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ある異能者の備忘録  作者: 鷹沢綾乃
第五話 怨嗟の獣
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03.神主の家

 車が走り出したところで、晃は法引に尋ねる。

 「ところで和尚さん、今回和尚さんからの緊急依頼という話だったと聞きましたけど、どうしたんですか?」

 「実は、知り合いに神社の神主だった人がいるのですが、その人の話で、神社の裏手の丘に昔から化け物を封じたと言い伝えられていた石碑があったのだそうで……」

 その人の息子からの連絡で、その石碑に今朝、異変があったと知ったという。

 「今朝がた、地震がありましたでしょう、ここのところの長雨で、地盤が弱くなっていたらしく、石碑のあったあたりに地滑りが起きていて、様子を見に行ったら石碑が傾いていたそうなのですよ」

 しかも、その直後に異様な体験をしたという。

 「それで、わたくしのところに連絡が届いて、これはわたくし一人の手には余ると、皆さんのところに相談を持ち掛けた次第です」

 言いながら、法引はちらりと晃と、その肩の上に乗る笹丸のほうに視線をよこす。それに気づいた晃は、法引が本当に連絡したかったのは自分たちなのだと気が付いた。

 詳しいことは、実際に本人から聞いた方がいいだろうということで、車は法引の知り合いが元神主だという神社へと向かう。

 「それで、その元神主という人は、息子さんに神職を譲ったんですよね。まだ若いのででは?」

 和海が当然のように訊ねてくる。

 「まあ、わたくしよりは一回りは上の方ですが。でも、まだ六十代ですから、今の日本では、若いといえる部類でしょうな。しかし、四年ほど前に脳梗塞で倒れましてな、症状が重くて最新の血栓を溶かす薬とやらが使えず、重度の半身麻痺を抱えてしまいまして。今も、ひどい言語障害が残っているのですよ」

 それでやむなく、サラリーマンをしていた長男が急遽神職の資格を取り、後を継いだという。

 そういうわけで、まだまだ神職としてはそんなに長い経験を積んでいるわけではないその息子が、初めて異様な体験をした。そのせいで、本人が精神的にかなりショックを受けてしまっているらしいという。

 「わたくしのように仏に仕えるもの、そして神職のように神に仕えるものは、たとえ元々霊感などなかったとしても、長年修行の日々を送るうちに勘が鋭くなってくるものです。どうやら今の神主殿は、いきなりきつい体験してしまったらしいのですよ。詳しいことは、要領を得なくて電話口ではよくわからなかったのですが」

 電話口で説明できない状態では、本人に直接話を聞くしかない。

 途中から合流した晃は、改めて目的地や相手の神主の名前などを確認した。

 目的地の神社は『弥津葉(やつば)神社』といい、いわゆる“村の鎮守様”の典型のような神社であった。代々神職が居り、神社の裏手の丘にある石碑を見守り続けてきたことだけが、少し変わっているといえば変わっていた。

 かつての村で、代々神職を任され、今も神主をやっているのが高坂家であり、法引の知り合いが前の神主である高坂博興。現在六十八だが、脳梗塞の後遺症で言語障害と右半身麻痺が残り、日常生活にも介護が必要な状態であるという。

 現在の神主は長男の高坂博臣。三十七歳でサラリーマンからの転職。最近やっと神職が板についてきたと氏子からいわれるようになったそうで、今回の緊急調査の、いわば依頼人でもある。

 「わたくしが伝え聞いた話では、今から四百年余り前、そのあたりの村々を荒らしまわった化け物で、弥津葉神社の神主と、旅の行者が協力して石碑の下に封じ、それから代々神社の神主は、化け物が封じられた石碑を見守るのが役目となったのだとか」

 当時から二人がかりで、なおかつ倒すことができずに封じただけというのだから、よほど強力な化け物だったのだろう。

 そうして情報共有をする間に、車は依頼人の住む町へと到着していた。

 町へ着いてしまえば、神社まではすぐである。

 車は、隣にこんもりとした“鎮守の森”が息づく場所にある、神主一家の住む家の敷地内に停車した。周辺がすでにかなり都市化されているだけに、そこだけが目立った。

 全員で車を降り、一応面識がある法引がインターホンを押した。

 中から出てきたのは、六十代前後に見える女性だった。法引とは顔見知りのようで、顔を見た途端、わずかに安堵したような笑みがこぼれる。

 「ああ、西崎さん、よくいらっしゃいました」

 「高坂さん、今回は、ご子息が危うい体験をしたとお聞ききしましたが?」

 「ええ、そうなんですよ……」

 女性は表情を曇らせる。彼女が、前の神主の妻で、今の神主の母親でもある佳子だった。

 「どうかお上がりください。今、息子のところへ案内します」

 佳子は、皆を家の中へ招き入れた。

 四人が案内されたのは、短い渡り廊下でつながった、息子夫婦が住む隣の棟だった。

 「博臣、西崎さんだよ。あと、西崎さんのお知り合いの霊能者さんも来てくださったから」

 渡り廊下の突き当りのドアを軽くノックすると、佳子はドアを開け、中にはいる。すると中から、三十代半ばの女性が現れた。

 「お義母(かあ)さん、今、博臣さん、急に熱が出て、寝込んでしまったんです。だから、いくらお客様だといっても、会わせるのはちょっと……」

 聞けば、彼女が現神主である博臣の妻、紗季だった。

 「熱が出たのですか? それはかえって捨て置けませんな。怪異に出会った直後に発熱したとなると、怪異を引き起こしたものの瘴気に当てられた結果、そういう状態に陥ったということが考えられます。確認させてくださいませんかな?」

 法引が真顔で問いかけると、紗季は戸惑いを隠せない表情で佳子に視線を向けるが、佳子は強い口調で告げる。

 「西崎さんは、おじいさんの知り合いで、強い術者よ。西崎さんにお見せなさい」

 本来神社の神主ならば、自ら祓いの儀式などを司り、怪異に立ち向かう人であるべきである。だが、そういう能力などを持たない、ただ古来からの儀式を司っているだけの神主というものも、少なからずいる。博臣は、残念ながら今のところ、そちらのタイプであったのだ。

 佳子は、そのことを十分承知していた。

 紗季は不承不承にうなずくと、四人を博臣のもとに案内した。

 紗季の態度からして、彼女はそういった心霊的な事柄を信じていないタイプの人間のようだった。ただ今回は、自分の夫がその当事者になってしまったのと、どうやらそれ以外に何かあったらしく、佳子が連れてきた“霊能者を自称する連中”を仕方なく受け入れた、ということらしい。

 しかし、当の四人はわずか数歩、中に足を踏み入れただけで、嫌な気配を感じ始めていた。それは、明らかな瘴気だ。

 「……これ、瘴気ですよね。やはり、何らかの処置をする必要がありますよね?」

 晃が真顔になってつぶやくと、法引もうなずく。

 「そのようですな。それをしなければ、かなり危険な状況に陥るかもしれません。まだ本人の姿が見えていないのに、ここまで感じるとは、相当強い瘴気に当てられたようですな……」

 結城と和海が顔を見合わせる。

 「それって、かなりまずくないですか?」

 思わず和海が法引に問いかける。

 「そうですな、あまりいい状況とは言えないでしょうな」

 「ちょっと、さっきから何を言っているんですか、あなたたちは!? 瘴気だとか、何だとか。わけのわからないことを言わないで下さいよ」

 紗季が、いらいらしたような顔で四人を振り返る。感じることができなければ当たり前だが、体調を崩した夫のもとに連れて行くというのに、いきなり理解できない会話が始まって、苛立ったに違いない。

 「紗季さん、言ったでしょう。この人たちは、霊能者。おじいさんより、ずっと強力な力を持つ人たちよ。その人たちが何か感じたということは、何か良くないことが起きているということ。落ち着いてご案内しなさい」

 佳子が、静かに諫めた。紗季は不服そうな表情を隠そうともしないまま、それでも家の中を歩いていく。


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