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第1章 幼稚園時代
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第98話 Girl with Gun その三

 ミランダさんは中空をフラフラ浮遊しながら時折風に煽られて、それでも懸命にバランスを取って手足を広げ、必死になって風を受けていた。まるでスカイダイビングのような姿勢で塵風の中に落ちないよう頑張っている。

 そして時折余裕が出来た際には自分をもてあそぶ塵風に対して、空間操作銃で熱波を放ち、攻撃していた。


「熱で風の流れが変わるはず」


 ミランダさんの意思はくじけていなかった。

 オレはそういう意図かと耳を澄ましつつ観察していると、ミランダさん渾身の熱波は何の効果も生み出さず、風の中に消えた。

 ミランダさんはそれでも諦めずに連射する。だがその連射も風に飲みこまれるだけで特に何の変化ももたらさなかった。

 その埒の明かない状況に、ミランダさんがムキになって攻撃を続けようとするのだが、そうするとたちまち塵風が咎めるようにミランダさんの元に押し寄せて来て、まるでジューサーミキサーの中に手を突っ込むような感じで攻撃型エー・トゥールが瞬間的に削り取られて行った。

 本能的な危機察知からミランダさんは慌てて不安定な姿勢から手を引っ込めるものの、その時にはもうミランダさんの手甲はすでに失われていた。素手が剥き出しになっている。

 これは自らの武器を失ったことを意味していた。

 残っているのはグリップと弾丸に特殊効果を充填する導管がわずかに銃身だけ。心許ない元空間操作銃を、ミランダさんはやけくそのなって塵風の中に投げ込む。

 だが魔気の爆発もなければ塵風が影響を受けることもなかった。


「私が相手にしてたのはこんな子だったのっ」


 意図はせずともミランダさんのおののきが、その言葉には込められていた。

 だが恵風はそんな言葉は無視する。


(あー、ティリオーダウンの偉容がよく見えるねー)


 ごそっと塵風が槍となってミランダさんへと伸びた。かすめただけで攻撃型エー・トゥールはごっそりとえぐり取られていた。ミランダさんの太股の地肌が見える。


「何なの、この威力はっ」


(負けないと言ったろうが)


 聞こえもしないのに言い返している。


(でも恵風これ)

(こんなもんじゃないぞ。塵風は)

(え、マジで?)


 たぶん真理ちゃんは危ないよと言おうとしてたんだと思う。だってミランダさんの太股が一瞬で剥き出しになっちゃうぐらい威力があったんだもん。裸になっちゃいそうで危ないもちょっとは入ってたかも知れないけど、でも恵風はそんな一切を無視して塵風がまだまだ威力が出せると言ったのだ。


 真理ちゃんが塵風初心者だから手加減したのだろう。


(ホラこんな感じ)


 と塵風がミランダさんの太股回りを回ると、小片だけで攻撃型エー・トゥールの太股回りを完全に削ぎ取っていった。それも少しずつ薄皮を剥いで行くようにである。まるでカンナ掛けだ。


(どうどう?)


 気を遣ったんだぞと誉められたそうな犬のように尻尾を振ったつもりだろうが、オレも真理ちゃん同様ビックリした。

 ミランダさんは未だ中空を浮遊しながら時折太股を眺めては傷の有無を確認している。地の肌が丸見えになっても未だに自分の状態が信じられないようだ。


 そんな自失してるミランダさんの周囲を、真理ちゃんが岩塊や小片にも当たらず縦横無尽にひねりを加えながら飛び交っている。

 それを見てアミック隊と地球の同胞はおもわず繰り言を述べていた。


「わ、殊勝な顔してあんなに喜んでる」「狂気だな」「おそろしい女の子だ。まだまだミランダ副隊長をいたぶる気満々なようだ」「マーク、もうちょっと後ろに下がろう」

 そしてマークとワルテールはえぐられた卵形の土壁に遮られて下がることも出来なかった。


「…………」「…………」

 アミックとアッチは無言だった。


 その空気の中で恵風はひとり元気だった。


(飛ぶのは気持ちいいだろー)

(そうだね。空中散歩も好きだけど)

(スピードがちがうだろー)

(そうだね)

(塵風すごいだろー)

(驚くぐらいね)

(星の一つや二つ、バラバラにして塵風の養分にしてやることだって出来るさーー)


(えーーーーっ)

 思わずオレが反応した。

 コイツは何のためにオレがアミックと手を組んだのか、連立したのか、それをわかってないのかっ、このヤロー。


(絶好調ーーーっ)

(あ、それやっちゃ駄目だからね)


 真理ちゃんから冷静に駄目出しが出た。


 ひゅんひゅん風を切っていた真理ちゃんの飛ぶ速度が、ちょびっとだけ落ちた。

 恵風、わかりやすい子──。



(そ、そんなもんわかってるさ、真理。俺を誰だと思っている。風と土の大精霊、恵風さまだぞ)

(はいはい。でもね恵風、これ、こんなのやって本当に精素切れとか大丈夫なの? 見野山病院では今にも死んじゃいそうな、物凄いことになってたのに)

(余裕だぞ。真理の左手はダブルで血止めされたからな。しっかりダブル由来だ。だから精素の補給なんて塵風してる今この最中も湯水のごとく回復してる)

(なんか変な日本語だよ)

(覚え立てだ。組み合わせの妙とでも思ってくれー)


 とまた恵風が速度を上げた。おかしいと言われた照れ隠しなのだろう。


(それより真理。もうちょっとだ。キッチリ剥いてけ)

(あーでもね。私こんなに威力あるなんて聞いてなかったよ。それに剥くだなんて、そんなこと女性に言っちゃ駄目だよ)

(ミランダは生きてる。存分に攻撃型エー・トゥールを()いでけ)

(ううーー)

(やらなきゃ俺がキッチリ引導を渡すが)

(わかりました。私がやります。最後までちゃんとやります)

(覚えろよ、真理。それが主題だ)

(うーん、ごまかされた気もするけど、はい先生)


 …………マイペースだな、この二人。

 風の中を飛び回る真理ちゃんは完全に恵風に憑かれている。それなのに真理ちゃんアミック隊やマークとワルテールから真理ちゃんがやってると見做されてドン引きされてるのに、それを気にもしない。もう充分内外に恐怖は与えたと思うのだが、て言うかあれ、恵風が調子に乗ってるだけだよね。


(真司くん)

(なぁに)

(空間操作銃、もうちょっと小さくしてもらえないかな)


 そうして真理ちゃんがオレに空間操作銃を出して見せた。


(いいけどどうして?)

(さっき練習しようとしたら大きくて、引き金ひくの大変そうだったの)

(あー、そうかもね。ミランダさんと真理ちゃんの手じゃ大きさが大人と子供だもんね)

(のんきに言ってんじゃねー。早くしろっ)

(じゃあ真理ちゃん、いったん仕舞って)


 その瞬間に真理ちゃんの手から空間操作銃が消えた。


 オレはもう余計な装飾も取っ払って軽くし、グリップ回りも小さくし、銃身も短くし、そして引き金も引きやすくした。引きやすくしたのだろうか? したのだ。


(真司くん)

(なぁに?)

(引き金がないんだけど)

(うん。そうだね)

(これじゃ撃てないよ?)

(だから思うだけでいいよ。どうせ真理ちゃん専用だし。真理ちゃんが撃ちたい物を撃とうと思うだけで(まと)に飛んでくよ)

(え? いいの、それで……)

(いいの、いいの。どうせ変えるならそれぐらいしようよ。多分大丈夫だと思うけど試してみてね。細かいところは調整してくから)

(わ、わかりました)


 そんな感じでオレたちのエー・トゥールで通信を交わしていたわけだが、その間もミランダさんは空間操作銃でキッチリ真理ちゃんを狙って撃っていた。

 今は真理ちゃんがエー・トゥールを出したもんだからそれはもう躍起になって撃ちまくってる。

 恵風がそんなミランダさんを落とす。落とされた先には塵風が吹き荒れてて、そこに落ちただけで全てを削り取られるのがわかりきっているだけにミランダさんは必死だった。


 ──すでにほんの少しちょっかいをかけられただけで、攻撃型エー・トゥールが剥き出しにされてしまったのだから、そうなるよなぁ。


 ミランダさん下に向かって撃ちまくる。


「うわ」「うわ」「うわ」「俺たちを撃っても仕方あるまいに」


 アミック隊が懸命に避けている。塵風で卵形にえぐり取られただけの剥き出しの土の上なので、避ける場所などそうそうない。

 もっともそんなミランダさんの攻撃など塵風が一切の通過を許さないのだが、思わず避けてしまうのは人間の条件反射だろう。

 しかしミランダさんも容赦ない。セプトの同胞がいようが自分の安全が第一である。お前らなんか知ったこっちゃないと言ってるようなものだ。


「まあ味方の窮地を何もしないで観戦してるように見えてたら、こういう意趣返しもするか」


 アミックが言った。


 ミランダさんは止まらない。そのアミックのひと言すら癇に障ったのだろうか、通常の攻撃がやはり通らないとわかると、本命の回避手段に切り替えた。


「深度一」


 ミランダさんの必死な声が響くこともなく、東京大深度の地下に遠く深く、吸い込まれて行く。

 そして位相のずれに対して、真理ちゃんがむずからのエー・トゥール、空間操作銃で深度一をぶつけて位相をズレさせない。

 そこにはオレたちの深度一が入っている。青い深度一だ。精霊世界の深度一がセプトの深度一を凌駕する。飲みこんで剥ぎ取ってお終いだ。

 仮に失敗してミランダさんが深度一に入っても、その時にはこちらもすぐに入ればいい。

 塵風ごと深度一に潜らせれば、それはまた元の木阿弥。深度一でも塵風がその威力を発揮することになる。そしてセプトとオレたちの深度一ではその性能がオレたちの方が上なので、時の流れがこちらだけ速くなり、ゆっくりとしか動けないミランダさんの難易度は現状より更に上がる。


 わかってるのか?

 いや、わかってないな。手の内をオレたちは晒していない。

 そしてそこまでミランダさんは辿り着けなかった。

 真理ちゃんの一撃で深度一を剥ぎ取られて、位相が全くずれていなかった。そして自らが失敗したことを悟ったのだろう。慌てて両手足を広げて風に乗ろうとする。

 今までは塵風から逃れようと手段を選ばなかったのに、抜け出せないと見るやすぐにまた囚われようとする。


(なかなかに図々しい奴だよな)

(そんなこと言っちゃ駄目だよ。いろいろ頑張って試してるんだから)

(真理は俺の片棒を担いでるんだがな)

(習うのが主題なんでしょ。そこは大丈夫だよ)

(あーもういいよ。あの女もまた動きを止めたし)

(そうなの?)


 と真理ちゃんが観ようとすると、憑いてた恵風が猛威を振るった。また真理ちゃんがタタンと中空で踊ってる。

 あ、と口を開けた真理ちゃんが間抜けだ。そんなこと言っちゃ怒られちゃうから言わないけれど──。

 そして動くのを諦めたミランダさんに塵風が襲った。薄皮を剥ぐように攻撃型エー・トゥールの装甲を剥いで行く。

 そこから念入りにやるのね。

 今度は臀回りの攻撃型エー・トゥールが薄く剥がされてゆく。


「おい、あれ見ろ。モトール合金が削られてるぞ」

 全員がギョッとしてミランダさんの攻撃型エー・トゥールに釘付けになった。


「嘘でしょ。モトール合金があんな風に削れるの? 信じられない」

「オレもてっきり一瞬でぶっ壊してたのかと眼福に思ってたけど、まさか()がれてただなんて」


 グレンのひと言にハナダは思うところがあったらしく一瞬ムッと睨んでたが、グレンが何食わぬ顔で削がれてく攻撃型エー・トゥールを観察してるので、重要度を鑑みてハナダもそれに倣った。

 実際アミック隊の全員が思うところは同じであった。

 あれはこれまでは攻撃型エー・トゥールの部分部分を壊して引っぺがしている物と思っていた。だが実際はカンナ掛けのように風によって削られていたのだ。それもヤスリ掛けのように粉塵となって削られて行くのではない。カンナ掛けのように薄く削られて行くのだ。

 こんな状況はセプトの常識にはなかった。その常識外れのモトール合金の削られ具合に、誰もが驚愕してるのだ。

 例えば自分たちの艦隊どころかセプト本星のどんな工場でも、こんな風にモトール合金を削って行くことは出来ないだろうと思われた。そもそもモトール合金は強酸の中に入れても腐食せず、大抵の宇宙の環境変化においてもその強度を保つ、すごい合金なのだ。しかも単層素材を積み重ねて積層にすることでようやく曲線を表現できる、それほどの固い素材でもあった。それなのに、あの左手のない女の子にかかると、それがいとも容易く魔法による風で削られてくのだ。

 アミックが首を振った。


「いったい、モトール合金のおかげでどれだけ生存率が上がると思ってるんだ」

「そんなになのか?」


 疑問に思ったのでオレはアミックに尋ねた。


「生存率を上げるためのパイロットスーツでもあるんだぞ、あれは」

「隊長、その情報は」

「いいんだ、アッチ。我々は連立を組んだ。向こうにだけ手の内を出させて、やられてる側の我々が、我々の科学を秘密にすることにどれだけの意味があると思う。どうせその気になればいつでも壊せるのだ。気分次第で殺せもするだろう。ミランダ副隊長の身の安全を考慮しても、今は出し惜しむところではあるまい」

「それは……、その通りです」


 アッチが同意した。

 興が削がれたのでオレもそれ以上は聞かなかった。アミックとアッチの微妙な関係に、オレが決定的な何かを決める呼び水になることもあるまい。そんなことになったらオレのせいでこうなったと、後でアミックから要らぬ腹をさぐられてごっそり持ってかれるかも知れないのだ。

 それぐらいにはオレはアミックを評価している。


 それにアミックの情報はいつでも調べられる。記憶を操作する前のアミックの記憶をオレは持っている。

 攻撃型エー・トゥールが侵略機動兵器のパイロットスーツであることは、オレも今調べて知った。

 侵略機動兵器が壊されても、攻撃型エー・トゥールで宇宙空間を漂っていれば生存率は格段に跳ね上がるのだ。なにしろモトール合金は電磁波にも影響を受けづらいし、物を溶かす酸や寒暖の差にも強く、何より固いので戦争から離脱した状態なら敵にも助ける義務が発生してくる。そうなればほぼ無傷のまま捕虜となることも可能なのだ。

 もちろん捕虜と言っても敵も攻撃型エー・トゥールの性能は知っている。銀河連盟の共用語がセプト語なのも、それが加盟してる星々からどのような目で見られてるのかは察しが付くだろう。

 アミックがその立場に立たず、情報のある程度を開示したことをオレは評価したい。

 記憶がいじられてることを、それもオレと超越した存在たる超臨界水からいじられてると知ったら、この人はどんな反応をするのだろうか。


 だがこういう人としてあるまじき行為に興味を持っても、人道に悖るとか酷いとは毛ほども思わない。もしかしたらオレも大概なのかも知れない。

 でもアミックが拷問して切った真理ちゃんの左手を切断したのだ。それをまだ治しもしないで戦ってもらってる以上、人道なんて言ってられない。

 もしこの事態を脱し、真理ちゃんの左手も心おきなく治せて、それから好戦派とやらを共に地球から追い払えたなら、その時にはアミック自身にオレの持つアミックの記憶を付与して元に戻して上げてもいいかなとも思ったりもする。


 だがそれもこれも浸透戦略だけで話が済んで、好戦派とやらが地球に手出しが出来ないように事を進められてからだ。


 そして真理ちゃんが相手してるのは、その好戦派に所属する一人なのだ。


 その最早自分の立場を隠しもしないで浸透戦略派のアミック隊諸共飛び回る真理ちゃん目がけて、ミランダさんはただただ狂乱して攻撃していた。今は攻撃型エー・トゥールに残された数少ない攻撃手段、振動波を撃ちまくっていた。最早遭遇した当時の知的でクールなミランダさんの面影はない。

 ひたすらに真理ちゃんを殺してこの塵風から脱出しようと、髪を振り乱してもがいている。


 そしてそれは──、


 まさに風と土の大精霊、恵風の狙い通りとなっているとオレは思った。


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