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ある異能者の備忘録  作者: 鷹沢綾乃
第一話 凍れる願い
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10.晃の力

 喫茶店の一角で、四人は顔を合わせ、自己紹介をした。

 結城の後輩だという工藤裕泰警部補は、地味なグレーのスーツ姿で、特にこれといった特徴もない中年男性だった。しかし、眼光の特有の鋭さが、警察官であることをうかがわせる。

 「……しかし、私にはどうしても納得が行かんのですよ。何でこんなことが……」

 溜め息をつく工藤の隣に晃が座り、工藤の正面に結城、その隣に和海がいる。

 テーブルの上は、各自が注文した飲み物のほかに、資料を綴じたファイルが積み重なって、雑然としている状態だった。

 工藤は、今回の詳しい経緯を話しながら、信じられないとでもいうように何度も首をひねった。

 死因は急性心不全。しかし、心臓に凍結したようなダメージが入っており、それが原因で心不全を起こしたのだろうと推測されるという。

 「遺体で発見された男性は、自宅の居間でパジャマ姿で発見されました。どうやら、風呂あがりだったようで、死亡推定時刻は、午後十時から午前一時の間。亡くなったと思われる日の翌日、偶然訪ねてきた友人によって発見されています」

 特に病歴なしの健康体で、亡くなった当日の午後八時半頃、同じマンションの住人に、帰宅する姿を目撃されていたという。

 「司法解剖の結果は、極度の寒さによる急性心不全。ただし、冷気による損傷が見られたのは心臓のみ、という状態です。……こんなこと、あり得ないでしょう。しかも、一度や二度ではない、これで五人目だ……」

 資料を読み上げていた工藤が、途方に暮れたような顔で結城を見つめる。結城は大きく息を吐き、話し始めた。

 「前に相談されたときにも言ったが、この世の中には、科学では割り切れないことも起こる。実はな、この五人のうちのひとりの遺族から、『真相究明』をすでに依頼されているんだ。ここで言う真相究明とは、科学的な理屈の話ではない。はっきり言えば、『心霊事件としての真相究明』だ」

 結城にそういわれ、困惑の色を隠せない工藤に向かって、今度は晃が口を開いた。

 「工藤警部補。今回の一連の事件は、警察が手の出せる事件ではありません。すべては悪霊の所業です。この悪霊は冷気を操り、人の心臓から温もりを奪って死に至らしめるのです。警察の方に、犠牲者を出さないためには、今回のものも含め、すべてただの病死として、捜査を終了してください。これ以上関わるのは、決して賢明なことではありません」

 工藤は、困惑を通り越して呆気に取られた表情になる。直後、どこか哀れみとも見える顔でこういった。

 「……いきなり何を言い出すんだ、君は。悪霊が祟るというならともかく、生きている人間を直接死に追いやったとでも言うのか、馬鹿馬鹿しい」

 「いや、待ってくれ」

 結城が口を挟んだ。

 「彼は、物凄く能力の高い霊能者でな、彼が感じるものは、普通の人とはまったく違うのだ」

 さらに、和海も口を添える。

 「晃くんの先程の言葉は、実はわたしたちの共通見解でもあります。わたしたちは皆、霊能力を持っていますが、中でも晃くんは飛

びぬけて高い能力なんです。だから、能力のない人から見ると、考え方がちょっと変わってみえるかも知れませんが、とてもいい子ですから」

 工藤は、胡散臭そうに隣に座る晃の顔を覗き見る。今までの話を信用していないのは、目に見えていた。

 「工藤、にわかには信じられんのも無理はない。だがな、私が現役警察官時代にもすでに、いわゆる霊感があったということは、お前も知っているはずだろう。だからこそ、今回私に相談してきた。そうなんだろ。だったら、もう少し話を聞いてくれ」

 言いながら、結城は一連の調査資料を工藤に示した。

 「取りあえずこれを読んで、感想を聞かせてくれ。今のところの我々の調査結果だ」

 工藤は、まだどこか納得していない表情ながら、資料に目を通し始めた。始めは冷静に目を通していたが、そのうち眉をひそめ始め、最後には溜め息交じりに資料を返した。

 「……結城さん、今回の一連の事件は、八月のヤマで殺されたガイシャが悪霊になって、ホシを含めた何人もの男を殺したのだと、そう言いたいんですか。まったく……」

 工藤は、とても信用できないと言いたげな顔で、結城をじっと見る。結城は苦笑した。

 「いきなり信じろといっても無理だということぐらいわかるから、ひとまず聞くだけ聞いてくれ」

 結城は、改めてまじめな顔になって、工藤に向かって口を開く。

 「この資料に書かれたことは、すべて事実なんだ。事実だけが書かれた資料を読んで、お前さんが組み立てた“話”は我々が推理した事件の真相と同じものだ。それはつまり、“誰が読んでもそう考えるしかない”事実が集まっていることになりはしないか」

 「恣意的に並べれば、いくらでも作れるでしょう」

 「……お前、疑り深いのは昔から変わらんな。まあ、そういうやつが組織にひとりはいないと、修正役がいなくなるからちょうどいいんだが」

 結城が頭を掻いていると、晃が再び口を開く。

 「どうしたら信じてもらえますか、工藤警部補」

 工藤は、晃の顔をしばらく見つめていたが、やがてこんなことを言い出した。

 「そうだな。君は確か、霊能者だといったな。ここで何か、能力を見せてくれ。それに納得出来たら、信じよう」

 工藤は、テレビなどでよく見る霊能者と呼ばれる人々が、胡散臭くて仕方がないのだと言った。

 たとえば、霊視と称して誰かの実家のことを見てきたかのように言うものがいたが、事前に対象者を秘密裏に調査していないという保証は何もない。今ここにいる結城たちとて、疑わしいという意味では例外ではない。

 だったらここで、自分の目の前で何か現象を起こしてもらい、自分がそれに納得出来れば、今までの話も信じようというのだ。

 「霊感程度ならまだしも、テレビに出てくるような連中は、あまりにもあからさまに見えるだの何のと言いすぎる。実際、テレビのその手の番組で、私には遠くに止まっていた車のライトにしか見えなかった明かりを、『人魂』だとほざいたのもいたからな」

 工藤は、改めて晃の顔を覗き込んだ。

 「だから、君の能力を見せてもらうことで、今回の“事件”の信憑性を図ろうというわけだ。どうかな」

 晃は苦笑交じりの溜め息をつきながらも、静かにうなずいた。

 「……わかりました。僕は、遠隔透視能力はほとんどないので、違うものをお見せします。本当は、あまり人前では使いたくないのですが……」

 晃は、右手でペーパーナプキンを一枚取りだすと、それを工藤の前に置いた。そして、それを見つめると、ナプキンが垂直に十センチほど浮き上がる。

 驚く工藤の目の前で、ナプキンは見えない手で引き裂かれるように真っ二つになり、さらに空中で紙縒りのようにねじられ、ひとつは工藤のコーヒーカップの皿の部分に落ち、もうひとつは差し出した晃の右掌の上に、カーブを描いて落ちた。

 「……これは、『念動』とも『サイコキネシス』とも呼ばれる力です。これで、ポルターガイストを引き起こすことも可能なのですが、僕自身極力抑えているので、騒ぎになるようなことを引き起こしたことはありません」

 晃の言葉に、工藤はただ茫然としていた。にわかには信じられないものを見た、という顔だった。

 「……まさか、よく出来た手品じゃないだろうな……」

 理解出来ない現象に出くわしたものが、自分の知識の中で何とか処理しようとして絞り出したように思える声だった。

 「……まだ疑いますか。ならば、あなたの嘘を見破って差し上げましょう。何か話してみてください。それをあなたが本当だと思っているか、嘘だと思っているか、当てて見せます。自分の心に嘘をつける人間はいませんから」

 工藤も真顔になって、わかったと言った。

 それからしばらく、工藤と晃のやり取りが続いたが、工藤が何か言うたびに、晃は“本当”もしくは“嘘”と断言していく。

 そのうち突然、工藤がもうやめてくれと言い出した。晃を見るその眼差しは、何か恐ろしいものでも見ているかのようだった。

 「……何故わかるんだ。何故、私の心が読めるんだ。一体、君は……」

 その光景を見ながら、結城がポツリとつぶやいた。

 「……まるで、昔話に出てくる妖怪“サトリ”だな……」

 それが聞こえたのだろう、晃は苦笑とも困っているとも見える表情でこう言った。

 「……所長、“サトリ”ほどすごい力じゃないですよ。嘘かどうかがわかるだけなんですから」

 大きく息を吐き、ミルクをたっぷり入れたコーヒーに口をつける晃に、工藤が吹きだした冷や汗を拭いながら問いかける。

 「嘘かどうかがわかるだけでも、たいしたものだ。それは、生まれつきの力なのか」

 「いいえ、違います。子供の頃から、“視える”性質(たち)でしたけど、すべては三年前の交通事故で危うく命を落としかけてからです」

 工藤は、しばらく晃を眺め回していたが、やがてうなずいた。

 「……細かい仕草の違和感で、左腕が義手、左眼が義眼だと気づいてはいたんだが、なるほど、そのときに……」

 工藤は何気ない動作でタバコを取り出し、吸ってもいいかと尋ねた。

 晃は、すまなさそうに首を横に振った。

 「申し訳ないのですが、タバコは遠慮していただきたいのです。僕は事故のとき、内臓、特に左肺をひどく損傷してしまって。ある程度は回復したのですが、今でも肺活量は同年代の普通の人に比べて低いのです。しかも、事故のときにいろいろ薬を使ったせいなのか、ある種過敏症みたいなものもあるのです」

 晃は、工藤の手元を見つめる。

 「過敏症の中でも、タバコは特にてきめんで、煙をまともに吸い込んだら、ひどいときには重度の喘息発作のような状態になってしまいます。前に、それで気を失って救急車で運ばれたこともあるくらいなので……」

 晃の言葉に、工藤は気まずそうにタバコを胸ポケットしまうと、吸うのはあとにしようつぶやいた。

 「すまんな工藤。どうせなら禁煙席が取れれば、はっきりそうとわかってよかったんだが、空いてなかったものでな。それでも、早見くんの体質もあるから、空気清浄機の傍で、他のテーブルの煙が流れてきにくい席を選んでもらったんだ」

 結城が、両手を合わせて拝むような仕草をしながら、工藤に謝った。

 「まあ、仕方がないですよ。しかし……」

 工藤はふと何か思い至ったらしく、改めて晃の顔を凝視した。晃がそれに気づき、怪訝な表情になる。

 「あの、僕の顔に何か……ついていますか」

 「いや、そういうわけではないんだが……君は確か、『早見 晃』という名前だったな。突然で申し訳ないが、君のお父さんは、なんと言う名前かな」

 晃は何かに気づいたか、言いづらそうにしていたが、やがて聞き取りにくい小さな声で、『早見正男』と告げた。結城や和海は、晃が何故そういう態度を取るのかがわからず、首をかしげる。

 けれど工藤は、その名前を聞くと、納得したようにうなずいた。

 「やはりそうか……。さっきから、何かずっと引っかかっていたんだが。君は、本庁の早見警部の息子さんだな」

 それを聞き、結城や和海が、驚きのあまり目を剥いた。

 「ちょっと待って。晃くんのお父さんって、警察官だったの」

 「私も初耳だ」

 二人の様子に、今度は工藤のほうが驚きの色を隠せなくなった。

 「なんだ、聞いていなかったんですか。まあ、結城さんはやめてからしばらく経つから、早見警部のことを直接知らなくても仕方がないけれど……」

 工藤の話によると、用事で何度か本庁に行ったとき、早見警部と知り合いになったという。休憩時間に話をしたが、その際に『ひとり息子が交通事故で重傷を負い、障害の残る体になってしまった』と聞いたという。

 「そのときに聞いた話と、さっきの君の打ち明け話で、そうじゃないかと思ったんだ。噂に聞いていた容貌とも一致するしね。しかし、アルバイト先にも親のことを詳しく話していないというのは、何かあったか?」

 工藤に問いかけられ、晃は諦めたように話し始めた。

 「……はい。隠していたつもりではなかったのですが、自分から言いたくなかったのもあって、訊かれないのをいいことに、話すことなくきてしまいました。おっしゃるとおり、僕の父は本庁で警部をしています」

 晃の声は、いつになく聞き取りにくかった。あまり、話したくないことなのだろう。

 「窃盗事件を専門に担当していると聞きました。ただ、僕自身は父の仕事に直接興味はなかったので、詳しいことは聞いていません」

 晃の表情は、いくぶん硬かった。

 ただ、その硬さが何を意味するのか今ひとつわからないまま、工藤はさらに問いかけた。

 「それで、言いたくなければ言わなくてもいいが、何で仕事先の人たちにも、親のことを打ち明けなかったんだ。別に隠すことではないだろう」

 晃は一瞬口ごもり、それからとつとつと話し出した。

 「……僕は、子供の頃から親に心を傷つけられてきました。両親とも、親としては悪い親ではないのですが、霊感や心霊現象といったものを全く信じない人で、僕が感じたことや、僕の思いなど、全く無視され続けました」

 晃は、うつむき加減で言葉を続ける。

 「特に父はそれが極端で、“霊が視える”と言ったばかりに父に病院に連れて行かれたことは、一度や二度ではありません……」

 幾度となく自分の能力を否定され続けた晃は、いつしか親にも本音を打ち明けなくなった。そして、今の探偵事務所の仕事の内容も、親には伝えていないと言った。

 どういう仕事をしているのかを知れば、自分の親は間違いなく事務所の人々のことを詐欺師呼ばわりし、『詐欺師の片棒など担ぐな』などと言い出すに決まっているから、と……

 だから、自分は親のこと、特に父親のことを、打ち明ける気にならなかった。自分で自分の親のことを、罵ってしまいそうで。

 不意に晃は顔を上げ、工藤の顔をまっすぐに見つめた。

 「工藤警部補。もし、父と会ったとしても、僕がしている仕事のことは、決して言わないでください。僕はやっと、自分の力を必要とする人に出会ったのです。その人たちを、わからずやの親に侮辱されたくない。お願いします……」

 晃の眼差しは真剣だった。その眼差しに、工藤は気圧された。そのまま何も言えずにうなずくと、晃の肩をいたわるように軽く叩いた。

 (いい人じゃないか、この工藤っていう警部補さん。さっきの嘘見破りじゃあ、ちょっと脅かしすぎたけど)

 (少なくとも、僕に能力があることを認めて、それを受け入れてくれたんだものね。それがうれしいよ……)

 そこへ工藤が問いかけてくる。

 「そういえば、この霊能力は、ご両親には見せたのかい。ここまではっきりとした能力があるのなら、いくら信じないといっても考え直すんじゃないのかね。正直私は、霊能力だとか、超常の力などというのは半信半疑だったが、あれを見せられて『なるほど、こういう力も実在するのだ』と納得したんだが」

 皆がそう考えるのも当然だったが、晃にははっきりとしたある確信があった。

 「いいえ、受け入れないでしょう。僕の両親はそういう人です。まずは、種も仕掛けもあるマジックだという。たとえマジックのトリックが仕掛けられない状況であっても、そうだと言い張る。特に父がそう言い張るのは、目に見えています。あの人にはあの人のアイデンティティがある。息子の霊能力を、ひいては心霊現象を認めてしまったら、それが崩壊しかねません。絶対に認めないはずです。能力を認める代わりに、僕を病院に連れて行くでしょう」

 晃があまりにもはっきりと言うので、その場にいた三人は揃って困惑した。

 「前々から、『両親はそういうことを信じない人だ』とは聞いていたけど、そこまで頑ななの。自分の目で見たとしても、やっぱり信じないの」

 和海の声は、どこかに憤りが込められていた。

 晃が無言のままうなずく。それが、余計にやりきれなさを助長した。

 「僕の両親は、そういう人です。子供の頃から、“霊が視える”というたびに、病院へ連れて行かれて精密検査や心理テストなどを受けさせられましたから」

 晃が、再び言い切った。

 三人が押し黙る。しばらくのあいだ、誰も口を利かなかった。

 両親のことを話す晃の瞳の中に、両親への明らかな不信感が漂っているのに、三人とも気づいてしまったせいだ。

 「……まあ、その、なんだ、今回の件、もう少し詳しく検討しようや、なあ、工藤」

 気まずい沈黙に耐えかねたように、結城がわざと口調を変えて話しかけた。

 それを誰もが待っていたかのように、その場の重苦しい空気が動き出す。工藤が持ち込んだ資料を、三人でもう一度じっくりと読み直した。工藤もまた、結城たちから示された資料を再度確認する。

 そのときだった。

 「おかしい。この人は、今までのパターンに当てはまりません」

 不意に、晃が愕然とした様子で告げた。なぜかと問いただす結城に、晃は言った。

 「この人は、亡くなる前日まで、出張で自宅を一週間留守にしています。この人の住所を考えると、自宅と最寄り駅を結んだ線上には、例の斎場はありません」

 晃が、結城や和海の顔を見ながら真顔になる。

 「つまりこの人は、発見される日から遡って一週間以上前から、斎場の前は通りかからなかったということになります」

 「……ということは」

 和海が、恐る恐る問いかける。晃はうなずいた。

 「これは、今までのパターンからは逸脱しています」

 晃の指摘に、結城も和海も言葉を失って考え込んだ。

 この“逸脱”が何を意味するのか、あまり想像したくはなかった。

 しかし、事態が動いたからには、こちらも動かなければならないだろうということは、誰もわかっていた。

 (また、一から調べ直しかな、遼さん)

 (そうなるかな。だが、状況が変化する前と後で、何か違いがあれば、そこを糸口に出来るはずだ。それに、また現場で調べてみてもいい。依頼人がここにいることだし、一番新しい現場を調べてみるのも必要だと思うぞ)

 遼の言葉に内心うなずいた晃が、口を開こうとしたとき、結城が先に話を始めた。

 「考え込んでいても仕方がない。もう一度斎場へ行って、この間調べたときと比べて変わったことがないか確認するのと、今回の現場へいって調べるのを同時進行でやろう。私は斎場のほうへ行く。小田切くんと早見くんは、現場のほうへ行ってくれ」

 (さすが、同じことに思い至ったか。伊達にサツにいたわけじゃないな)

 (それはいいんだけど、遼さんも推理マニアだよね。さすがに本格推理系のミステリーが好きだったというだけのことはある)

 (古い話を蒸し返すなよ)

 遼の声は、明らかに苦笑していた。

 一方結城は、晃の様子には気づかずにさらに言葉を続けた。

 「工藤、もう現場には入れるようになっているんだよな。警察としては、特に進入禁止措置は取ってはいないな」

 「当たり前じゃないですか。表向きは明らかな病死なんだから」

 工藤は苦笑したあと、急に真顔になって付け加える。

 「ただ、あまり派手なことはやらんでくださいよ。触法行為があったら、いくら先輩でも場合によっては逮捕状取りますからね」

 「そのくらいはわかってる」

 釘を刺してきた工藤を、苦笑交じりに睨みつけながら、結城が自分の胸を叩いた。

 それから後は、依頼人である工藤警部補との契約交渉だった。

 和海が交渉に入り、しばらくやり取りがあったのち、まとまった。

 「もうここまで来たら、先輩に全面的にお任せしますよ。私が署内で疑問を持っている連中を抑えておきますから、自由に調べてください。それに我々では、『被疑者死亡のまま書類送検』で決着した事件がすべての発端だったとしても、またほじくり返すわけには行きませんしね」

 三人はうなずき、工藤と結城が握手を交わした。

 「それじゃ所長、さっそく現場に行きましょうか。下見ぐらいは、今の時間からでも十分出来ます」

 和海が、スマホで時間を確認した。あと十五分ほどで四時になるところだった。

 「私も、これ以上長居をすると上司に睨まれそうなので、そろそろ署に戻りますよ」

 工藤の言葉がきっかけになり、四人は席を立ち、レジへと向かった。


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