能動感知(アクティブ)にしたために異様さに驚いて逃げ出したのだろう。逆に晃たちは、受動感知(パッシブ)のままで妙な気配を感じている。そして、無意識のうちに徐々に感度を上げ、気配の元を探ろうとしていた。

 両者の態度の違いには、それだけの理由があったということだ。

 そして、改めて雅人の顔を見ると、晃ははっきりと言った。

 「妹さんを霊視して、どういう存在であるかわかっても、僕は特に逃げようとは思わない。川本さんが望みを果たすまで、護るつもりだ。それは約束する」

 雅人は、真顔で自分を見つめる晃をしばらく見ていたが、やがて目をそらして溜め息を()いた。

 「……わかったよ。お前のこと、信じるわ。それにしても……ほんとにお前、顔きれいすぎるな。男のおれでも、なんだか気恥ずかしくなってくる。お前の顔だけ見てると、ほんと現実味がないんだよなあ」

 それには、今度は晃のほうが溜め息を()いた。

 「大体の人が、僕の顔を見て見惚(みと)れるか困惑するかなんだよね。目立たない顔に生まれてきたかったって、いつも思うよ」

 それを聞いた雅人が、怪訝な顔になる。

 「そんだけのイケメンなら、それこそ黙ってても女の子が寄ってくるんじゃね?」

 「でも、みんな見た目に惹かれただけ。“僕”自身がどういう人間なのかは、まったく意識してない人ばっかりだ。それに、ちょっと繁華街に行くと、いまだにスカウトだっていう人に声をかけられることがある。断るために、わざわざ義手を見せることもある。そこまでしないと、引き下がってくれないんだ。正直、いやになるよ」

 「あぁ……。それは鬱陶(うっとう)しいだろうしなあ。きれいすぎるのもたいへんなんだな」



評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ