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7番目のシャルル、狂った王国にうまれて【少年期編完結】〜百年戦争に勝利したフランス王は少年時代を回顧する〜  作者: しんの(C.Clarté)
第七章〈王太子の都落ち〉編

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7.5 キレやすい用心棒(1)

 セーヌ川南岸のさらに先——パリのマレ地区といえば、この物語を読んでいる読者諸氏はセレブ御用達のエレガントな街を思い浮かべるだろうか。

 意外に思うかもしれないが、もとは沼地と農地が点在している陰気な地域だ。

 パリの中心部から離れていて人気のない郊外だったから、沼のほとりに身元不明の死体が打ち捨てられることも多かった。

 言い伝えによると、ある聖職者が哀れな(むくろ)をひとつひとつ拾い上げて、追悼の祈りを捧げながら整理した。


 人目に触れぬように、古い採石トンネルや洞窟の中に納骨堂ができあがり、のちにカタコンブ・ド・パリと呼ばれる地下墓地が生まれた。


 私たちはそこで一度馬車を止めた。

 供連れはシャステルひとりだと思っていたが、促されて馬車から降りると、見知らぬ男が腕組みして待っていた。


「やっと連れてきたか。おーおー、まだガキじゃねぇか」


 一礼するどころか挨拶ひとつなく、いきなりガキと毒づかれて私は面食らった。いままで山賊に会ったことはないが、第一印象はまさにそれだ。

 すかさずシャステルが「控えよ!」とたしなめた。


「口を慎め。こちらの若君は、我々がお守りする主君である」

「このクソガキが? マジか!」

「だまれ」


 ふたりのやや乱暴な会話を聞きながら、私も思い出していた。


「もしかして、シャステルが言っていたサンチョってこの人?」


 悪気も皮肉も嫌味も含みもなかったが、私の言葉はなぜか男の神経を刺激したようだった。


「あぁッ?! 誰がサンチョだ、ゴルァッ!!」

「ご、ごめんなさい!」


 とっさに謝ってしまった。

 いったい何が彼の逆鱗に触れたのかまったく分からない。


「俺様の名はサンチョじゃねぇ。エティエンヌさんだ」

「エティエンヌさん」

「誰がエティエンヌさんだ、ゴルァッ!!」

「ひっ……!」


 生まれてこのかた、出会ったことのない人種だ。

 訳がわからない。ひたすら怖い。


「エティエンヌさんっつーガラじゃねぇのは見れば分かるだろうが! 俺様のことはライルと呼べ!!」


 そんなの知らない! 聞いてない! と思ったが、下手に返事をするとますます怒られる気がして、私はこくこくとうなずいた。

 畳み掛けるように、ライルの脳天にシャステルのげんこつが炸裂した。


「いてぇ!!」

「無礼者め、つけあがるのもいい加減にしろ!」

「おい、シャステルのおっさん! ガントレットつけたコブシで殴るのは反則だぜ!」

「知るか、非常時でなければ切り捨てているところだ!」


 ライルはシャステルをおっさんと呼び、そのシャステルおじさんは金属製のガントレットを装備した硬いこぶしでライルをぶん殴った。

 見知らぬ男のことよりも護衛隊長シャステルの手荒な振る舞いを目撃して、私は目を丸くした。

 ジャンの鍛錬なら見慣れていたし、馬上槍試合(トーナメント)を観戦してそれなりに楽しんだが、人を怒鳴ったり殴りつける光景を見たのは初めてだった。


「見苦しい姿をお見せして申し訳ありません」


 シャステルはすぐに落ち着いた口調で取り繕ったが、もう遅い。

 検問の兵との不正な取り引き、そしてライルとの乱暴な掛け合いから、本性は意外と荒っぽいことがわかった。

 法と礼節をねじ曲げることを厭わないタイプだ。


「ライルは二つ名で、本名はエティエンヌ・ド・ヴィニョル。道案内と用心棒を兼ねて雇った傭兵崩れです」

「本名は馴染みがねぇんだ。ライルで頼むぜ!」


 幸い、ふたりの間に遺恨はないようでほっとした。

 ラ・イルとは、憤怒という意味だ。

 なるほど、キレやすい男にふさわしい二つ名である。


「ご覧の通り、態度は最悪ですが腕っぷしは保証します」


 男がまともな自己紹介をしないので、代わりにシャステルが皮肉たっぷりに紹介してくれた。


「あぁッ?! おっさん、けんか売ってんのか!」

「事実を言ったまでだ」

「おう、任せろ!」


 ライルは短気ですぐに突っかかってくるが、悪意はなさそうだった。

 故郷ガスコーニュでは向かうところ敵なし。

 ライルは騎士になって一旗揚げようと思い立ち、パリへ上京した。

 先だってのトーナメントに出場して好成績を収めたが、乱暴な態度と口調が災いしたのだろう。雇い主はひとりもあらわれなかった。

 シャステルは一部始終を観察しながら考えた。

 ライルを王太子専属の護衛として採用することはできないが、このまま手放すには惜しい人材だと判断し、子飼いの傭兵として城下に留めた。


「能力は高いが、態度がきわめて悪い。例えるなら、しつけのできていない暴れ馬みたいなものです。うまく調教できれば後日採用、見込み違いなら放牧しようと考えていました」


 ライルは、暴れ馬というあだ名が気に入ったのかげらげらと笑っていた。

 私もはじめは苦笑していたが、シャステルの真意に気づくともう笑えなかった。


「不謹慎ですが、今となってはライルを手元にとどめて良かったと思っています。非常時は、非公式な傭兵の方が扱いやすいですから」


 ライルは深く考えていないようだった。

 それどころか、シャステルの話を自分への期待だと解釈してご機嫌だった。


「ガハハハ、俺様は期待されてるみたいだな! そりゃそうよ、名門貴族出身の騎士サマと違ってヤワじゃねえからな!」

「ああ、期待しているとも。くれぐれも裏切るなよ」

「おう、任せろ!」


 シャステルは口角を上げて薄い笑みを浮かべながらライルの肩を叩き、ライルは豪快に自分の胸を叩いた。

 このとき、私はどんな顔をしていたのだろう。


 私たち王侯貴族は独特の会話術を駆使する。

 含みをもたせた言葉の端々から真意を汲み取れるかどうか、知性と品格を試される。

 理解できなければ見下され、貶められ、切り捨てられる。


 ライルは正式に採用された騎士ではない。

 非常時に臨時で雇われた傭兵——いわば非正規雇用の用心棒だ。

 不要になったとき、あるいは邪魔になった場合、シャステルはライルを躊躇なく切り捨てるだろう。命もろとも。

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