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ある異能者の備忘録  作者: 鷹沢綾乃
第六話 贄の巫女
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04.タメ

 万結花と呼ばれた目の前の女性は、もはやそういう運命を背負ってしまっている。ならば、はっきり言ってしまったほうがいいに決まっている。

 だが、年頃の女性に事実を告げるのは、彼女の心にひびを入れるかもしれない。そんな無責任なことをしていいのか。

 彼女の場合、ただ近寄ってくる悪霊の類を祓えば済むというものではないのだ。

 一生結婚することは出来ず、仕える神を選び、その身を捧げなければならないとは……

 「晃くん、どうしたの? 何かわかったみたいだけど、言いづらいことなの?」

 「え、ええ……」

 和海も困惑したような表情になった。晃がここまで言いよどむのは珍しいからだ。

 「早見くん。私だって、目の前の娘さんの気配が普通と違う、何かおかしいことはわかるんだ。私よりはるかに鋭い君が、何もわからないはずはないだろう。いったい、どうしたんだ?」

 結城が、静かに促すように問いかけてくる。

 晃は大きく息を吸い込むと、目の前の雅人に向かって、意を決して口を開いた。

 「妹さんは、“贄の巫女”という存在です。彼女は、神に嫁ぐためにこの世に生を受けたのです」

 「はぁ?」

 雅人が素っ頓狂な声を上げる。

 「お前いきなり何言い出すの?」

 雅人は、呆れ半分憤り半分な口調で、晃を問い詰める。

 「あのさ、そんな厨二病みたいな話をおれが信じると思うか!? まじめにやれよ!」

 しかし晃は、雅人の眼をじっと見つめると、もう一度言った。

 「僕は大まじめです。彼女はそういう存在なんです。だからこそ、言うかどうか迷っていたんですよ」

 すると今度は雅人のほうが溜め息を()き、小さく頭を振った。

 「あのさぁ、お前とおれは学年こそ違うが実際はタメだろう? 敬語なんか使うな」

 晃は一瞬戸惑ったが、相手の言うことももっともだと思ったので、丁寧口調は改めることにした。

 「それじゃ、こういうしゃべり方でいいんだよね。で、お前のことは何と呼べばいい?」

 「別に普通に名字でいいじゃね? あ、でもそうすると妹のことをどう呼べばいいのか、困るのか……」

 「うん。二人とも『川本さん』になるから」

 雅人は少し考えると、あっさりこう言った。

 「じゃあ、おれのことは名字の呼び捨て。妹のことは苗字にさん付けで呼べばいいさ。ここに他の家族が混ざると、またちょっとめんどくさくなるけど、今のところはそれでいい。その代わり、おれもお前のことを『早見』と呼ぶからな」

 「了解」

 そこで雅人は、また最初の話題に戻った。

 「で、だ。さっきも言ったが、厨二病じゃあるまいし『ニエのミコ』ってなんだ? ニエって、なんか煮るのかよ」

 晃は思わずがっくり肩を落とすと、それを訂正した。

 「“ニエ”とは“生贄”の“贄”だ。つまり、『神への生贄になりうる巫女』ということだよ」

 それを聞いた雅人は、当然目を剥いた。

 「ちょっと待て!! なんだそりゃ。生贄だって!?」

 「ああ。僕も、実は初めて知ったんだけど、そういう存在がいて、お前の妹さんがその力を持って生まれてきてしまったってことなんだ」

 その言葉に、その場にいた他全員が引っかかりを感じた。

 「初めて知ったって……。お前、それどこから知ったんだ?」

 雅人の疑問は、結城や和海にとっても同様だったが、こちらの二人には、それを知らせただろう存在に心当たりがあった。

 「早見くん、もしかして笹丸さんからか?」

 結城の問いに、晃はうなずく。

 「そうです。笹丸さんが、教えてくれました」

 「あーやっぱり。そうじゃないかと思ったのよ」

 和海も納得の表情を浮かべる。

 それを見て、置いていかれた形の雅人がぶすりとした顔になった。

 その時、兄である雅人の後ろにいた万結花が、そっと口を開いた。

 「兄さん、お客様の中に、不思議な気配の人がいるの。『早見さん』といったかしら。今まで、感じたことない気配を持っている人。そして、とても暖かい感じがする……」

 「……万結花」

 彼女は、視覚障害でまったく視力がない。だがその分気配には敏感で、気配で個人を見分けられるほどだった。

 人混みの中ではどうしようもないが、家の中なら気配だけでおおよその人の位置を感じ、杖なしでも、手探りをしなくても、人をよけて歩くことだって出来る。さすがに、相手が急激に動けば対応しきれなかったりはするが。

 その彼女が、晃の気配を“暖かい”といった。それは雅人にとって、驚くべきことだった。彼女は、気配で人の悪意さえ感じているのではないかと考えられるほどで、いまだかつて人の気配を“暖かい”と話したことなどなかったのだ。

 「兄さん、確かにとんでもない話だけど、気配を感じている限り、あたしにはその人が嘘やでたらめを言っているようには思えないの。そんな不誠実な人が、こんなに“暖かい”はずないもの」

 万結花は、晃のほうにまっすぐ顔を向けた。見えていないはずなのに、晃のいる場所がはっきりわかっているかのように。

 「早見さん、聞かせてください。あたしが何者であるかってことを。自分でも、最近なんだかいろいろなことが起こりすぎて、おかしいと思うんです」

 真剣な表情で訴える万結花の姿に、笹丸が口を開いた。

 (晃殿。この娘、やはりただ者ではないようであるの。いかに自分の霊力を御することがかなわぬと言うても、元々の地力は高い。やはり、自分自身に何かあると気づいておったのであろう。何なら、我が話してもよいぞ。あの娘の力量なら、我の念話が通じるであろう)

 (それなら、出ますか? 兄の川本を説得するためにも、実際に姿を見せたほうがいいのかもしれません)

 (あるじ様、わたいも出たい!)

 (お前はそのまま居なさい、アカネ……)

 白狐ならともかく、化け猫など出てきたら収拾がつかなくなる。

 (お前が普段甘やかすからだぞ、わかってるのか?)

 (自覚はしてるよ、遼さん。とにかく、ぐずぐずしてるとまた不審に思われる。笹丸さんに出てもらおう)

 笹丸は、自分の意思でいつでも出てこられる。晃の思いを受けて、笹丸は外に出る決断をした。

 晃の胸元の月長石(ムーンストーン)がぼぅっと白く光ったかと思うと、その光がそのまま石を離れてすぐ目の前の床の上に降り、たちまち大型犬ほどの大きさに膨れたかと思うと、神使の狐像のようなしなやかでどこか鋭さを感じさせる白狐の姿となった。

 雅人のほうは、いきなり眼前で起こった現象が信じられなかったらしく、目を丸く見開いて口をぽかんと開けていた。

 「これが、さっき話に出た笹丸さんだ。見ての通り、白狐だよ」

 「……な、何が……。おれ、夢でも見てんのか……?」

 雅人は、呆然としながら自分の頬を自分でつねっている。

 「……痛いから、夢じゃないのか……。まさか、本当に白狐……」

 そんな雅人の様子に内心苦笑しながら、晃は万結花に向かって静かに話しかけた。

 「川本さん、これから笹丸さんが直に説明します。ショックを受けるかもしれませんが、覚悟を決めて、聞いてください」

 晃の口調が真剣だったからだろう、万結花も真顔になってうなずいた。

 「わかりました。お願いします」

 (娘御(むすめご)よ、我の声を聞き取ることが出来るか?)

 「はい、聞こえます。でも、口で返すことしか出来ません」

 (それでよい。聞こえるだけでもたいしたものだ。我の念話の声を、聞き取れぬ者も多いからの。この場では、まともに念話だけで会話が成り立つのは、晃殿だけであるからの)

 「そうなんですか」

 そして、笹丸は語り始めた。“贄の巫女”がいかなる存在であるかということを。

 百年に一人、神の嫁となるために生まれてくる存在であること。

 強大な霊力を持ち、それを神に(ささ)げることで、その神を強化する存在であること。それゆえ、その霊力を狙って、物の怪の(たぐい)が寄ってくること。

 その身に纏う霊力が高すぎて、人間相手では結婚など出来ないこと。神相手ならば自分の意思で仕える神を選べるが、人間ではその存在そのものが脆弱であるため、ちょっとしたことでも“(ちぎ)った”とみなされ、相手の命運を押しつぶしてしまうことなどを。

 特に万結花を困惑させたのは、『“そういうつもりがあって体のどこかに触れた”だけでも、仮初(かりそめ)の契りを交わしたとみなされ、相手の命運を押しつぶすほどの霊力が相手を襲ってしまう』というものだった。

 肉親ならばどこに触れてもまず大丈夫だが、そうでなければわずかでも性的な興味を持った状態で彼女の体に触れると、相手は破滅してしまうということなのだ。しかも、彼女の(がわ)から触れても、同じことが起こるという。

 (触れても契りを交わしたとみなされぬところは、それこそ“手”だけであろうな。手を握るならかろうじて大丈夫だが、それ以外のところではすべて相手の破滅が待っていることになろう)

 そしてもちろん、それを横から“聞いて”いた晃も、言葉を失った。


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