第88話 精霊からの提案 その一
溜め回です。どうしても必要なので。
ノーラは興奮した風の大精霊キューロに肩をバンバン叩かれていた。
キューロは目を剥いて地下で繰り広げられた光景に心を奪われている。
「ねえ見た。見た?」
「見たわよ。黒い乗り物を取り上げて消しちゃったよ」
とっても固そうな文明の利器を、男の子がいとも容易く壊してしまったのだ。いや、あれは壊したどころではない。塵一つ残さない掃除いらずの破壊だった。
「ちょっとやばいでしょ」
それには同意せざるを得ない。
あれを真似しろと言われても、私にもキューロにも出来ない。
「それでもってあの女の子を自分のトコに引き戻したよね」
「そうね。逃げても逃げても連れ戻すって感じだね」
「あの子、仲間に助けられてる間に大きな部屋に隠れたよね」
「仲間は撃退されちゃったけどね。キューロはあの技どう思う?」
「最初のは位相のずれっぽい。二つ目は精霊魔法っぽい」
「じゃあやっぱあの男の子、悪ガキなんだ」
「女の子を見つけたた後もイヤ~な感じだったよね」
「そうそう。手がない女の子に、それも扉を開けさせて、そこをどけって感じで女の子をどかして中に入ってたよね」
「うわ~。ノーラの言う通り、本当にやな男の子だね。どんな育ち方してるのかしら」
育ちがどうかはわからない。この星は人がめちゃくちゃ多そうだし。
「異世界ってみんなこうなのかな?」
私がぽつりとつぶやくと、キューロは左団扇で自分の顔に風を送って言った。
「私はフウで育ってよかったわー」
「あんたは精霊だから別にフウだけで育ったわけでもないでしょ」
「えー。でもフウに帰って来てるんだからフウ育ちじゃん。私もー」
「あ、チャッターの位相のずれを止められた」
「だれに?」
「あの大人の人。またあの人か。あの人の立ち位置いまいちわかんないんだよね。どっちとも接触してないし。何してるのかもわからないし」
「一度私らの位相のずれを解かれたのもあの人だよね」
キューロが疑義の目を寛司に向けた。
あの時は酷い目に遭った。現地人の戦いを観察するために高いところにいたので、そこから落とされてしまったのでお臀をしこたま打ったのだ。乙女のお臀が痛くて痛くてとんでもないことをする奴だと思ったものだ。
「凄い人がいるもんだ」
恨み言もあるが、それ以上に驚かされたのも事実だ。
キューロがそんな私の横顔を見て、おちゃらけ気味に言った。
「でもそんな事が出来るなんて、やっぱもしかしたら神様なのかな」
「まさか。神様だったら直接叱ってくるでしょ。本当におっかないんだから。あ、ごめんなさいー。今のは話の流れで口が滑っただけでー、本当にそう思ってるわけじゃないですからー」
「あ、でも本当に軽々と止めちゃってるね。変なのを天井全域に展開しちゃってるよ」
「すごいよね。こんな事できる人、私達の世界にいないもんね」
「異世界人、こんなのがゴロゴロいるのかなー。そりゃアーム達も帰って来られないわけだわー」
「でもあの悪ガキから女の子は助けないとね。また手を繋いで逃げられないようにしてるよ」
「女の子の手を握りたいだけじゃないのー」
「ちょっと。それだったら本気で許せないんだけど。女の敵ね」
私がぷりぷり乙女してるとキューロがぽんと私の肩の上に座った。
それで私もお仕事に戻る。一番底知れない人を見やる。
「あの大人の人が気になるけど」
「神様もよく見とけって神託残したことだしねー」
「それなんだよね」
「チャッターの本気見せちゃえば」
「私の? キューロがやればいいじゃない」
「やってもいいけど全部壊しちゃうよ。いい人達もみんな死んじゃうじゃん」
「そこまではしないのっ。メッ」
「だってそうしないとあの悪ガキの男の子はやっつけられないよ。て言うか見とかないと。見とけって神託でしょ」
「キューロがそうさせたんでしょ。私に怒られるのを回避するために神様の名前を使わないでよ。おっかなくなるじゃない。あ、今のも話の流れで別に本気でそう思ってるわけじゃないですからー」
「そうやってちょくちょく目を離すの、よくないと思うよ」
「あんた、もう帰れ。ゲートは開いて上げるから、とっとと帰れ」
ノーラがきょろきょろと周囲を見渡した。これからようやく女の春を迎えようというのに、こんな異世界で神様を怒らせて身を散らすなんて事になったら、死んでも死にきれない。
「神様ちゃんと見てますからね。キューロの戯れ言なんかに惑わされないで下さいねー。ほら、精霊なんていっつもいい加減じゃないですかー」
「でもあの大人の人の変なのどうにかしないと、あの悪ガキにいつまで経っても届かないよ」
「そっか」
「そうだよ」
「だから神様の言いつけを守れてないってのもあるよね」
「あ、守れてないとは思ってるんだ」
「ちょっと黙ってよ。なんであんたはそう神様煽るのよ。あ、ごめんなさい。別に神様が煽られるなんて本気では思ってないですからー」
ノーラは考える。
そもそも精霊もいないのに精素を持ってる人物がいることが腑に落ちない。精霊魔法を使ったのはこれまで二人。一人は悪ガキ。もう一人は地下の途中でジッとしてる大人の人。正直この二人は危険だ。時々わけのわからない変なことをしている。
私のチャッターと同じなのかも知れない。
しかも精霊を使役してる可能性がある。でも憑いてる気配がない。精素の放出量が少ない。もしかしたら精霊が捕まってるのに抵抗していて、無理強いに発動させられるといった精霊への虐めがあるのではないか。あるいは監禁してるのではないか。
それならチャッターとして邪魔をする。
同族同士で手を汚し合ってくれた方が、こちらの手間が省ける。
一番簡単なのは、悪ガキを追いかけてる小父さん達の肩を持つことだ。これが出来ればいいのだが、どうにも言葉がわからない。そもそもこの小父さん達もやばい。キューロを遣いに出して接触させても、キューロが小父さん達の道具にむかついて壊し出しちゃうかもしれない。いや、絶対壊すだろうな。キューロだし。
そもそもあの小父さん達は変な位相のずれを使うけど、男の子ほど脅威じゃない。いつでもどうとでも出来る。
やはり一番の問題は人攫いをしてるあの悪ガキなのだ。
このノリで精霊達を捕まえたのだろうか。
そして精霊魔法を無理矢理教えさせるみたいなことをしてる、とか。
そうじゃなきゃ言葉も通じないのに精霊魔法が使えるわけないし。
偵察だけの精霊達が帰って来れない理由にもならない。
チャッター仕様の位相のずれに対応されて、普通に動けるようになったのはあの二人だけ。一人は悪ガキ、もう一人は神様の可能性も若干あり。
さっきは軽く違うとは言ったけど、神様である可能性はゼロではない。気楽に変なのも使ってたし。そうあれは神様だと暗に教えてくれてたのかも知れない。
実際あの変なのには驚いたのだ。
物凄い速度で移動して囲んできた現地人を一蹴したのだ。あの速度はチャッター仕様の位相のずれに入った私より速い。だってあの大人の人は位相のずれにも対処できるんだもん。そして変なことしてあっという間に文明の利器を破壊してしまった。
でもあの大人の人には、あの時にも精霊が憑いてるのかとしっかり見極めたが、精霊が憑いてる気配がない。精霊が憑いてればお調子者のな行動を取る。でもそれがない。
精霊魔法じゃない。だから変なのなのだ。それなのに精霊魔法らしき片鱗もあったりする。
神様だとしたらそれも納得するが、まだ結論は出さない。変な人なのには変わりがないからだ。
ならば可能性はもう一人になる。私達の今回の目的。送り込んだ精霊達を無事フウの元に連れ戻すこと。その鍵となる精霊を監禁してるかも知れないあの悪ガキに。
チャッター権限で現地人全員の位相のずれを発動できないようにしたりもした。
でもあの悪ガキには気がつけば地底深くまで潜られていた。悔しいけどあの悪ガキは本来なら自分の能力より上の能力だと、私は知った。まだ悪ガキがガキだからどうにかなってるが、以後はあの悪ガキだけに集中して深度一をかけ続けた方がいいのだろうか。
いや、大人の人からも目を逸らすわけにはいけない。
神様はよく見ておけと神託を降されたのだ。
「ほら、よく見とかないと駄目でしょ」
「あ、うん」
「もうー、いらいらするなー」
「え? なに?」
「迷うなよ」
「迷ってないよ」
「でも醜態だよ。見るに耐えん様だよ」
「ごめん」
「あー、もー、そんな醜態晒す前にやるしかないでしょ」
「え?」
「だーかーらー、あの大人の人も手を出せないぐらいの位相のずれを起こして、度肝を抜いてやれって言ってるの。あんたの本気で」
「私の?」
「そう。チャッターの」
「どのぐらい?」
「この星ぐらいでいいんじゃない?」
「後で神様に怒られないかな? あの男の子だけ懲らしめればいい話なのに」
「平気よ。悪ガキだもん。そんなことよりチャッターの気合いを見せつけてやれ。あの悪ガキには格の差を。神様には我らが母なる星フウのチャッターここにありってことをさ」
齟齬を楽しんでいただけたら有り難いのですが。




