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ある異能者の備忘録  作者: 鷹沢綾乃
第五話 怨嗟の獣
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24.提案

 いきなりの提案に、一瞬その場の空気が固まる。

 「……早見くん、急にどうしたんだ。君が考えなしにそんなことを言うはずはないから、何かあるんだろうが、どうしてそんなことを考えるようになったんだ?」

 結城の問いに、晃は答える。

 「封印の石碑は、どちらにしろ崩れた地盤を工事によって整備し直し、立て直さないといけません。しかも、それから浄化の儀式を行って穢れを祓わないと使えないんです」

 ここからが肝心なのですが、と前置きをして、晃が言葉を続ける。

 「そのためには、工事関係者を護るために、僕たちがもう一度石碑のあるあの丘に近づいて結界を張らないといけない。でも、そんなことをしていて、あの化け猫が結界を張り終えるまで待っていてくれるでしょうか? 僕には、到底そうは思えない。僕たちは、間違いなく邪魔者として顔を覚えられています。ならば、あの丘の辺りで何かやっていれば、絶対化け猫は見逃してはくれない。僕はそう思うんです」

 「……つまり……」

 和海が続きを聞きたくなさそうな表情を浮かべる。

 「あの石碑を使うのなら、何度も化け猫の襲撃を想定しなければならない、ということです。その分、確実にリスクは高まります」

 もちろん、自分が瘴気を祓い飛ばす努力はするが、と晃は付け加えるが、晃が語ったことは、実際充分考えられることであった。

 法引が腕を組んで唸る。

 「……確かに、結界を張るときと、実際に封印の儀式を行うときと、最低二回は化け猫と直接対峙せねばならなくなるでしょう。それに先日も話に出ましたが、早見さんが瘴気を祓うことが出来たとして、それで終わりなのか、また相手が瘴気を復活させて纏ってくるのかがわかりませんからな。後者であったなら、こちらは事実上の詰みです」

 法引はそう言ってから、晃の顔を見る。

 「あれだけはっきり言い切ったのですから、何か代わりの手段が見つかったのではないか、と思うのですが、いかがですかな、早見さん?」

 「はい。笹丸さんの力を借りようと思います」

 「笹丸さんの?」

 晃以外の全員が、いつの間にか晃の膝の上に乗っていた笹丸に注目した。

 「笹丸さんが、ある術を使うことが出来るそうです。『物の怪を従属させる術』を。それを使って、化け猫を従属させることが出来れば、もう神主一族を狙ったりしないようにさせることも可能です。いざとなったら、僕が“あるじ”役を引き受けても構わないと思っています」

 「ちょ、ちょっと待って!」

 焦った口調で割って入ったのは和海だった。

 「あ、あんなとんでもない化け物の“あるじ”だなんて無茶よ!」

 「従属させてからの話ですよ?」

 「それでも無茶だわ!」

 なおも食い下がろうとする和海に、落ち着けと声をかけたのは結城だった。

 「小田切くん、能力を考えてみろ。敢えて言うなら、早見くん以上の適任はいないだろう。ほかに方法や、従属の術を使うとしても“あるじ”役の適任者が他にいるのか?」

 そう言われて、さっと名案といえるものが思いつくはずもなく、和海はしぶしぶ押し黙った。

 「ただ、この術にも弱点がありまして、術が完成するまでに少し時間がかかってしまうので、その間化け猫が暴れないように、何らかの方法で押さえておく必要があるんです。まあ、十分もあれば、術は完成するという話でしたから、それまで持ちこたえればいいんですけど」

 これは実は嘘である。押さえておくのではなく、力でねじ伏せ、一度相手に自分の力を認めさせたうえで、それが二度と覆らないよう枷をはめるのが、笹丸が使う術の本質なのだ。だが、封印の石碑を使うことを諦めさせるのが目的なので、『笹丸の術を使う』という方向にもっていければそれでいい。

 術を使う腹積もりであること自体は、本当のことだ。

 晃の言葉に、法引が大きく息を吐いてから口を開く。

 「確かにその術を使えば、封印の石碑を使わずとも何とかなりそうですが……あなたに負担をかけますな。ましてや“あるじ”役ともなれば、一刻(いっとき)のものではありません。一生背負わなければならないものとなりかねません。それでも、引き受けてくださるのですか?」

 「その覚悟がなければ、今ここで口にはしませんよ」

 晃が真顔で返事をすると、法引は再び溜め息を吐いた。

 「……しかし、それではあまりにもあなたに負担をかけすぎてしまいます。あなたに、化け猫の瘴気を祓う試みをしていただくからには、それ以上の負担をかけるのはさすがにしのびません。化け猫を一時押さえ込み、“あるじ”となることは、わたくしのほうでお引き受けしましょう」

 「和尚さん、押さえ込めるんですか? 押え込むのに失敗したら、逆に襲われますよ?」

 晃が真剣に問いかけると、法引はこんなことを言い出した。

 「以前から考えていたのですよ。化け猫を封じるためにも、一時動きは止めなければならないと。それで、その準備はしてあったのです。想定とは異なる形になりますが、それを使いましょう。ただ、その方法で十分持つかはわかりませんが……」

 封印の儀式に備えて、化け猫をおびき寄せるための香と、動きを封じて儀式の成功率を上げるための御札(おふだ)を複数、用意するつもりであったこと。調合する材料が必要な香はともかく、御札のほうは、一日一枚ずつじっくり念を込めて書いたものが、すでに五枚ほど用意してあることなどを話した。

 (笹丸さん、念のため聞きますが、御札の力で押さえ込んで、それで術がかかりますか?)

 (それはまず無理であろうな。一度、“自分より強い”と相手に感じさせねば『従属の術』は効かぬ。つまり、一度は力で打ち負かさねばならぬ。そなた、先程わざとそれを言わなんだであろう?)

 (ええ。それを言ったら、絶対に乗ってくれないと思ったので。実際にその場になったら、化け猫の動きに合わせて、一対一の戦いに持っていけるようにするつもりです)

 (うまくいけばいいがの……)

 キツネながら、あまり無茶なことはするな、という表情がありありとわかる顔で、笹丸が晃を見上げる。

 「しかし早見さん、いくら能力を使うのに支障はないとあなたが言っても、傍から見ると、こう……なんと言いますか、今はやはり無理をしないで下さいとしか言えませんな」

 法引が、晃の左袖を見て何ともいえない表情を浮かべる。

 どうしても、いつもの晃より弱々しく見えるのだろう。

 「早見くん、その肩は、いつごろ治りそうか?」

 結城まで、そんなことを聞いてくる。

 「ま、まあ……二、三日で義手は問題なくはめられるようになると思いますけど」

 擦り傷になっているし、うっ血して腫れているから、それが治るまでは装着したくないが、この微妙な空気が続くかと思うと、多少無理をしてでも装着してから行動しないと、他の人の精神的負担になりそうだし、こちらとしても落ち着かない。

 それに、工事が始まる前に決着をつけてしまいたいことを考えると、そう何日も猶予があるわけではない。

 「本格的に工事が始まる前に、ことを終わらせてしまいたいんです。そうすれば、工事関係者の人たちにも余計な迷惑が掛からないし、高坂さん一家も安心できると思うんです。子供たちが、せっかくの夏休みを満喫できないのは、かわいそうですからね」

 晃の言葉に、皆うなずく。

 高坂家には、化け猫に親族の居場所を突き止められてしまうのを防ぐため、直接の行き来は控えてくれと要請している。

 つまりこのままでは、子供たちが夏休みに親戚の家に遊びに行くことも、その逆に親戚があの家に来ることも出来ないのだ。

 改めて、今度は『従属の術』を使うことを前提に、具体的な作戦が組まれることになった。


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