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7番目のシャルル、狂った王国にうまれて【少年期編完結】〜百年戦争に勝利したフランス王は少年時代を回顧する〜  作者: しんの(C.Clarté)
第二章〈王子と婚約者〉編

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2.5 王家からの使者(5)

 その夜の晩餐会は、本当に身内だけだった。

 私とマリー、マリーの両親アンジュー公と公妃ヨランド、弟のルネ。

 顔合わせを兼ねているのだろう、アンジュー家の重臣もいる。

 ボーボー家一族の重鎮とおぼしき老ボーボー卿もいた。

 さらに、なぜかアンジューと関係ないリッシュモンまで。


 あとから聞いた話によると、私の身内が誰もいないので「王太子の使者であるリッシュモンに兄の代理として同席して欲しい」とヨランドが打診したようだ。

 リッシュモンは私を哀れんだのかその役目を引き受け、滞在時間を少し延長した。


 婚約披露のための晩餐会である。主役は、私とマリーだ。

 なかなか会えなかったのは、一日がかりで晩餐会の準備とドレスの調整をしていたためのようだ。

 1年前に会ったときより少し成長して、前よりもおめかししている。

 お互いに照れくさかったのか、この日は形式的な挨拶をしただけでほとんどしゃべらなかった。


 初対面のアンジュー公は、私たち2人を並べて「なんて可愛らしいカップルなんだ!」とはしゃいでいた。


「王都では厳しい情勢が続いているが、アンジューは安全だ。私たちが必ず王子を守るから安心して過ごして欲しい」


 そういって、私とマリーを抱きしめた。


「正式に結婚するときはもっと盛大に執り行いましょうね」

「我が妻・アラゴン王女さまは気が早いな」


 ヨランドは私たちの結婚について、すでに色々と考えているようだった。


「ふふ、わたくしたちの可愛い娘と王子の婚礼ですもの。国王陛下と王妃陛下、王太子殿下、王子の兄君と姉君、他の王族がたも……」

「ジャンも?」

「もちろんお招きしましょう」


 厨房で見かけた大量の料理は「祝宴のおすそ分け」として城内で働く者や出入りの商人・職人たちにも振る舞われた。

 アンジュー公夫妻も、家臣団も、侍従や侍女、さらにずっと末端で働く下僕まで、城中の人たちが私とマリーの婚約を祝ってくれた。




***




「僭越ながら王太子殿下の代理として、王子(ルプランス)とご令嬢の婚約披露パーティーにお招きいただきましたことを感謝申し上げます」


 いつのまにか、リッシュモンが片膝をついて控えていた。

 私とマリーを中央に並べて、マリーの隣にアンジュー公が、私の隣にはヨランドがいた。

 リッシュモンは、アンジュー公とヨランド夫妻に退室の挨拶をした。


「帰還が遅くなりますゆえ、今宵はこれにて」

「不安定なご時世です。くれぐれも気をつけて」

「恐れ入ります」


 アンジュー公は「見送りの馬車を用意しよう」と申し出たが、リッシュモンは丁重に断った。

 自身は遠征中の本隊へ合流し、贈り物を運ぶために同道した従僕たちは王都へ帰る。もし許されるならば、従僕たちに途中まで護衛をつけてもらいたい。ロワール川周辺の森には洞窟が多く、思わぬところに山賊が潜んでいるのだという。


「川を渡るときに法外な金銭を要求する渡し守もいます。アンジュー公のご威光があればあるいは」

「承知した。良きに計らおう」


 宮廷の混乱は王国内に影響を及ぼし、治安の悪化が進んでいた。

 大きな都市は城塞に囲まれて守られたが、一歩外へ出れば何に襲われるか分からない。襲撃のターゲットは貴族も例外ではなかった。

 私もアンジューへ来る道中で、馬車の車窓から顔を出してはいけないときつく言われた。王弟が殺されたように、王族であっても死の危険が身近にあった。


 左右で飛び交うムズカシイ会話を、私は黙って聞いていた。

 難解な言葉がたくさん出てきたが、王侯貴族のフシギな会話術にだんだん興味を引かれていた。

 修道院にいた時、私の周りにはジャンを除いて大人ばかりがいた。

 大人の会話は聞き慣れていたが、修道院の僧たちの会話と、ヨランドたちの会話は少し違うと感じた。


 僧たちは、教え諭すような話し方をする。

 ヨランドたちは、相手を試すような話し方をする。


 王侯貴族独特の含みをもたせた会話術だ。

 真意を汲み取れるかどうか、知性と品格を試される。私にはまだ難しかった。


 もしかしたら、ヨランドと初めて会って話したときに、私は値踏みされていたのかもしれない。

 アンジュー公とヨランドが、マリーと婚約させてまで私を引き取った理由はよく分からないが、おそらく私の評価はそれほど悪くなかったのだろう。

 一通り挨拶が終わると、リッシュモンは私にも声をかけた。


「すばらしい祝宴でした。王太子殿下に『王子は健やかにご成長している』とお伝えします」


 兄上に私のことを話してくれると言われて、嬉しくなった。

 だが、やっぱり私は気の利いた返礼を思いつかず、ただ「ありがとう」とだけ返した。


「王太子殿下にお伝えします」

「いえ、そうではなくて。もちろん兄上にも感謝しているけれど、あなたにも御礼を言わせてほしい」


 ——王子は君主であり、私は臣下の立場です。堂々となさりませ。


 難しくて分からないことだらけだったが、せめて別れの挨拶くらいは堂々と。「そうでありたい」と思った。


「リッシュモン伯、ありがとう。遠征先のご武運を祈ります」


 リッシュモンは私の手を取り、手の甲に軽く口づけると「王子もお元気で」と言って、アンジェ城を発った。



※手の甲にキスは「敬愛」のあかしなので、異性同性関係なく一般的な行為です。身分制度のある時代劇では特に。


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