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ダブル  作者: 茶の字
第1章 幼稚園時代
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第94話 お恥ずかしい限り

 荷揚げ場は所々光源が壊れて薄暗くなっていた。その暗がりの向こうにミランダさんとアミック達がいる。そしてそのセプトの人たちの背景には、ひたすら黒い塊が重量感を持ってこちらを威圧するかのように佇んでいた。

 煌子力エンジンを搭載した、全長九百メートル、全幅、全高、共に六百メートルはあるティアドロップ型の自称降下艇、強襲型惑星制圧艦。

 ティリオーダウン。


 グレンとハナダに勝利宣言をした直後とはいえ、オレたちは未だにこの場に追い込まれてるのだと言うことを、嫌が応にも圧力として受け取ってしまう。

 そしてオレは交渉していた女性を捜した。


「で、ミランダさん」


 とオレは呼びかけた。余興は終わったのだ。

 グレンは腕を押さえ、ハナダさんは顔から血を流してるが、オレはあえて無視した。

 本来オレはミランダさんと交渉中だったのだ。

 勝ちだと宣言した直後に、降伏勧告の交渉を再開するのは思わず笑ってしまうほどどうかと思う話だが、未だアミックが動こうとしていない以上仕方がない。

 アミックにも連立してることを秘していたい事情があるのだろう。

 もしかしたら何も聞いてないミランダさんがどう処理しようとしてるのか、それを見たいのかも知れない。それならオレもちょっと興味がある。

 何も知らないこの強いミランダさんがどういう反応をしてくるのかを──。


 オレがじっとミランダさんからの返事を待ってると、ミランダさんが呆れたように小さく首を振って返事を告げた。


「私としては最初の約束通りから譲歩してもいいわ。拘束もしない」

「それは本当に? 今後ずっとだよ」

「ええ。見逃してあげる」


 アーノルドの名前はでかいんだな。アミックの名前よりここまで効力を表すとは正直思いもしなかった。


「ただし」

 と釘を刺してきた。


「その魔法の秘密を、本当に教えてくれるのならね」


 そのひと言を聞いてアミックがミランダさんを鋭い眼で見た。

 だがそれを咎めたりはしない。黙認するようだ。けれどもそれで本当にいいのか? オレたちは連立してるんだぞ。

 魔法の秘密どころか、オレの名前やダブルのことまでお前には投げたんだがな。

 超臨界水の手が入っているとは言え、全てではないのだろう? 記憶が全くないならば、こうして目だけでオレと会話をする必要はないのに──。


 アミックの意図がわからない。


(アミック)


 浅い深度で呼びかけてみたが、その呼びかけもアミックには聞こえていないようだった。



 オレがジッとアミックを見ていると、つとアミックが顔を上げた。そして部下達に命じる。


「アッチはグレン達の介抱を。メアリー状況確認」

「「了解」」


 当たり前のようにスムースな意思の疎通。メアリーさんがミランダさんのもとに駆け寄って行く。

 そしてオレは違和感に気づく。


 アミックが呼び寄せないでメアリーさんをミランダさんの方へ向かわせる?

 ありえるのか? こんなこと。

 アミックは上官だぞ。


 オレはもう一度調べようと思い直した。思い直さざるを得なかった。

 オレはアミックの記憶を持っている。最初の遭遇時にダブルで解析をかけたからだ。超臨界水の真似をして今日の記憶を消すような真似もした。その記憶を消す前のアミックの記憶をダブルで分析する。

 思い直したのはミランダさんの情報だ。

 オレがこれまで理解していた情報は、アミック隊の記憶じゃないのではないか、という疑いからだ。そして思わぬ事が発覚した。


 ミランダさんの所属は陸戦隊だった。


 オレが調べてたアミックの記憶は、アミックは要注意人物としてミランダを調べ上げていたことだった。

 直接の部下ではなかったのだ。

 それどころか降下してきた陸戦隊を、アミックは注視していたことになる情報だった。

 オレはそちらの相談が終わるまで待機するという振りをして、真理ちゃんのもとへ急ぎ戻った。

 荷揚げ場の端と端だ。入り口と奥とでは相当の距離がある。

 オレは真理ちゃんにこっそりと耳打ちした。


「副隊長という肩書きに先走って、ろくに確認を取らなかったオレのミスだ」

「どうしたの」

「ミランダさんは陸戦隊だ」

「え?」


 真理ちゃんが驚いていた。

 それはそうだろう。今までオレの心の声は通信機を通して駄々洩れだった。そしてその駄々洩れの声は、ミランダさんがアミック隊であるという前提のもとに思考を重ねていた。その前提が崩れてしまったのだ。


「もっと隅で話そう」

「でも隅で突っ立てるだけにしちゃ偽装的にはまずくない?」


 警戒されるようになったら堪らないのだけれど。

(黙って突っ立てるのもダメだよ。魂の回廊のことを勘ぐられちゃう。アミック隊は良いとしても、ミランダさんには駄目。浸透戦略じゃなくて制圧するのが目的な部隊なんだから。

 ()いてはダブルのことにも繋がっちゃうからね)


 オレが頷くと真理ちゃんが声に出した。


「話す内容がセンシティブだもん。もっと離れて話そう?」

「わかった。でもどうしよう」


 真理ちゃんの回転についてけない。

 思わず丸投げしてた。

 オレの人生経験ではこんな阿呆な事態に陥ったことはない。


(落ち着くためにも思い返そう)


 真理ちゃんがこくりと頷いた。その姿にオレは励まされる。


 そうだ。まずは思い返そう。ダブルの解析を把握出来てるのはオレだけなのだ。その動きがどうだったのかを真理ちゃんに説明して、そして俯瞰してもらうのが一番早く状況が把握できる方法だと思う。


 まずはあれだ──。


 陸戦隊とアミック隊のことだ。この二つの隊は協調していた。協調してオレたちを追いかけていた。その時には同じセプトの陣営だと思って、その流れのままにただただ対応していた。それが落とし穴だったのだ。

 オレが連戦につぐ連戦の逃避行をする羽目になって、オレに腰を据えて調べる暇がなかったというのも事実だが、それにしても凄まじい勘違いをしてしまったと思う。下手をしたら致命傷だ。


 オレの普段の生活圏である幼稚園なら、日常は幼稚園のお友達にしか関わらない。子供だったらどんな顔で、何が好きで、何をして遊びたがるか、そして一緒に遊べるかどうか、これが一番大事なことで、これだけ知ってれば事足りてしまっていた。

 だが、大人の世界は違う。

 大人の世界では、人の名前を覚えるのは仕事の一番最初にやらなければならない基礎中の基礎だ。どんな人でどんな仕事ぶりなのか、趣味は話してくれる人か、人付き合いはいい方かどうか、そういうものを日々を過ごすことで互いに寄せてくのが人の関係というものだ。

 それが良い関係に付け、悪しき関係に付けだ。

 だがオレは解析で情報を抜いて分析で調べてと、まるで流れ作業のままに心を配らずに事を行っていた。

 だから手酷い失敗をする。

 ミランダさんを前にして、人としての関係を寄せていこうとしたら齟齬ばかりが目立って、それでも寄せていかなければならないと努力していたら、その努力が敵に塩を送っていただけという、そんな間抜け振りになったわけだ。

 だがここに陸戦隊の副隊長であるミランダさんが来たと言うことは、とそこまで考えてオレは嫌な予感に囚われた。


 そういえば弟さまからの連絡が一切ない。


(弟さま)


 呼びかけたが返事はなかった。

 自ら魂の回廊を閉ざしている。閉ざしている感触はあるので、今はもうそれ以上は出来ない。弟さまの邪魔をするわけにはいかないのだ。


(とりあえず状態回復。それから状態固定)


 無駄打ちなら無駄打ちでいい。無事でいてくれ。状況はわからないがとにかく弟さまにも迷惑かけた。


(位相拒絶はいいぞ。今は全く必要ないから)


 とりあえずいつもの深度で弟さまにも言い残しておく。弟さまも何かが起きてそれに対処してるようだ。

 そしてもちろんオレも、自らが招いてしまったこの事態を、オレはオレ自身の手で打開しなければならばならない。


 それに悪いことばかりではない。

 今気づけて助かった。

 オレはアーノルド・ムックがジェラルド隊長の副隊長だとわかっていたから、ミランダさんはアミックの副隊長だと錯覚したのだ。

 アーノルドとは交渉したし、オレの中でジェラルドの片腕という印象が一番強くなっていた。

 だからジェラルド隊長にはアーノルド副隊長、という印象が強くなってしまっていた。


 だが実際にはジェラルド隊長にはアーノルドの他にミランダさんという副隊長が立派に存在し、ミランダさんが副隊長だと思っていたアミックには、メアリーさんという副隊長がこれまた立派にその任に当たっていた…………。


 ふう。


 ジェラルドには副隊長が二人いて、アミックには一人しか副隊長がいない。その理由は大体察しが付く。ジェラルドはバカで、アミックは頭がいいからだ。

 副官は一人しかいないという先入観は、確認を疎かにする。そういうことだ。今回オレは、それを身をもって味わってしまったわけだ。


 超臨界水がいたら腹を抱えて笑ってるだろうな。

 見てるんだろ、おい。

 あんたに意地悪された気分にもなってるぞ、オレは。

 アミックと連絡をつけさせなかったか。あるいはアミックが記憶を消されて通信手段の存在を忘れ、魂の回廊の深度に心を配れなくなってしまったのか。


「やばい。なんか自己解決してしまった」

「落ち着いたようね? よかったわ」

「ありがとう。お恥ずかしい限りだったけど、おかげさまのお陰様だ」

「もういつもの調子だね。なら話を元に戻すけど、アミックさんはミランダさんに強く出られないのよ。全てのエー・トゥールを失い、ティリオーダウンの人たちに予備のエー・トゥールを借りている立場なんだもん。そのうえ戦闘でもあなたたち二人に幾度となく追い払われて、陸戦隊の手助けまで借りている。この意味わかる?」

「あー、なるほどね。例え隊長でも陸戦隊の副隊長にいまは頭が上がらない状態なのか」

「そう。だから降伏交渉にも口出しできないのよ、アミックさん」

「あいつ、苦労性だな」

「そんな心配はいいから。前に行こう。元の位置に戻るの。いつまでも後ろにいちゃ痛くない腹を勘ぐられちゃう。それよりもまだ相談は終わらないのかってメッセージを出した方がいいよ」

「おおーっ。前に出るだけでそんなメッセージになるの?」

「そっちの都合に合わせてますけど、ちょっと長くないですかって向こうは受け止めるでしょ?」

「なるほど。流石だわー××××××」


 と言ったところでシーッと口を押さえられた。

 しまった。気を抜きすぎた。

 真理ちゃんが口を押さえてくれなかったら、もうちょっとで真理ちゃんと言っちゃいそうだった。

 真理ちゃんがそれに気づいて先回りしてくれて助かった。セプトの前では固有名詞を出さない。これは暗黙の了解で不文律、言うまでもないことだった。

 真理ちゃんは本当にしっかりしてる。


「もう大丈夫。手も思い浮かんだ。今この時に手を打ちたい。打ってもいい?」

「いいよ」


 さすがは真理ちゃん。決断が早い。オレはまだ何も言ってないし、言う間も惜しんでたらひと言でゴーサインが出た。

 いいよか。いいよっていいよね。


 オレは真理ちゃんの手を握って一歩前に出た。そして何やらメアリーさんと揉めているミランダさんに話しかける。


「いいよ。ミランダさん。これを見てくれ」


 オレはポッケに手をつっこんで鉄の塊を創造する。こちらに振り向いて話の続きを待つミランダさんに、さも持ってたかのようにその鉄の塊をポッケから取り出してみせた。

 ミランダさんが訝しげに、それでも興味津々にオレの手元にあるその塊を覗きこむ。


「それは何」

「予想はついてるでしょ?」

「質問に答えなさい」

「これがミランダさんお望みの、オレたちの秘密さ」


 するとミランダさんはおろか、アミック隊の面々までもが食いついた。秘密と言われて思い当たる節が多々あるのだろう。散々オレにやられてるからな。そのオレが秘密と言って何やら曰く付きの物を取り出したのだ。食いつくのも無理はない。

 いい食いつきだ。

 オレは釣りをしたことがないけれど、どうせなら食いついて食いついてしっかり針を飲みこんで欲しいものだ。


 オレはミランダさんから、アミック隊の面々、そして隅っこでじっと様子を窺ってる地球の同胞にして敵であるマークとワルテールにまで眼を配った。

 皆が押し黙って次のオレの言葉を待っている。


 さて、行こう。こいつでこれまでの大失態を取り返すんだ。


 失敗あるある。勘違いあるある。迷惑をかけたりかけられたり、敵でも敵じゃなくても、愛があってもなくても、折り合いをつけるって大事だなぁと改めて思いつつ書いてました。

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