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ダブル  作者: 茶の字
第1章 幼稚園時代
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第82話 クロス・ダブル

 浸透戦略部隊隊長、アミックだ。

 今、癇癪をおこした子供の相手をしている。

 それどころか不思議な魔法で反撃されてもいる。こちらの攻撃がことごとく無効化されるのだ。

 限界と思われる深度一を、それに似た空間を魔法で作り上げ、それをさらに強化してまで姉か妹か知らないが、とにかく女の子を奪い返しに来ている。


 単独行などを選ぶ無謀な子供だが、さすがはくるると言うべきか。恥ずかしながら状況は拮抗している。


 そしてそれを可能にするこのきらびやかな青い空間こそが彼の、おそらく奥の手なのだろう。だがその奥の手を使いこなせていない。ややもすると自らをも縛る足かせとなっている。

 ここらへんが年相応の幼さだろうか。強力な魔法だが、使いどころと運用が下手くそである。

 だが魔気の反応がない。隠し持ってるのか。こちらの知らないくるるの新しい発現方法、あるいは保管方法があるのか。正確なところはわからない。だがこの少年と呼ぶには幼い幼年期の子供では、セプトの技術を相手に、止めを刺せるほどの魔気の手持ちはないと判断する。

 奥の手も出したり引っ込めたり、まるで魔気の消費によって息切れしたらちょっと休むといった(てい)ではないか。さっきは下手くそと言ったが、実際は無様である。


 となると向こうもそろそろ判断を付けたはずだが──。

 動きを待つ身となると、相変わらずこの少年の通信系を壊す魔法が厄介だとも思い知る。映像もコミュニケーションもすべて使用不能になるとは、恐ろしい精度の風魔法だ。


 そして……、やはり遅いな。


 何故応援に出て来ない。こちらはすべて陸戦隊の要望通りに動いていたはずだ。それが浸透戦略部隊にエー・トゥールを貸してもらうための条件だったのだから。

 監視もしているのだろう?

 だがこれだけ条件を満たしても、状況判断がつくまでに事態が進んでも、何故か未だにこの場におまえは参戦しない。醍醐が来てることを知らないのか。それとももうすでに醍醐の前に破れ去ったのか。

 そちらは一体どんな状況なのだ、アーノルド・ムック。



 ◇



 オレとアミックとの間には、三つのテーブルと使用目的もわからない実験装置がある。そして入り口からもっとも奥まった場所の研究棟の一番向こうに、魔物が入れるようになってる施設と設備があり、その前にアミックは陣取ってるわけだが、そんな離れた場所から攻撃してきても振動波の威力は減衰したようには見えない。。

 実際、振動波という武器は実は強力だと思う。威力が高いのはもうわかってる。今回も棚が一瞬で砕け散っていた。

 オレが背後の惨状からすぐに前を向くとアミックが嗤った。

 何だお前は。

 そんな笑い方をする奴だったか?


 違うな。普段と違うことをして、お前、オレを動かそうとしてるのか?


 そして真理ちゃんの指を見て解釈を変える。真理ちゃんが教えてくれてるのだ。

 これも情報戦だ。情報戦を仕掛けられているのだ、と。おそらく初めからオレが助けに来ることを前提に、アミックは真理ちゃんの指をあちこちに飛ばしていたのだ。

 だから整理整頓、キレイな職場を放棄してるのだろう。

 だがこれはキツイ。

 わかっていてもどうしようもない。迂闊に動けないぞ。

 オレはアミックに情報戦で追いこまれていたわけだ。


 また振動波が飛んで来た。速度はない。速度はないのだが微妙にコースと揺らぎを変えて、着弾した後ろの棚がグズグズにミンチにされてるのを鑑みれば、触れたらオレの身体は粉微塵になる。そういう振動波だ。

 これまでとは違った振動波だ。運用法が違う不思議なエー・トゥール。

 それをオレは状態固定の拳でぶん殴った。

 苛立ちも多分に見えていただろうと思う。

 アミックにも、そして弟さまにも──。


(あに)さまっ)


 弟さまから気合いの入った声が届いた。かつて聞いたことのないほど気合いが入っている。

 オレは先に言った。


(避けろって言うのか)

(当たり前だっ)


 弟さまが怒ってる。だがオレも実は猛り狂ってる。


(オレは一歩も動かんぞ)


 意思を込めると弟さまが息を飲む気配がした。


(何でっ)

(真理ちゃんの指を踏むわけにはいかないだろうが)


 弟さまからの返事はなかった。ただ位相拒絶が強まったのだけをオレは感じた。と同時に気づいていなかった弟さまに、オレの見た真理ちゃんへの拷問の断片をわかってるだけ送る。その上でオレ自身の手も打つ。


 ──解析。


 オレはかつてないほどひっそりと、そして冷ややかに潜って解析を潜行させた。


 青いきらめきが輝きを増した。ブースト深度一だ。こいつ、まだ深くに潜れるのかよ。オレの通そうとする解析を意地でも通すまいと必死になっている。

 だがオレだって必死なんだ。真理ちゃんの生き死にがかかっている。

 青いきらめきにオレの透徹した情熱が喰い込んで行く。


 行け。喰い破れ。今こそブースト深度一を蹴散らせ。

 うねりをもって絡んで来るブースト深度一を弾いて、かいくぐって、真理ちゃんの周囲へと解析がかかる。


(一本感知した。薬指の先端だ。魔物の装置の所まで飛ばされてた)

(切れていいぞ、兄さま)


 あまりにもあっさり言う。これまでの苦労は何だったんだ。

 弟さまがこの場にいたら皆殺しだな。オレもオレで心が不規則にあちこちに動いて行くが。それでもオレたち二人の思いは通らず、目の前に揺らめく青い青い深度一をダブルの解析は突破出来なかった。

 くそ。

 真理ちゃんの状態を調べられない。


「いい加減お前邪魔だぞ」


(とりあえず血が出てるなら止血をっ)

(状態固定はかけてる。それから痛覚麻痺も)


 痛覚麻痺は効くかどうかわからない。だがやらないよりはマシだ。

 そして解析だけが通らない。

 仕組みさえわかればすぐに相殺できるのに。


(兄さま、アミックだ)


 うおっ。あっぶねー。熱波が飛んで来ていた。後ろで何かの棚を貫通している。熱波は振動波みたいに粉々にするのではなく、穴を開けちゃうのね。凝縮された熱が物に(あた)ってそこで解放されるわけね。


 またブースト深度一がオレの周りを取り囲む。この動きはオレの攻撃を遅くさせてアミックに対処させる気でいるのだ。


 ふう。これは手強い。


 食い破ろうとする度に時の流れが遅くなって、何をやっても避けられてしまう。だがオレが今しようと思ってるのはアミックへの攻撃ではない。真理ちゃんへの対処だ。


(弟さま、クロス・ダブルだ)

(本気かよっ)

(真理ちゃんを解析)

(了解。切るぞ。発動っ)(位相拒否っ。行っけーー)


 弟さまとオレがダブルを発動したのはほぼ同時だった。

 弟さまが切るといった瞬間に、オレの方が位相拒否を発動したのだ。それを部屋全体へと無理矢理引き伸ばす。弟さまからは見えにくいがオレからすれば目の前の出来事だ。役割を交代してティリオーダウンへ状況の変化を叩きつける。

 そして弟さまが迅速に解析を伸ばす。伸ばしてるはずだ。急な要望にも完璧に息を合わせてきた。好きではない遠隔解析を文句も言わずに弟さまがやってるはずだ。


「これでも邪魔できるかよっ」


 オレは怒りにまかせて上階にいるティリオーダウンの搭乗員に向かって吠えた。

 すると真理ちゃんが、うん、と言葉をこぼした。起きたようだ。大声出してゴメン。でも気がついただけだ。状況はまるでわかっていない。


(部屋全体把握したっ)

(よし、くれっ)


 瞬時にオレの脳裏にこの部屋の状況が送られてきた。


(真理ちゃんの身体は、血の一滴たりとも見逃さねーぞ)

(位相拒絶っ)


 オレを包もうとしたブースト深度一を弟さまが弾き飛ばしていた。弟さまも怒ってる。まさかの位相拒絶の重ね掛けとは。

 だが領域を広げた位相拒絶をすぐに押し戻されてしまう。あた対処されたようだ。


 この手はもう通じないかな?


 オレは弟さまに位相拒絶を任せて、遅い時の流れの中にあえて沈んだ。

 アミックも動かない。

 動かさないことが目的なら、この膠着状況も織り込み済みか、もしくは誘導通りになってるということか。

 何かを待ってるのだろうか?

 まあいい。アミックがこちらを分析してる今のうちに、こちらも状況を整理するだけだ。問答無用の殴り合いは、真理ちゃんの指をオレが壊してしまいかねない事になる。

 さあ、整理だ。



 クロス・ダブル。

 クロスは証券会社が取引所で、時価に近い値段で同一銘柄を売買同数の形で契約を成立させることを云う。

 つまりダブルの役割を入れ替えた不意打ち攻撃を行ったのだ。

 お父さんが証券マンなオレたちだけに通じる攻撃だ。それにしても咄嗟に聞いた名前でオレが何をしたいのか、その意図を瞬時に理解してくれた弟さまに本当に感謝だ。

 オレが防御を担当して、オレの送った位置情報から弟さまが攻撃を担当する。解析が通らなくてもオレの眼が捕らえた情報を信頼して弟さまが攻撃を放ったのだ。

 おかげでセプト側を出し抜けた。

 魔法を行使する際に執り行われる「型の舞」が始まったと見て、オレが防御だけに走ったとアミックが騙されたわけだしな。


 それに、気になることも増えた。弟さまが古い解析からサルベージしてくれたのを送ってくれたのだ。


「アミック。それ、農耕用のエー・トゥールだよな」

「手持ちのはなくなってしまったのでね」


 皮肉のつもりか?

 旧ビルの地下で会った時とはまた様子が違うが、おっさん、もうアンタはオレの中で心配される立場じゃなくなっちまったんだが──。


「お前、それで彼女の指を切っていたのか?」

「さてね」

「都合十八箇所の切断痕があったぞ。しかも切れた指のひとつひとつがその場にはなく、あちこちに飛び散っていた」


 言っててぞわっと殺意が湧く。


「風が吹いたのかな。誰かさんがやったのかもね」

「あんたたちは凄い文明を持ってるよ。でも作った人じゃないよね。使ってるだけの人だ。だから役立て方がひん曲がってるんだよ」

「…………それはくるるからの評価であって、我々からの評価ではない」

「どうせもう忘れてるんだろうな。オレたちが見学に行ったことなんか。すごいワクワクしてたんだぞ」


 いや、わかってもいないか。オレはマスクをつけて変装している。

 だがそれに対するアミックの返事はなかった。

 別になくてもやることは変わらないからどうでもいいんだけどさ。


「風葬」


 オレは真理ちゃんの左手のことごとくをダブルの送還で回収した。アミックからは風の魔法で左手を消滅させたようにしか見えないだろう。実際には適当なネーミングで風の魔法の振りをして、ダブルでいつでも真理ちゃんの元に還元できるようにしたわけなのだが、今は真理ちゃんにそれをしない。

 真理ちゃんの症状は状態固定で落ち着いている。痛みもないはずだ。痛かったら起きてのたうち回っててもおかしくないぐらいの、それほどの重症だ。それが平穏のなかで浅い眠りについてるのだ。

 その真理ちゃんの状況を変化させて、ダブルをわざわざアミックに教えてやる必要などない。こんな事も出来るのかとなったら、オレの為していることは風魔法ではないという疑義が生まれる。


(しかし名前はまた適当だな、兄さま)

(いいんだよ。くるる人の騙り部なんだから。風の魔法にこういうのがあるって思わせとけばそれでな)

(オレは槍が出なくて良かったなと思ったよ)

 オレは冷や汗が頬を伝った気がした。

(あっ、風槍かっ)

(もしかして忘れてたの?)

(頭になかった)

(なかったのかよっ)

(ご、ごめん)


 風槍と風葬か。字面が違うけど云ってる言葉はおんなじだった……。

 オ、オレってバカだぜ~。


(まぁいいよ。兄さまが混乱するんだから、後日敵もきっと混乱すると思うよ)


 そしてオレは送還された真理ちゃんの身体をダブルの領域で元に戻した。ちゃんと左手の形に再構成されている。

 ちなみにダブルの領域とやらが何処にあるのか、そんなのはオレに聞かれてもわからない。何となく頭に浮かんだ広い空間をそのままその場所で実行したに過ぎない。



 ◇



「何だ。何をした?」

「今さら交渉とか、会話のキャッチボールが成立するとでも思ってるの? 目出度いオッサンだな」

「そんな馬鹿な」

「何が馬鹿なんだ?」


 だがその質問にアミックは答えなかった。

 アミックでも情報はしぼりたいのね。虚々実々は戦いの基本だとオレももう知ってるからね。恵風に感謝だ。

 でもアミックの言いたいことはわかる。

 オレは意地悪な顔をして訊きたいところだったが、それをグッと我慢した。

 アミックは身体のあちこちに手を触れて探している。敵に挙動を見せようとしないアミックにしては珍しい光景だ。

 だがそれをせざるを得ないんだろう?

 温存していた自分の魔気がすっからかんなのだろう?

 使ってもいないのになぜ魔気がないのか、その理由が思い当たらないんだろう?

 それは弟さまが解析ついでに奪っちゃったからそこにないんだけれど……。

 アミックは必死に自身を探ってるようだ。


 だがオレはとぼける。


 アッチ・ドーナムの告げた二人目の魔法使いというキーワードを放っておくわけないだろうが。放置せずに弟さまが地下四階の訓練層に待機した空き時間を使って、魔法使いを再検索したのだ。

 そうしたらアミックが出て来た。二番目の魔法使いというキーワードはオレたちが登場した後に出て来た自分を畏まって告げたわけでなく、単に自分の上司であるアミックが一番目の魔法使いだったということを、惑わすようにオレたちを嬲っていたのだ。


 解析があったから、負けたその後の意地悪にも引っかかることはなかったけれど、解析してなかったら、その時間を取れてなかったら、オレは多分いまアミックに破れていたと思う。


 アミックは魔法使い。五行の木の魔法使い。


 木火土金水の五行の中でもハズレ魔法と呼ばれる木の魔法に特化したセプトの魔法使い。それがアミックだった。

 ただでさえ魔法使いが敵視され軽んじられるセプトである。その中でもハズレの魔法であるハズレ魔法の使い手というアミックへの風当たりは相当酷い物だった。軽んじられ、疎んじられ、馬鹿にもされ、評価もされない。それでもアミックは努力で浸透戦略部隊の隊長の座に就いた。魔法以外でもトップの実力を示した男、それがアミックであった。


 真理ちゃんの一件がなければ、オレは尊敬していただろうと思う。


 そのアミックが動いた。ない物はないと見切りをつけたのだ。そして研究層の魔物が順番待ちしてまで何かの作業をしてもらっていた機械の所に行く。

 それは真理ちゃんが搾乳機みたいと思っていた機械の前だった。

 その搾乳機からじかに魔物の乳、魔乳を飲む。そして副産物である分離した固形物を手づかみした。


 やばい。

 あれを喰わせるのはマズイ。

 オレが焦った瞬間に、機械が弾けた。弟さまが瞬時にアミックを狙った風刃だろう。だが外れた。弟さまからは、今アミックが何をしてるかを時間通りに把握出来てない。ブースト深度一が相変わらず邪魔をしているのだ。だから風刃が外れたのだ。

 オレがやれば手っ取り早い。

 だが防御を解けばブースト深度一に捕まる。

 いや、精霊魔法なら発動できるか?

 そう思った時には事は終わっていた。乱暴に何かを食べ終えたアミックが真理ちゃんを人質に取り終えていたのだ。

 それからアミックのやったことにオレは気づいた。

 アミックは攻撃しかしない。エー・トゥールはそういう物だ。そのこちらの概念を完全に覆しちまいやがった。


「お約束を言わないんだな」

「お約束?」

「動くな、とか」

「オレは誇り高いセプトの人間だ。地球の、ましてや子供の戯れ言などに迎合はせん」


 いや、このオッサン、マジで凄いわ。粘り強くて諦めない。もっとも安全な避難場所を自ら作り出してしまいやがった。


お送りしました。次回をお楽しみに。

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