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ある異能者の備忘録  作者: 鷹沢綾乃
第五話 怨嗟の獣
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22.言えない一言

 荷物をその辺に置くと、まず笹丸のために稲荷寿司のふたを開け、小ぶりのお茶のペットボトルのキャップを〈念動(サイコキネシス)〉で開け、差し出した。普段なら、ペットボトルのキャップは工夫して何とか〈念動(サイコキネシス)〉は使わないようにして開けるのだが、今はその工夫をすることが精神的に億劫になっている。

 それに、自室まで帰りついて気が緩んだか、義手を装着しっぱなしだった左肩が鈍く痛みだしてきたのだ。散々不自然に体重がかかったり、長時間の装着で負担がかかっていたのを、精神的な緊張により自分で自分の不調を無意識に誤魔化していたのものが、表に出てきたようだ。

それでも、体のためには最低限カロリーは入れておかなくてはいけない。こういう時のためにストックしておいたブロックタイプのバランス栄養食を出してくると、口で封を切り、そのまま一気に中身を食べていく。

 そして自分の分として買ったペットボトルを、やはり〈念動(サイコキネシス)〉でキャップを開け、飲んだ。

 「……なんかいろいろ疲れた……」

 瘴気の毒による体力の消耗はもちろんだが、化け猫による被害が無関係な人間にまで広がらないようにするためには、もう一度自分たちが危険を冒さなければならない、という精神的負担のかかる厄介なおまけがついた。

 封印の石碑を使おうと使うまいと、地滑りを復旧させる工事は行われる。

 一番手っ取り早いのは、工事が始まる前に決着をつけてしまうことだが、封印の石碑を利用しようと考えているほかの三人は、工事現場となる場所に結界を張ることを考えるだろう。

 これは絶対狙われる。

 あの化け猫の実力を考えると、中でも結城や和海には安全な場所に待機していてほしいくらいなのだが、あの二人はそれをよしとはしないだろう。

 特に和海は“目の前で晃を(うしな)いかけた”と思っているから、そう簡単には引き下がってはくれないだろう。

 そういうことを考えていくと、“何とか出来るのか?”という思いが湧いてくる。

 (晃殿、あまり根を詰め過ぎてもよくない。そなた自身で言うておったではないか。気分を変えれば、何か浮かぶかも、と。まだ疲れは残っているのであろう? ならば、ここは早めに休んでしまうのも一手よ)

 稲荷寿司を“食べ”終えた笹丸が、晃に話しかけてくる。

 晃はうなずくと、いつものように味が極端に薄くなった稲荷寿司を食べ切り、やはりほぼ味も香りも飛んでいる小ペットのお茶を飲み干し、さらに自分の分のペットボトルの中身も飲み干して、大きく息を吐いた。

 (確かにそうですね。まだそんなに遅い時間じゃないですけど、寝ることにします)

 本当はシャワーでも浴びたほうがすっきりするのはわかっていたが、明日の朝早めに起きて浴びることにし、今は寝ようとパジャマに着替える。本当は、義眼も外して洗い清めたほうがいいのだが、今更下に降りて母親と顔を合わせたくなかった。

 着替える際、義手を外すと、左肩の痛みがよりひどく感じられた。特に背中側が、まるでうずくようだ。

 (明日の朝、腫れてなきゃいいな)

 (だなあ。結構体にもダメージ来たみたいだな)

 ロフトベッドに上ると、夏用の薄手の掛け布団に体を潜り込ませ、左肩を上にして横たわり、目を閉じる。左肩の痛みはあるのだが、それより体の消耗による休息の欲求のほうが強かった。わずか数分のうちに、ふっと意識が眠りの淵に吸い込まれていき、晃は寝息を立て始めた。

 それを確認した笹丸が、自分も休もうとしたその時、ベッドの上から“声”が聞こえた。

 (笹丸さん、ちょっと聞いてもらいたいことがあるんだけどな)

 (そなたは遼殿のほうか。珍しい。晃殿は目を覚ましたのか?)

 (いや、晃は寝てる。晃が寝てて、意識がない状態だから、俺がちょっとだけ表に出てきてるんだ)

 “視”れば、ベッドの上の(オーラ)がおかしい。死霊の(オーラ)が漏れ出ているのがわかる。これが起こるのは、遼の力が表に現れているときだ。

 (で、いったいどうしたというのだ。我に聞いてもらいたいことがあるというたが)

 (実は、晃の奴を、助けてやって欲しいんだ。もちろん、力の差はわかってる。晃のほうが数段上だってことも。でも、晃には使えない力とか、あるでしょ。そういう力で、晃の助けになってほしいんだ)

 (もちろんそれはやぶさかではないが、改まってどうしたというのだ?)

 (この一連のことで、改めてつくづく思ったんだ。晃は『助けて』が言えないんだって……)

 (……)

 (もちろん、精神的には、和尚さんとかに相談に乗ってもらったりしてるけど、能力的には和尚さんが全力を出したって、俺の力を呼び込まない晃にもかなわない。頭一つどころの騒ぎじゃないんだ。だから、誰にも頼れない。誰にも助けを求められない)

 (……そうよの。晃殿は、あまりに突出した力の持ち主ゆえ、誰もその背中に追いつけぬ。そういう面は確かにあるの……)

 遼の意識が、大きく溜め息を吐く。

 (あいつだって本当は、つらいことだってある。やりきれないことだってある。でも、自分がやらなきゃ誰も出来ないから、一人でしょい込んでやろうとすることが、ままあるんだ。今までも、そういうのは何となく見えてたんだが、今回それがはっきり出ちまったな、って思って……)

 (それで「『助けて』が言えない」か……)

 笹丸から見ても晃の能力は、ほかの三人とは一線を画するどころか、もはや孤高の存在といってもいいほどの実力差がある。

 そんな晃から見れば、こと今回のような物の怪と戦わねばならない事態においては、他の三人はいわば“守らねばならぬ存在”であり、“真の力を見せられない枷”ともなるのだ。

 それでもなお、彼は自分が矢面に立って化け猫に挑むだろう。

 ならば自分は、そんな晃を何らかの方法で『助け』よう。それが、今まで縁もゆかりもなかったはずの元憑き狐の自分をずっと世話してくれた晃への、恩返しにもなるに違いない。

 (そういえば遼殿、この話、晃殿には話さずともよいのか?)

 (ああ、晃と俺は記憶を共有してるから、黙っててもいつの間にか伝わってるから。だから、隠し事も出来ないんだ。)

 (ならば、わざわざ晃殿が眠ってから話しかけずともよいではないか)

 (いや、こういうことって、本人の前で言うのってこっぱずかしいっていうか……。それに、あいつ自身が『心配しなくても大丈夫だ』とか言って、受け付けないさ。あいつはそういうやつだから)

 (そういえば、そういう性格であったな)

 (それじゃ、お願いします。晃の眠気に引っ張られて、俺も眠いんで、寝ます)

 (今回、色々ありすぎたやも知れぬ。ゆっくり休むがよいぞ)

 ほどなくして、死霊の気配は目立たなくなった。遼の意識が、晃の内側に戻ったのだろう。

 それを見て、笹丸もロフトベッドの上まで飛び上がる。念のため寝顔を確かめ、よく眠っていることを確認すると、その上の棚に乗り、そこに置かれた専用の布の上で丸くなった。笹丸が来ると決まった時に、晃がいろいろ用意してくれたものだ。

 専用の布も、ちゃんとお清めをしてから笹丸が心地いいように敷いてくれた。

 (……晃殿、我はこれでも、義理堅い性格での……)

 夜が静かに更けていく。


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