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7番目のシャルル、狂った王国にうまれて【少年期編完結】〜百年戦争に勝利したフランス王は少年時代を回顧する〜  作者: しんの(C.Clarté)
第四章〈王太子デビュー〉編

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4.4 旅立ちの朝(2)

 私は、なじんだ場所を心に刻み付けるつもりで、無人の礼拝堂をゆっくり見渡した。

 家族用の小さな礼拝堂だが、ひとりだと妙に広くてうすら寒く感じる。


「今日で見納めか」


 ぐるりと一周すると、正面には青い衣の聖母マリア像と、十字架のイエス・キリスト像が安置されている。

 私は修道院育ちのわりに、それほど信心深くない。

 それでも、祈りの場では厳粛な気持ちになる。


 私はベンチには座らないで、礼拝堂の正面へ進むと、二人の像を見上げた。

 足元に、クッションが置いてあった。

 ひざまずくときに膝を汚さないようにと、誰かが気を利かせてくれたようだ。


 私はひざまずき、首から下げているロザリオを手に取ると、日課の祈りを捧げた。

 ロザリオには黒ずんだ銀の十字架と、木製の玉が連なっている。

 修道院時代から愛用している唯一の私物だ。

 ロザリオの玉ひとつひとつに祈りを込め、一周したら祈祷は終わる。

 定型の祈祷文があるが、自分なりにアレンジしても良いことになっている。


「アンジューで過ごした四年間は幸せでした……」


 いや、そうじゃない。その前だって、私は幸せだったと思う。


「修道院にはジャンがいたから」


 修道院を離れてジャンと別れ、アンジェ城に来てアンジュー公の家族に迎えられた。今また、離別のときが来た。

 ヨランド・ダラゴンは「重荷はここへ置いていきなさい」と言ったが、私には何もなかった。

 何もない私に、さまざまなモノとあたたかい愛情を与えてくれたのは——


「アンジュー公妃、あなたですよ」


 今、この礼拝堂には私しかいない。

 だが、耳を澄ませば、アンジュー公夫妻と子供たちがさざめく声が聞こえる。

 まぶたを閉じれば、いつだったか兄の手紙を受け取って泣いていた光景が浮かんでくる。

 この四年を思うと、私は胸がいっぱいだった。


「私は何も置いていきません。アンジューで得られた記憶と経験はかけがえのない恩寵です」


 イングランド国王ヘンリー五世は、フランス王位だけでなくノルマンディーとアンジューの割譲を要求していた。

 アンジュー公は私たちの前では優しい父だったが、アンジューを統治する領主として困難な状況にあった。

 アンジューが堪え切れなけば、イングランドの脅威は内陸におよぶだろう。


「神よ、イエスよ、聖母マリアよ。どうかアンジューをお守りください」


 フランス王家の一員としても、私の個人的な心情としても、アンジューの行く末は気がかりだった。


「願わくは、兄たちの冥福と、私の行く末も……」


 王都パリの宮廷には両親がいる。

 あれほど会いたいと望んでいたのに、このときは複雑な心境だった。

 私は14歳だ。もう、それほど子供ではない。

 父王の病状と、母妃の行状を知っているし、宮廷の状況は察しがつく。

 新しい王太子を快く迎えてくれるか分からないが、それでも行くしかない。


「マリー、ルネ、シャルロット。会えなかったけど、どうか元気で……」


 厳粛な祈りの場に、私ひとり。

 四月の朝はまだ肌寒かったが、礼拝堂の煖炉には火が灯されていて、ほのかに暖かかった。

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