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ある異能者の備忘録  作者: 鷹沢綾乃
第五話 怨嗟の獣
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05.相談

 「ちょ、ちょっと待って。どういうことなの、根絶やしって!?」

 「そのままの意味ですよ。このジャージには、恨みの残留思念がこびりついていました。それを読み取った結果です。蘇った化け物は、自分を封じた神主の一族を恨んでいます。だから、恨みを晴らすために一族を根絶やしにしようと考えているのです。これは、脅しでも何でもありませんよ」

 晃が真顔で答えると、紗季はそのまま絶句する。そんな彼女を置き去りにする形で、寝室に戻ってドアをそっと開けると、法引の読経の声がひときわ大きく響き、まさに最終段階に入ったところだった。

 晃が見守るその前で読経が終わると、法引は鋭い気合の声を発しながら数珠をかき鳴らし、ベッドの上に正座した博臣に向かって空中で印を切り結ぶ。

 直後、辺りに立ち込めていた瘴気がたちまちのうちに薄れていくのがわかった。

 しかし、法引の表情がさえない。結城も和海も、微妙な表情をしている。そのタイミングで、晃は声をかけた。

 「ひとまず、祓いの儀式は終わったようですね。とにかく、これを見てください」

 晃が袋の中から背中の裂けたジャージの上着を取り出すと、法引の顔色が明らかに変わった。結城や和海も、ひきつったような表情に変わっている。

 「まさかとは思ったのですが、やはりそうでしたか……」

 「和尚さんも、気づきましたか」

 晃はふと小さく息を吐くと、佳子に向かって告げる。

 「解き放たれた化け物は、狡猾な奴です。この一撃を加えたとき、博臣さんを殺してしまうことも出来た。それをせず、わざと逃がしたんです。それは、あなたの一族に深い恨みを抱いていたから。一族が住んでいる場所を突き止めるために、泳がせたんです。早く化け物をなんとかしないと、一族に不幸が相次ぎ、最終的には根絶やしにされてしまいますよ」

 佳子が目を剥いた。

 「なんですって!? ああ、せめておじいさんがもうちょっとまともに動けたら……」

 佳子のほうが、今の事態をもっと素直に、そして深刻に受け止めているようだ。

 そこへ、あたふたと紗季がやってくる。そして、晃に向かってさっきと同じことをまた問いかけようとした。

 「ちょっと、根絶やしって……」

 「紗季さん、落ち着きなさい。そこに座って」

 佳子が、紗季の手を取って、無理に座らせようとする。紗季はしばらく抵抗していたが、佳子の有無を言わさぬ強い眼差しに負け、その場に座った。

 その間に法引は、本人に断ってパジャマや肌着をめくって背中を露出させていた。

 「思っていたとおりですな。見えない“傷”がつけられていますよ。明らかに目印です」

 もちろん、“視え”ない人には何も見えない。実際、佳子や紗季には全く傷は見えていないようだった。

 だが、法引は無論のこと、晃にも結城にも和海にも、その傷が“視え”ていた。

 それは、ジャージの上着につけられていた傷跡と一致していた。

 「博臣さん、あなたは、おそらく化け物だろうという気配に出会ってから、神社には寄らずにまっすぐ自宅に帰ってきてしまったのですな?」

 法引の問いかけに、博臣はおずおずとうなずく。

 「……ええ。咄嗟に飛びのいて、それで大丈夫だと思ったものですから……」

 博臣が、今までそういう体験をしたことがない人物であることは、以前佳子から聞かされて知ってはいた法引は、きれいに剃られた頭を掻くと、仕方がないというように息を吐いた。

 せめて神社に寄って、祝詞のひとつも唱えていたのなら、ここまではっきり目印が残ることもなかっただろうが、今更言ってもどうしようもないことではあった。

 それは、この場にいた能力者である晃も結城も和海も同じ思いだった。

 「和尚さん、どうしますか?」

 結城が法引に問いかける。

 「……今のうちに、仮にでも結界を張っておいた方がいいでしょう。本格的なものでなくても、時間稼ぎにはなりますので」

 「結界というと、この家の中、ですか?」

 和海の言葉に、法引は首を横に振った。

 「いいえ、敷地全体を囲むように、です。隣の神社の敷地との間に、隙間がないように張るのが理想ですな。神社の敷地は聖域ですゆえ、化け物は立ち入ることはままならないでしょう。だからこそ、きちんと隙間なく囲うように張らねばなりません。神社の神主が、神主としての務めを果たさないわけにはいかないでしょうからな」

 目印をつけられた博臣は、一番に狙われる。だから、神社の聖域と結界で囲われた領域をつないで、化け物が近づけないようにして守ろうということなのだ。

 「博臣さんはそれでいいとして、他の人ですよね。どうしますか? まさか学校や買い物にも行けない、なんていうことになったらまずいですよ」

 和海が当然のことを質問する。それには晃が答えた。

 「化け物を寄せ付けないようなお守りを、身に着けてもらうしかないでしょう。ただ、結構執念深い化け物みたいなので、かなり強力な品でないと、きびしいかもしれませんね。僕が“視た”ところ、化け物の正体は<猫>のようなので」

 「化け猫ですか。それは……執念深いでしょうなあ。さて、お守り、ですか」

 溜め息混じりに、法引が高坂家の人々の顔を見回すが、お互い不安げに顔を見合わせるばかりで、化け物に対抗出来そうなお守りに、心当たりはないらしい。神社の関係者がそれはどうかと思うが、祀られた神の加護を充分に引き出せるほどの能力を博臣が持っていないことは、家族にとっては周知の事実なのだろう。

 とにかく、ざっとでいいので家族全員を紹介してほしいという流れになり、一同は、急激に熱は下がったものの自分の置かれた状況についていけなくなっている博臣を残し、佳子が暮らす棟のほうに戻った。

 戻る途中で、佳子が法引に話しかける。

 「西崎さん、そういえば、あの、イケメンっていうんですか、あの若い人。あの人、ずいぶんいろいろ“視え”る人みたいですけど、どういう人ですか?」

 「ああ、早見さんですか。あの人は、若いですがわたくしを超える能力者です。今回も、わたくし以上に力になってくれると思いますよ」

 それを聞いて、佳子は驚きの表情を浮かべた。

 「まさか。西崎さんより強い力を持つ能力者なんて、いるのですか!?」

 「わたくしなど、まだまだです。早見さんは、わたくしが知る限り、相当強力な力を持っておりますよ」

 言いながら、心の中で『本気を出せば、最強の霊能者』だと思ったが、法引はそれを口に出すことは決してなかった。


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