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ある異能者の備忘録  作者: 鷹沢綾乃
第五話 怨嗟の獣
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14.痛撃

 とにかく長居は無用と、高坂家に戻るべく、四人は元来た道を引き返し始める。

 (で、正直なところ、実際に一人で戦えると思うておるのか?)

 笹丸の問いに、晃は答える。

 (“本気”になれば、いけると思います。“魂喰らい”の力、まだ本気で開放したことないんですよ。あれがどこまで通用するか、試してみれば、答えは出ると思います。ちょっと怖いんですが)

 (ああ、あの力か。以前使ったときには、相手の同等の力を受け流すのに使っただけであったはず。確かにあれを使ったならば、途轍もないことが起きそうではあるがの)

 (あれか~。あの力、どう考えてもヤバいんだよな。まあ、乱用しなきゃ強力な武器になる力ではあるけどなあ……)

 晃の持つ異形の力“魂喰らい”。それを本気で開放し、使用すれば、化け猫に対しても確実に大きな威力を持つだろう。問題があるとすれば、晃本人がちゃんと吹っ切れて使うことが出来るかどうかというところだろうか。

 その時、どこからかかすかに視線のようなものを感じた。

 まだ襲ってくる気配ではない。だが、確実に自分たちを見つめ、そのあとをつけている気配がする。

 「……和尚さん、視線を感じませんか?」

 「……確かに、感じますな。これは、化け猫……でしょうな」

 「まず、間違いないでしょうね」

 「早く平地まで降りましょう。ここは、足場がよくないですからな」

 法引に話しかけると、法引もまた同じ気配を感じたらしく、その足取りが早くなる。

 「……急いでください。化け猫が、わたくしたちを見ております。隙を見せると襲われかねません」

 それを聞いた結城も和海も、顔色を失った。

 「急ぐといっても、慌てて転んだら元も子もありません。隙を見せないように、平地まで降りましょう。足場がしっかりしているところまで降りられれば、だいぶ違います」

 晃が、焦りを見せた二人を落ち着かせるように声をかけた。

 しかし、あと少しで完全に丘を下りきるというところで、前方に黒い靄が現れる。

 思わず足を止めた四人の目の前で、黒い靄は巨大な化け猫に姿を変えた。

 「……よりによって、こんなところで……」

 顔をひきつらせながら、結城がつぶやく。

 「とにかく、ばらばらになってはなりません。相手の思うつぼになります」

 法引の声に、全員が固まった。

 化け猫は、進路をふさぐようにして身構えると、低く唸った。

 「……しかし、なんでお昼前に出てくるのよ。ふつう暗くなって出てくるものじゃないの? こういう物の怪の類って」

 恐怖感を怒りに変換したような口調で、和海が化け猫に向かって文句を言うと、晃が困ったような顔で答えた。

 「陽の光を苦にしないのなら、昼間でも出てくる物の怪はいますよ。こいつはそういう(たち)なんだと思います」

 化け猫はその身にどす黒い瘴気を纏い、朱がかった金色の眼を光らせながら、今にも飛びかからんばかりに姿勢を低くする。

 こういう状態になってしまうと、今更逃げることはほぼ不可能。全員で力を合わせて“気”を張り詰め、相手の攻撃を防ぎつつ、隙を見て脱出するしかない。今は、本格的に戦う準備が出来ていない。

 否、晃一人ならどうとでもなっただろうが、結城や和海が見ている前で、超常の力を使うわけにいかなかった。

 その時、不意を突くように化け猫の尾が横合いから四人を襲う。

 咄嗟に法引が気合の声を発し、尾の攻撃を退(しりぞ)けたが、一瞬焦った和海が、足元の浮き石に足を取られてバランスを崩してしまう。

 それを待っていたかのように、化け猫が目にもとまらぬ速さで前脚を繰り出し、和海に一撃を加えようとした。その時、それに反応して動けたのはただ一人、すぐ隣にいた晃だけ。

 その晃でさえ、和海をかばって突き飛ばすのが精いっぱいだった。

 化け猫の一撃は晃を直撃し、晃の体はそのまま地面に叩きつけられるかのように、仰向けに激しく倒れ込む。

 「晃くんっ!!」

 和海の絶叫が聞こえた刹那、化け猫はひとまず満足したのか、再び黒い靄となり、そのまま姿を消した。

 三人が晃のもとに駆け寄ると、全員の顔色が変わった。

 倒れている晃の胸元の辺りで、着ていたシャツが大きく引き裂かれていた。そして、能力のあるものにしか見えない、鉤爪の傷跡が見える。それも、どす黒く脈打っていた。

 晃の顔色はすでに異様な土気色になっていて、かろうじて意識はあるが、すでに肩であえぐような苦しげな呼吸に変わっている。

 「これはいけません。瘴気の傷です。瘴気の毒が直接体内に送り込まれた状態です。一刻も早く浄化しないと、このままでは命にかかわります」

 法引の顔がこわばっている。

 和海は両手で自分の顔を覆い、結城は唇を噛みしめている。

 「……晃くん、ごめん。わたしが……わたしのせいで……」

 和海が思わず晃の傷口に触れようとして、法引に止められる。

 「いけません。瘴気の毒に、あなたも当たってしまいます。傷に触れないようにして、このままわたくしの寺まで運び、浄化の儀式を行います。それしか助ける方法がありませんのでな」

 その時、晃の視線が動いて、和海のほうを見た。

 「……お……だぎ……り……さ……無事……で……よか……た……」

 とぎれとぎれにそういうと、晃は何とか笑みを作ってみせる。そんな晃に、厳しい表情のまま法引が言葉をかけた。

 「早見さん、それ以上無理に話してはなりません。体力を消耗してしまいます。今の状態で体力を失うことは、文字通り命とりです」

 和海は和海で、晃に向かってなおも何か言おうとしたところを結城に止められる。

 「小田切くん、気持ちはわかるが、自分を責めるな。今回のことは、運の悪い偶然が重なって起きた事故のようなものだ。誰が悪いわけでもない。動揺していたら、その心の(すき)を、物の怪に突かれるぞ」

 何も、危険なのは化け猫ばかりではない。たまたま行き会った物の怪や悪霊に取り憑かれることだってあるのだ。

 自分を守る体勢がきちんと出来ていなければ、晃ほどの能力者であってもこういう事態に陥る。

 「結城さん、手伝ってください。早見さんを、車まで運びます」

 「わかりました、和尚さん。運転も、私がしましょう。今の小田切くんじゃ、精神的に不安定で、運転させるわけにいかない」

 結城が晃の上半身を抱え、法引が晃の両脚を持ち、慎重に持ち上げると、出来るだけ晃の体に余計な負担がかからないよう注意しながらわずかに残っていた斜面を下り切り、そのまま止めていた車に向かった。

 和海はしばらく呆然としていたが、晃が咄嗟に動いたときに晃から離れたらしい笹丸が、和海を促すようにしきりに頭を動かし、ほどなくゆっくりと歩きだす。和海も、悄然とついていった。


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