記憶に残らない話:貴女のいなくなる国で
「この子がこの国の、第21未来師者となる存在か。いや、任命式こそまだ先だが、もう第21未来師者といってもよいか」
一人の老師が赤子を見つめながら呟いた。その赤子は、産まれてまだ数時間である。そのわずかな時間で、赤子は未来師者となった。まだ正式に名前すらもらっていないにもかかわらずだ。時として、人の本当の名より、その肩書きの方が重要となることが多い。個人ではなく、組織や社会の歯車の方が大切であるということだ。
「しかし、どうされるのですか、第1未来師者殿」
公国の総理大臣が、第1未来師者に話しかけた。この二人はこの国が訪れる数奇な未来を既に知っている。
「当初の予定通りことを進める」
「そうですね。彼女はこのままでは不幸な未来を受け入れることに、なりますから」
「あぁ」
第1未来師者は深く頷く。
現在観測される予定でいえば、この赤子に幸せな未来が訪れることはなくなる。訪れるのは早すぎる死である。正しくは嬲り殺されることになる。
「しかし、なぜこの娘を?」
「私も両親を知らない。公国の決まりで未来師者となる者は、ここで正しい教育なるものが行われていくのだから。それを私も正しいことであると思っていたが……、なぜかそれが正しいとは思えなくなってきた」
「なぜ、そのような疑念を?」
「なぜだろうな。もしかしたら、気が付いたからかもしれない。未来が視えないということの意味を」
「どういう意味で?」
その質問には答えずに黙秘となった。それは無視をしたからというわけではなく、単純に自分自身でもその意味を完璧に理解することができなかったかららしい。
「大臣、私はね……人生が楽しくないよ」
「そう、ですか」
「それはそうだ。確かに、面白く感じるような話題もあるさ。しかし、見通しがたっている人生など、まったくもって楽しくない。楽しさというのは、何が起きるのかわからないからこそ、意味があるのだ」
「よくわかりませんね。わざわざ舗装された道から外れて、スラムに飛び込むことに何の意味をもつのか、わかりません」
「君はまだ未来の予定を知ってから間もないから浮かれているだけさ。君も時期に分かるよ。自分のむなしさに」
確かに、歴史を紐解くとこの国の総理大臣の多くは最後には、憂鬱な表情でやめていくものが多い。国民の前では尊厳な様子を見せるが、素に戻る彼は大きな疲れが見えるのだ。それは自身の無力さを理解するからだ。
「ただでさえ、彼女は辛い役割を押し付けることになる。それならば……私は彼女をたたえたいよ」
「古くからの付き合いであるあなたのお話です。お付き合いいたしましょう」
「あぁ、頼むよ」
そうして去っていく彼ら。入れ替わりにこれから彼女に付き添う従者が世話を始めていく。その様になぜだかわからないが、少々私は恥ずかしさを覚えてしまった。