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ある異能者の備忘録  作者: 鷹沢綾乃
第五話 怨嗟の獣
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20.瘴気の記憶

 しかしそれを聞いた三人は、本当にほっとしたように息を吐いた。

 「危ないところでしたな。間に合って、本当によかった」

 法引の言葉に、和海が改めて晃に向かって頭を下げた。

 「晃くん、本当にごめんなさい。わたしがもう少ししっかりしていれば、こんなことにはならなかったのに。そして、助けてくれて、ありがとう」

 「あ、いや、咄嗟に動いただけですよ。何度も言いますけど、誰にも謝ってほしくありません。今回は、たまたまこういう形になっただけです。偶然なんだと思ってください」

 晃がなだめに入って、とにかくここはこれで納めようということになった。

 晃が内心ほっとした時、笹丸が話しかけてくる。

 (ところで、先程から気になっておったのだが、そなた瘴気の毒を受けても、動けるのか?)

 (……実は、直後なら少しだけ。前回、家のすぐ近くでやり合いまして、そのまま夜の住宅地の道路で行き倒れているわけにもいかなかったので、もう死に物狂いで家まで帰って自分の部屋まで階段を這いあがりました。そこでほぼ力尽きましたけど)

 (それでは、今回ももしかして……)

 (ええ、斜面、なだらかでしたからね、下まで這い降りるくらいは出来たと思います。でも、それは絶対やっちゃだめだと思ったんで、倒れたままでいましたけど)

 (……やはりそなたの瘴気への耐性、人間基準で考えぬ方がよいな、完全に。そういえば、あれ程日頃うるさいそなたの母御、その時帰ってきたときによく騒がなかったものよの?)

 (あの時は、母は親戚の法事で出かけていて、僕より帰りが遅かったんですよ。それで、翌朝になって大騒ぎしたんです)

 (なるほどの)

 そこへ、法引が声をかける。

 「早見さん、お願いがあるのですが」

 「え、何ですか。僕に出来ることなら、やりますけど」

 すると、法引は真剣な顔でこう切り出した。

 「瘴気の毒を身を持って体験したあなたに、その毒の性質を教えて欲しいのです。障壁のようなもので防げても、それではこちらが身動き取れません。ですので、万一攻撃を受けても被害を最小化、出来れば無効化することが可能になれば、こちらとしてもずっとやりやすくなります。そのためには、性質を知らねばなりませんのでな」

 晃は少し考えて、こう切り出した。

 「口で説明しても、難しいです。何なら、僕の記憶に残る症状を追体験してみますか?」

 「……そういうことが、出来るのですかな?」

 「出来ます。ただし、覚悟はしてください。追体験ですから命に別状はありませんが、相当きついですよ?」

 「わかっております」

 晃は、法引に向かって右の掌を向けた。法引はうなずき、自分の左の掌をそれに合わせる。

 晃は掌を一層強く押し付けると、瘴気の毒に当てられた時の身体症状の記憶を法引に送り込んだ。

 法引の顔色が変わる。一気に脂汗が噴き出し、上体がよろめくと同時に、そのまま自分の体を支えられずに倒れ込む。

 「和尚さん!」

 焦った表情で結城が抱き起すと、法引は頭を振りながら大丈夫だというように自分から手をついて上体を支えた。顔色も元に戻っている。

 「どうでしたか、和尚さん」

 晃の問いかけに、法引は大きく息を吐きながら額の汗をぬぐった。

 「……いやはや、とんでもないものですな。早見さん、よくあれに耐えられましたな。わたくしでは、寺に着く前にどうにかなってしまいそうです」

 「そんなにすごかったんですか?」

 和海が思わず問いかけると、法引はうなずく。

 「まず、まともに呼吸が出来ないのです。いくら息を吸おうとしても、肺に空気が入っていかないという感覚でしてな。しかも、手足が抜け落ちてしまいそうにだるいのです。それで熱のために目の前が揺らいできて、頭がぼうっとしてくるのですよ。しかも、目を開けると視界の周囲が暗くなっている。もう、座っている姿勢を保てなくてあの通りになりました」

 法引は、自分が追体験をした瘴気の毒の恐ろしさに身震いがする思いだった。

 晃は、この毒にギリギリ耐えて浄化の儀式に間に合い、命を長らえた。そう思うと、本当に危ないところだったのだと、改めて背筋に冷たいものが走る。

 「実際僕も、結構ぼんやりとしか覚えていないところはありますからね。それで耐えていたと言い切れるかどうか、怪しい気がしますけど」

 それを聞き、法引はかぶりを振った。

 「とんでもない。わたくしでは、途中で意識を失っていたかもしれません。あなたは最後まで意識を保ち、儀式に臨んでおりました。それだけでも、たいしたものです」

 「和尚さん、瘴気への対抗策、何か考えつきましたかね」

 結城が声をかけると、法引は苦笑いを浮かべる。

 「いや、強烈すぎて、今のところはまだ何も思いつきません。ただ、なんとなくもやもやとしてき始めているところではあります。もう少ししたら、何か思いつくかもわかりませんな」

 すると、晃がふと考えこみ、おもむろに口を開いた。

 「もしかしたら、やれるかもしれません」

 「やれるって、何をだ?」

 結城が問いかけると、晃が答える。

 「もしかしたら、瘴気を祓い飛ばすことが、出来るかもしれません。もちろんやったことはないので、ぶっつけ本番にはなると思いますが」

 「え、出来るの!? 晃くん!」

 和海が驚きの声を上げる。結城も法引もまさかという顔をする。

 「試してみなければわかりませんけど。でも、仮に出来たとしても、リスクはあります」

 「リスク、とは?」

 結城が、質問の形で先を促した。

 「まず、一回ではすべての瘴気を祓い飛ばすことは無理だと思うので、何回かにわたって力を使う必要があるはずなんですが、すべての瘴気を祓ったとき、僕自身にどれだけの力が残っているかということ。下手をしたら、それだけで力を使い果たして倒れているかもしれません。全く読めませんから」

 「ああ、そうか……」

 「それと、そうやって、瘴気を祓ったら、絶対化け猫は僕を標的にして集中的に攻撃してきます。そうなっても、僕は防戦しかできません。瘴気を祓うので精一杯になってしまうはずです。瘴気を祓いきれないうちに攻撃を喰らったら、今回の二の舞です」

 さすがに今回ほどひどいことにはならないだろうが、と付け加えはしたものの、晃の危惧は誰が考えても確かにリスクと思えるものだった。


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