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ある異能者の備忘録  作者: 鷹沢綾乃
第五話 怨嗟の獣
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26.単身偵察

 (いっそ、幽体離脱して様子を見に行くか。あの化け猫が、どのあたりに隠れていそうか、確認しておくだけでも不意打ちを食らう可能性が減るからね)

 (まあ、行くのはいいんだけどな。見つかったらどうするつもりだ?)

 遼が呆れと心配が入り混じる声で問いただしてくる。

 (その時は、全力で逃げるよ。ただの偵察だし)

 (やり合うなよ、絶対に。やってやれないことはないだろうが、抜け駆けしたら、言い訳は効かないぞ)

 (わかってるよ)

 晃はいかにも昼寝をしていますというかのようにロフトベッドの上に上がり、遼の力を呼び込んで幽体離脱をした。

 幽体となった晃の姿を見て、笹丸が思わずつぶやく。

 (今朝がた見たときも思ったが、まこと信じられぬ姿よの)

 笹丸の目に映る晃の幽体は、本来生霊である晃の体の一部、左眼と左腕が、死霊のそれに置き換わっている。明らかに他人のものだとわかるのに、それが自然に生霊に馴染んでいる。それが異様なのだ。

 生霊と死霊が、おそらくは一番根源的なところで入り混じり、分かちがたく存在する状態。それが今の晃だ。

 (それじゃ、偵察に行ってきます)

 (気を付けての。そなたなら、万一ということもあるまいが、赤の他人に目撃されて、騒がれたりせぬようにの)

 (ああ、それは気を付けます。目的地に着くまでは、高いところを移動するつもりですから)

 幽体の晃は、普通の人には見えないが、いわゆる“視える人”には“視”える。だからこそ、誰かに目撃されることを避けなければならない。

 それを防ぐため、晃は家の屋根を突き抜けて上昇、一気に二、三百メートル上空まで上がった。ここまで上がれば、障害物もないといっていい。

 もちろん実体のない幽体なので、多少の障害物なら突き抜けて進むことは可能だが、“家”や“車内”というのはそこにいる人の“想い”が籠った閉鎖空間であるため、ある種結界のような働きをすることが多く、時にその空間を突き抜けられないときがある。第一、他人のプライバシー空間に入り込みたくはない。よって、上空に移動したのだ。

 もっとも、晃が本気で幽体のまま高速移動したなら、最高速度は秒速千メートルに達する。とても、人間が詳細を視認出来る速度ではない。

 晃は二百メートルを超える高度からそのままの高さを保ったまま、一気に最高速度まで加速し、例の石碑のある丘を目指した。

 秒速千メートルの速さをもってすれば、わずか数十秒でその上空にたどり着く。そして、様子を見ながら降下し、高坂家の結界の近くにまず降り立った。

 周囲の気配を探るが、化け猫の気配はまだ感じられない。どうやら、結界の近くにはいないらしい。

 結界に近づいていないというのは、諦めたのか、弱まるのを待っているのか。

 どちらにしろ、今のところは結界が破られる心配はしなくてよさそうだ。

 十メートルほどの高度を保ちながら、ゆっくりと丘のほうへ移動する。

 明後日、実際に今日決まった作戦を決行する予定の場所も、確認した。地形的には問題ない。平らで、そこそこ広さがあって、周りの民家からは距離があるし、周囲に立木があって、目隠しもされている。少々立ち回りをしても、大丈夫だろう。

 (そうなると、どうやって化け猫と一対一に持ち込むか、なんだよね。御札で動きを抑えたところで、術なんか効かないんだから)

 (だなあ。ここは、化け猫に思いっきり暴れてもらって、それに対処してるうちに離れてたっていう形にもっていくのが一番自然だろうなあ。相手がうまく、そういうふうに動いてくれるかどうか、わからんけどな)

 その時、不意に気配を感じた。何もないはずの空間から、まるでいきなり空中に穴が開いたかのように、もやりとした猫の前脚が晃の前方十五メートルほどの空間に突き出されてくる。

 (まずい!)

 晃は素早く身を(ひるがえ)すと、一気に上昇してそのまま加速、猫に知覚される前に現場を離れ、自分の体に戻った。

 おそらく、何らかの存在がいたことには気づかれただろうが、それが自分だったことまではわからないはずだ。

 ひとまずベッドから床に降り、最後に見た化け猫の姿を思い返してみる。どうやら、普段は“異界”に潜んでいるらしい。

 晃は、もう一度化け猫がどこで姿を現したのか、じっくりと考えてみた。

 自分たちが襲われたのは、丘の斜面の途中だった。そして今回は、丘から少し離れた場所。位置関係からすると、そう離れているわけではないが、これといった共通点があるとも思えない。

 となると、“異界”からこちらを見ていて、何か気になることがあるとこちらにやってくるという感じであるのかもしれない。

 普通、異界の入り口として有名なのは、橋や辻なのだが、あの化け猫は自ら異界を作り出して籠ることが出来るのだという推測が成り立ちそうだ。

 強力な存在であるならば、そういう力を持つ物の怪はいないわけではないし、実際神隠しなどの原因の元になったりする場合もある。

 (しかし、あの化け猫にそれほどの力があるのかといえば、そこまでの力はないような気がするんだけどなあ……)

 (俺もそう思う。けど、見た感じ、あいつ“異界”に隠れてるっぽいんだよな。なんなんだろうなあ)

 晃が遼とともに首をひねっていると、笹丸が話しかけてきた。

 (我が思うに、元々封じられていた空間を逆に利用して、“異界”を作り出したのではないかの? 封印の石碑の元には、あ奴が封じられていた異空間があったはず。それをそっくり利用し、自分の“異界”として使(つこ)うておるのではないか?)

 (あ、それはあるかもしれませんね。だとしたら……)

 晃はあることを思い付いた。それが出来れば、今回の作戦はうまくいく可能性が非常に高くなる。

 それを笹丸に話すと、笹丸が明らかに苦笑したのがわかった。

 (まあ確かに、それが出来ればうまくいくとは思うが……かなり紙一重の部分があるのではないかの?)

 (……それは否定は出来ませんね。タイミングがきわどいと思います)

 (しかし晃、お前ホントにそれやるのか?)

 遼が晃の意思を確認するように問いかける。

 (もちろんだよ。だって、やらなきゃどっちにしろ笹丸さんの術がかからないってことになって、かえって混乱するのが目に見えるからね)

 (……だよなぁ……)

 作戦決行は明後日と決まっている。

 ならば、いずれにしろすべてぶっつけ本番なのだ。今出来ることと言ったら、出来る限り体調を整え、失敗の可能性を減らすことしかない。

 晃は、今日の午後から明日いっぱいまで静養に努め、自らの思惑も秘めての化け猫との最終決戦に備えることにした。


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