6.10 トーナメント観戦(1)
馬上槍試合の試合後、クレルモン伯は意中のご令嬢をあわよくば押し倒そうと企んでいるらしい。
彼は外見こそ派手好みだが、女性に無理を強いる人柄ではないから心配していない。
恋のゆくえを興味津々で……、いや興味本位のノゾキ趣味は良くないな。
恋が成就するようにと微笑ましく見守っている。
その一方で、私は——
14歳まで宮廷から隔離されていた。
権謀術数とは縁がなく、修道院とアンジューで純粋培養されたいたいけな少年だった。
はたから見れば不遇な王子だったかもしれないが不幸ではなかった。
孤独を抱えながらも、思いのまま自由に生きていた。
夜が更けて晩餐会の高ぶりが冷めるにつれて、幼くて純朴な私には、詩人アラン・シャルティエに指摘された「結婚と下半身の話」はとてもショッキングに感じられた。
(クレルモン伯とは2歳しか違わないのに)
悶々と眠れない一夜を過ごし、ついにトーナメント当日を迎えた。
したくを整えて控え室で待っている間、いつにも増して多数の客人が訪れた。
「王太子殿下、わが娘をご紹介申し上げます」
「きめ細かい肌、絹のごとき髪。フランス王国一番の美女と自負しております」
「ぜひ、わが妹をおそばに!」
「美しい声でしょう。歌声はさらに格別です。ぜひ歌姫として召し抱えていただけたら」
どうやら、晩餐会の雑談に聞き耳を立てていた者がいたようだ。
私は何人もの貴族からご令嬢を紹介された。
王太子が気に入ったならいつでも望みのままにしていいと。
もしくは、人前では話せないようなことを手取り足取りお教えいたしますとも。
あわよくば、と狙われているのは私も同じだった。
正確には、私が狙われているのではなくて王太子妃の座が狙われている。
(いきなり紹介されても下心ミエミエで逆効果なのに)
王太子らしさを心がけながら愛想よくあしらっていたが、内心ではうんざりしていた。
(私の身辺を嗅ぎ回っているとアピールしているようなものじゃないか)
そんな人間を召し抱えるわけがない。
貴族のアピールも、ご令嬢のアプローチも、推されれば推されるほど私の心は醒めていった。
せめて、この中にクレルモン伯の意中の相手がいないことを願いたい。
トーナメントの時間が近づき、人波が落ち着いてきた。
そばに控えているジャンが妙にそわそわしている。
「失敗した」
「何がです?」
「ゆうべの晩餐会で羽目を外しすぎた」
人がいないときを見計らって、つい愚痴をこぼした。
だが、ジャンはあまりぴんと来ないようだった。
ご令嬢を同伴した貴族との面会を控えたいと伝えたが、ジャンこと侍従長デュノワ伯は「お妃探しも王太子の務めですよ」とのたまった。
さすがにムっとした。
ジャンまでもシャルティエに感化されている。
「ジャンは分かってない!」
「何がです?」
「私には婚約者がいる。それなのに、なぜ不特定多数のご令嬢に会わせようとするんだ」
ジャンは「実は……」と、以前から王太子に令嬢を近づけたい貴族が何人もいたこと、いままで遠ざけていたことを打ち明けた。
「それなら、これからもそうして欲しい」
「王太子の気持ちを汲みたいのはやまやまですが、王太子ももうすぐ15歳でしょ。ゆうべは俺もいろいろ考えたんですよ」
ジャンの異母兄シャルル・ドルレアンは、15歳で第一子が生まれている。
「つまり、王太子も子供を待ち望まれる年齢だってことです」
「マリーは私より年下だ」
「マリー・ダンジューが気に入っているなら早く縁談を進めましょう。子づくりがまだ無理だとしても、妃の座が埋まれば少しは静かになりますよ」
「もう、他人事だと思って……!」
私がむすっとしていると、ジャンは落ち着かない様子で、「そろそろ試合の観覧席に行きましょう」と促した。
「少し早すぎるのでは?」
「遅刻するより早い方がいいですよ」
「あまり人前に出たくないなぁ」
「トーナメントを見たら気分転換になりますって」
騎士志望のジャンは、王太子やご令嬢のことよりもこれから始まるトーナメントのことで頭がいっぱいのようだ。
宮廷では王太子らしい振る舞いを心がけていつも気を張っていたのに、晩餐会は賑やかだったからつい人目を忘れて油断した。
侍従長のジャンやクレルモン伯と年相応の少年らしい軽口を言ったり、内向的な性格が見破られたり、婚約者に手紙を送ったいきさつだったり、詩人にやり込められて赤面したり——
王太子の素顔が幼いと知れ渡ってしまった。
「王太子殿下がご臨席です」
先触れの声が聞こえて、私はいつものように「王太子らしく」見えるように気を引き締めた。
今さら取り繕っても遅いかもしれないが、公式行事から逃れることはできない。




