14.霊視
駅前に小さなロータリーを持つその駅は、朋実の家のあるあたりから車で十分ほどのところにある。
一応複々線化はされているものの、各駅停車が一時間に二、三本止まるだけの小規模のもので、駅前の小さな商店街は、周辺に出来た駐車場付き大型量販店に押され、寂れきっている。
昼間からシャッターを下ろしたままのところも多く、買い物には早い時間のせいで、ろくに人影もない。
無論バス停などもなく、タクシー乗り場には所在なげに一台の個人タクシーが止まっているだけ。車中にいる初老の運転手はというと、目のあたりにハンカチを乗せて仮眠を取っている始末だ。
そもそも駅前に通じる道より、少し離れたところを通る新しいバイパスのほうが、遥かに道幅が広く、交通量も多い。
二人はロータリーの片隅、車の流れから外れたところに軽自動車を停め、そのまま中で待機した。今いる場所なら、駅前の様子がよく見渡せる。
「……のどかな駅ですね。駅の反対側って、どうなっていますか」
助手席側のほうが駅構内の様子はよく見えるため、和海は結城に尋ねた。
「反対側は、どうやら平行して道路が走っているようだ。やっぱり通っている車の数は多くないが。ま、バイパスに取られたんだろう。出口はこちら側にしかないから、早見くんが来たときでも、見落として合流し損ねるなどということはないよ」
結城の答えに、和海は軽くうなずいた。
「こういう構造の駅なら、そうだろうとは思っていましたけど。近くに踏切が見えるから、普段線路の向こう側に行くのはそこを通るんでしょうね」
二人が周囲を観察していると、結城のスマホが鳴り出した。結城は、着信音を変えるのを面倒がって電子音のままなので、目覚まし時計のような音が響く不意の着信は、二人を一瞬慌てさせる。
急いで確認すると、それは晃からのものだった。
「すみません、所長。こちらの用事がやっと片付きました。これからそちらに向かいます。それで、用事を片付けた場所からそちらに向かうと、乗り継ぎがうまくいって二時間くらいかかりそうなんです。今、駅についたところです。ところで……高岡さんの行方はわかりましたか?」
「いいや。例の島木朋実の口が堅くてな。『両親が探しているから』と居場所を尋ねたんだが、『自分が、直接連絡する』と言われてしまった。近所で聞き込みもしたんだが、姿を見たという人もいなくて。見事に匿われてしまった。今のところ、お手上げ状態だ」
「わかりました。詳しいことは、合流してから聞きます。じゃあ、今から改札に向かいますので。それと、母に捕まらないよう、これ以降は当分電源を切ります」
晃からの電話はそこで切れた。
結城が、電話の内容を和海に伝えると、露骨に落胆の表情を浮かべた。
「……あと二時間ですか……」
和海はスマホで時刻を確認した。午後三時半を回っている。つまり晃がこちらに到着するのは、午後五時半くらいだということだ。
二時間という時間を空費しなければならないということももちろん嫌だが、首尾よく高岡麻里絵の行方を突き止めたとしても、今日中に一気に対峙するところまで事態が進んでしまったら、夜の帳が下りた頃に対峙ということになってしまう。それが一番嫌だった。
しかし結城は、時間が切迫していると言った。対峙なら、今日中の必要がある、と。
「『高岡さんに連絡する』と言ったからには、島木さんは我々が来たことを伝えてしまうだろう。そうなると、向こうは完全に警戒態勢に入る。名刺を渡してあるし、事務所の名前でバレバレだからな。ぐずぐずしていると、また逃げられる。そうなったら、居場所を突き止めるのは至難の業だ。一気に解決まで持っていかないと、迷宮入りになるぞ」
「そうですね。晃くんも来てくれることだし、気持ちを切り替えましょう」
和海は、晃が来るまで時間潰しが出来る場所を探した。
スマホで情報検索をすると、駅から十分ほどのバイパス沿いに、ファミリーレストランがあるのを見つけた。
そういうところなら、最低限の飲み物などで一時間や二時間は時間が潰せる。
和海はロータリーに車を戻すと、駅前から伸びる道をバイパスに向かって進む。パイパスに出てしばらく行くと、二人の目にも見慣れたファミリーレストランのロゴが描かれた看板が見えてきた。
そこの駐車場に車を入れ、エンジンを切ると、二人はそのまま店内へと向かった。
時間が時間だけに、店内は混んでいなかった。二人は、『適当な席へどうぞ』という店員の声に、店の片隅の目立たない席へとつき、ドリンク・バーを注文した。
セルフサービスのドリンク・バーでコーヒーをカップに注ぎながら、和海が囁くような声で告げる。
「……所長、こんなところで時間潰している間に、島木さんが直接高岡さんのところへ行くような気がして、落ち着かないんですよ。大丈夫でしょうか」
もし、真の事情を知らない彼女が、悪霊に人質にされたら、という思いがよぎったのだ。
「それは心配ないだろう。警戒しているのは向こうも一緒だ。しかも、こちらが探偵であることは知っている。プロが見張っているかもしれないと思えば、うかつには動けんよ」
結城が同じく囁くような小声で返し、二人は席につく。
少し首を伸ばすと見える窓からは、のどかな緑の多い景色が広がっている。しかし店内に視線を戻すと、都会の系列店とそう変わらないつくりだ。
「……こういうところって、本当に変わり映えしないんですね。まあ、いわばそれが“売り”なんでしょうが」
「日本全国、当たり外れのない味、と言うわけだ……」
「最近は差別化が図られているという話ですけど……」
「しかし、こういうところはあまり関係あるまい」
晃を待つ間を利用し、二人は今までのことを整理することにした。
まず、島木朋実が高岡麻里絵の行方を知っていることはまず間違いない。おそらくは、居場所も知っているだろう。否、朋実が世話をした可能性が高い。
なぜなら、この町は朋実が嫁いだあとに移り住んだところで、二人のそれまでの人生の中で、一切接点のない地域だったからだ。
しかし、親が捜していると言われても教えなかったということは、相当固く口止めされたのだろう。もしかしたら、麻里絵に憑依している松崎淑子が、芝居のひとつも打ったかも知れない。
居場所を教えてもらうには、どう説得すればいいのか……
「……いっそのこと、本当のことを話しますか。何もかも洗いざらい話して、協力を仰ぐっていうのはどうでしょう」
「それは……博打だなあ。相手がそういうことを信じてくれる人ならいいが、“おかしな人たち”と思われたら、かえって口が固くなるぞ。それに、我々は早見くんほどの力は持っていない。実力を見せ付けて、力技で信じさせるということも難しい」
議論は、同じところをぐるぐると回るだけで、二人にはいい案が浮かばなかった。
結局二人は、幾度か溜め息をつきながら何杯かのコーヒーを飲んで時間を潰し、一時間半後にその店をあとにした。
再度駅に向かって車を走らせる道すがら、結城がつぶやく。
「……小田切くんが、ついつい早見くんを頼りたくなる気持ちが、なんとなくわかった。彼は、こういうときに、事態を打開出来る“力”を持った人材なんだな……」
それを聞いた和海が、多分に苦笑の混じった笑みを浮かべた。
「自分たちの実力の足りなさを、暴露しているようなものですけどね……」
駅前通りへ合流する分岐を曲がると、車は一気にシャッターだらけの商店街を抜け、駅前ロータリーに到着した。
辺りは、東の空から刻々と夜の気配が濃くなっていく。和海が時刻を確認した。もうすぐ午後五時半になる。
駅の待合室にそれらしい人影がいないかと、車の中から確認するが、まだ電車が到着するには早い時間らしく、人影は一切見えない。
和海は再びロータリーのはずれに車を止め、晃の到着を待つことになった。
程なく、電車の到着時間が近づいたのか、三々五々人が駅に集まってくる。ある者は、自転車でやってきて傍らの駐輪場に止めて駅舎の中に入っていき、ある者は車で家族に送られてきた。
それからしばらくして、近くの踏切が警報を鳴らし始め、薄闇の中をヘッドライトを光らせながらやってきた電車が、駅のホームに滑り込む。
結城たちの位置から、ホーム全体が見えるが、降りてくる人影には晃らしい姿はない。
「……乗っていないわね」
和海が肩を落とすと、結城が微苦笑しながら言った。
「……あれは上りだぞ。早見くんが乗ってくるのは、どう考えても下りだ。ちゃんと行き先表示を確認しなさい」
電車はドアを閉め、駅を出て行った。
時間だけが刻一刻と過ぎていく。流線型の先頭車両を持つ特急電車が、まったく速度を落とさないまま駅を通過していった。
胃が痛くなるような時間が流れ、やがて駅前のロータリーに数台の乗用車が止まった。
初めは意味がわからなかった二人だが、程なく再び踏切が鳴り出したことで意味がわかった。
下り電車でこの駅に帰ってくる家族や知り合いを、迎えにやってきたのだ。
やがて、先程とは反対方向からやってきた電車が、光の列となってホームに入っていく。
だが、車両がホームの反対側に止まったので、こちらからは人の乗り降りの様子がわからない。
電車がホームを離れたときには、すでにホームに人影はなかった。階段から、跨線橋の形になっている駅舎のほうへ上がってしまったのだろう。
程なく、駅前に人々が姿を現した。その数、十数人。皆、次々と迎えの車に乗り、あるいは駅前の駐輪場で自転車に乗り、去っていく。
けれど、駅から出てきた誰もが、後ろをどこか気にしていた。幾度も振り返った人さえいた。
そして、その人波にわずかに遅れて、ひなびた駅舎に相応しくない気配をまとった人物が降りてきた。晃だった。
古びた蛍光灯の光さえ、彼に注がれると、スポットライトのように鮮やかに、その容姿が浮き上がって見える。
服装こそ、ごく普通のトレーナーにジーンズ、スニーカー姿だが、彼が立っている場所だけが雰囲気が変わっているようにさえ感じた。
一瞬見とれた和海だが、結城につつかれて窓を開け、身を乗り出した。
「晃くん、ここよ」
その声に気づき、晃は安堵の表情で小走りに近づいてきた。背中には、いつものワンショルダーをタスキにかけている。
「遅くなって済みません。途中の乗り換えが、予想以上に接続が悪くて」
晃が来たことで、今度は和海が結城をつついた。
「所長、降りてください。この車、ツードアなんです」
結城は、渋い顔でドアを開け、外に出た。
助手席を倒してスライドさせると、それを待っていたように晃が後部座席に乗り込む。 助手席を元に戻してそこに結城が座り、シートベルトを改めて締めなおすと、車は駅前を離れた。
島木宅へと車を走らせながら、二人は詳しい経緯を晃に伝える。それを聞き、晃も考え込んだ。
「一体どういう風に説明したんでしょうね。それだけ口が固くなるなんて、普通はあまりありませんからね」
言いながら、左腕を右腕で抱える。それが晃にとって、『腕を組む』に等しいことであるのを、結城も和海も知っていた。
(そこまで警戒されてるんじゃ、正攻法は通じないかもな。お前はきっとやりたくないというだろうが、能力を見せ付けて力押しで説得するしかないんじゃないか)
(それは考えたよ、僕も。最後の手段にしたいけどね。人外の力は、むやみに出すものじゃない)
遼が、一瞬ひるんだような気配があった。
(……すまん。俺のせいだ。俺がお前にあんな……)
(遼さん、いいんだよ。何度も言ったじゃないか。『気にしてない』って。この力と折り合って生きていく。それが僕の宿命なんだから)
晃は前方を見据える。やがて、徐々に濃くなりつつある闇の中を照らすヘッドライトに、島木宅が浮かび上がった。
車を、昼間止めた空き地に止めると、三人は車を降り、島木宅の前で立ち止まった。
「わたしはすでに顔を出しているから、行っても取り付く島はないと思うわ。所長は顔を見せただけで警戒されるのがありありとわかるから、申し訳ないけど、ひとりで交渉してきて」
和海は、晃ならなんとか出来るかも知れないといった。
「そんな、買いかぶりすぎですよ、小田切さん。僕だって自信はありません」
苦笑気味にそういい残し、晃はゆっくりと玄関へと向かった。二人は生垣の影に身を隠し、様子をうかがう。
玄関の引き戸の前で深呼吸すると、晃はチャイムを押した。奥からかすかに返事の声が聞こえ、やがて引き戸が開くと、三十そこそこの女性が顔を出した。
そして晃と目が合うなり、驚きと戸惑いの入り混じった表情になる。晃にとってそれは、いやでも見慣れた反応だった。
「お忙しいところを、申し訳ありません。僕は、早見晃と申します。そう、長い時間は取らせませんので」
そう名乗りながら、さりげなく戸の隙間の前に移動し、足を敷居の上に乗せた。これは、扉を完全に締め切られないようにするためのもので、結城から教わった。
相手はまだ、晃の容貌に気を取られ、警戒するのを忘れている。自分の容姿の良さを利用する後ろめたさを感じながらも、晃はこれは仕事と割り切った。相手の力が抜けている隙に、引き戸をもう少し開け、敷居の上に完全に乗ったところで次の話を切り出した。
「島木朋美さんですね。あなたのご友人のことで、話を伺いに来たのですが」
途端に、相手の顔に緊張が走った。咄嗟に戸を締めようとして、それが出来ないことに気づいて愕然とする。黄色いポロシャツの上のピンクのエプロンが、震えたように見えた。
「落ち着いてください。これ以上中には入りませんから。僕は、『高岡麻里絵』という人の行方を探しているのです。ご存知ではありませんか」
朋実は、口をつぐんだままそっぽを向いている。晃はさらに、続けて問いかけた。
「あの人を見つけないと、大変なことになるのです。今度はこの町で、事件が起きてしまうでしょう」
「事件……」
朋実が、訝しげな視線を投げかけてくる。
明らかに、晃のいっている言葉の意味がわからないようだ。
「あなたが、高岡麻里絵さんになんと言われたのか、僕にはわかりません。ですが、彼女が言った“追いかけてくる人間”とは、実は僕なのです」
真顔でそう言った晃に、朋実は戸惑った様子を見せる。
「あなたは、麻里絵さんの夫が追いかけてくると思ったのかもしれない。しかし、実際に会いましたけど、奥さんに逃げられたショックで自棄酒をあおるだけで、居場所を突き止めて連れ戻そうといった執念のようなものもない、小心者の男性にしか見えませんでした。あの人が覚えていたのは、断片的な情報に過ぎないもので、それをこちらが独自の調査で繋ぎ合わせた結果、あなたという存在に行き当たったのです」
晃は、相手を安心させるように表情を和らげて、静かに言い含めるように話を続ける。
「このことは、まだ麻里絵さんの夫には知らせていません。だから、夫が追いかけてくることはないのです」
「あなたはそう言うかも知れませんけど、今言った言葉が嘘じゃないって、誰が証明出来るんですか」
朋実の声には、どこかに怯えたような気配があった。いきなりやってきた、見ず知らずの人物のいうことなど、とても信じられないのだろう。
「確かに、あなたの言うとおりです。証明するものなど何もありません。ですが、あなた自身、違和感を覚えませんでしたか、麻里絵さんの態度に。本当に、彼女の口調でしたか。本当に、彼女の言葉でしたか」
朋実は、しばらく口をつぐんでいたが、やがて毅然と言った。
「いいえ、違和感なんか、感じませんでした。ひどく怯えているような、焦っているような感じでしたけど、いつもの麻里絵でした」
「嘘ですね。あなた自身、間違いなくおかしいと思ったはずです」
晃の指摘に、朋実は顔色を変えた。
「驚かせて、申し訳ありません。僕は、これでも霊能者なのです。僕が追いかけているのは、実は高岡麻里絵さん本人ではありません。彼女に憑依した悪霊を追いかけているのです。悪霊を祓い落とし、麻里絵さんを救うために」
晃は、朋実の目をじっと覗き込んだ。恐怖と哀れみと、戸惑いと憤りと、さまざまなものが入り混じった感情が映った瞳だった。
「と、とにかく、麻里絵のことは知りません。帰ってください。警察呼びますよ」
言いながら、晃を外に押し出そうとした朋実は、掴んだ左腕が義手だと気づき、動きが止まった。思いもかけない現実に戸惑った目が、晃の顔を見上げる。
「同情はしないでください。警察に通報したければ、どうぞ」
晃の声はあくまでも冷静で、朋実をなだめるような調子でさえあった。
「もう一度繰り返します。僕が追いかけているのは、麻里絵さんに憑依している悪霊なのです。悪霊は、依り代にした麻里絵さんの意識を操って、ここに逃げてきたのです。僕が追いかけてくるのを察知して。たとえ肉体が麻里絵さんのものでも、精神は悪霊の多大な影響を受けてしまっている。そういう状態になってしまっているはずです」
憑依された麻里絵を救うには、直接対峙して悪霊を祓うしかない。だから、彼女に会わなければならないのだ。
晃は、口調そのものは淡々と、しかしその目は朋実をじっと見つめたまま話し続けた。
「急に訪ねてきて胡散臭いことを言う人間を、とても信じられないあなたの気持ちはわかります」
ここで、晃が真顔になる。
「ですが、麻里絵さんに憑依している悪霊は、とても危険な存在です。実はその悪霊は、今までに、最低でも六人を死に追いやっています。そのうち五人までが、行きずりといってもいい相手でした。この町でも、誰かを死に追いやるかもしれません」
晃は、戸惑いを隠せない朋実に向かって、さらに続けた。
「しかもあなたは、訪ねてきた者がいたことを相手に伝えたはずです。そして、相手からはこう言われたでしょう。『それは、自分の夫から頼まれて、自分を連れ戻しにきた者たちだ。彼らと顔を合わせたら、さらわれてしまう』と」
悪霊が言わせただろう台詞は、あてずっぽうだった。
だが、それがどうやら当たったようだということは、再び顔色が変わった朋実の様子でわかった。
「……あなたは、本当に霊能者なんですか」
朋実が、おずおずと問いかける。
「ええ、そうです。今も、この辺りにいる霊が“視えて”います。安心してください。害のない霊体しかおりませんから」
晃は、視線を朋実の背後に泳がせた。
「そういえば、あなたのすぐ後ろには、八十歳くらいのおばあさんがいます。そのおばあさんの名前は『澄川 ヨシ』。二年前に亡くなった、あなたの実のおばあさんですね」
今度こそ、朋実の顔に驚愕が走った。それに構わず、晃はさらにこういった。
「おばあさんは、こうおっしゃっています。『娘がぐずるようになったからといって、むやみに叱りつけてはいけない。アトピーになった弟にあまりにも掛かりきりになりすぎて、寂しがって赤ちゃん返りをしているだけだから』と。これだけ言えば、あなたには全部通じますよね」
朋実は、茫然としながらうなずいた。すべてそのとおりだったからだ。
「……何故、わかるんですか。あたしの祖母が二年前に亡くなったことも、子供が二人いることも、下の男の子がアトピーだって言うことも……」
「おばあさんが教えてくれただけですよ。あなたのことを、とても心配していらっしゃいます。『もう少し肩の力を抜いて、おおらかに構えないと、子供たちまで神経質になる』と、怒り半分、心配半分の様子です」
晃はさらに、祖母の言葉を朋実に向かって語りかける。
「『朋実、いつもお前は必要以上に頑張りすぎる。子供の頃、お手伝いをしたがって、台所で茶碗を持ったまま転んで、割れた茶碗で掌を切ったことがあったろう。今のままアトピーで神経質に頑張りすぎると、また転んでしまうよ。今度は、お前ひとりじゃないんだよ』とおっしゃっています」
それを聞き、朋実は左手で右手を握り締めた。うつむき、肩がかすかに震えている。
「……おばあちゃんだ。本当に、おばあちゃんだ……」
半泣きの声で、朋実がつぶやいた。
それから、沈黙の時間がしばらくすぎた。
一分ほども経ったろうか、今度は朋実のほうから口を開いた。
「……あなたが、本物の霊能者だということはわかりました。あなたが言った、『麻里絵が悪霊に取り憑かれている』というのも、きっと本当なんでしょう」
朋実は言葉を切ると、改めてこう言った。
「でも、万が一のことを考えたら、隠れているところに案内するわけにはいきません。けれど、場所を決めて会わせることなら、何とかします。必ず彼女を、待ち合わせ場所に連れ出してきます。そのときには、あたしもそこに立ち会うことになると思いますが、それでいいですか」
「構いません。本当は、安全を考えたら、僕たちだけで対処したいのですが、それではあなたが納得しないでしょう」
朋実がうなずくのを確認し、晃は外にいる二人に手で合図をした。
それを見た二人が、恐る恐る玄関に近づいてくる。
「……話は、まとまったのか」
慎重に結城が尋ねる。先程話をした和海は、バツが悪そうに、照れ笑いとも苦笑とも見える笑顔を浮かべた。
「待ち合わせ場所を決めて、そこに本人を連れてきてくれることになりました」
晃はそう言うと、朋実に向かって改めて二人を紹介した。そして、先程訪ねたときも、実は麻里絵との接触が目的だったこと、『自分が連絡する』といわれて、二人が内心狼狽していたことなどを打ち明けた。
そして結城が、自分の仕事用の携帯番号が載っている名刺を渡し直し、ここに連絡してくれるようにと告げる。
集まる場所は、わかりやすく町の公民館にしておき、あとで不都合なことが起こったら、結城のスマホに連絡を入れることで、話がまとまった。
「では、お願いします。何とか、連れ出してください」
三人が頭を下げ、島木宅をあとにした頃には、空に星が瞬き始めていた。
あけましておめでとうございます。
今年もよろしくお願いします。