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ある異能者の備忘録  作者: 鷹沢綾乃
第六話 贄の巫女
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03.贄の巫女

明けましておめでとうございます。今年もよろしくお願いします。

思えば、晃くんたちの物語を投稿し始めてから、一年以上が過ぎました。

ここを覗いてくださった皆様には、本当に御礼申し上げます。


とにかく、物語を結末まで導くべく、頑張って書き続けようと思います。

 晃が事務所に到着した時には、すでにその前にクリーム色の軽自動車が、エンジンがかかった状態で止められ、その傍らには結城と和海が立っていた。

 「僕が最後になってしまいましたね。待たせてしまって、すみません」

 晃が頭を下げると、結城がかぶりを振った。

 「いや、別に遅刻したわけじゃないんだ。気にすることはない。我々が早く段取りしすぎただけだよ。エアコンも効かせておきたかったからな」

 すると、和海が晃の胸元に見慣れない物が揺れていることに気づいた。乳白色で透明感のある月長石(ムーンストーン)と明るい橙色の紅玉髄(カーネリアン)だった。それぞれ革紐を通して首飾りにしてある。

 石に開けられた穴に、革紐を通して結んだだけのシンプルなもので、それだけに石は違えどおなじような造りの首飾りを二つも付けているのが余計に目を引いたのだ。

 「晃くん、その石のペンダントどうしたの? 二つもつけてるけど」

 「ああ、これは実は、石の中に笹丸さんとアカネが入っているんです。ふたりとも付いていきたいという話だったので、パワーストーンに笹丸さんが術をかけて、それぞれ中に入っているんです。白いほうが笹丸さんで、オレンジのほうがアカネが入っている石です」

 「へえ、こうして“視”ても、ただのパワーストーンに“視え”る。確かにこれなら、“視える”人の前に行っても大丈夫ね」

 ただ、笹丸は本人の自由意思で出入りが出来るようにしてあるが、アカネのほうは晃が『出ろ』と強く念じないと出てこられないようになっているという。

 「中にいても、外の様子はわかるらしいので、物珍しさにTPOをわきまえずに飛び出してくるかも知れないということで、安全策を取りました」

 「そりゃまあ『好奇心、猫を殺す』なんて(ことわざ)もあるくらいだからな。クライアントの家で、突然姿を現したらそれはまずいだろうし」

 中にいる笹丸やアカネとは、念話(テレパシー)で会話が出来るということで、三人はいつものように晃が後部座席、和海が運転席、結城が助手席に座り、依頼者の家へと車を走らせた。

 (アカネ、中の様子はどうだ? 狭くないかい?)

 (大丈夫。なんか暖かいし、広すぎなくて落ち着く)

 (ならよかった。本当にアカネに出て欲しいと思ったら念じるから、それまではおとなしくしているんだよ)

 (わかった。ここ、暖かくて気持ちいい)

 中が暖かいのは、術でそういうふうになっているのか、それとも晃の体温でそう感じるのかはわからないが、何にせよ中でおとなしくしていてくれるなら何よりだ。

 車のほうは、三十分ほど走ってナビが案内を終了する。

 辺りは住宅地で、近くの一軒家が依頼者と同じ苗字の表札を掲げているのを確認し、車を近くの時間貸しの駐車場に止めて、三人は改めてその家の前に立った。そのわずかな時間の間にも、汗がじっとりとにじんでくるような残暑が続いている。

 その時晃は、何とはなしにだが家の中から妙な気配が漏れ出していることに気づく。それは、その場にいた全員が感じた。

 「この気配、霊とは少し違いますけど、明らかに普通ではないですね」

 晃の言葉に、結城も和海もうなずく。

 「今まで、感じたこともない気配だな。これが今回の依頼に関係あるものだとしたら、ちょっと厄介な案件かも知れん」

 「そうですよね。晃くんが『普通じゃない』なんて言うのは、珍しいし」

 三人は互いにうなずき合い、気を引き締める。

 そして『川本』と書かれている表札を再度確認し、結城がインターホンのボタンを押した。

 家の中からチャイムの音がし、ほどなくして若い男性の声で返答があった。

 『はい、どちら様ですか?』

 「依頼を受けました結城探偵事務所のものです」

 『開いてますので、どうぞ』

 「では、失礼します」

 結城がドアを開け、先頭で中に入る。冷房の効いている室内に入ると、汗が引いていく感覚がある。玄関先には、二十歳前後に見える若い男が待ち受けていた。

 結城の次に和海、最後に晃が入ってドアを閉めたところで、相手の男が“アレッ?”という顔になった。

 「……最後に入った人、もしかして橘花大生かな?」

 「ええ、そうですけど、なぜわかったんですか?」

 「おれも橘花大だからだよ。確か、カフェテリアで何度か見かけたことがあるんだ。見かけるたびに、『すっげーイケメンだ』って思っていたんだけど……」

 「……あぁ……」

 そういうことか、と晃は思った。確かに大学のカフェテリアでは、話しかけてくる者こそいないものの、いつもあちこちから視線を感じていた。彼も、その視線の持ち主の一人だったわけか。

 話してみると、彼は川本雅人。経済学部三年生で、歳も本来同学年になる年齢とわかった。彼のほうが一月の早生まれなので、晃のほうが半年以上年上だが。

 立ち話ではなんだし、実際に調べてもらわなければならないからということで、互いに名乗り合った後、三人は雅人の招きに応じて家に上がることになった。

 家の中に入ると、妙な気配はさらに強くなる。雅人に案内されて、ある部屋に入った途端、その気配の塊というべき存在に出くわした。

 畳敷きの居間らしい和室に横座りしていた、二十歳にならないのではないかと思われる若い女性。

 髪は肩の高さできれいに揃えられ、ミントグリーンのTシャツにマスタードイエローのクロップドパンツ姿のその女性は、顔立ちそのものは可愛らしいが、右目が斜視で外側にずれている。

 彼女が、雅人の妹で今回の怪異の中心になっているという、万結花その人だった。

 雅人が、改めて妹の万結花のことを紹介したが、彼女の姿が目に入った途端、三人とも目を見開いた。

 家の外でも感じた奇妙な気配の出所が、ほかならぬ彼女だったからだ。

 (むっ、あれは“(にえ)の巫女”。そうか、そういうことであったか……)

 笹丸のつぶやきに、晃が問いかける。

 (何ですか? その“贄の巫女”とは)

 (そうか、晃殿は知らぬのだな。“贄の巫女”は、特別な存在なのだ)

 笹丸によると、贄の巫女とは、神の嫁になるために生まれてくる強大な霊力を持った娘で、百年に一人の存在であるという。よって、彼女と契りを交わすことが出来るのは、神か、神に準ずる力を持つ者に限られる。

 彼女を巫女にすることの出来た神はその力を増し、神に準ずるものは、神と等しい存在になるという。

 (よって贄の巫女は、人間とは契りを交わすことが出来ぬのだ。彼女の持つ霊力が強すぎて、相手の男の命運まで押しつぶしてしまう。よって、相手は肉体的に死んでしまうか、精神的に死んで廃人になるかのどちらかの運命をたどってしまう……)

 厄介なことに、その霊力に惹かれて様々な悪霊や物の怪に襲われてしまうことが多いのだという。彼らにとって、巫女の霊力は汲めども尽きぬ芳醇な食餌(えさ)なのだ。しかも、本人がそれを御することが出来ず、悪霊や物の怪に対してほぼ無力であることも、厄介さに拍車をかけることになっている。

 (それ(ゆえ)贄の巫女だと知られた者は、そういったモノから身を護るためにも、神の元に嫁ぐ。我も三百年ほど前にその代での贄の巫女を見たことがある。まだ幼い娘であったが、早々に生まれた村の守り神の巫女となった)

 ただし、仕える神が、彼女を巫女として扱うかどうかはわからない。その神の考え次第で、時に生贄のような存在になってしまうことも多々あるらしい。

 (だから、“贄の巫女”と呼ばれるのだ。唯一の救いは、自ら口に出して『その神の元に行く』と言わぬ限りは、神が強引に嫁がせることは出来ぬということかの。ただ、脅したりすかしたりして、それを言わせようとする神は当然存在するのであるが……)

 (それじゃ、彼女は……)

 (“贄の巫女”であるがゆえに、物の怪に襲われておるのであろう。そしてそれは、あの娘が何らかの神の庇護を受ける、つまり神に嫁ぐまで続くのだ)

 晃は懸命に表情を隠そうとしたが、顔がこわばるのを隠し切れなかった。

 すると、それを目ざとく見つけた雅人が、怪訝な顔になる。

 「ん?! どうしたんだ、何かわかったのか?」

 「あ、いや……」

 晃は言いよどんだ。笹丸から聞いたことを、そのまま伝えていいのかどうか、迷ったのだ。本当のことを言えば、ショックを受けるかもしれない。信じてもらえないかもしれない。だが、晃にはわかる。笹丸が言ったことは“事実”だ。


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