表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
ある異能者の備忘録  作者: 鷹沢綾乃
第五話 怨嗟の獣
135/345

31.和解

 「……僕は、アカネに約束したんです……。少なくとも……僕が生きている限り、護るって……。この子が、ちゃんと……人間の世界で静かに過ごせるように……」

 晃の腕の中にいる(アカネ)は、明らかに妖のものとわかる(オーラ)を除けば、本当に生きている猫と見分けがつかないほどだった。それにつられるように、和海がそっと手を伸ばし、猫に触ろうとした。

 その途端、猫は和海に向かって威嚇するように低く唸ると、晃の腕からさらに奥へと潜り込もうとする。

 「ああ、嫌われた。この猫、晃くんにしか、心を開いていないのね」

 和海が、少し残念そうに手を引っ込める。

 「まあ、仕方ないだろうな。人間すべてを、許したわけじゃないんだろう。それでも、早見くんのことは、あるじと認めたわけだ。今のところは、それで充分だろうな」

 結城が苦笑を浮かべる。法引も、軽く溜め息を吐きながら、何度もうなずいた。

 「そうですな。少なくとも、早見さんに心を開いて、あるじと認めておとなしくしてくれていれば、それでいいわけですし」

 しかし、このままでいるわけにもいかない。現実に晃は、歩くのもやっとなほど消耗してしまっている。それは偽装工作ではあるのだが、フラフラなのは本当のことだ。

 和海がまたも、高坂家に事情を説明に行き、休ませてくれるよう頼むため先にこの場を離れ、結城と法引で晃を支えながら、三人で歩き出す。そのあとに笹丸が続いた。

 高坂家に向かいながらも、晃は腕の中のアカネを離そうとはしなかった。

 「アカネに……実際のところを見てもらおうと思うんです。自分が復讐しようとしていた相手が……本当はどういう人たちだったのかを……。復讐に凝り固まっていた時には見えなかったものが、きっとあると思うから……」

 晃のつぶやきに、結城も法引もうなずく。

 そして、高坂家に到着し、佳子が出迎えたのだが、一人服が薄汚れ、髪もボサボサになっている晃の姿に、佳子が驚く。

 とにかく、と家に入れてもらい、玄関ではたけるだけ服の土汚れをはたき落とした後、入ってすぐの部屋にひとまず落ち着いた。

 布団は、晃のほうから服が汚れていることを理由に辞退し、大きめのクッションにバスタオルを巻いたものに体を預けた。

 「そういえば、かわいらしい猫ちゃんですね。どうしたんですか、その猫?」

 佳子の問いかけに、晃は微苦笑を浮かべながら、訳ありなのだと答える。

 「この子は、いわば人間にいらない存在として追い出されてしまった子です。こうしておとなしくしてますけど、本心では、まだ人間を許してはいないかもしれません」

 今のアカネは、“視る”能力(ちから)がないものでも、普通に猫として目に映るはずだ。能力がないものから見れば、まさか物の怪、妖の類とは到底思えないだろう。

 「捨て猫なんですか? かわいそうに。こんなにかわいらしいのにねえ」

 佳子はそう言って、猫を眺める。

 アカネは不思議そうな顔をして、佳子を見上げた。

 「ああそうだ、お伝えしなければならないことが。例の化け猫ですが、もう一族の方々を襲うことはありません。ですから、これ以降安心して日々の生活をなさってください」

 晃の隣で様子を見ていた法引が、思い出したようにそう告げる。佳子は驚いたように目を見開いた。

 「それって、つまり……」

 「化け猫は、もうここには現れないということです。ここにいる早見さんが、全力を尽くして、始末をつけてくれました」

 それを聞いた佳子は、改めて晃の様子を見、急に顔が陰った。

 「……それで、こんな姿に……。本当に、申し訳ない。そして、ありがとうございました……」

 頭を下げた佳子に、晃は内心苦笑しながら頭を上げてくださいと告げる。

 「……僕は大丈夫です。休めば、何とかなりますから……」

 当の化け猫だった存在を、今、腕の中に抱いているとは気づいていないだろう。そしてアカネは、自分の目の前で晃の身を気遣うこの人が、自分が復讐しようと狙っていた一族の一人だと、わかっているはずだ。わかっていてアカネは、ただじっと見つめるだけだった。

 アカネは今、何を思うのだろう。

 佳子が、家族に知らせるといってその場を離れると、晃は大きく息を吐いた。そして、腕の中のアカネを見る。

 アカネは晃を見上げると、小さな声で一声鳴いた。

 その時、部屋の外から人が近づいてくる気配があった。やがて、ゆっくりと部屋に入ってきたのは、杖で体を支えながら佳子に導かれるように進んできた博興だった。

 博興は、晃のほうを見て、その腕に抱かれている猫に視線を向けた途端、一瞬その目が見開かれた。おそらく、猫の正体に気が付いたのだろう。

 けれど、猫がおとなしく晃の腕の中にいる様子に、何か思うところがあったらしく、特に口を開くことはなかった。

 法引が再度、先程と同じくすべての決着がついたことを報告すると、博興はゆっくりとうなずいた。

 「申し訳ありませんが、早見さんが今この状態なので、もうしばらくここで休ませていただきたい。構いませんかな?」

 法引の言葉に、博興は当然だといわんばかりに大きくうなずく。そして、佳子を促すと、おもむろに部屋を後にした。

 「……博興さん、この猫が当の化け猫だって……気が付いたみたいですね」

 晃がつぶやくと、法引も同意した。

 「あの表情は、まず間違いないですな。それでも何も言わなかったところを見ると、あなたに預けたということなのでしょう。もう、これで終わりですよ、きっと」

 晃は改めて、アカネの顔を覗き込む。すると、アカネがじっと見つめ返してきた。

 (あるじ様、わたい、思った。あの人、わたいを封じた人じゃない)

 (ああ、そうだよ。お前を封じた人は、四百年も昔のあの人の先祖だ)

 (だから、もういい。わたいは、あるじ様と一緒にいられれば、いい)

 (……そうか。ありがとう、アカネ)

 アカネは、再び頬を晃の胸に擦り付ける。晃が、抱いている右腕を上手く動かして位置をずらし、指先で頭をなでてやると、ごろごろと喉を鳴らした。

 生きている猫と変わらない様子のアカネの姿を見ていると、あるじとしての責任を感じる。この子を護らなければ、と改めて思う。

 これからこの子は、自分の元で人間の世界で過ごすことになる。霊感のある者なら、この子の正体に気が付くだろう。

 本性が物の怪、妖だと知って、冷静に対処できる者がどれだけいるだろう。迂闊に表には出せない。

 まあ、実体化を解いて、人目に付きにくい幽体状態でいれば、まだ目立たないだろうけど。そこは、アカネ自身の選択に任せよう。

 晃は、(いと)おしそうに目を細めた。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ