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7番目のシャルル、狂った王国にうまれて【少年期編完結】〜百年戦争に勝利したフランス王は少年時代を回顧する〜  作者: しんの(C.Clarté)
第七章〈王太子の都落ち〉編

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7.14 宿屋の女将(5)警告の鐘

 シャステル秘蔵の「金のパン」を手に入れて、宿屋の女将(マダム)はすっかり上機嫌だった。


「ねぇねぇ、パン屋の坊ちゃん!」


 一瞬、自分のことだと気づかなかった。

 いつか、かっこいい二つ名で呼ばれたらいいなと思っていたが、パン屋の坊ちゃんはあんまりだ。


「足止めして悪かったね。庶民が使う宿屋ってところは治安が悪くてね、悪党が出入りすることも多いんだよ。だから許しておくれ。ね?」


 女将はばつが悪いのか、詫びと言い訳を畳み掛けてきた。

 私は苦笑しながら「パン屋ではないのだけど」と、やんわり抗議した。

 もちろん本当の素性を名乗ることはできないが。


「他に呼びようがないじゃないか。名乗らないあんたらが悪いんだからね」


 昨夜はお貴族サマ、今朝は盗人と呼ばれ、さいごにパン屋の坊ちゃんに行き着いた。

 格が上がったんだか下がったんだか。

 だが、憎めない人だ。


「あんたらが何者かなんて本当に興味ないさ。だけど、あたしは鼻が効くからね。大体のことはお見通しなんだよ」


 ぎくりとした。

 結局、私たちの正体はバレているのだろうか。


「あんたの従者のことだけど」


 宮廷では多数の護衛と侍従に囲まれていたが、いまは二人しかいない。

 シャステルは散らかった荷物を片付けている。

 王太子付きの護衛隊長がやる仕事ではないが、シャステルは叩き上げの武官らしく下働きがする雑用まで何でもこなした。

 私にもライルにも、私物に触れさせようとしなかった。


(金のパンみたいな秘密道具があるのかもしれない)


 ライルは馬車の状態を確認するために外へ出ている。

 私は何もさせてもらえなくて、手持ちぶさたで椅子に腰掛けている。

 女将は私の話し相手として居残っていた。


「私の従者が何か?」


 私は女将の視線の先を追い、シャステルのことだと察した。


「なかなかいい男だね。あんたが主人なんだろ。いい従者は大事にしておやり」


 どうやら、女将はシャステルを気に入ったらしい。

 少し頬を染めながら、あごひげがチャーミングだとか、険しい眼差しに射抜かれただとか、カネを持っているオトコはいいだとか、ひとしきりシャステルの魅力を語ってくれた。


「ほんと、いいオトコだねぇ。ほれぼれしちゃう」


 私は何も言わなかった。

 女将もシャステルも既婚者だから、気安く同意することはできない。


「もちろん坊ちゃんもいいオトコだよ」


 何を勘違いしたのか、女将にフォローされた。


「権力を盾に声を荒げたりしなかった。従者の武力をけしかけるどころか、冷静に抑えようとしてた。あたしはちゃんと見てたからね」


 だけど、あたしの好みじゃないんだよねーぐっと刺さってくるモンがないんだよねーと付け加えた。


「はは、褒められているのかけなされているのか分からないな」

「褒められたいのかい? そうさね、あと五年したら相手してあげる」


 あんたは若すぎる、犯罪だ、などと言っているが、私と女将の年齢差よりも、女将とシャステルの方が歳が離れているはずだ。

 シャステルは49歳、たしか父王シャルル六世と同じ歳だ。


「その代わり、いいこと教えてあげようか」

「いいこと?」

「将来、いいオトコになるかもしれない坊ちゃんに忠告してあげる」


 女将は軽はずみな少女のように話しながら、ふいに私に顔を近づけた。

 どぎまぎするよりも驚きが先に立ち、私が体を引くより早く、女将は耳打ちした。


「もうひとりの従者——」


 早口でささやくと、女将はすぐに離れた。


「ふふん」

「女将、あなたは何か知っているの?」

「シャステルさんって言ったっけ? さっきのパンのレシピを教えておくれよ」


 わざと無視したのか、声が届かなかったのか。

 女将は質問に答えないでシャステルの元へ行ってしまった。


「まったく、調子のいいババアだぜ」


 背後から、聞き慣れたが馴染めない口調の声が聞こえた。

 女将と入れ替わりでライルがやってきた。


「その呼び方は失礼だよ。あの人は意外と若い」

「坊ちゃんは知らねぇだろうが、ああいう(かしま)しい女を遣り手ババアって言うんだ」

「確かに、したたかな女性だね。シャステルを気に入ったらしい」

「はっ、どうだかな!」


 シャステルに媚びる女将を見送りながら呆れているようだ。


「ケッ、どうせカネ目当てに決まってる」

「女将とライルは知り合い?」

「いや、知らねぇ」


 即答だった。疑いをかける要素はみられない。


(もうひとりの従者、か)


 女将とライルはどちらもあまり教養がなく、善人とは言いがたい。

 身分にこだわりがなく、したたかで、思い込みが激しく、そして遠慮なく話しかけてくる。


「なぁ、坊ちゃんはシャステルのおっさんの主君なんだろ?」


 私は黙ったままうなずいた。


「てことはよ、おっさんより金持ちってワケだ。へへ、期待していいよな? 報酬はたんまり頼むぜ」


 ライルは下心を隠そうともしないで、きししと笑った。

 宮廷に馴染めない私は、ライルの取り繕おうとしない性格を好ましく感じ、正直者だと思っていた。

 その一方で、ライルが守銭奴だということも知っている。


(納骨堂から小銭を盗んでも罪悪感を持たない男だ)


 心根がきれいとは言えない。

 だが、厳しい現実で生きるために必要なのだろうと察した。


(将来、いいオトコになるかもしれない坊ちゃんに忠告してあげる)


 どこかで鐘が鳴った。

 祈りの刻限を知らせる教会の鐘の音だ。時報も兼ねている。

 私たちは出発し、町の人たちは教会へ集まって日課の祈りを捧げるのだろう。


「もうひとりの従者のことだけどね」


 女将のささやきは警告だろうか。

 心の奥で波紋が広がった。


「あの男は盗賊だよ。体のどこかに罪人の印があるはずだ。せいぜい寝首をかかれないように、よく見張っておくことだね」

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