表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
ダブル  作者: 茶の字
第1章 幼稚園時代
81/182

第81話 痛恨

 硬質な灰色の壁面が目立つ研究棟の向こうに、高低差を人工的に作ったらしい農場が広がっていた。かなり広い敷地をとってるようだ。東京駅どころか大手町とか日比谷とか、ひょっとしたらもっと向こうの皇居とか、そっちの大深度まで空間を広げてるようにも見えた。

 随分と琴線を逆撫でしてくることを、平気でやっているのだな。わからなければ何をしてもいいって感性が近頃傲慢に感じる。そこに日本人どころか、地球に住む人類への配慮が微塵も見受けられなかった。随分と舐めた真似をしてくれるものだ。

 セプトに言わせれば農場も立派な科学の産物なのだろうか。

 無駄に見える物が一切なかった。

 そしてその設計思想は研究棟にも表れていた。研究棟は、入り口はあるが窓の(たぐい)が一切ない。入り口とて無骨な一枚板に見える合金製だ。完全になにかを遮断することが目的で建てられてるようだ。

 まぁ魔気なんだろうけど。

 それほど魔気という物はセプトでは忌み嫌われてるのだろうか。

 自分たちだって魔法使いも使ってたくせに。不思議な物である。

 それに魔気と煌子力による爆発だって、オレでも瞬時に抑えられるぐらい大したことなかったが。


(それは小規模だったか、対処したのが(あに)さまだからだろ。オレは兄さまのせいだと思うけどね。そろそろ自覚しようぜ)

(お。弟さま)

(いよいよだね)


 弟さまがそう言った。確かにここまで長かった。やっとここまで来たとも言える。乙と様に誘われてオレは研究棟を見上げた。この景色は弟さまにも見えていることだろう。

 ここに真理ちゃんがいる。


(なぁ弟さま。そっちは今ブースト深度一かかってないんだろ?)

(そうだね。兄さま周りに重点的にかけてるんだろうね)

(だったら降りて来いよ)

(いや。せっかくここの制服組を騙せてるんだ。このままここにいて情報をもらった方が後々のためにも賢い選択だと思うぞ)

(お? 新情報アリ?)

(ティリオーダウンの艦載艇や艦載機のね)

(何だそれ。どっちも同じじゃん)

(違うよ。艦載艇はUFO。艦載機はロボだ)

(マジ?)

(マジだ)


 ということはそれらの情報がこれまでの解析の中に含まれてると言うことだ。調べる暇なかったから調べてないけど、その制服組が開発担当か運用担当かは知らないが、当事者の知見を直截に聞けるというのはなかなかない機会だ。


(よし弟さま。重大な情報だ。しっかりゲット頼む)

(えらい気の変わり様だな)

(だってUFOとロボだぞ。そんなもん後で遊べるからそっちも重要に決まってるじゃん)

(わかったわかった。せいぜい情報もらっとくから、兄さまも気合い入れろよ。チェックはしてるけど)

(大丈夫だ。真理ちゃんはばっちりブースト深度一の中に入ってる。ほとんど時が止まってる状態だと思うぞ)

(了解。これまでの傾向から研究棟に入ったらブースト深度一が切れる可能性がある。その時には全力で真理ちゃんを保護するように)

(応)


 オレはブースト深度一を上機嫌にスキップしながら突破して行く。入り口のドアを風刃で分解する。ブースト深度一なんでダブルの解析通して送還する方が手間暇かかりそうなんで、手っ取りばやく精霊魔法で処理した。


 さて、精素の反応は。


 精素から匂い立つというか溢れ出る精気は、空気とは違うから何となく見分けることが出来る。魔法も通るしね。そして精気が流れて来る大元へと辿れば、そこに精素があるわけだ。つまり真理ちゃんがいる。

 研究棟は何階建てなのかは知らないが、たくさん階もありそうなのに精気は一階の一番奥から流れてるようだ。ブースト深度一の中にあるから青いきらめきの中に混ざって、ともすれば見失ってしまいそうだ。


「ここだな」


 いよいよ到着したようだ。ブースト深度一が本当にオレを通したくないようで更に濃度を強めてきらきらと青い輝きを放っている。

 だがオレはセプトの都合など一顧だにしない。人攫いしたのはそちらの方だ。嫌がる子供を無碍に連れ去るってのは極悪非道のやることだぞ。

 なので遠慮なく真理ちゃんのいる部屋の扉を風刃で消滅させる。

 いや、本当に風刃は便利だ。精霊魔法万歳。


 オレが部屋に入ると同時にブースト深度一が切れた。これはこれまでの前例と同じ。オレだけ動けてセプト人が動けないのは不利になるからな。中のセプト人に応戦させるためにはブースト深度一を切るしかない。

 だがこれも奴等の嵌め手で、ブースト深度一の中でもセプトの赤い深度一並の速度でしか動けないという誤った情報を、こちらに認識させるための罠かもしれないと云うことは頭の隅に置いておく。


 部屋の一番奥にアミックがいた。魔物の何かを収獲して加工でもしてるのだろうか。魔物が複数頭群れをなしてアミックと、そして真理ちゃんに興味を示していた。


 真理ちゃんがいた。

 ついに見つけた。


 そしてオレは気づいた。


 真理ちゃんが左手を拷問されていた。見間違いかと思ってその拷問された痕を見る。

 ──痕がない。

 それが真理ちゃんが受けた拷問だった。


「アミック。おまえ、これはどういうことだ」

 オレの声は(ふる)えていた。

「醍醐か。こんなにも早く来るとは流石だな」

「流石じゃねえ。おまえ、傷つけたとか、そういう程度をかるく越えてるぞ」

「彼女が強情なんでね。キレイなもんだろ?」


 キレイじゃねー。何もねーじゃねーか。

 オレは真理ちゃんの左手を何度も見やる。だがやはりそこには何もなかった。

 傷つけられた痕がない。傷つけられた痕がないほど、……真理ちゃんの左手の肘から先が存在してなかった。


(状態固定)

 オレは真理ちゃんの身体から血が噴き出るのを止めた。

 真理ちゃんは気を失っている。今はこのままの方が良いだろう。下手に起こして痛みに苦しませるわけにはいかない。それは真理ちゃんがあまりに気の毒だ。きちんと処置出来るまでは現状維持。それを最優先にする。

 そう決めた。


 すると弟さまら魂の回廊を通して思いが届けられた。


(これはもう戦争だよね)


 弟さまの語尾は(ふる)えていた。


(弟さまはどうしたい?)

(厄介なのはあいつらが善人面(ぜんにんづら)で戦争を仕掛けてきてるとこだね)


 そうだ。弟さまの言う通りだ。

 大局的に見れば、セプトは浸透戦略でフランスから地球全土にかけて侵略を開始している。いや、侵略ではないな。戦争だ。だが地球の人にはその認識がない。生まれる余地もない。これからも喜んで夢の電気に飛びつくことだろう。


(…………そうだね。国は対峙しないぞ。気づいてないから)

(オレたちでやるしかないだろうか)

(向こうが殺す気で、こちらが返り討ちにしても、オレたちは殺したら罪人扱いか)


 オレたちは不利を悟る。

 ここでアミック達を倒しても、事はそれだけでは終わらない。セプト人が本腰を入れてオレたちを排除しにかかって来るだけのことだ。


(でも……)

 真理ちゃんの傷跡を見る。


「そうもいってられないよな」


 アミックがオレに振動波をぶつけて来ていた。こちらに考える暇を与える気はないらしい。そして人前でつけるようにはとても見えない片眼鏡を、ごてごてとした不細工なエー・トゥールを、その左目に付けていた。


 だが目のエー・トゥールで攻撃しようとした場所を避けて移動とするとそこに罠がある。オレは片足だけ深度一に突っ込まされていた。


「またこれか」


 この攻撃は厄介なのだ。だが今は弟さまの位相拒絶がかかってる。対ブースト深度一用の位相拒絶だ。深度一の中でも最弱な赤い深度一では、オレの足止めにもならんよ。


「な? その罠を回避するのか?」


 つづくアミックの()てに来た振動波を状態固定してる右手で簡単にはたき落とす。振動波は床に着弾して霧散する。そしてオレは見つけてしまった。

 床に真理ちゃんの指が落ちている。

 所を変えてあちこちに、である。四歳の女の子の関節を目印に切り刻んでいったのか。


「おい、アミック」

 だがアミックはオレに返事を返さなかった。オレを見てるようで見ていない。

 おそらくエー・トゥールにオレのことを分析させてるのだろう。

 だがオレも動けなくなった。真理ちゃんの指を踏んづけるわけにはいかない。ましてや散らばった指をアミックに更なる蹂躙させるわけにもいかない。

 これは罠を回避できるが、追いこめないことを意味していた。

 今はアミックはアミックで攻撃が通じないことに驚いてて、そちらにかまけてるから膠着状態となったが、そこに追いこんでるのに仕留められない。


 するとオレとアミックとの間にまたブースト深度一がかかった。


「ここでそう来るかよ」


 厄介であった。アミックの攻撃時には通すだろうが、オレの精霊魔法には時の壁として展開させるつもりだろう。

 この位相差だけで時の流れは複雑になり、至るところで時の流れが速くなったり遅くなったり複雑に動くことになるだろう。

 オレの精霊魔法は対象への直接着弾だから、このブースト深度一が意味を為すのかどうかはわからない。だが為した場合も考慮に入れるべきだ。

 幸いオレの身体には弟さまからの位相拒絶がかけられてる。オレが影響を受けることはない。

 だが失敗はできない。これが嵌め手でオレは慮外のことに誘導されてる可能性もあるのだ。オレはアミックを舐めてない。アミックはその場その場で最善を尽くしてきていた。

 敗れるにしても致命的な敗着にはならないよう、コントロールしてきた。

 その才覚をオレは認めている。ここで何も用意してないとは思えないのだ。


 オレが倒れたら真理ちゃんの状態固定は消える。それは真理ちゃんの出血死を意味する。迂闊なことは出来ないのだ。じりじりと勝ち筋を詰めていくしかない。

 オレは足を一歩だけ前に踏み出した。

 真理ちゃんを見やる。

 真理ちゃんは唇をへの字にして耐えていた。気を失っても耐えていたのだ。ずっとずっと助けが来るかもわからない状況で、あのアミックただ一人対峙していたのだ。


 どれだけの心をもって対峙してたのだろう。


 オレは恵風の警告を思い出す。

 確かに精素の拡散どころではなかった。

 正しく恵風の言う通り、精素の散逸はその人の状態をあらわす信号だったのだ。精素を知らない文明社会出身のオレとはいえ、そこに思い至れなかったのは幼すぎた。


 だが一撃で終わらせるために風刃を放つか?

 未だにこんな誘惑に囚われるオレが愚かだ。だからまた一歩足を前に出す。

 確認の取れた攻撃ではないだけに、不測の事態をまねく可能性は充分にある。アミックを舐めるな。これは絶対だ。


 オレは真理ちゃんを助けたいのだ。


 迂闊に攻撃などしてアミックに注意しながら歩けるか。

 歩けないだろう。


 そんな自問を繰り返し、オレは心に刻み込む。


 真理ちゃんの指を踏みつぶさないことは絶対条件だ。もしも仮に真理ちゃんに踏みつぶしてもいいと云われても、気持ち的にオレはオレを許せなくなる。

 何よりオレには、オレたちにはダブルがある。


 今が絶望的でも、これで終わりじゃないのだ。


 昨日は異様に疲れてて、身内の病気となるとこんなにも疲れるものかと思いました。

 そんな疲れた私の眼につい先程ブクマが登録されてるのが見えて、そのありがたさに疲れを忘れてしまいました。

 ありがとうございます。力になります。励みになります。良いことがあるのってこんなにも効くのかといった感じです。精進します。

 そして読んでいただいたあなたへ、最大の感謝を。本当にありがとうございます。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ