5.4 王女たちのお茶会(1)
私が宮廷入りしたとき、父・狂人王シャルル六世の子は10人中5人が生きていた。
ジャンヌ、マリー、ミシェル、カトリーヌの四姉妹と、末弟のシャルル。
王太子就任を祝う口実で、生き別れだった姉弟が王宮に勢揃いした。
誰の発案か知らないが、私たちが水入らずで語り合う「ちょっとした宴席」が用意された。いわば、非公式の茶会だ。
この物語を読んでいる読者諸氏の中にはお気づきの方もいると思うが、15世紀当時のフランスには茶も珈琲もショコラも伝わっていない。
だが、薬草を煮出した茶ならある。
そのままでは薬くさいが、蜜や果汁、ミルクやスパイスを混ぜれば、それなりに甘い飲み物ができる。
一般的には、麦芽とホップで作ったエールがよく飲まれる。
その他、地域ごとにさまざまな果実酒がある。
例えば、フランス北西部のブルターニュ公の妃・ジャンヌ王女は、ブルターニュでよく取れるリンゴを使った林檎酒を。
フランス東部のブルゴーニュ公の嫡男の妃になったミシェル王女は、ブドウを使った葡萄酒をたしなむ。
王宮の貯蔵庫には、各地から選りすぐりの献上品が揃っていた。
王女たちは、日常的には滅多に口に入らないモノをそれぞれ選び、私は飲み物自体を断った。
「まぁ、よろしいのですか?」
最年長のジャンヌ王女が、私を気遣った。
「はい。10歳まで修道院で育ったせいか、あまり飲食をしたいと思わなくて」
飲み物とは別に、果物の盛り合わせが用意されている。
いくつか摘めば充分だと思った。
「いやだわ。わたくしは24年も修道女をしているのに甘いものが大好きだわ」
バターをたっぷり溶かした甘いエールを飲みながら、「きっと修行が足りないのだわ」と言っているのは、ポワシーで女子修道院の院長を務めているマリー王女だ。
「マリー姉さま、そのくらいにしましょう。王太子がいるのに、わたくしたちだけがいただくのは申し訳ない……」
四姉妹の末妹にあたるカトリーヌ王女が、小声でマリー王女をたしなめた。
姉弟はみなバラバラだったが、マリー王女とカトリーヌ王女はポワシー修道院で生活している。
もし、私が女児であったなら、姉たちと同じくポワシーで養育されたのかもしれない。
「さすが王太子、賢明なご判断ですわ!」
強い口調でそう言ったのは、ミシェル王女だった。
先だって謁見した、ブルゴーニュ公の嫡男シャロレー伯フィリップの妃だ。
私と、ミシェル王女以外の姉王女たちが「賢明?」と聞き返した。
「わたくしたちの可愛い弟は、フランス王国唯一の王位継承者ですもの。召し上がるものに細心の注意を払うのは当然のことです!」
ミシェル王女は、果物の盛り合わせから一番大きな苺を一粒取り上げると、両手ですくいあげるように私に捧げた。
「混ぜ物の多い加工品よりも、とれたての果物を」
ミシェル王女はきっぱりした口調よりさらに強いまなざしで私を見つめて、「さぁ、召し上がれ」と言った。
「ありがとう」
私は苺を受け取ると、手に持ったまま真っ赤な果実を見つめた。
生の果物なら、どこかが傷んでいれば一目で分かる。
(飲み物を断ったのは、深い考えがあったわけじゃない)
兄たちの相次ぐ不審死の噂は、姉王女たちの耳にも届いていた。
加工した料理や飲み物は、毒物を混ぜても簡単には分からない。
だが、毒を飲まされたと気づいたときにはもう遅い。
(兄上たちは、やはり……)
王太子は毒殺されたと、もっぱら噂になっていた。
イングランドの内通者か、それともブルゴーニュ公か。広い王宮、宮廷の中枢にいる誰かが——
「姉弟水入らずのお茶会はとっても楽しそうね」
背後から、背筋が凍るような柔らかい声が聞こえた。
姉王女たちの間に緊張が走り、私の背後から衣擦れの音が近づいて来た。
「可愛い子供たちのために差し入れを持って来たわ。ぜひ、召し上がってちょうだいな」
声の主は、侍女に命じて血なまぐさい湯気の立つ皿を置かせた。
私の真横に並び立つと腰をかがめて、ふいに手を握られた。
「その代わり、わたくしはコレをいただくわね」
母は、私の手から苺を取り上げると、ぱくりと食べてしまった。
柔らかい声、柔らかい手。
けだものから抽出した香りが鼻につく。
心地よいのに、なぜか無性に気持ちが悪かった。




