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7番目のシャルル、狂った王国にうまれて【少年期編完結】〜百年戦争に勝利したフランス王は少年時代を回顧する〜  作者: しんの(C.Clarté)
第二章〈王子と婚約者〉編

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2.6 アンジュー家の子供たち

 歴代アンジュー公が住まうアンジェ城は、十七もの尖塔が並び立つ威風堂々たる城だが、中に入るとだいぶ雰囲気が変わる。


 アンジュー公と公妃ヨランド・ダラゴン夫妻は子煩悩な人たちで、近年、子供たちのために大胆な改装をしていた。暖炉付きの礼拝堂もそのひとつだ。

 城内には、一般的な庭園とは別に薬草園と植物園があり、小鳥や小動物を飼育する動物園まであった。


 私がここで世話になった期間はわずか四年。

 修道院の集団生活とは少し違う、豊かで穏やかな家庭環境で過ごした幸せな日々だ。


 王子や王女が生まれると、養育者や後見人になりたがる者は多かった。

 私たちは誕生した瞬間から権力の象徴であり、野心家の望みを叶える道具であり、ゲームの手駒だ。本人の意志や能力に関係なく、駒の取り合いに巻き込まれる。

 私も遠くないうちに「そうなる」が、ヨランドに拾われてアンジェ城で養育されたことは幸運だったと思う。



***



 アンジュー家では、近親縁者の年長者が子供たちの教育係を受け持っていた。

 マリーとルネの学習時間に、私も混ぜてもらうことになった。


「王子の祖父シャルル五世陛下は、すばらしい教養の持ち主だったとうかがっています!」


 家庭教師から期待のまなざしを向けられ、私はたじろいだ。


「教養諸科、リベラルアーツ、文法、修辞、弁証法、算術、幾何、音楽。これらすべてを完璧に使いこなす方にお目にかかったことはありません。おそらく、パリ大学(ソルボンヌ)のコーション総長でも賢明王には敵わないでしょう」


 二つ名「賢明王(ル・サージュ)」があらわすとおり、祖父シャルル五世はきわめて頭脳明晰な人物だったようだ。

 できれば祖父にあやかりたいと思うが、過剰に期待されては困る。

 祖父がどれほど秀でた人物だとしても、その息子にあたる父は狂人王(ル・フー)だ。


 私が受け継いだ資質は、はたして賢人か。それとも狂人か。


 ほどなくして家庭教師は失望をあらわにし、私は「手紙の書き方」を学ぶことになった。




***




「ねぇねぇ、シャルル兄さまはなんでお手紙かいてるの?」


 私の婚約者、マリー・ダンジューの弟ルネは4歳だ。

 まだ本格的な勉強をする年齢ではないが、よほど姉に懐いているのだろう。

 学習時間に同席して、私たちと一緒に授業を聴きたがった。


「ルネったら、『兄さま』だなんて馴れ馴れしいわ」


 マリーは私よりひとつ年下で9歳だ。

 名門の長女らしく、年齢のわりに大人びた少女だった。

 すでに基本的な教養を身につけ、小さな貴婦人として振る舞った。


「ふたりが結婚したらぼくは弟になるんでしょ。母さまが言ってたもん!」

「ルネはよく知っているね」

「ねー」


 修道院にいた頃はいつも従兄のジャンがそばにいた。

 緩やかな主従関係だったが、どちらかというとジャンは兄貴分で、私は弟分だった。

 アンジュー家の子供たちは私より歳下だったので、いつしか私は兄として慕われるようになった。


「実弟と義理の弟は違うのよ。血が繋がってないもの」

「ジッテイ? ギリ?」

「それに、わたくしたちはまだ結婚してないわ。結婚する約束をしただけよ」

「うぅ、姉さまはむつかしいことばっかり言うからぼくわかんない!」


 ルネは男の子らしく騎士道物語が大好きで、ときどき私が読み聞かせをした。

 ジャンが好きだった例えばアーサー王などの物語を、思い出しながら語る日もあった。

 修道院で私たちが初めて出会った夜は、寝物語をする約束を果たせなかったけれど、アンジューへ来て叶えることができた。


「血が繋がってなくても、私はルネを本当の弟みたいに大事に思っているよ」

「やったあ! ジッテイでもギリでもいいもん。ぼく、シャルル兄さまだいすき!」

「ルネったら! 私たちは身分をわきまえなければいけないのよ。シャルル兄さまもルネに甘すぎるわ」


 マリーは一線を引いて私を王子として引き立てようとする。

 頭が堅いというよりも、私の境遇を思いやってマリーなりに気遣ってくれているのだろう。


「うん、公の場所ではわきまえるよ。でも、私たちの間だけなら別にいいじゃないか」

「それにね、マリー姉さまもさっきから『シャルル兄さま』って呼んでるよ」

「はっ、わたくしとしたことが!」

「シャルル兄さまでいいよ。その方が気楽だしね」

「ねー」


 私とマリー・ダンジューは婚約者の間柄だが、ルネも交えてきょうだいのように過ごした。




***




 私が「手紙の書き方」を学ぼうと考えたのは、兄に婚約祝いの返事を書いたことがきっかけだ。

 筆跡も、内容も、もっと上手に書きたいと思った。

 軽い気持ちで「学びたい」と言ったのだが、のちに後悔することになる。

 正しい形式の書簡を書くときは、日常で使っているフランス語ではなく、すべて完璧なラテン語で書かなくてはいけない決まりがあったからだ。


 教師は、私を賢明王に近づけようと厳しい教育を課した。

 おかげで私は、自分が賢人でも狂人でもなく、ただの凡人に生まれついたことを思い知る。

 身分にふさわしい教養を身につけることは、とても難しいのだ。



アンジュー家のきょうだいはマリーとルネ以外にもいますが、主人公との接点が少ない子は省略しています。

本当は5人きょうだい。

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