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7番目のシャルル、狂った王国にうまれて【少年期編完結】〜百年戦争に勝利したフランス王は少年時代を回顧する〜  作者: しんの(C.Clarté)
第九章〈正義の目覚め〉編

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9.1 ロンドン塔の虜囚たち

 正義とは何か。正しいのは誰か。


 騎士アルテュール・ド・リッシュモンは、祈りの時間にいつも問いかけていた。


 正しい歴史はいつも勝利者によって作られる。

 敗北者の声はなかったことにされ、歴史の闇に葬られる。

 ならば、正義と勝利は一心同体。つねに共にあらねばならない。


 このころ、英仏間で勝利者と見なされていたのはイングランドであり、国王ヘンリー五世だった。


 フランス王シャルル六世は精神を病み、肉体も老境を迎えつつあった。先は長くない。

 後継者の王子たちに先立たれ、唯一生き残っている末王子のシャルルは王都パリから逃亡。

 さらに、無怖公ブルゴーニュ公殺害の容疑がかけられ、王太子(ドーファン)の身分を剥奪されようとしていた。


「王太子本人は否定しているようだが」


 シャルル・ドルレアンは長らくロンドン塔に幽閉中だが、秘密のカラス通信のおかげで祖国フランス王国の情報によく通じていた。


「おおかた、王妃の差し金だろう。あの女はブルゴーニュ公を格別に寵愛していたからな」


 シャルル・ドルレアンの父、王弟オルレアン公はブルゴーニュ公に殺された。

 この大罪が赦免されたのは、ひとえに王妃イザボー・ド・バヴィエールの力に他ならない。

 シャルル・ドルレアンの母、オルレアン公夫人が夫の死の真相究明を求めたときに反逆者の罪を着せたのも王妃イザボーであった。オルレアン公夫人は翌年急死している。


「愛人を殺されて、王妃陛下はそれはそれはご立腹だそうだ。王妃の命令で、王太子を誹謗中傷するビラがパリ中に貼り出されている。司祭たちはミサの説教を通じて王太子の悪評を広めているらしい」


 詩作を趣味とするシャルル・ドルレアンは、「淫乱王妃というより陰険の方がふさわしいのでは……」などと皮肉を効かせた言葉遊びにふけっている。

 ロンドン塔の虜囚たちはうわさ話の他にすることがなく、暇を持て余していた。


「ようするに、今フランスでは王太子を廃嫡する雰囲気づくりが進んでいるという訳だ」


 シャルル六世の血を引く直系男子がいない場合、王弟の嫡子シャルル・ドルレアンが王位継承権第一位となる。




***




 母妃イザボーは私を憎んでいた。

 私個人にとどまらず、弟に協力的だった姉ミシェル王女の命まで奪った。

 母は「生かして意のままに操ることも、殺すこともできないならば……」と、王太子の身分を剥奪して破滅させようと考えた。

 だが、シャルル・ドルレアンが次期フランス王になれば、両親の死について必ず追求するだろう。

 そうなれば、王妃自身が破滅しかねない。


 そこで、イングランド王ヘンリー五世とカトリーヌ王女を結婚させてフランス王位を継承させる陰謀が仕組まれた。


 かねてより、ヘンリーはフランス王位とカトリーヌ王女を妃にすることを望んでいた。

 母は復讐と保身のために、王太子とシャルル・ドルレアンから王位を取り上げることを望んだ。


 イングランド王とフランス王妃、二人の利害が一致した結果だ。


 ミシェル王女の死は、姉王女3人を萎縮させ、母に抵抗する意志を奪った。

 こうして、ポワシー修道院の尼僧だったカトリーヌ王女は還俗し、「英仏両国の平和のため」にヘンリーと結婚することが決まった。


「あとは花嫁を迎えに行くだけだ。物語の締めくくりにふさわしいハッピーエンドだと思わないか」


 ヘンリー五世は心身ともに健康なアラサー男性だが、初婚である。

 政略結婚が常とされる王侯貴族にしては珍しい。

 一説によると、私の長姉イザベル王女への初恋が忘れられなくて、イザベル王女の死後、よく似たカトリーヌ王女を妃にしようと狙っていた。そのために、フランスとの戦争を再開したとも言われている。

 いずれにしても、ヘンリー五世は望みのものをすべて手に入れた。フランス王位も妃も。


「そうだ。私は欲しいものをすべて手に入れなければ気が済まない」


 ヘンリーは薄く笑みを浮かべると、玉座の前に召喚された男を指差した。


「アルテュール・ド・リッシュモン伯、私は貴公も欲しいのだよ。イングランド王に臣従すれば高待遇で迎えると約束しよう。ただの家臣ではなく、王族の一員としてだ」


 ヘンリー五世の継母は元ブルターニュ公妃で、リッシュモンの実母だった。

 つまり、イングランド王家とブルターニュ公兄弟は血の繋がらない系図上の兄弟である。

 複雑な思いがあるのか、リッシュモンはヘンリーの臣従要請を拒み続けていた。


「この、分からず屋め」


 ヘンリーの実弟ベッドフォード公は兄王に心酔していたため、リッシュモンのかたくなな態度に苛立ちを隠せなかった。


「兄上は……陛下は寛大なお方だ。アジャンクールでイングランド王に剣を向けた大罪を咎めるどころか、特別待遇で迎えると言っているのだ。本来、斬首されても文句の言えない立場だとわかっているのか!」

「まあまあ。……義弟(おとうと)よ、私は貴公の勇敢さと騎士としての技量を高く評価しているのだよ。それだけは分かってくれ」


 イングランド王兄弟は、毎晩のように義弟リッシュモンを呼び出して熱心に口説いた。


「フランス王家に義理立てしたところで、貴公はイングランド王の義弟と知られている。ロンドン塔にいても敵視されて気詰まりだろう。いっそ、イングランドを安住の地とするがいい。しかるべき称号と領地、それから妻を与えよう。どんな女が好みだ?」

「話は終わりですか」

「つれないな。まぁ、いい。近々、フランスに遠征するから貴公も連れて行く」

「私は……!」

「なにも同士討ちさせようという訳じゃない。だがな、実際にその目で見比べるといい。言っておくがイングランド軍は強いぞ。フランス軍には万にひとつも勝ち目はない」


 この日も、両者の話し合いに進展はなかった。

 リッシュモンが退室しようとすると、ヘンリーに呼び止められた。


「まだ何か」

「そう嫌そうな顔をするな。母上からの差し入れだ」


 ヘンリー五世の継母にしてリッシュモンの実母は、イングランド王太后である。

 ロンドン塔の虜囚生活はさぞ辛いだろうと、防寒着や食料、身代金の足しになるように多額の金銭などを用意していた。だが、リッシュモンは母の差し入れさえ拒絶していた。


「結構です」

「ここに捨て置かれても困る」


 結局、豪勢な差し入れを持ち帰ることになり、リッシュモンはますます憂鬱を深めた。


「やる」

「またですか。気前がいいことで……」


 帰り際、送迎の監視者や門番に財布ごと押し付けた。

 リッシュモンの兄ブルターニュ公は、弟のために充分な身代金を送ってくれたから生活費には困っていなかった。防寒着と食料は、ロンドン塔で暮らす虜囚(なかま)たちのためにすべて寄付した。

 リッシュモンは人がうらやむ名門出身だったが、そのすべてが煩わしかったようだ。

 イングランド王家のつながりと特別待遇が知れ渡るほどにリッシュモンは孤立を深め、初めから内通者だったのではないかと疑われた。だが、積極的に疑惑を晴らそうとはしなかった。


「正義とは何か。正しいのは誰か」


 騎士アルテュール・ド・リッシュモンは、祈りの時間にいつも問いかけていた。


 正しい歴史はいつも勝利者によって作られる。

 敗北者の声はなかったことにされ、歴史の闇に葬られる。

 ならば、正義と勝利は一心同体。つねに共にあらねばならない。


 戦うべき本当の敵は何か。

 仕えるべき本当の王は誰なのかと。


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