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ある異能者の備忘録  作者: 鷹沢綾乃
第五話 怨嗟の獣
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06.結界

 居間に設えられた座椅子に腰かけた状態で、博興が法引を出迎える。座椅子といっても、座面が床から高さを持ち、回転するタイプのもので、体の自由が利かない博興にとっては、こういう座椅子のほうが座りやすいのだろう。

 その周囲には、博臣と紗季の子供たちであり、博興と佳子にとっては孫の、小学校低学年の男の子と幼稚園年中組の女の子がいた。

 男の子が八歳の博俊で、女の子が五歳の麻紀。当然子供たちは詳しい事情は知らされておらず、ただ、お客様が来るから、じぃじと一緒に待っていなさい、といわれて待っていただけだった。

 そこへ、いきなり見ず知らずの大人がどやどやと現れたのだから、子供たちが落ち着かなくなるのは当然で、しかもにこにこ笑っているならともかく、ほぼ真顔に近い表情で現れれば、子供は不安に駆られて当たり前だった。姿を現した母親である紗季のもとに、麻紀が駆け寄っていく。

 「ママーッ!」

 さすがに博俊はすぐさま駆け寄るようなことはしないが、紗季に向って何か言いたげな視線を向ける。

 「ごめんね、ばぁばのお客さんだから」

 佳子は子供たちを素早く法引に紹介すると、紗季とともに父親である博臣のところへ行くように言って、部屋から連れ出させた。

 それを見送りながら、晃と法引は互いに目くばせし、うなずき合った。結城と和海も、あれっという顔をした。

 「和尚さん、あの女の子、お守りは必要ありませんね」

 「それどころか、あの子が家の中にいれば、化け猫はおいそれとは家の中には入ってこられないでしょうな」

 二人の言葉に、佳子が首をかしげる。

 「あの、それってどういうことですか?」

 「麻紀さんでしたか、あの子は、霊的に強い力を持って生まれてきたようですな。将来あの子が神職を継げば、この神社は安泰でしょう。それはともかく、あの子の力はそこらの化け物など寄せ付けないほど強いです。もちろん、それを自覚的に使うことはできませんが、麻紀さんが家の中にいるだけで、結界を張っているのに近い状態になりますよ。先ほどはあっさり通り過ぎてしまって気づきませんでしたが、麻紀さんだけなら、化け猫に襲われることはほぼ考えなくていいでしょう」

 法引の答えに、佳子はわずかに安堵の表情を浮かべる。

 「孫の一人だけでも、そう言ってもらえると安心ますよ。でも、おじいさんや博臣を含めて、他はお守りがいるんでしょう?」

 「そういうことになりますな」

 「和尚さん、ここの神社のお守りは、使えないですよね……?」

 和海の問いかけに、法引は苦笑する。

 「せめて博興さんが神主をやっておれば、多少は期待できましたが……」

 神社のお守りが使えるならば、ここまで深刻に顔つき合わせてどうしようかと悩んでいないだろう。

 とにかく、暗くなる前に、簡易にでも結界を張り、現場の確認をしておかなければならない。そして、何か身を守るものを入手してもらわないと。

 四人は、いったん家の外に出た。そこで、晃と法引が同時に身構える。

 「晃くん、どうしたの? もしかして、化け猫が近くに来ている?」

 和海がこわばった顔で周囲を見回した。結城も、油断なく周囲を見回しながら、辺りに気配を探る。

 「私は、何も感じられないんだが……和尚さん、早見くん、何か?」

 「……近くにではありませんが、居りますな。ただ、麻紀さんの力のせいで、今のところ近づくのをためらっているというところでしょうか」

 「そうですね。ただ、麻紀ちゃんが幼稚園に行っている間は、家の中はがら空き状態になりますから。今日は、いきなり襲うつもりがなかったようで、じっくり恐怖で追い詰めてから、と思っていたら麻紀ちゃんがいて、困惑していることでしょうね」

 法引と晃の答えに、結城も和海も自分たちとの実力差に溜め息をついたが、気を取り直して神経を研ぎ澄まし、わずかな気配も逃さないようにして辺りを探る。

 そうしてやっと、ほんのかすかな何がしかの気配が裏手の丘のほうから漂ってきているのに気が付いた。

 「相手は、まだ現場からそう遠くへは行っていないようですが、さすがに自分が封印されていた場所に舞い戻っているとは思えません。今のうちに、結界を張りましょう」

 晃が、法引に向かって真顔で告げる。法引もうなずいた。

 「そうですな。わたくしのカバンの中に、使えそうな物はありますからな」

 そういうと、肩にかけたビジネスバッグの中から短冊状の和紙の束と筆ペンを取り出した。

 「本来は、もっときちんとした道具で行ったほうがより強力なのですが」

 この和紙に破邪の功徳を持つ文言を書き付けてお札とし、ある定めに従った位置にそれを張るか、今の季節は雨が心配なので、いっそビニール袋に入れて地面に埋めて結界の核とし、経文を唱えれば結界として取りあえず機能するという。

 ひとまず法引が、結界に必要な分の枚数のお札を作り、和海がいったん家に戻ってビニール袋をもらってきて、結城と晃がそれぞれシャベルを貸してもらって、手分けして結界の核となる場所にお札を埋めてくることになった。

 法引が、己の気を込めて文字を書くため、さすがにお札にするには少し時間がかかったが、それでもさすがに霊能者である結城や晃は、結界を張るのにどこに埋めてくればいいのかということをすぐに飲み込んで動いたため、二十分ほどですべての段取りが終わった。

 そこで法引が、読経を始める。ほかの三人は、その周囲に固まって結界が機能するように祈った。特に実際に核となるお札のある場所を知っている結城と晃は、その場所を思い浮かべ、自らも念を込めるように一心に祈った。

 いや、晃は実際に念を込めていた。結城が手掛けた場所も一通り確認しておいたので、どこなのかは完全に把握していた。

 法引の読経の声に乗せるように、自分の念を込め、結界がより強くなるように、という思いを込めた。

 (あまりやりすぎると、肝心の時に全力を出せなくなくなるぞよ。そなたはこういう時、自分のことを(かえり)みずにやりすぎるきらいがあるからの)

 肩の上の笹丸に注意され、晃は内心苦笑した。そんな晃に、遼も話しかける。

 (まったくだ。やりすぎるなよ、晃。それにしてもあの瘴気、ただ事じゃなかったが)

 (それは僕も思った。あれだけの瘴気を纏う化け猫なんて、いったいどんな化け物だっていうんだろう。普通、あそこまでのものは、ありえない……)

 ほどなく読経の声は止み、数珠の音と、御鈴(おりん)の澄んだ音が響く。その直後、辺り一帯に明らかに何らかの清浄な力が立ち上がるのを全員が感じた。

 「どうやら、結界を張るのに成功したようですな。まだ明るいうちに、かつての封印場所を確認しておきましょう」

 法引の言葉に、結城も和海もうなずく。

 「じゃあ、高坂家の人に改めて場所を確認してきます」

 和海が家の中に戻ると、結城は車の中に置いてある予備のバッグから、さらに般若心経やら何やらを、手持ちのバッグに移し替えている。

 そんな二人の様子を見ながら、法引は晃に向かってわずかに頭を下げた。

 「力を貸してくださり、ありがとうございます。わたくしだけの力では、ここまでの結界は張ることが出来なかったでしょう」

 「いえ、人目がありましたし、あの程度が精一杯でした。人目がなければ、化け物除けのお守りも、僕が何とかするんですが」

 すると、法引が苦笑しながらかぶりを振る。

 「さすがに、そこまであなたに甘えるわけにはいきません。それに、高坂の家も代々神職。その誇りもありましょうからな」

 実際には、寺の住職である法引の力を借りることも、心苦しく思っているはずだ。


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