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ダブル  作者: 茶の字
第1章 幼稚園時代
9/182

第9話 宝探しゲーム「くじら組編その三」

 グリクラグループ以外のクラスのみんなが出てくのを確認すると、山本先生がオレたちに、じゃあ宝物を隠しましょう、と言った。

 となると、まずは相談だ。


「みんなが思いついたことを教えてくれ。じゃあまずは緑川くん」

「そうだね。俺が観察してて思ったのは、真ちゃんが言った通り、細かい物はその物陰に隠してるってことかな。大きな物はロッカー周りとかに隠すってのもそうだなと思った」

「大きな物は真理ちゃんだけどね。言ったのは」

「お。そうだったか。真理ちゃんすごいね。こんなのよく気づいたわ」

 真理ちゃんが照れくさそうに、はにかんだ。


「じゃあ次、真理ちゃん行こうか」

「はい。わたしはみんなグループ単位で探してるから、目が八個あっても常に一つの物しか見てないんじゃないかなって思った」

「おっ。それはいいことを聞いた」

 オレが喜ぶと、

「すっごいね」

「確かにそう思えるな」

 と知美ちゃんと緑川くんもつづいた。

 グリクラグループの中で真理ちゃんの株が上がった。

 うちのお父さん証券マン、真理ちゃん株を買っとけと伝えなければ。


「ちょっと待って」


「「「「はい?」」」」

 オレたちは戸惑った。いきなり先生に相談を中断させられたからだ。


「観察ってどういうこと。やっぱりさっきのお祭りグループの時、グリクラグループは宝探しをしてなかったのね」


 ああ、これが来たかと思った。

 たぶんグリクラグループのみんなが同じことを思ってるだろう。


「宝探しはしなかったけれど、宝探しゲームには参加してましたよ」

 先生が、小賢しいことを言う、とばかりにキリッとした顔でオレを見た。

「言い出したのは、最上真司くんね」

「そうです。オレが観察しようと言いました。すでにゲームが進んで、この教室で隠せる隠し場所の見当は、もうみんなについてしまった。それはオレたちが隠す番になった時、とっても不利になります。

 だから他のみんながどういう行動をするのか、それを避けるためにはどうすればいいのか、それを知るために、お祭りグループの時は観察しようと言いました」

「あ、でも先生。俺たちみんな真ちゃんの言ったことには納得したよ。だからみんなで観察したんだ」


 山本先生がオレたち全員の表情を見渡した。


「まったくもう。あなたたちのやったこと、前代未聞だわよ」

「そうなんですか?」

「真司くんが、生物(なまもの)の御菓子を宝物として持ってきたこともね」

「ぜ、前代未聞ですか……」

「そうね」

「隠してもすぐ見つかっちゃうから参加出来ないってのもですか?」

「はい。前代未聞ですね」


 オレはがっくりと肩を落とした。

 結構へこむ。

 つまりオレは、前代未聞のおっちょこちょいだと言うことだ。


「まあ今回は事情がわかったので良しとしますが、次からは、それだけにかまけず、ちゃんと宝物探しにも参加するように」

「はい。大丈夫です。オレたちの後には木下んとこしか残ってないし、そこは参加します。その時にはもうオレたちの番も終わってるわけだし」


「…………」

 山本先生がオレをジッと()めつけた。


「せんせい?」


「真司くん。きみ、反省してますか?」

「え?」

「前向きすぎて、すぐにころっと話を忘れていませんか?」

「いえ、覚えてます」


 記憶力はいい。むしろきちんと記憶しようと思ったことは忘れたことがない。それどころか記憶力は尋常じゃないとも言える。

 何故ならいまでも産婦人科の小野先生から覚えたドイツ語とか英語は、すぐにでも話せるし書けもするからだ。それもお医者さんの小野先生が培ってきたレベルで使える。


「でも真ちゃん、話してていつの間にか話が変わってることあるよな」


 あれ?

 援護射撃かと思ったら、思わぬフレンドリー・ファイアが後ろから飛んで来たぞ。


「あるある。難しい言葉をよく使いもするよね」

「江戸の言葉も知ってるよ、真司くんは」


 おい、こら。

 知美ちゃんまでそんなこと言いますか。

 何と言うか、話し方からして、真理ちゃんだけが前向きの方向での評価に聞こえる。ありがたいです、真理ちゃん。

 でもそうか。語彙(ごい)が子供の使う範疇(はんちゅう)じゃないところを使ってるか。

 思い当たる(ふし)は多々ある。

 でもそれ以外の言葉を選択をすると、正確に伝えられないんだよな。こう、微妙なニュアンスとか。


 そして話が変わってるってのは、自分でわかって結論づけたことを話すことに飽きて、別のことに気持が行ってるのが、そのまま話題の転換になってしまってる場合のことだろう。

 子供あるあるだ。

 特にいろんなことを、見て、確認して、整理する傾向があるオレだ。

 話の途中で理解してしまって、興味が別に移ってしまえば、もうそっちに意識が行ってしまう。グリクラグループのみんなには、思わぬ負担をかけてるかも知れない。

 みんなごめんよ。

 これから気をつけるから。


「先生、ごめんなさい。次からは観察だけに特化したりしないよう、さりげなく、バランスよく、そう動くようにします」

「まったく大人びたというか、何と言うか。とにかく、これからは気をつけましょうね」

「はい」


 オレがきちんと頭を下げると、山本先生も大きく頷いて、許してくれた。

 しかし許されはしたものの、あ~、オレって間抜けだぜ~って感じだ。


「大丈夫だよ、真ちゃん。何か策があるって言ってたじゃん。それをするためにも頑張らないと」


 ガシッと肩をかき寄せられた。

 おお、我が友よ。


「そうだね。ありがとう緑川くん。真理ちゃん。まだ言っておきたいこと何かある?」

「ううん。私が気づいたのはこれぐらい」

「おっけ~」


「じゃ、あたしの番ね」

 知美ちゃんがハキハキと言った。

「うん、よろしく」

「あたしが気づいたことはね、みんな毎回同じように同じ場所を確認するってこと」

 どうよ、とドヤ顔をかまされた。

「ルーティーン化だね。ルーティーン化には物事に慣れちゃったってとこから生じる油断しやすくなる弊害と、うまく行ってる時は確実にこなせるって安定性があるね」

「そんな詳しく」

 説明されてしまった~、と知美ちゃんがガッカリした。


「いやいや。知美ちゃんのおかげで、みんなの行動がルーティーン化してるってのが、オレたち全員にも思い当たったって言うか、確認出来た、よね」


「「うん」」

 緑川くんと真理ちゃんも肯いた。


「そこを踏まえてだ」

 オレはみんなを見渡した。みんなに向けて語りかけるのは、選挙演説の基本だと爺ちゃんも言ってた。

 爺ちゃんはそうやって都議会議員を五期勤め上げてきてるのだ。


「誰も上を見上げてないと思わないかい?」


 オレがトンと視線を上げると、


「「「「あああっ」」」」


 みんなが声を出した。

 なんか、先生の声も混じってたような。

 まあいい。先を急ごう。


「誰も上の方を見ないんだよ」


 もう一回言うとみんな落ち着いた。知美ちゃんが小首をかしげて言う。


「でも上には天井しかないよ。隠す場所なんて」

 その知美ちゃんの指摘に、みんな押し黙った。

 いい目の付け所とは思ったけれど、宝物を隠すには打開策がない。そう考え込んでるようだ。


 そこでオレは提案した。


「オレが目を付けたのは教室に二本走ってる(はり)だ」

「梁?」

「柱の上から横に伸びてる出っ張りがあるでしょ。あの白く化粧されてるやつ」

「あの出っ張り?」

「そう。あれを梁って言うんだ。それが教室の手前と奥、二本あるよね」

「「うん」」

「あれの陰に、隠そうと思う」


「でもどうやってくっつけるの? そのままじゃ落ちちゃうよ」

「真理ちゃんのご指摘はごもっとも。そこでだ」


 オレが顔を寄せると、みんなが円陣を組むように丸くなって、オレの次の言葉を待ち、ゴクリとツバを飲みこむ。


「カーテンレールを利用しようと思う」

「カーテンレール?」

「カーテンを吊すためにレールが走ってるだろ。あれの上にお宝を乗せる」

「「おおっ」」


 真理ちゃんの返事がない。心配してることは想像がつく。だがやってみないとわからないから、今はぬか喜びをさせちゃ悪いから言わない。


 みんなが梁を見上げる。そしてカーテンレールが梁のすぐ近くまで延びてるのを確認して、オレが何を言いたいのかわかってくれたようだ。


「あの横の木の棒か」

「梁ね。覚えなよ、緑川くん」

「了解りょーかい。で、どうする」


「はい、ちょっと待って」

 山本先生が作戦会議を止めた。


「その前にカーテンを閉めましょう。じゃないと隠してるところが、園庭にいるみんなに見えちゃうわよ」


「「「「あっ」」」」


 オレたちは間抜けな声を上げて、それから慌てて教室のカーテンを閉めた。

 他のグループはきっとみんな、こうしてお外から中が見えないように、これまでずっとして来てたのだ。

 だがオレたちは他のグループが、カーテンを閉めてたことに気づいていなかった。園庭でも作戦会議に夢中だったから。

 教室の方にまったく気を配っていなかったのだ。


 何と言うか、学ぶことばかりだ。


 オレは廊下のドアのほうに行き、教室の電気を点けた。

「…………」


 みんなが手前の梁の下に集まってた。

 近くだからそうしたくなるのもわかるんだけど。

 宝探しだしな。でも──。


「ちがうよ、そっちじゃないよ」

「「「はい?」」」


「隠すのは向こうの梁」

「別にどっちでも良くない?」

 知美ちゃんの見解にオレは首を振った。

 そして説明する。

「手前の梁だと教室の前に後ろにと何度も往来する可能性が増える。でも奥の梁なら、手前の梁より行き来する人の数は少なくなるよね」


「ああ。なるほど」

 声に出したのは先生だった。


「それに手前の梁だと、奥からちょっと首を上げるだけで見えちゃう。でも奥の梁なら、教室の一番奥にいても、首をきちんと上げないと、そこには目が行かない」


「「「おおおっ」」」


「だからくじら組の誰かがもしも首を上に上げる時には、それは、オレたちの隠し場所を見破った時にしか起こりえないんだ」


「「「おおおおっ」」」



「近くの梁に隠すより、難易度が上がるのね」

「そう」

 さすが真理ちゃん。すぐに見抜いてくれる。


「わたしはこれが良いと思うけど、みんなはどうですか?」

「いいね、これ」

「確かに奥の方がいいわね」


 自分からみんなに問いかけた真理ちゃんを見ると、真理ちゃんもしっかり肯いた。

 本当はもしもこの作戦を実行しちゃったら、真理ちゃんには心配事が出て来るだろうに。けなげな子だ。


「あ」


「なに、どうしたの? 真ちゃん」

「あ、いや。何でもない」

 オレは緑川くんに首を振った。

 そうしてまた元に戻って考える。


 真理ちゃんはオレのダブルを知っている。どうせ直るからと心配する必要がないと思ってるのかも知れない。

 いや、でもでもだ。

 真理ちゃんだけでなく一般的な考えとしてだ。宝物はとっても大事な物だ。だから宝物というのだ。それはつまり、宝物は宝物のまま、元のままの状態で持ちたいと思うのが普通だろう。宝物は宝物なんだから。元に戻るからとか、そういう次元の話じゃない。


「…………」

 思わず唇を噛んだ。

 オレはおっちょこちょいだ。

 もうちょっと待っててね、真理ちゃん。後でちゃんと説明するから。


「いや、何でもなくはないか」

 オレは山本先生を見上げた。そしてお願いする。

「先生、肩車して下さい」


「えっ?」


 先生が困った顔をした。

 でも先生が肩車してくれないとオレも困っちゃう。だってオレの背ではカーテンレールの上まで届かない。

 脚立を持って来たら、園庭で遊ぶみんなに、オレたちが上の方に隠そうとしてることが予測できてしまう。

 先生に肩車してもらうしかないのだ。

 それとも──。

 もしかして、彼氏に怒られたりしちゃうのかな?


「先生は美人だから、男の子のオレを肩車したぐらいで、彼氏が俺以外の他の男を肩車するなんてって先生のことを怒ったりしないと思うよ」


「「あっ」」

 我らがグリクラグループの女性組ふたりが反応した。

「でも嫌われたりしないかな?」

 知美ちゃんが訊いた。

「だいじょぶ。嫌ったりしないよ。仲良く手をつなぐわけじゃないし。ただの肩車だぞ」

「でも肩車したら先生のお顔に真司くんが近づいちゃうんだし、気にしちゃわないかな」

「あ。まずい。その可能性はあるな。先生、そこんとこだいじょうぶ?」


 山本先生のこめかみがぴくぴくしてた。


「そういう、ませたことは言っちゃいけません」


「あ」

 ──いないんだ。

 ──いないんだ。

 ──いないんだ。


 声に出したのはオレだけで、グリクラグループの心が一致した。


「山本先生は美人だからさ。しょうがないよね」

 知美ちゃん、良いこと言うな。同性からの後押しだ。しかも子供だ。それだけでオレたちグリクラグループの男子組は助かる。


「うん。きれいだよね。山本先生」

 真理ちゃんは天使。

「先生、美人です」

 緑川くんは蛮勇だ。男の子のオレたちがこのタイミングでそんなこと言ったら、おべっかに聞こえるじゃないか。まだ先生は何も答えてないぞ。答えてからじゃないと対策立てられないじゃないか。


 先生がじろりとオレを見た。

「え? オレ? オレは彼氏になれませんよ?」


「そうじゃありません。肩車をしてあげますからと言う話ですっ」


 あっ。先生怒っちゃった。

 でも流れはそういう流れじゃん。

 わかってたけど、オレがボケないと駄目な流れだったじゃん。

 理不尽だ。


 だが知美ちゃんからは

「山本先生かわいい~」

 という声が上がった。

 真理ちゃんもこくこく頷いてる。首が痛くなるから、もうちょっとゆっくり頷かないと首を痛めるよ。

 やばい。動顛してるぞ、オレ。墓穴(ぼけつ)がどんどん深くなる。

 謝らないと。


「先生ごめんなさい。肩車、よろしくお願いします」


 山本先生がプリプリしながら屈んでくれた。


 山本先生の肩は小さい。お父さんの肩車に比べると肩幅が半分ぐらいしかない感じだ。

 先生がオレの足を押さえてくれて、それから立ち上がる。


「先生、オレ重い?」

「大丈夫よ。子供はそういうこと気にしないでいいの」

「はい。わかりました。先生ありがとう」

「まったく」

 苦笑しながらも、山本先生がオレの足をガシッとホールドしてくれた。

 絶対落とさないという意思だ。

 おかげでちょっとおっぱいが当たってるけど。子供はそんなこと気にしない。

 オレは安心してカーテンレールに向けて手を伸ばした。


「……届かないや」


 あと十センチメートルぐらいで届くが、作業することを考えると、十五センチメートルは高さがほしい。


「緑川くん、椅子を二つ持って来てくれる。一つじゃたぶん、安定しないから」

「すぐ持ってくる」


 緑川くんが機敏に手近な椅子を用意してくれた。さすがは柔道家の端くれ。動きがキビキビしてる。でもって、持って来てくれたこれは、イチゴグループの椅子だな。まあいいや。先生の動きに注目だ。


 先生が椅子におそるおそる乗ってみる。

 大丈夫、椅子を二つにしたことで幅が取れて土台としてもガシッとしてる。


「じゃあまずは空の紙コップで試してみるね。緑川くんのがいいな」

「おっけー」


「ちょっと緑川くん、声大きい」

「え?」

「窓の近くにも他のグループいるんだから、そんな大きい声出しちゃ、お外に聞こえちゃうでしょ」

 知美ちゃんのおかんむりに、緑川くんがぺこぺこ頭を下げた。


 言われてみればその通りだが、

「大丈夫だよ。はい」

 とオレは手を差し伸べた。


 緑川くんが自分の紙コップを手渡してくれる。

 オレはその紙コップを持って手を伸ばし、カーテンレールと天井にある十センチメートルぐらいの空間に掲げて、そのまま色々と確かめてみる。一つ二つ三つと仮想して幅がどれぐらい出るかも確かめる。うん、これだけの空間があれば充分だ。

 オレは紙コップを口にくわえて、外のみんなにカーテンに触れてることがばれないよう、カーテンを揺らさないように押さえた。それから、口にくわえてた紙コップをカーテンレールの上に乗せてみる。

 しっかり乗る。


「けどもこれだとカーテンを開け閉めすると、ヒダヒダがかすめて思ったより揺れそうだな。やっぱちょっと浮かして、カーテンレールの壁の上に画鋲(がびょう)で留めようか」

「だったらカーテンの後ろに隠しちゃわない?」

 知美ちゃんの提案に、真理ちゃんが首を振った。

「でも、それだと隠してるとこが、お外からみんなに見えちゃうんじゃ」


 横に並べたら、間違いなく外のお友達から、間抜けなことしてると笑われてしまうだろう。まさに昔話の、頭隠して尻隠さずだ。

 ならばカーテンを揺らさずにこの死角の、いや、いっそのことカーテンの陰にすれば、より効果的に隠せるんじゃないか。


「ねえ。カーテンの後ろじゃなく、横に置いて、留めるのを梁にすればカーテンの影響はそんなに受けないよ。しかもカーテンの陰に隠れて、もっと見つかりにくくなると、そう思ったんだけど、どうだろう?」

「あ、それいいね。そっちのがいいよ」

「あたしもOK」

「あ、あの……」

「あ、真理ちゃんはもうちょっと待っててね。別に考えてることがあるから。うまく行くかどうかわからないから、二人のを試してからやってみよう」


 真理ちゃんの顔がパッと輝いた。大きく肯く。

「わかりました」


「スペースが狭いし、念のために上下に重ねるけど、上は知美ちゃんの魔法のコンパクト。下は緑川くんの白帯でいいよね。帯が下にあれば、もしもの時にもクッションになるから」

「おお、ナイス・アイデア、真司くん」


 知美ちゃんは配慮に喜んでくれたが、緑川くんは面白くなかったかな。返事がない。

 緑川くんはと見ると、グッと親指を立てていた。


「まださっきのこと気にしてたの? 大丈夫だから。窓の外から話し声は聞こえないし」

「そうなの? おっけ~」

 緑川くんが嬉しそうに親指をマシマシで立てた。


 そこで一度先生に降ろしてもらう。

 先生が首を左右にして凝りをほぐしながら、肩をコンコン叩いてる。

 おつかれさまです。でももう少し力を貸して下さい。

 ということで──。


「先生、画鋲を六個貸して下さい。それと先生が書類を()じる時に使ってる紐綴(ひもと)じの紐も、二本貸して下さい」


「いいけど。(つづ)り紐は何に使うの?」

「真理ちゃんのオルゴールは重いから、カーテンレールに吊します。あ、紙コップに穴あけたいんでカッターも貸してもらえますか」

「刃物使えるの? 真司くん」

「大丈夫です。穴あけパンチがあれば、そっちのが楽ですけど」

「穴あけパンチは園長先生が持ってたわね」


「「「よし、ラッキー」」」

 みんなの声が重なる。だが──。


「ちょっと待って」

 オレは思い付いてしまった。

「先生、綴り紐はいっぱいありますか?」

「あるわよ。書類をまとめるのに綴じるから」

「じゃあ、紙コップに画鋲で留めるよりも、梁からカーテンの陰になる所まで吊した方が隠すのによくない? 紐で吊されてるから衝撃にも強い。カーテンの開け閉めにも落ちることはなくなるぞ」


「「「おおおっ」」」


 だがそこで緑川くんもピンと来たらしい。緑川くんが興奮して更に付け足す。

「紐は二本にして強度を増そう」


 真理ちゃんも言う。

「縦に出来るだけ詰めて三つ並べれば、紐も隠せるよね」


 するとすかさず知美ちゃんが更に練り上げる。

「それだとカーテンが遮蔽物になって、視界にもっと入らなく出来るね。真司くんには是非そうしてもらいたいわ」

 オレたちは顔を見合わせて、うんと大きく頷いた。


「並べる順番は上から真理ちゃん、知美ちゃん、緑川くん。これでいいかな?」

 というオレの提案に、

「「「それしかないでしょ」」」

 と賛同の声も意気盛んにあがる。


「これで真理ちゃんのオルゴールも守られる」

 緑川くんの優しさに、

「ちょっと、あたしの魔法のコンパクトは?」

 と知美ちゃんが笑顔でつっこむ。

「ごめんごめん。もちろん魔法のコンパクトも守られるよ」

 緑川くんが知美ちゃんの肩をバンバン叩く。

 ちょっと力が強いぞ。けれども──。


 みんなの顔から笑顔がこぼれる。

 頂に着いたと思えた良案件を、みんなで更に良くしようと、更なる高みへと、にじり寄って行く。オレたちはグループで挑む充実感というものを、生まれて初めて感じていた。

「これはちょっと、楽しみね」

 先生がぽつりとつぶやいた。


「わかりました。用意してくるから、ちょっと待っててね。園長先生に借りて来ます。暴れたり怪我したりしないようにしてないと駄目ですよ」

「「「「はい」」」」


 先生が大急ぎで園長室に向かった。

 その間オレたちは作戦の再確認をした。


 各グループが探してない空間。それは上空だ。

 園庭から入ってくるガラス戸の上にある近い方の梁ではなく、その向こう側にある奥の梁に紙コップは貼り付ける。

 ここならば入って来たところからは見えない。教室の反対側に来ても、おそらくみんなは下ばかりを探す。上を見上げないから隠し場所は盲点になる。万が一、見上げるようなことがあっても、白い梁に白い紙コップだ。紐も紙コップで隠して見えなくするから、宝探しの探索者は注意して見なければ気づきにくい。


 これでいいだろうか。

 みんなを見渡す。

 オレたちは大きく頷き合って、確認を終えた。


 先生が戻ってきた。オレたちはすぐに作業に取りかかった。

 山本先生はかなりの速度で走ったのだろう、肩車してもらった肩が大きく上下し、肩で息してる。

 オレはそれでもその肩に乗せてもらって、梁の隅に紙コップを吊り下げる。それも縦に三つ、出来るだけ詰めて並べる。

 横に三つも並べたら、作業してるのが外から丸見えだって話だったな。

 そしてカーテンが揺れないよう、出来るだけ注意して作業する。


「用意するのがこんなに楽しいなんて、あたし初めて」

「そうなの? 物作りって準備が大事だからさ。準備がしっかりしてると、作ってる時も結構楽しくなってくるよ」

「それ、オレンジ寒天ミルクも?」

「そうだね。よく混ぜるよ~混ぜて混ぜて混ぜるよ~。でもネリネリよりは楽だよ~」

「ネリネリ?」

「あんこのことさ。大変なんだ。あんこを練るのって」


「あ」

 知美ちゃんが目を輝かせた。

「それ、うちと同じかも。うちもハンバーグ作るの大変なんだよね~」

「ハンバーグ屋さん?」

「ちがうよ。洋食屋さん」



「せ、先生つらいから早くして~」

「手は動かして作業してますから、もうちょっと待って下さい」

「そう。早くお願いね」


 わかりました。

 でも先生。

 息を大きく吸いたいのか、動悸が激しいのかわかりませんが、オレの足をおっぱいに押さえつけないで下さい。

 三歳児のオレの足は短いから、先生の御山の頂に乗っかっちゃうんだよ。


 一番最初に土台の緑川くんの紙コップを設置し、知美ちゃんと真理ちゃんの紙コップも梁に付けることが出来た。

 うん。うまくカーテンにも隠れてる。


「じゃあ知美ちゃんの魔法のコンパクトと緑川くんの柔道の帯はそれぞれの紙コップに入れるよ」


 オレは丸めた緑川くんの帯を一番下の紙コップに入れ、それから知美ちゃんから魔法のコンパクトを受け取り、それも二段目の紙コップに入れた。


「真理ちゃんの魔法のオルゴールは」

「わたしの、普通のオルゴールだよ」

「あ、ごめんごめん。真理ちゃんのオルゴールは落ちるリスクをなくすために、あえて一番上にって感じかな。カーテンを開けるときに何かの拍子に落ちたら困るでしょ?」

「うん」

「だから知美ちゃんが言ったみたいに全てを隠すんじゃなくて、真理ちゃんのだけカーテンから少しはみ出して、目に付くようにしたんだけど。いい? 真理ちゃん」


 目に付けば万が一があっても、キャッチ出来る。ここには先生にいてもらおう。

 そういうつもりでオレは作業していた。


「わかりました」

 真理ちゃんの返事が来た。

 考えてみると、真理ちゃんの、ごねた姿は見たことない。


 そんな真理ちゃんの素直な返事にほだされ、思わず最後に予定外のことをしてしまう。

 ダブルで、紙コップの紐を通した穴を、ちょっと補強っと。

 いや、それよりもオルゴールにやっとくべきか。

 状態固定だな。必要ないとは思うけど、これで完璧。準備万端整いました。



「山本先生、どうもありがとう」



 山本先生がオレを肩車から下ろしてくれた。安堵してるから、やっぱり預かってる子供を肩車したのは緊張したのだろう。

 本当にどうもありがとう、山本先生。おかげで立派な仕掛けが出来ました。


「出来たね」

 緑川くんが言った。

「結構感動してる、あたし」

「わたしも」

 知美ちゃんに真理ちゃんも同意してる。でもまだだ。もうひとつやることがあるんだ。


「それで最後の提案なんだけど」

「「「え? まだあるの」」」

「うん」

 オレは肯いてから言った。

「どこで待つかなんだけど」

「今まではみんなあそこに立って待ってたよね」

 真理ちゃんが園庭に出るドアの出入り口を指さした。


「そう。今までのグループはみんな立ち位置は、あそこの園庭の出入り口のドアの前に立ってたけど、オレたちグリクラグループは、教室の電気のスイッチの前に立とうと思うんだけど、どうだろう?」

「どうして? みんなと同じにした方が違和感が出ないと思うけど」

「真理ちゃん。どうしても見つからなくて、奥から園庭のドアの前にいるオレたちを、ぐぬぬと見たら、梁が視界に入っちゃわない?」

「あ」

 真理ちゃんが気づいた。

「でも電気のスイッチのとこに立ってたら、視界がオレたちに誘導されて、隠した場所には目が行かない」


「「「ああっ」」」


 三つ声が重なったけど、三つ目は先生の声だ。

 なんか、山本先生も普通にグリクラグループの一員として参加してる気がする。

 まあいいや。


 つまり緑川くんは、彼だけはいまいちわかってないらしい。なので緑川くんに教室の奥に行ってもらった。知美ちゃんと真理ちゃんもついて行く。

 そうしたら先生までついてってしまった。

 それでいいのか山本先生。


「じゃあまずは廊下側の方から、見つからないぞ、こんちくしょうって感じで、オレを見て」


 みんなが廊下側に寄った。


「どう? ぐぬぬってしながらオレを見て、その時にお宝は見える?」


「見えないぞっ」

 緑川くんが興奮して言った。

「本当ね。真司くんの言う通りになってる」

「うん」


 視界の片隅には入ってるのかも知れないが、ぐぬぬとオレを睨みつけた状態なら、あの位置は視界に入らない。集中するということはそう言うことだ。


 頷いた真理ちゃんに先生が今度は園庭側に行きましょうと誘った。

 いや、先生の立場で楽しむのは、いや、いいのか? 手伝ってもらったし。

 オレの戸惑いを置いて、みんなは当然のように園庭側に移動する。


「どう? オレを見ながらお宝見える?」

「見えないぞ。こっちからだと視界の隅にもかすりもしない」


 その位置は、自分から目を逸らしてる状態になる。だから余計に見えない。おまけにカーテンがとっても良い働きをしています。


「「すごいすごい」」

「いや、本当に誘導されてる。驚いたわね。真司くん。園長先生にも聞いたことないわ、こんな大がかりな仕込み。真司くん自身のお宝は隠せないけど。前代未聞よ」


 先生に言われると、突出したおっちょこちょいに聞こえて来るから、そこはもう堪忍してつかぁさい。


「でも先生にはこっちに来て一緒にいてもらうつもりはないんですが?」

「はい?」


 山本先生、ちょっと怒ってる。

 仲間はずれにしてるわけじゃないんですが。


「えっとですね。山本先生には、真理ちゃんのオルゴールの下にいて欲しいんです。万一揺さぶった衝撃で落ちたら困るから。真理ちゃんの宝物なんだし」

「その時はギブアップすればいいよ」

 真理ちゃんがそう言った。言い切った。しかも即断だ。


「「「「え?」」」」

「大丈夫。これだけ隠したんだもん。先生もこっちにいて、みんなが気づかないようにした方がいいよ」

「確かに。気づかれなければ、問題にもならないよな」

「でも、本当にそれでいいの。真理ちゃん」


 真理ちゃんがこくんと肯いた。

「わかった。もしもの時は任せといて」

 状態固定かけてるし。傷ひとつ付けないから。教室の床は傷つくだろうけど。ゴホンゴホン。


 先生と緑川くんと知美ちゃんにはわからなかっただろうが、真理ちゃんにはこれだけで通じる。信頼の証に真理ちゃんがにっこりと笑んでくれた。

 そうだ。

 オレにはダブルがあるのだ。

 ダブルを使う機会がなければベストなんだけれど──。


 だがこれで仕込みは整った。

 あとは先生にみんなを教室に呼んできてもらうだけだ。


「みんな~、教室に入ってくださ~い」

 心なしか先生の声がウキウキしている。


 オレはみんなを呼び込む先生の姿をジッと見ていた。ちょっと緊張してる。

 すると待っているオレたちの前に、知美ちゃんが手をかざし、ついと前に出した。


「なに? これ?」


 すると知美ちゃんの手の上に、緑川くんが自分の手を重ねる。

 真理ちゃんもその上に乗せた。

 みんながオレを見てる。


「え? 本当にやるの?」

「魔女っこチカちゃんは、仲間とこうしてるわよ。見てないの?」

「あ、いや~、ごめん。知らないや」

「じゃあ覚えて。魔法のコンパクトは隠しちゃったからないけど、これ、私やってみたかったのよね」

「そうなんだ。おっけ~」


 オレはグリクラグループのみんなと手を重ね合わせた。

 するとみんなが何か言えとオレからまだ目を離さない。

 これは……、この作戦の立案者の責任か。


「よっし、わかった」

 オレは気合いを入れ直した。


 先生がみんなを呼び込んでいる。

 中に入ろうとしてくる、くじら組のお友達たちの姿を見てから、仲間と視線を交わす。その視線は自然と熱いものになった。オレは声を張った。


「さあ、みんなを降参させようっ」

「「はい」」「応っ」


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