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7番目のシャルル、狂った王国にうまれて【少年期編完結】〜百年戦争に勝利したフランス王は少年時代を回顧する〜  作者: しんの(C.Clarté)
第七章〈王太子の都落ち〉編

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7.4 パリ脱出(3)王太子を知るもの

 ブルゴーニュ派が敷いた検問をやり過ごし、ぶじに通過できると安堵したのもつかの間。


「おいおい、欲張りは感心しないなぁ。まだ何か気になることがあるのか?」


 御者に扮したシャステルはあいかわらず飄々としていたが、その口ぶりは緊張を孕んでいるように聞こえた。


「いや、シャロレー伯が来たようだ」


 検問の兵は、私たちの緊張などおかまいなしで、「まずい、どこかに酒とパンを隠さないと!」などと能天気に慌てている。

 だが、その名は私を戦慄させた。おそらくシャステルも。


「シャロレー伯だと?」

「知らないのか? ブルゴーニュ公のご子息にしてご嫡男だぞ。あんたんトコの坊ちゃんよりもはるかに偉い御方だ」


 もちろん、シャステルとて知らないはずがない。

 シャロレー伯フィリップとは、私が王太子になったときに一度だけ会っている。

 私はブルゴーニュ公とは面識がないが、シャロレー伯には顔を知られている。


「あっちを先に通すから、少し待ってくれ」


 検問の兵はのんきにも、私たちの馬車を脇に寄せるようにとシャステルに指示した。

 シャロレー伯を通すために道を開けなければならない。

 

「……ああ、お安い御用だ」

「へへ、悪いな」


 シャステルは素直に従った。

 こちらの素性がばれる前に強行突破するにしても、検問の兵数人ならともかく、シャロレー伯とその護衛や側近を相手に立ち回るのは分が悪すぎる。できれば穏便に済ませたい。

 馬蹄の音が近づいてきた。

 馬車ではなく、供を連れ立った隊列のようだ。


「ご足労ありがとうございます。王宮でリラダン隊長がお待ちかねです!」


 検問の兵はきびきびと挨拶をした。

 さきほどまで不正な賄賂を受け取っていたとは思えない豹変ぶりだ。

 私は馬車内で息をひそめながら、さまざまな考えごとをしていた。


(なぜシャロレー伯がここに?)


 私が王太子(ドーファン)になって1年と少し。

 物心がついてからずっと宮廷と縁がなかったため、現・王太子の顔を知る者は少ない。

 シャロレー伯フィリップは、ブルゴーニュ派の要人でありながら私と対面した数少ない人物だ。


(王太子が本人かどうか確認するために来たのかもしれない)


 パリを襲撃したブルゴーニュ派の指揮官リラダンは私の人相を知らない。

 だが、シャロレー伯が王太子と対面したら一目でばれてしまう。

 身代わりのジャンは用済みとなり、すぐに追っ手が放たれるだろう。


(私のゆくえを聞き出すために、拷問されたりしないだろうか)


 外からシャロレー伯一行と検問の兵が挨拶を交わしている声が聞こえる。

 会話の内容までは分からない。


 私は幼いころからジャンの性格をよく知っている。

 まだ騎士ではないが、一介の兵よりもよほど騎士道精神を重んじている。

 何より、父の仇でもある無怖公を憎んでいる。

 だから、ブルゴーニュ派が有利になる情報を絶対に流さないだろう。

 決定的にばれるまで王太子の振りを演じ続け、ばれた後もきっと本物のゆくえを教えたりしない。

 だが、強情を張るほどに取り調べは厳しくなり、拷問は苛烈を極めるに違いない。


 馬車の横を、馬蹄の音が小気味よく通り過ぎていく。

 彼らから馬車の中は見えない。

 小さな馬車だから、まったく気に留めていないかもしれない。


(シャロレー伯を王宮へ行かせたくない。ここで足止めしたい)


 ジャンの身を案じるあまり、そんな思いに駆られた。


(ブルゴーニュ派は私を探しているのだから、ここで名乗りを上げれば)


 私は馬車の扉に手をかけようとした。

 鍵を外して馬車を飛び出し、シャロレー伯に声をかければいい。

 彼は私の正体に気づくだろう。それで終わりだ。


(だ、だめだ!)


 私は扉を開けようとした手を止めた。震えている。

 脱出前、シャステルに言い聞かされた。

 宰相、重臣、護衛、騎士。彼らの代わりはいくらでもいる。

 だが、王と王太子がともにブルゴーニュ公の手に落ちたら代わりはいないのだと。


(こんなことをしたら、ジャンやシャステルの努力と献身が水の泡になってしまう)


 震える手をどこかに引っ掛けて音を立ててしまわないように、そろそろと引き戻した。

 胸元まで引き寄せるともう片方の手で抑え込むように握りしめた。

 まもなく震えは止まり、ほっと溜息がもれた。


 馬蹄の音は遠ざかり、辺りに静寂が広がった。


 同時に、私の胸に苦い感情が広がった。

 後悔と罪悪感がないまぜになったようなこの思いは、本当にジャンを助けたい一心なのか。

 それとも、ただの自己保身の言い訳にすぎないのだろうか。


(最低だ……)


 握りしめた両手は、祈りの形のように私の膝上にある。

 臆病で小心者で、悩んでばかりで何もできなくて、いつも誰ひとり救えない。

 この苦悩さえ浅ましい。


 検問の兵はシャロレー伯一行を見送ると、シャステルと二言三言ほど話し、私を乗せた馬車はようやく出発した。

 ぶじにパリを脱出し、流血沙汰にもならなかったのに、私の心は晴れなかった。

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