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7番目のシャルル、狂った王国にうまれて【少年期編完結】〜百年戦争に勝利したフランス王は少年時代を回顧する〜  作者: しんの(C.Clarté)
第八章〈殺人者シャルル〉編

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8.16 黒衣の使者(3)婚約破棄

 さすが詩人というべきか。

 シャルル・ドルレアンの手紙は愛娘ジャンヌへの愛にあふれていた。

 この場に居合わせたものは誰もがみな心を打たれただろう。

 マリー・ダンジューが、ジャンヌに優しいまなざしを向けていた。


「ふふ、なんだか恋文みたいね」

「こ、恋文!」


 ジャンヌは頬を赤らめながらぶつぶつと「パパの詩が美しすぎるのがいけないのだわ……」とつぶやいた。


 少女たちの微笑ましい歓談を見守りながら、私はマリーのことを考えていた。

 自分のことで手いっぱいでつい忘れがちだが、一年前にマリーは父アンジュー公を亡くしたばかりなのだ。

 服喪期間が済んだとはいえ、家族から離れて私のもとへ居続けて良いのだろうかと。


「この子が生まれたとき、父となったシャルル・ドルレアンは15歳でした。わたくし、ボンヌ・ダルマニャックと再婚したのはその一年後です」


 ボンヌは継子ジャンヌを抱き寄せながら、私とマリーを交互に見つめた。


「つかぬことをお聞きしますが、殿下とマリー嬢のご結婚はいつごろになりますの?」

「けっ……?」


 急に話を振られて、変な声が出てしまった。

 隣にマリーがいることを思い出して、私は内心で焦った。

 結婚を嫌がっているように聞こえたかもしれない。


「王太子殿下は15歳。結婚はもちろん、御子がいてもおかしくない年頃かと」

「いや、まだ早いかなと……」

「ふふ、ご冗談を。適齢期とお見受けします」

「て、適齢期……」


 外堀が埋められるとは、こういう状態を指すのだろうか。

 従兄シャルル・ドルレアンは15歳で父になり、16歳でボンヌと再婚したそうだが、私には想像もつかない。

 前にシャルティエに言われたように、私の精神年齢は実年齢より子どもっぽいのかもしれない。

 婚約してから5年経つが、私とマリーの間には婚約以上の進展はまだなかった。


「身近な側近には聞かれたくないお悩みなどもあるかと思います。わたくしで良ければいつでもご相談に乗りますわ」

「大丈夫だ、何も問題はない!」

「まぁ、それは良うございました」


 王族の義務についてやんわり説教されたのか。

 それとも、からかい混じりに探りを入れられたのか。

 ボンヌの真意はわからないが、私は話の矛先をそらそうとした。


「ただ、マリーは私よりも年下だからもう少し先の方がいいかなぁと……」


 矛先をそらそうとして、余計なことを言ったかもしれない。


「ええ、心配はご無用です」


 振り向くと、マリーが愛用の扇をひらきながら微笑みを浮かべていた。

 扇は、マリーの母ヨランド・ダラゴンの故郷からの輸入品で、フランスではまだ馴染みがない。

 貴婦人たちは感情を抑えることを美徳とするが、マリーは言外に含みがあるときよくこの扇を使う。


「殿下のおっしゃるとおりです。何も問題はございませんわ」


 うっかり機嫌を損ねてしまったかもしれない。

 私は固唾を飲んでマリーの言葉を待った。


「血の道はすでに通っております。御子を産めるか……は、試してみないとわかりませんが」


 言いながら気恥ずかしくなったのか、マリーは扇を全開まで広げると顔の下半分を覆ってしまった。おでこが赤い。


「血の道……?」


 少し時間をおいて私も何のことか思い至った。

 私は15歳で、マリーは14歳だ。

 いつの間にか年相応に成長し、成熟しつつある。お互いに。




***




 ボンヌ・ダルマニャックは夫に代わってオルレアン領の統治にも関わっている。

 亡き宰相アルマニャック伯の娘でもあるから、その伝手(コネクション)と影響力は絶大だ。

 支援者たちと確実に連絡を取り合うため、私はようやく拠点を定めた。


 ベリー公領の首府ポワティエ。


 私は生まれてすぐにポンティユ伯に叙せられ、王太子(ドーファン)になったときに追加でベリー公の称号を得た。

 次期国王の身分が公爵(ル・デュク)より格下の伯爵(ル・コント)では外聞が悪いからと。


 王太子になってわずか一年半、パリ脱出から早や数ヶ月。

 私にとって王太子領ドーフィネは見知らぬ土地だったが、ベリー領はロワール川に近く、東にオルレアン、西にアンジューがある。王都パリよりもなじみ深い地域だ。

 なにより、ベリーの中心地ポワティエは、かの聖ラドゴンドゆかりの地でもあった。


「ジャンは、聖ラドゴンドの伝説を知ってる?」

「ドラゴンの伝説ですか?」

「ううん、聖ラドゴンド。奇跡を起こして聖人になった立派なご婦人だよ」

「うーん、俺はご婦人の話にはあまり興味ないんですよ」

「ラドゴンドさまはフランス王妃だったんだよ……」


 幼い日々を思い出しながら、聖ラドゴンド教会で祈りを捧げた。


「私の母上はフランス王妃なんだって。ラドゴンドさまみたいな人かもしれないよ」


 ラドゴンドさまのような……。

 現実は残酷だ。だが、打ちのめされている余裕はない。

 私は雑念を振り払うと、聖ラドゴンドに加護を祈り、親友の無事を願った。


「初めて殿下にお目にかかったとき」


 マリーも教会に同行して、ともに祈りを捧げてくれた。


「ルネの寝物語に、聖ラドゴンドさまのお話をしてくれたことを覚えています」

「そうだった。昔の私は誰にでも話していたのかな」

「ううん、あの時は最後まで話を聞けなかったから」


 マリーは寝物語の続きを聞きたいとせがみ、私は了承した。




***




 王太子政府の拠点がベリー領ポワティエと定まり、各地に触れが出されると、アルマニャック派の人々が集まってくるようになった。

 遠方の領地から離れられない者も多く、手紙の往来も格段に増えた。

 めまぐるしい日々が続き、マリーはいつも寄り添って支えてくれた。

 寝物語をする時間はなかったが、マリー・ダンジューが王太子妃になるのだと誰もが信じて疑わなかった。


「マリー、だいじな話があるんだ」

「はい」


 ある人物から極秘の申し入れを受けて、私はついに決断を下すことにした。


「公妃……母君にはもう伝えてある」

「はい」


 まぎらわしい言い方はやめるべきだ。

 わかっているのに、口をついて出てくるのは遠回しな言い方ばかりだった。

 言ってしまったらもう後戻りはできない。

 マリーを傷つけたくないが、私自身も悪者になりたくないのだろう。

 だが、これは避けられない選択なのだ。


「はっきり言っておく。マリーは何も悪くない」

「殿下?」

「ごめん」


 私は、マリー・ダンジューとの婚約を破棄する旨を通告した。


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