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ある異能者の備忘録  作者: 鷹沢綾乃
第五話 怨嗟の獣
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19.推測

 晃が目を覚ましたのは、午後三時を少し回った頃だった。

 たまたま近くで付き添っていたのは、法引の息子寿栄こと昭憲で、晃が目覚めたことに気づき、その顔を覗き込む。

 「目が覚めたんだな。気分はどうだ。おやじたちは今、下にいる。連絡するから、ちょっと待っててな」

 すでに着替えてTシャツにジャージというラフな姿になっていた昭憲は、ジャージのポケットからスマホを取り出すと、通信アプリで晃が目覚めた旨のメッセージを送った。

 操作を終えると、昭憲は改めて晃の顔を見た。

 「ほんとに嘘みたいなイケメンだなあ。イケメン過ぎて、現実味がないぜ」

 「……そのせいで、いろいろあったんですけどね……」

 晃が複雑そうな顔をしたのを見て、昭憲は何となくピンときて話題を変えることにした。どうやら、顔のことはあまり言われたくないようだと気が付いたのだ。

 「改めて、気分はどうだい? 顔色がだいぶ良くなったから、落ち着いてきたとは思うんだけどさ」

 「ええ、気分はだいぶ良くなりました」

 昭憲は、自分が支えながら晃の上体を起こしてみる。少しふらつくが、何とか自分で上体を起こしたままの姿勢を保てるようだ。

 傍らには、例の白狐が付き添うようにいるのだが、自分では意思の疎通は無理だと感じていた昭憲は、せっかくだから晃に訊こうと口を開きかけた。

 そこへ、どやどやと気配が下から上がってきて、和海を先頭に、法引や結城が次々と本堂に入ってくる。和海は、ゼリー飲料をいくつかその手に抱えていた。

 「晃くん! もう大丈夫? これ、飲んで。少しはおなかに溜まるから」

 和海は晃の傍らに駆け付けるなり、それひとつである程度のカロリーと栄養が摂取できるバランス栄養食のゼリー版を取り出すと、封を切ってそれを手渡した。

 「あ、ありがとうございます」

 余りの勢いに、晃のほうが多少引き気味だ。それでも、やはり体が栄養補給を要求するのだろう、ゼリー飲料を口にし、あまり時間をかけずに容器を空にした。

 それを見て、和海はさらにもう一つ、同じようなゼリー飲料の封を切って晃に差し出す。

 「一つじゃ物足りないでしょ。もっと飲んでいいのよ」

 「あ、は、はい……」

 勢いに押され、それも受け取って飲み干す晃。それを確認して、和海がやっとほっとしたような笑みを浮かべる。

 「よかった。もう大丈夫そうね。一時は本当に、どうなるかと思ったのよ。晃くん、少しは体力戻った? 立ち上がれる? そういえば着替えなきゃね」

 一方的に話しかける和海の勢いに、昭憲も法引も結城も晃に話しかけるタイミングを逸している。すると、まるで落ち着けとでもいうかのように、笹丸が和海の側に寄ると、その脇腹を突いた。

 それに気づき、我に返ったらしい和海がばつが悪そうに周囲を見回す。

 「小田切くん、気持ちはわかるが落ち着いてくれ。早見くんが、困惑してるぞ」

 結城の言葉に、和海はわずかに顔を赤くし、肩をすぼめる。

 「まあ、いいではありませんか。小田切さんにとっては、目の前で起きたことでしたから、ショックだったのでしょう」

 とにかく、結城と法引に支えられて晃は立ち上がり、昭憲は布団を片付け、和海は顔を赤らめたまま下を向いて笹丸に連れられるようにして、皆で本堂を出た。

 そして一階の法引の自宅で一通りのことを済ませて、ひとまず全員が居間に落ち着いた。

 晃はというと、いつまでも破れたシャツを着ているわけにもいかないので、昭憲のシャツを借りて着替えている。

 その晃の顔色がまだよくないのを見て取った法引の妻登紀子が、晃の目の前に封を切った小瓶を差し出した。

 「うちの人も、除霊なんかで疲れ切ったときなんかに飲むんですよ。どうぞ」

 受け取ってみて、それが数千円もする最高級クラスの栄養ドリンクだと気が付いた。

 (……こんなもの、飲んで大丈夫かな?)

 (さあなあ? 今のお前ならへたばってるんだから、飲んでもそうえらいことにはならないとは思うぞ。しかし和尚さん、除霊でバテるとこんなの飲んでるんだな)

 晃は、横目でちらりと法引を見た。法引が苦笑しているのが見える。

 しかしいつまでもこうしているわけにもいかず、晃はドリンクを飲み干した。飲んだ後、なんとなく胃のあたりが熱くなるような気がしたが、固形物を食べていないせいだと思うことにした。

 晃が飲み干したドリンク瓶を登紀子に返し、登紀子が昭憲を連れて居間から出たところで、法引が真顔になって口を開いた。

 「今回は幸い、最悪の事態は避けられましたが、あの化け猫の瘴気を纏った攻撃は脅威です。あれをなんとかしないことには、こちらも身動きが取れなくなりますな」

 実際、瘴気を纏った攻撃で次々と打ち倒されては、大変なことになる。今回、晃一人が倒れたところで相手が引いたからまだよかったものの、立て続けに攻撃されていたら、どうなっていたかわからない。

 「しかし、なんであの化け猫は、あそこでいったん姿を消したんだろう。あのまま戦っていれば、下手すればこっちは全滅したかもしれないのに」

 結城が首をひねると、少し考えてから晃が話し出す。

 「もしかしたら、“試し”だったのかもしれませんね」

 「試し、とはどうことですかな」

 法引の問いかけに、晃は答えた。

 「あの化け猫自身が、瘴気を使った攻撃をするのが初めてで、どのくらいの威力かわからないので、とりあえず試してみた。で、使えそうだと考えたら、また使ってくると思うんですよ。あの瘴気、どうやら封じられている間に、恨みの念が凝って生じてきた代物みたいなので、化け猫もとりあえず使ってみて、使い心地を確かめたんじゃないかと」

 「つまり、晃くんに使ったのが、初めてってこと?」

 顔をしかめる和海に、晃も苦笑しながらうなずく。

 「と思います。僕が倒れて動けなくなったから、効果ありとみて、次からは積極的に使ってくる可能性が高いと、僕は思ってます。厄介ですけど」

 「そういえば、倒れている間、どんな感じだったの? かなり苦しそうだったけど」

 「いや、きつかったです。息苦しくて、体を動かせないほどだるくて、熱が出てきたせいもあって目の前がくらくらして頭がぼうっとしてましたから」

 実際は、それでも気配と音で周囲の様子は正確に把握していた晃だったが、それはさすがにおかしいだろうと、周りの様子はぼんやりとしか覚えていないと話した。

 「気が付いたら、視界がだんだん狭くなってきて、周辺から暗くなってきてるんですよね。これ、ブラックアウトしたらもうダメかな、と思ってたんですけど、まだ明るさがあるうちに和尚さんのお寺に着いたってわかったんで、ああ、大丈夫かな、これで、と思って」

 目の前が暗くなる体験は、実は前回のものだ。やっとのことで二階の自分の部屋まで這い上がったところで力尽きて、高さのあるロフトベッドの上に上がる力も残っておらず、掛布団と毛布をなんとか引きずりおろして、着替えもせずにくるまってそのまま朝を迎え、そこで目の前が暗くなる症状が出始めたのだ。

 さすがにこれはまずい、病院へ行くことを考えないと、と思っていたら、なかなか降りてこない息子のことを不審に思ったか智子が様子を見に来て、高熱を出して倒れ込んでいる晃に驚いて半ばパニックになりながら救急車を呼び、そのまま緊急入院となったのが前回の顛末だった。ただ、ここで口に出せる話ではない。症状の参考になるように、体験談を付け加えてみたのだ。話を盛ったともいうが。


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