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ダブル  作者: 茶の字
第1章 幼稚園時代
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第93話 離した手と手

「君たちが使う、その魔法のすべて」


 要はすべてを寄越すようにとミランダさんから降伏勧告を申し渡されたわけだが、もちろん渡す気はない。そもそも恵風の姿を全く見せてないのだから、誰がオレたちの背後にいるのかすらそちらは知らない。

 オレたちが使う精霊魔法なんて微々たる物だが、そんなことすらわかってない。この隠れた成果は頑張って隠して来た甲斐があるという物でもあるのね。

 それにしてもなんかミランダさんてアミックと違うんだなぁとも思う。何と言うかアミックより、より物欲に溢れてるというか。直截に物を欲しがる感じがする。


「でもそれ、教えてくれって言えばいいだけじゃないですか?」

 真理ちゃんが間に入ってくれた。物思いに耽りすぎたらしい。


「教えてくれって言えば教えてくれるのかい」


 真理ちゃんに手をギュッとされた。なのでオレが頷いておく。

「いいですよ。アミックと連絡取れたなら」

「アミックが、か」


 まるで信じてないといった目を向けられるが、連立を組んだことがアミックの口からミランダさんに伝われば、オレたちのような子供の口からじゃ嘘にしか聞こえないことでも、上司から直接諭されたということで流石に信じてもらえるはずである。命令系統的にも反論の余地を残さないために、その方が良い気がしてきた。

 でもミランダさんは業が深いとでも言いたげな表情をした。


「まぁその気持ちもわかるが、欲しい物は直接もらうことにするわ」


 あれ?

 交渉してると思ってたのはオレたちだけで、ミランダさんは自分たちの要求を通す方が優先らしい。

 条件降伏ではなく、無条件降伏を勧告してたのか。

 まあオレたちの容姿は子供だからな。マスクで変装しようが子供なのは変わらない。力ずくで言うことを聞かせた方が手っ取り早い。

 ミランダさんが空間操作銃を構えて、マークとワルテールに顎をしゃくった。

 崩れた扉の向こうに身を隠していたマークとワルテールが命じられるままオレたちを捕らえに来る。


「アーノルドはオレを勧誘してたんだがな。これじゃそっちに返事をする前に交渉決裂だな」

「待て」

 途端にミランダさんが二人を止めた。

 やはりアミックの名を出すよりアーノルドの方が手札としては強いようだ。ごめんよアミック。お前の部下なのに。

 するとミランダさんの遥か後ろの方から声がした。


「アーノルドって、陸戦隊の副隊長が勧誘?」


 荷揚げ場の向こうの通路からだ。声のした方から段々と人が近づいて来てるようだ。今の声はオレの知らない声だが誰だろう。それと一人じゃないな。ハッキリと複数の気配がしてきた。マークとワルテールが通れるように道を空けているし、来たのが一人だったら別にどく必要もあるまい。はてさて誰の声だったのやら。


 何気にミランダさんが面倒臭そうな顔をしたのが印象的だった。けれども彼女も何も言わない。現れたのがアミックだったからだ。

 つまりようやく登場というわけか。

 アミックとアミック隊だな。アッチはいるかな? 弟さまと真理ちゃんを捕まえたセプトの魔法使い。とりあえずグレンとハナダがいるな。アッチはいないのかな。いないなら魔気の補給が考えられるが、補給地としては魔物の放牧してたみたいだし、あの地下六階の施設のどこかにいるのかもな。

 つづいて現れたのは女の人だ。見た覚えはあるけどあの顔は誰なのだろうと調べてみると、メアリーと出て来たわけだが、続いてメアリーさんの後ろから出て来た男にオレは一瞬で眼を奪われた。探し求めてた男の姿が現れたのだ。

 アッチだ、アッチ・ドーナム。実際に目にすると思ったよりも小さい。アッチの攻撃型エー・トゥールは他の隊員より一回り小さかった。着脱を楽にして、いつでも魔法使いモードに移行できるよう工夫してるのだろう。


「あ、あの人だ」

 真理ちゃんが(ふる)えた。自分を攫った人物だとわかったのだろう。


 攻撃型エー・トゥールのフェイスマスクがないので相変わらず映像系と通信系は機能してないようだ。

 すると向こうでもオレの姿を視認してオレの説明を始めた。


「あのガキの攻撃、やたら痛いんで気をつけて」

「またCPUが異常を起こして動けなくならないように。彼の技を喰らうと分析しようとしたCPUがオーバーヒートしちゃうんで」


 ああ、グレンとハナダって地下六階の農場でシューさんと一緒にいた兄妹か。

 すっかりやる気になっている。


「いいの? 上司はまだ何も言ってないけれど」


 オレはグレンに話しかけた。するとそのグレンから鋭い眼を向けられた。


「相変わらず生意気なガキだな」

「いや、そうじゃなくて、声聞いてわかったけどお兄さんでしょ。陸戦隊の副隊長が勧誘って言ったの」

「確かに言った。でも駄目だ。シューさんがアミック隊の名を地に落とした。ここでいいようにやってくれたお前たちガキを止めないと、アミック隊は終わりだ。子供に負けた隊として、もはや存続は許されまい」


 あちゃー。そこまで追い込まれてたのか。

 憎たらしいアミックの顔を見ると、アミックも止める気はないようだ。身をもって体験して自覚をさせるってことだな。命令だけではわだかまりが残って、この後の連立に差し障りが出るかもしれない。それならいっそのこと戦って散れと、そういうことだろ。

 ならいいさ。恐怖を与え返してやる。


「シューさん体調悪かったようだけど、それをオレのせいにされてもなぁ。正直困る」

「困ってるのはお前じゃない。俺たちの方だ」

「それはそっちの都合でオレたちには一切関係ないじゃん。そもそもストーキングされてそっちの都合にばっか振り回されてんだよね、オレたち」

「地球人の都合などどうでもいい」

「それに今、大事な交渉をしてる最中なんだよね。そこのセプト人のミランダさんと」


 するとミランダさんが肩をすくめて言った。


「どうぞお構いなく」


 アミックはと見ると、アミックも最前と同じく特に何も言わない。むしろオレの戦闘を見てみたいといった感じだ。

 お前にはダブルのことまで全て明かしたんだが、これはもうダブルのことは記憶の欠片にも残ってないようだとオレは確信する。

 やはりアミックの記憶には超臨界水の手が入ってる。

 好きな時に好きなだけ記憶をいじれる反則のような存在。

 それがオレたちだけでなくセプトの側にも入ったことが初めて確認できた事例となる。


 お前も戸惑ってるのか、アミック。


 オレがそんなアミックに気を取られていると、真理ちゃんがオレの横でグッと胸を張った。

 何だろうと真理ちゃんの視線を辿るとグレンとアッチがじろじろと真理ちゃんの左手を見ていた。オレはその真理ちゃんを見る視線が気に入らない。

 お前らアミック隊が総意で拷問した左手だろうが。

 無遠慮が過ぎる。


 連立相手だから戦闘は避けようと思っていたけれど、なんだかちょっと、急激にやる気になって来ちゃったな。


「やるのはアンタと誰だ」

 オレがグレンに問いかけると、グレンの隣に立つ女の子が手を挙げた。

「私がやるわ」

 アッチは参戦しないらしい。立候補したグレンとハナダが煌子力の詰まった攻撃型エー・トゥールで戦闘に関わる以上、煌子力と魔気の反応による大爆発を回避するためには魔法での戦闘はお預けとなる、か。

 だがこれは致し方ない。オレとしては弟さまと真理ちゃんを捕らえたアッチには、一度きちんとお礼をしたいと思っていたのだが、まあそれはまた別の機会にということで、だな。

 オレは了承したと頷いた。

 するとグレンが仲間たちに要望した。


「ちょっと場所を空けてほしいんだけど」


 そのグレンのお願いにアミック隊の皆が後ろに下がった。マークとワルテールも同じラインまで下がる。荷揚げ場の出入り口はすでにミランダさんに破壊されて影も形もないが、扉の代わりにアミック隊に出入り口を封鎖されたような気分になるな。そう整然と並ばれると、袋のネズミに自分たちが陥ったような気もするよ。


 オレの方も準備をする。

 とは言っても真理ちゃんから手を離すだけだ。


「手を離すよ」

「はい」


 真理ちゃんは力強く頷き、オレから手を離した。

 アミック隊の前に一人で立つのは、相当しんどいことだろうと思う。拉致され、拷問を受けた隊の面々だ。ストレスは絶対にあると思う。それも相当にだろう。

 でも真理ちゃんはそういうことをこぼさない。

 泣く時は盛大に泣くけれど──。

 ふと、助けた時の真理ちゃんの無防備で素直な、そんな喜びと泣いた顔を思い出して、オレはちょっと笑ってしまった。

 これから戦いだというのに。


 こほん。


 でもまあ、真理ちゃんと手を繋いだまま奴等とは戦えない。出来るだけ早く終わるよう頑張ろうと思う。

 とりあえず真理ちゃんには状態固定と深度一をかけておく。時の流れが真理ちゃんだけ加速してるようになるから、時間がかかるように感じてしまうだろうけど、そこは我慢してほしい。

 戦闘が始まればどうせあいつらもエー・トゥールで潜るだろうしね。


(恵風。頼むぞ)

(わかってる)


 オレは真理ちゃんに憑いている精霊の恵風に後事を託して、グレンとハナダの前に立った。


(深度一)


 迷うことなくオレは深度一に潜った。

 これは攻撃型エー・トゥールと相対するには必須だ。

 時間の流れをあいつらより有利にしないと、装備で負けてる分お話にならなくなる。


 するとやはりブースト深度一が吹き荒れた。天井を透過して上空から打ち下ろされる青いきらめきに、アミック隊の面々も驚いている。メアリーさんなんかあからさまに防御態勢を取っている。これは自分ではなく隊全体を守る構えのようだ。

 セプトの深度一をブースト深度一にぶつけても飲みこまれるだけだと思うが、それでも対処をする気概を見せるのは頼もしい。後ほどにはアミックからの表明があって連立相手となるのだ。強さを感じる人が多いのに越したことはない。


 そしてそのブースト深度一が誰かを捜すように動いて、オレにぶつかってキレイに分かたれて行くのを見やると、グレンとハナダは迷いなくオレに突撃してきた。


 それは攻撃型エー・トゥールの利点を思い切り活用する速度による人間の基本性能を問答無用で凌駕して制圧する力技だ。

 だがこれが一番手強い。力で対抗しようにも絶対に力では叶わない。オレが肉体強化のダブルで基礎能力を底上げしてもだ。届かない。

 オレは唯一あいつらに(まさ)ってるセプトの赤い深度一より時の流れが速いオレの青い深度一を駆使することで、突撃に対処する時間を稼いで対応する。


 やるのは基本これだけのことだ。そしてオレにはこれだけしか出来ない。


 初撃を、時間差を利用していきなり前に出ることで回避する。と同時に足払いを左を通過するハナダにかける。


 ハナダがオレの足に引っかかって物凄い勢いで壁の横にまで吹っ飛んで行く。


 なんか、人間がとっちゃいけないような姿勢でエビぞりのまま壁にぶち当たってるんだけど。

 セプトの壁は頑丈そうだしな。あれは痛いだろう。

 女の子の顔に傷がついたかも知れないけど、そこは戦闘中の出来事だ。後で連立相手とわかってもご容赦願いたい。


 というわけでオレが追撃しようとすると、横合いからグレンが振動波を撃って来た。

 一度オレにやられてるからグレンは不用意に近づいてこないわけだな。

 ならば狙いを絞らせぬよう移動しながら攻撃型エー・トゥールの右手を構えることで、無防備に横に流した左手に狙いを定める。


「風刃」


 グレンの左手の攻撃型エー・トゥールが風刃で切り刻まれた。残念ながらオレには狙いを外そうとしても精霊魔法もダブルと同じように対象に直接発動するから、回避動作も意味がない。その左手に驚いてグレンが手を引っ込めるのとオレが視界の端からグレンに接近するのが同時だった。

 視界の端から接近するのは、一緒に笹島道場に通ってるオレのお友達、緑川くんの十八番だ。

 緑川くんはオレの胴着の右襟を手でぐいっと押し込んでから、そっちに気を向けさせると途端に反対の左の方から担がれたりしてよく投げられるのだ。

 言わば強制的な嵌め手だ。

 それを応用してみた。接近時は身体を接触しないでもいい分、柔道より精霊魔法の方が楽に出来るぐらいだ。


 風に乗るようにして動くオレのその腰に、グレンの身体が見事に乗っかった。

 でもグレンがその動きに反応した。精確に言うとグレンではなく攻撃型エー・トゥールが反応して、オレを蹴ろうとして床を踏む位置を変えているのだが、それは、その動きはオレに見えている。


(深度一)


 オレはその攻撃型エー・トゥールの左足だけを深度一に沈めた。床をスカッと蹴り損なってバランスが崩れる。その崩れたところを今度こそ担いで投げる。

 面白いようにキレイに背負い投げが決まった。

 そのまま押さえ込んで無防備になったグレンの左手に、オレの右手を当てる。


 そして壁の向こうで立ち上がって振動波を今にも放たんとしてるハナダに尋ねた。


「どうする? 風刃を撃ってもいいんだけど」


 グレンが完全に制圧下に入ったことをハナダに告げる。


 ハナダは一度アミックを見た。アミックが小さく首を振ったのを見て、降参だと告げた。


「ハナダっ」

「終わりよ、グレン」


 まだ参ったを言ってないグレンの身体から押さえ込む姿勢を、オレは解いた。

 そこをまだ戦ってくるようなら、オレとしては攻撃型エー・トゥールに風刃を撃ち込んでバラバラにするつもりだったが、グレンはそこまではして来なかった。

 アミックの命令だとはわかってるのだろう。

 だが納得はいってないようだった。

 工夫もしたのに何もしないままオレに制圧されたのだ。さぞ腸が煮えくり返ってることだろう。


「何でだっ」

「何でだとは?」

「俺は殺す気だった。なんで撃たない。撃てば俺の手も切れて離れる。それは意趣返しにもなるだろうが」


 なるほど。オレの終わらせ方が気に入らないらしい。


「確かにお前たちアミック隊の主導で彼女は、彼女の左手はどっかに離れちまった」

「当然だ。拷問したんだからな」


 グレンが胸を張った。ちょっとイラッと来る。


「そういえばお前は彼女の左手を無遠慮に眺めてたな」


 オレはそう言って荷揚げ場の奥でひっそりと立っている真理ちゃんに目を向けた。

 するとグレンもオレに対抗するように意気揚々と頷く。

 敗北後の自尊心だ。セプト人も地球の人と同じような反応をするのが意外だった。オレはそこまで砕くつもりはない。

 オレがそのことを告げようとすると、何を思ったのかグレンがいきなり自らの左手を差し出して来た。

 その左手はオレの風刃によって最早攻撃型エー・トゥールも装着されてない、素の左手だった。拳を握ってるのがその意思か。そんな剥き出しの左手をだ。

 そして言う。


「眺めてたさ。お前と彼女がずっと手を繋いでるのもな。憎いだろうに。いっそのことやれ」


 左手を切れと言うことらしい。


「なかなかにバカな奴だな。いいから質問に答えろ。眺めてたな」

「ああ」

「わかるか? それでも彼女は隠れなかったぞ。お前の不躾な視線に晒されても、彼女は隠れようとはせず、オレの隣でグッと胸を張っていた。その姿を見てお前は何も感じなかったのか?」

「左手がないとしか」

「随分と下衆で好奇な目だな。だがな、そんな視線にも彼女は逃げなかったわけだ。わかるか」

「ずっとお前と手を繋いでたじゃないか。虎の威を借る狐さ」

「お前、本当に見る目がないんだな。彼女を見ろ。彼女は左手を隠してるか? 逃げ隠れしてるように見えるか? 拷問を受けたお前たちアミック隊の面々を前にして、彼女はあそこに今も一人で立ってるぞ」

「それは…………」

「いいか。彼女はな。彼女はオレに頑張ってこいと自ら手を離してたんだぞ。わかるかこの勇気がっ」


 グレンがオレの勢いに押されて一歩引いた。


「彼女は自分から手を離してオレを送り出したんだぞ。わかるか? その気高さがっ。わからないならわかれ。あんな幼い子がそれをするにはメチャクチャ勇気がいるんだぞ」


 真理ちゃんが後ろでグスッと鼻をすすった。

 真理ちゃん泣く時は盛大だからなぁ。

 でも今後連立を組んだ際にも、二度と無遠慮に眺めることがないよう釘は刺しとくから。


「いいか。お前の左手は取らない。それが総意で答えだ」


 ぼんやりと出した手を引っ込められずにいるグレンの左手を、オレは押し返して元の位置に収めさせた。


「オレたちの勝ちだ」


 オレは後ろに整然と並ぶアミック隊の面々に向けて宣言した。


「待てよ。お前は頑張ったのかよ。俺を相手に」

「正直ぼろ負けよね、私たち」

 ハナダも悔しそうに首を振った。


「頑張ったさ。頑張らないわけがないだろう。彼女から手を離したんだぜ」


 オレは真理ちゃんを見てにっこりとすると、左手を掲げてみせた。


「それがオレたちの、離した手と手だからな」


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