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ある異能者の備忘録  作者: 鷹沢綾乃
第五話 怨嗟の獣
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10.結界防御

 「わかってはいます。私自身〈過去透視(サイコメトリー)〉にはそこそこ自信があるが、それ以外だとどうも足を引っ張ることのほうが多いような気が……」

 「わたしもです。今までだって、和尚さんや晃くんにおんぶにだっこしてもらってたような気がしてます……」

 「ならば、わたくしが護符を用意いたしましょう。ですが、たとえ護符があっても、前には出ないでください。後ろで気を送るという形での支援をお願いいたします」

 「ありがとうございます、和尚さん」

 「私たちが不甲斐ないせいで、余計な手間を取らせて申し訳ない」

 そのやり取りを横目で見ながら、笹丸が取り皿の鶏のから揚げを“食べ”つつつぶやく。

 (できれば、この二人には完全に裏方に回ってほしいのだが、性格上それは良しとせんであろうな)

 (でしょうね。僕としても、下手に巻き込みたくはないから、和尚さんと二人だけで対処したいところなんですけど)

 (それは無理だろ。意地でも現場に出張ってくるだろうし。ましてや、和尚さんが護符を渡すなんて言ってるから、絶対出てくるぞ)

 遼の言葉に、晃も内心その通りだと思う。晃とて、実は本当の意味で、“本気の力”を法引の前で見せたことはない。あまりにも、飛びぬけ過ぎた力だからだ。だから、結城や和海にも手伝ってもらったほうがいいと考えているに違いない。

 (ところで、僕は正直、あの化け猫がどうにもかわいそうで、力づくで退治してしまうのがなんだか抵抗があるんですよね。もちろん、いざとなったら覚悟はあるんですが、出来れば退治以外の方法がないかと考えているんですよ。何かないですか? 笹丸さん)

 晃に問われ、笹丸はないことはないと答える。

 (それは、そなたが化け猫の(あるじ)となることだ。化け物を(しもべ)とする術は知っておるぞ)

 (えっ!?)

 (ただし、条件があっての。その化け物を、一度完全に屈服させなければならぬのだ。自分より上の存在であると認識させたうえで、術をかけることによって、決して(あるじ)に逆らうことのない従僕となる)

それはかなりハードルが高そうな話だ。

 (……実際に化け猫に出会ってから、考えることにします)

 (それでよいと思うぞ)

 笹丸が“食べた”後の味気ないから揚げを咀嚼しながら、晃は笹丸が示した『退治しなくても済むすべ』のことを考えた。

 それをするためには、おそらく全力を尽くす必要があるだろう。今まで、法引にさえ見せたことのない、本当の意味での“全力”を。

 とてもじゃないが、結城や和海には見せられない。

 その二人はというと、法引に護符を作ってもらう約束をし、すっかり意気軒昂になっている。今まで、自分たちが戦力にならないと落ち込んでいたのだから、なおさらだろう。

 「それじゃあ、帰ったらさっそくお願いします」

 「和尚さんの護符なんて、今まで見たことなかったんで、ちょっと興味ありますねえ」

 のんきにも聞こえる会話を交わす三人を、ある意味微笑ましく見ていた晃だったが、不意に背筋がざわつくような気配が近づくのを感じる。

 「皆さん! 来ました!」

 晃の警告の声に、皆がハッと周囲を警戒する。その途端、晃が感じたものと同じ、背筋がざわつくような異様な気配が近づいてくるのに気付いた。

 「この方向です」

 晃が示した方向に、法引が顔をしかめる。

 「……鬼門の方向ですな。鬼門から、結界を破ろうとしているのでしょう」

 鬼門とは(うしとら)の方角で、具体的には北東をさす。(いにしえ)より鬼が出入りする方角であるとされ、忌むべき方角として玄関や水回りの設備を置くのを避けるべきとされる。

 四人は夕食を中断し、外に出た。

 家の北東に回り込むと同時に、暗くなりかけた空に茫洋とした(もや)の塊が現れたかと思うと、それが見る見る巨大な長毛の三毛猫の姿に集約し、地上に降り立った。

 その大きさ、頭から尾の付け根までざっと五メートルはあるだろうか。全身を覆う長いふさふさとした毛並みが、かえって今は不気味さを掻き立てるもとになっている。

 そして何より、明らかに人の背より高い位置から四人をにらみつける朱がかった金色の眼が、敵意をむき出しにしてギラギラと光っている。

 さすがに結界が効いているせいか、いきなり飛びかかってきたりする様子は見せないが、それでも明らかに攻撃の意思を見せて、その口元から牙をむき出しにして威嚇するように地鳴りのような唸り声をあげていた。

 「……これが、化け猫本体……」

 顔をひきつらせたまま、結城が化け猫を見上げる。和海は絶句したまま立ち尽くしてしまっている。

 「……なるほど、封じるしか手がなかったわけですな。これほどとは」

 法引さえも、思わず呆然となって化け猫を見つめた。そんな中でただ一人、一見呆然としているように見せて、冷静に相手の様子を見ていたのが晃だった。

 晃は気づいていた。化け猫が、この場にいた者の顔を順番に見た後、自分をぎょろりと見つめたことを。

 おそらく化け猫は、自分を標的に定めたのだ。何故かはよくわからないが、神主一族の次に憎い相手という位置づけになったらしい。

 ならば、受けて立つしかない。

 ただ、それを他の人たちに気づかれると厄介かもしれない。特に、結城と和海に。あの二人なら、絶対に自分を護ろうとするだろう。法引を巻き込んで。

 それは避けなければならない事態だ。かえって事態が悪化する。

 そんな晃の思いをよそに、化け猫はなお一層激しく唸った。

 姿勢を低くし、今にも飛びかからんばかりの姿となると、風もないはずなのに全身の毛がゆらゆらと逆巻くように揺らめき、猫の体が一回り大きくなったように見えた。

 すると、猫の体を取り巻くように、どす黒いもやもやとしたものが渦巻き始め、それがじわじわとこちらに広がりかけて、何かに弾かれたように霧散する。

 「あれは瘴気です。何とか今のところ、結界で弾いているので実害はありませんが、あれほどの瘴気を纏う存在を、わたくしは初めて見ました」

 法引が、手にした数珠を握りしめる。

 「和尚さん、結界は、持ちますか?」

 和海の問いかけに、法引がはっきり告げる。

 「持たせなければなりません。何があっても」

 化け猫がいったん引くまで、結界が持ってくれなければまずいのだ。持ちそうにないのなら、自分たちが支えてでも、持たせなくてはならない。

 もし結界が破られれば、霊力が強くて化け猫を寄せ付けない麻紀は例外だが、他の家族はいつか瘴気に当てられる可能性が高い。守り袋の力も、いつしか削れて摩耗し、力を失っていくのだから。化け猫も、それはおそらくわかっているに違いない。

 「この結界は仮初の物です。そんなに強固なわけじゃない。一点集中で攻撃されると、破られる可能性はあります。だからこそ相手は、“鬼門”を狙ってきたわけですから」

 晃は、初めから破られる可能性を頭において、行動するつもりであると態度で示した。

 と、化け猫がいきなり上体を伸ばして四人めがけて前脚を振り上げ、ものすごい勢いで、振り下ろした。

 結界に阻まれてそれは弾かれたが、一種の衝撃というか振動となって空間を震わせ、四人にも伝わるほどのものとなる。

 「実体化してるのか。これほど衝撃が伝わってくるなんて……!」

 結城が額に噴き出した冷や汗をぬぐう。

 「とにかく今は、わたくしたちの力で結界を護るのです。そして、一刻も早く結界を強化する。それしか方法がありません」

 法引が覚悟を決めたように、化け猫に向かって真っすぐ対峙する。

 晃が素早くその近くに寄ると、右手を法引の肩に乗せた。

 「僕の力も、和尚さんに預けます。結界を支えてください」

 それを見た結城も和海も、法引のそばに駆け寄ると、その肩や背中に触れた。

 「和尚さん、お願いします。今は、力を集約しましょう」

 「我々も、微力ですが、お手伝いします」

 「わかりました。全力を尽くしましょう」


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