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7番目のシャルル、狂った王国にうまれて【少年期編完結】〜百年戦争に勝利したフランス王は少年時代を回顧する〜  作者: しんの(C.Clarté)
第五章〈王太子の宮廷生活〉編

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5.5 王女たちのお茶会(2)

 突然あらわれた母妃イザボー・ド・バヴィエールの非常識な振る舞いに、私も姉王女たちも取り巻きの侍女たちも呆気にとられた。

 四姉妹最年少のカトリーヌ王女が、小さくつぶやいた。


「それは、ミシェル姉さまが手づからくださった(ベリー)なのに」

「あ、ごめん」


 カトリーヌ王女は責めるつもりはなかったのだろうが、私は自分の不注意で粗相をしたような気がして、つい謝ってしまった。


「んふふ、残念だったわねぇ」


 母がまたあの小悪魔のような笑みを浮かべた。


王太子(ドーファン)が謝る理由はありません!」


 勝ち気なミシェル王女は、母を睨んだ。


「母子であることを差し引いても、非礼なのは母上の方ですわ!」

「あら、この母が悪いというの?」

「いつだってそうじゃないの!」


 不謹慎だが、母と姉のにぎやかな口喧嘩は新鮮だった。

 アンジュー家の公妃ヨランドと長女のマリーも、まれに言い争うことがあったが、ヨランドはいつも落ち着いて諭すように話をしていた。

 四姉妹の最年長ジャンヌ王女は5歳でブルターニュ公へ嫁いだため、親子の縁が薄い。

 マリー王女と最年少のカトリーヌ王女は修道院で暮らしているため、やはり宮廷生活とは縁遠い。私も似たようなものだろう。


「近ごろの王宮は危機管理がなってないご様子ね。王太子が慎重になるのは至極当然のことですわ。それを横取りするだなんて、母上は恥を知るべきです!」

「あら、わたくしは毒味をしてあげただけよ」

「まるごと召し上がっておきながら何を!」


 見たところ、ミシェル王女がもっとも王女らしく勝ち気な姫君だった。

 王妃である母に対しても、まったく遠慮がない。


「王太子が苺を口にしなかったのは、ミシェルのせいではなくて?」


 母の問いかけに、ミシェル王女が眉をひそめた。


「どういう意味ですの?」

「ミシェル、あなたは無怖公ブルゴーニュ公の嫡男の妃でしょう?」


 母は目を細めて私を見たが、その目は笑っているようには見えなかった。

 嫌な予感がしたが、私には母の残酷な言葉を止める術はなかった。

 母はゆっくりと、もったいぶった言い方をした。


「夫か義父に命じられて、弟に毒を盛るかもしれないと……」


 母は、ふふっと笑うと「慎重な王太子が姉を疑うのも無理ないわね」と言った。


「何……ですって!」

「ねぇ、ミシェル。可愛い弟に疑われるのはどんな気持ち?」


 母は晴れやかに言い放ち、ミシェル王女は真っ青な顔色で唇をわなわなと震わせていた。


「ひどいわ……!」

「本当に、ひどい弟ねぇ」


(姉上、母上、違う。私はそんなこと……)


 これは、にぎやかな母子喧嘩ではない。

 相手を貶め、辱め、そうやって人を踏みつけにしながら自分を高みに上げるかのような——


「違います!」


 これ以上は見ていられなくて、私は声を上げた。

 私は、親兄弟の人とナリを、どのような家族かを知らなかった。

 アンジュー公の一家は穏やかだったが、物語や歴史を紐解けば穏やかではない親子兄弟はいくらでもいた。


「私は慎重ではなくて、のんきな愚か者だから。ミシェル姉様に言われるまで毒を盛られる可能性など考えてもみなかった」


 私はきょうだいの末っ子で、王家の最年少。

 だが、国王代理を務める王太子だ。

 いずれは国難を収めなければならないが、今はこの母子喧嘩を収めよう。

 いつもぼんやりしているのに、このときは強い思いに突き動かされていた。


「姉上。ミシェル姉さま」


 出来るだけ明るい声で呼ぶと、ミシェル王女は気まずそうに顔を上げた。

 勝ち気な姉王女は傷ついているように見えた。本当は繊細な人なのかもしれない。


「少しノドが渇いたから苺が食べたい。手ごろな一粒を選んで欲しいな」


 ミシェル王女は潤んだ瞳を揺らして「仰せのままに」と答えた。

 そして果物の盛り合わせの中から、もっとも熟れて色づいた苺を選んでくれた。

 私は「ありがとう」と言って受け取ると、すぐに口に入れた。

 これは、姉ミシェル王女を疑っていないという意思表示だ。


「うん、甘くてとても美味しい!」


 私とミシェル王女は目を合わせて微笑み、最年長のジャンヌ王女が「王太子、お見事ですわ」と言ってぱちぱちと拍手してくれた。

 剣呑な雰囲気だったお茶会が、少し和らいだと思ったのも束の間。


「わたくし、それが欲しいわ」

「え……」


 言うが早いか、母の左手が私の首を締め上げた。

 喉の奥で嫌な音が鳴り、母の長い指が私の口をこじ開けた。

 誰かが悲鳴を上げたが、私はそれどころではなかった。

 母の赤く尖った舌が、私の口内に残っていた苺の残骸を吸い上げ、舐めとった。


「ああ、やっぱりこっちの方がおいしい」


 最後に見えたのは、母の満足そうな赤い笑み。

 膝からくずおれて、激しく咳き込む私を尻目に、母は少女のようにはしゃいでいた。


「誰ぞ! 医者と気付けの飲み物を!」


 ジャンヌ王女が私に駆け寄り、声を上げた。

 果実と血が混じった赤い唾液が、私の口からこぼれた。

 泣き出したカトリーヌ王女と、なだめているマリー王女の姿が横目に映った。


「悪魔だわ……!」


 ミシェル王女の姿は見えなかったが、怒りのこもった声が聞こえた。


「だって、ズルイんですもの。わたくしは何でも一番が欲しいの。一番大きなもの、一番おいしいもの、一番チカラのあるもの。すべて、わたくしのものよ。誰にも渡さないわ」


 母が何を言っているのか分からなかった。

 私が何をしたというのだろう。

 その後の記憶はない。

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